もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室
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塩豚丼、超うまっ!
お風呂を使っている間にご飯は炊けていたので(幸が炊いていてくれた、という意味ね)、五人分の夜食と、今朝の残りご飯で一匹分の猫マンマを作りましたー。
幸が新選組の屯所から豚肉の塊を貰ってきたのが年末。
最初は豚汁にして食べてー、次の日は生姜焼きにして食べてー、残りを味噌漬けと塩豚にしたのーvvv
塩豚って結構日持ちするけど、それにしてもこれが最後。
鉄鍋で焼いた後、残った脂で九条ネギを炒めて一緒に丼に盛っただけだけど、いい感じです!
お店に出してもいいぐらい!
豆腐と水菜の味噌汁と赤かぶらの漬物を付けて、超簡単お夜食セットの出来上がりー。
そんなこんなで超ご機嫌。
奥の座敷でシリアスな話し合いが持たれていたことなんてすっかり忘れていましたとも!
きっと幸は忘れてなんかいなかったよね。
私がそれをケロリと忘れているってことも知ってたよね。
知ってて何も言わずにウエイトレスさせたよね?
・・・そういうヤツだよ、あんたって人は(--;。
「はーい!おまたせぇ!!」
廊下を回って奥の座敷の障子戸をすぱーん!と開けた瞬間の空気と言ったら・・。
三人の視線がグサグサ突き刺さったわ。(--;
台所で幸が息を殺して爆笑して居る気配。
「あのー・・・。ええと・・・お話はもう済んだかと思いまして・・・」
ほの暗い行灯の灯りの中から、間の悪さをひしひしと訴えられて、意識して作らないと笑顔になれない(汗)。
すると、一番苦々しげな顔を向けていた土方さんが鋭く舌打ちをして、
「そういう事は先に確認するもんだ。呑気に飯など喰ってる場合か。いったい誰のおかげでこんなややこしいことになってると思ってんだ馬鹿者」
言い返したいのをぐっと堪える。
こちらの立場はひたすら弱い。
とはいえ唇尖がっちゃった。
「だって夕飯食べてないんだもん。お腹空いちゃったしィ」
「そっちで勝手に食ってりゃいいだろ」
「みんな居るのに二人だけでご飯食べるのも悪いかと思ったんですぅ。もうみんなの分も作っちゃったし」
すると彼は私の膝元に置かれたお膳代わりのお盆の上の、丼の具をチラ見して、
「俺は要らん。いいからそっちに行ってろ」
鼻で笑う。
いかにもバカにした態度。
ちきしょー!ムカツク~!
「頂きましょう。話はもう終わっているのです。ちょうど小腹も空いたところだ」
戎三郎さんがにこやかにとりなした。
先程の驚いたような視線は、私の姿形が珍しかっただけだったみたい。
風呂上りの浴衣姿にひっぱりを着て、髪はお下げという普段仕様だったので。
「あなた方に食事をさせる暇を考えなかったのはこちらの落ち度。申し訳なかった」
言葉つきが上方のものではなくなっている。
初めて会った時の、きっぱりとした関東弁。
なんだか俄然かっこ良く聞こえるのは何故?
戎三郎さんの愛想の良さとは裏腹に、ふん!と鼻を鳴らして席を立ったヤツが若干名(--;。
襖の陰に姿を消すのを見届けて、
「で、どうなったんですか?上手く誤魔化してくれた?」
戎三郎さんに耳打ちする。
絹糸のような栗色の髪はほのかな良い香りがした。
山崎さんの名前を出さずに居て欲しいなんて、あらかじめ打ち合わせしていたわけでもないのに無理な要求だ、と後から幸に呆れられたけど(まぁ私もそうは思ってたけど)、期待通りの答えが返ってきて、
「山崎先生の名は出してはおりません。後はほとんどそのまま事情を話しておきましたが、土方先生は熱心に聞いておられましたよ。特に薩摩の事情などは」
山崎さんを先生と言ったのは彼の現在の地位を自分等なりに理解した上でのことなのか茶化しているだけなのか。
そんな細かいことはこの際どうでもいいや。
誤魔化せただけで万々歳だ!
「良かった。ありがと~!」
思わず手を握っちゃった。
戎三郎さんの指が細くて綺麗だったから触ってみたくなった・・・ってわけじゃないよ、言っとくけど。
「だがそれではあなたが責めを負うのでは?」
鳶色の眼に行灯の灯りが映って宝石みたいにきらきらしてる。
だからたぶんいつも彼と話す時は、うっとりして微笑っちゃう。
「いいのいいの、そんなことは。アタシが叱られる分には全然平気!」
客人二人を奥の座敷に残して、こちらはこちらで食事。
コタツの脇にはフクチョーが、一足先に猫まんまの鉢に頭を突っ込んで顔中飯粒だらけにしていた。
塩豚丼、サイコー!
ご飯と塩豚の間に海苔を敷いたのが効いてるよね!
ネギも旨いわ!
もうちょっと塩を効かせたら、刻んでおにぎりの具にもいいかもー!
今度お肉が手に入ったらそれやってみよう!
などと幸と話しながら、空腹に任せてガツガツと食べてたら、
「こんな脂のギトついたもんなんぞ、食うヤツの気が知れん」
すぐ横から水を差す声。
長火鉢で茶をすすりながら、目の前に置かれた丼を箸で突いてる。
その顔と言ったら・・・食欲が無くなるぐらいなしかめっ面。
「そりゃあ日頃ご馳走食べなれてる人の口には合わないかもしれないけどさー。それにしたって食べてもみないで勝手なこと言わないでよ」
小声で言ったけど聞こえてはいたかも。
コタツの中で幸が膝を蹴ってきた。
見ると、目を細めて首をわずかに振っている。
やめとけ、という意味で有るのはすぐに判った。
せっかくまだ小言も言われずに済んでいるのに、こちらから突くことは無いってことだな。
まあ、その通りで。
でも、話さなきゃいけないことは他にもあったんだ。
「戎三郎さん達、ウチに泊めてもいいですよねぇ?」
しかめっ面のまま、眼だけがこちらを向く。
「だって、せっかく逃げ切れたのにまた宿に戻ったらヤバイでしょ?」
彼の定宿は木屋町だそう。
四条通を西進すれば薩摩屋敷はすぐ近く。
ヤバ過ぎ!
せめて明るくなってから帰さないと、と思ったのに、
「食いながら喋るな」
小言優先。
・・・はいはい。
幸に肩をすくめて見せてから、無言で丼飯を掻き込み、味噌汁で流し込んで、
「ごちそうさまぁ」
片付けは引き受けたと言う幸に甘えて、食後のお茶を淹れることにする。
火鉢の猫板に並べていた土方さん用の夜食セットは撤去。
明日のフクチョーの餌に回そう。
「やっこさんは明日の朝には大坂へ下るそうだ。今日手に入れた物を金にするのに、先を急がねぇといけないらしいな」
言われて思い出した。
薩摩のタコ坊主から手に入れた物って何だったんだろう?
タコを捕まえ損ねた割には余裕の様子なのも、それをゲットできたかららしいんだけど。
・・・それを訊ねて教えてもらえる雰囲気でもないけどな。
「それじゃあやっぱりウチに泊まった方が早いじゃん」
この辺の地理は正直あまり知らないんだけど、山崎さんが良く大坂への途中に寄るのでそう思っただけだ。
けれど相手は、私が先手に話を進めてしまうのを嫌うヤツだった。
「お前はあれか、自分の役目を履き違えてやしねぇか?」
おおっとぉ!来たぁ!風向きが変わってきたぞ。
茶をすする眼だけがこちらを見ている。
いよいよカミナリが落ちるのか(怖)。
ゴクリと喉が鳴っちゃう。
「私の役目?えーと、お茶汲み・・・ですよねぇ?」
長火鉢の脇で、客人用の湯呑みにこぽこぽと茶を淹れつつ愛想笑い。
「誤魔化すな。誰が勝手にこんな真似をしていいと言った」
「だ、誰ってぇ・・・あの、えーと、勝手ってことはぁ、私の一存ってことでー、誰からも許可は貰わないってことでー」
「黙れ」
大声ではなかったがドスの効いた声。
反射的に体が縮こまる。
「屁理屈は要らん。聞けば相当際どい役回りだったそうじゃあねーか」
うひゃあ。
そんなとこまでバラしたのか、戎三郎さんてば。
マズイよそりゃ。
と思いながらも、まだなんとかおちゃらけてやり過ごす気で居た。
なのに、
「お前はいったい何を考えてやがるのだ。ここでの暮らしがそんなに不満か。平穏無事に暮らすのがつまらんか。そんなに商売女の真似がしたいのか!」
土方さんの怒りは思った以上にシリアスだった。
ねちねちイヤミを言われるのを我慢すれば良いだけだと思っていたのに、こんな風に追い込まれるとは。
「違います。そんなんじゃない」
必死でそうは言ったものの、
「それは遊び半分ではなかったという意味だな?では、場合によっては間違いが起こるのも覚悟の上で引き受けたということだな?」
既に処分を決めたような口ぶりが・・・怖かった。
返事をしようにも、声が出なかった。
「手篭めにされるのも覚悟の上だったのかと聞いている」
もうこちらを見てはいない。
苦々しげに真っすぐ中空を睨んで、逃げ道をふさいでしまうようなあからさまな表現。
違うと言ったらどうなるのか、そうだと言ったらどう返ってくるのか。
どんな展開になるのかが読めない。
それが怖かった。
どうしていいのか、とっさに頭が働かない。
・・・というより、自分はその時どう考えていたのかさえ思い出せないで居た。
大体、そんな覚悟なんて私には有ったのか?
ぐるぐるとそんなことを考え始めた時、台所の土間から幸が顔を出した。
「ちょっと待ってください」
「お前は黙ってろ」
間髪を入れずに土方さんは幸を制したが、
「黙りません」
「なんだと?」
と、制止を無視して彼女が茶の間に上がって来ると、奥の間の襖も開いて、
「お待ち下さい。恐れながら、先程申し上げました通り小夜さんには私が無理にお願いして・・・」
「あんたも黙っててくれ」
その間に幸は土方さんの正面に膝詰めになった。
そして一気に喋り出した。
「覚悟云々を言うのなら私も同罪です。小夜がそんな目に遭うなんてことは私も想定していませんでした。自分達だけで切り抜けられると思っていました。第一、そう思って居なければこんな話には加担していませんし、それに話を持ちかけられた時点でもしも私が手を引いていたなら、小夜も一緒に手を引いていたと思います。ですからこれは私の責任です」
土方さんはまっすぐ幸を見ていたと思う。
「コイツは自分がお前を引き込んだと言っているが」
「それは小夜の思い違いです。彼女一人ではこんなことに首を突っ込んではいなかった」
「待って」
なんだか話が逸れて行ってる。
それが幸の狙いであって、それが私を庇うためだというのは判ってるけど、でも納得行かない。
これは私の話だ。
「私は覚悟なんてしてませんでした」
危険にさらされる可能性は承知の上だったけれど、その反面、未知の世界に踏み込んだような高揚感があったことも事実だ。
つまりは土方さんが暗に指摘している通り、自覚は無かったけれど私は面白半分だったのだ。
だが私のその言葉を彼が責めるより先に、食いついたのは幸だった。
「何言ってんの。あんたには覚悟なんて必要無いんだよ。それをしなきゃいけなかったのは私なんだから」
幸ったら何言ってんだろう?
何が言いたいの?
「何それ?判んないよ。なんであんたが私の分まで責任取らなきゃいけないの?」
すると彼女は決然として、
「だってそれが私の役目だからさ」
さらりと言ってのける様がわけも無く憎らしい。
「だからー、意味が判んないっつてんの!」
おい!と、いつの間にか言い争いになり始めている私達に土方さんがキレかけた時だ、
「腰に二本差しているってことはそういうことなの!」
何時に無く厳しい口調で幸はそう言って、それから土方さんに向き直り、
「そうでしょう?そうですよね?」
うんと言えば彼女ひとりの責任になってしまう。
否と言えば彼女の師の教えを否定することになる。
偶然なのか意識的にか、言葉の罠に追い込んだのは幸の作戦か。
後から思えばそういうことだったのだと合点が行くが、この時の私は自分の短慮を思い知らされ、自己嫌悪で頭がいっぱいだった。
その上、幸に庇ってもらっているのが更に情けなくて。
客人用に並べた茶托をカタカタ踏んで、フクチョーが膝元に擦り寄って来た。
抱き上げたら柔らかくて暖かくて。
泣きそうになる。
ゴトゴトと、台所の板戸が鳴ったのはそんな時だ。
「大分遅れまして、申し訳ございません」
思わず幸と顔を見合わせてしまった。
なぜ、彼がここに来るのか?という驚きと、この事態をどうすればいいのか?という衝撃と、加えて、
「山崎か。入れ」
土方さんの普段と変わらぬ物言いがいったい何を意味するのか?という疑問と不安が一気に押し寄せて、声ひとつ、身動きひとつ出来ぬまま、パニクっているお互いの目を見つめるばかり。
土方さんは幸の質問に詰まったのではなく、外の足音に耳をそばだてていただけだった。
それが誰かもすぐに理解したようだった。
山崎さんの方は、家の中の気配で瞬時に事情を察したらしかった。
あまりに動じない土方さんの様子に、私達は始め、彼等の間に何か打ち合わせが有ったのだと思った程だ。
でも違った。
「待ってたぜ」
「恐れ入ります。まさかこちらにおわすとは。たばかられました」
お武家姿の山崎さんは、周りに居た私達に目礼しながら土間から上がって来て、その場に座り上司に会釈をした。
幸が彼に場所を譲り、先程から立ったまま様子を見ていた戎三郎さんにも腰を下ろすよう勧めている。
「お前には悪かったが野暮用があってな。こいつ等に会ったのは偶然だ」
やはり、山崎さんの目を盗んで屯所を抜け出していたのだ。
「待って居られたというのは?」
「聞けば聞くほど、お前が陰に居ないとは信じられない話だからな。お前が絡んでいるとなれば素人に任せきりにはしないはずだ。必ず事の次第を確認に現れる」
言われて、山崎さんが苦笑しながら頭を下げた。
「恐れ入ります」
「どうして俺に黙っていた」
静かな落ち着いた口調。
咎める様子は微塵も無かった。
「申し訳ございません。万が一の時、新選組の名前が出たのでは取り返しのつかないことになりかねないと思いましたので」
「それでこいつ等を使ったと?」
「左様で。外の人間を使うのも後々間違いを招く元」
「それで身内の者を使ったと言うか」
「左様です」
身内、と確かに聞こえた。
顔を上げると、幸がにっこり笑っている。
「それにしても手前ェの上役の手掛けを使うたぁ肝の太ぇ男だ。しかもさっきまで涼しい顔して供まで務めていたものを」
くっくっくと、土方さんが低く笑う。
騙されていたというのに、むしろ嬉しそう。
それだけ部下を信頼しているということなのか。
同じ事件に係わっているのに、私に対するのとはえらい違いだ。
「恐れ入ります。身内はいろいろ居るには居りますが、どうにも適任者がおりませなんだ。相談すれば土方副長には断るしか道は無い。されば、と勝手ながら事を運んだ次第でございました」
畏まって頭を垂れ、的確に答える山崎さんを土方さんは満足そうに眺め、
「苦労をかけたな。で、現場の様子は見て来たか?」
「はい。敵の手勢は島津家直臣というより言わば陪臣。お屋敷にも入る様子はありません。つい今しがたまで我等を探しに出歩いておりましたが、ようよう諦めたと見え、主人の菊池某共、既に木屋町筋の旅籠へ納まりました。屋敷に駆け込まぬ様子を見ると、先方も家中で事を大きくするのは本意ではなさそうです」
木屋町筋!
戎三郎さんの宿とご近所、・・・最悪、同じだったりするのかもしれない(怖)。
「ふーん。島津屋敷に潜ってくれりゃあ、面白い動きが見られたかもしれんが。まあ仕方無い。ここの場所は知られてはいない様子か?」
「確かには。皆様逃げ方がお上手でいらっしゃいます故」
そう言いながら山崎さんは不意にこちらを向いて、笑顔で頷いて見せた。
ねぎらいの笑顔だった。
それを見たら、なんだか堪らなくなってしまった。
叱られて、自分が馬鹿だと自覚して、凹んだところに笑顔でねぎらわれ・・・。
無断で事を運んだことがバレても、きっちり仕事をこなしてむしろ悦ばれるのはきっと、それほど彼が信頼されているからで。
その彼の役には立ったと思えて。
彼が責められないことにほっとして。
「ただ、新選組の屯所近くに姿をくらましたことは知れています。警戒はしているかもしれません。今しばらくは用心・・・」
そう言う山崎さんの笑顔が真顔になったところまでは見えた。
でもすぐ、視界が一気に涙に沈んだ。
泣き声が上手く飲み込めない。
「小夜・・?」
幸の驚く声が聞こえている。
フクチョーが手元から逃げて出して、先程茶を注いだ湯呑み茶碗をひっくり返した。
「わたし・・・、私はただ、・・・山崎さんが叱られないで済むならそれでいいと思っただけだ。自分が何かの役に立つなら嬉しいと思っただけ・・・」
喉の奥から熱いものがこみ上げてきて、ウエーンと泣き声がおさまらないのがカッコ悪過ぎ。
涙がぼろぼろこぼれ落ちて、逆に視界は晴れた。
「お金が欲しくてやったわけじゃないし、・・・商売女の真似をしたかったわけでもないけど、・・・でもやっぱり綺麗な格好して嬉しかったりもしたから、・・・それが面白半分だったって言われても仕方無いと思うけど、・・・」
鼻水が垂れそうで、思いっきりすすっちゃった。
「覚悟なんてあるわけ無いじゃん!自分が手篭めにされる覚悟なんて・・・。そんなの考えてたらこんなこと出来なかったもん!楽しいことでも考えてなくちゃ、こんなこと出来ないよぉ!」
覚悟は無かったけれど、自覚もしていなかったかもしれないけれど、結構必死だったんだ。
必死でテンション保ってたんだ。
ふざけてたわけじゃないし、簡単な仕事だと舐めてかかってたわけじゃない。
自分なりに一生懸命なつもりだった。
それが、求められてるレベルじゃなかったのかもしれないけど・・・。
ううーっと、泣きが治まらない。
こうなったら気が済むまで泣かないと治まらない。
「おい・・・!」
土方さんのたしなめる声。
それほど泣き声はデカかった。それは認める(--;
「小夜さん・・」
山崎さんの心配そうな声も聞こえた。
でも、もう泣くのに手一杯で何も話せない。
お茶に濡れた畳を拭きに、布巾を持って来た幸が手拭を手渡してくれて、泣きながら洟をかむ。
「そらそうや。枕芸者やあるまいし、手前が手篭めにされる覚悟なんぞ有ったら堪らん。そんなもんが有ったのやったら、あんたはあのハゲ頭を懲らしめようとは思わなんだはずや。私かて今頃どうなっていたことやら。思い返すんも気色悪い」
今まで黙って成り行きを見守っていた戎三郎さんが、いつの間にか傍らに煙草盆を引き寄せて自分の煙草入れから煙管に刻みを詰めている。
土方さんも山崎さんも、何だコイツ!みたいな目つきでそれを眺めていた。
「そうやろ?あんたさんがあの時、かぁーっと頭に血ィが上って、あのタコ坊主を足蹴にしたんはそういうことやないか?何が何でも私を助けよ思うてくれはったんは、覚悟の無い者の気持ちィいうんを判ってくれはったからやないかいな?」
煙草盆を持ち上げて、ぷかぷかと吸い付ける。
私の他は誰も知らなかったはずの一部始終を自らさらけ出すことに、彼はいささかの羞恥も迷いも感じてはいないようだった。
「私はな、この見目や。あないな目ェに遭うんは珍しいことや無い。けどな、あんたはんみたいに後先も考えんと、相手突っ転ばしてまで助けてくれはったお人は初めてや」
そこまで聞けば彼の身に何が起こったか、そこにいる誰もが察したはずだ。
戎三郎さんの後ろに控えていた柚木さんが、顔を上げて私を見た。
あの時起きた不測の事態の真相を察してくれたんだと思う。
だが一人だけ、話のポイントをわざと外して聞くヤツが居た。
「後先考えンと・・・な」
クソオヤジめが鼻で笑っている。
でもそれに反論しようとするより先に、
「放っとき。その場に居らへんかったモンの言うことなんぞ聞かんかて宜し」
さらりと戎三郎さんが流した。
それに食いついたのは山崎さんで。
「なんやその言い草は。貴様舐めとんか。誰のお陰でここにこうして居られる思うてんねん。土方センセに失礼やないか。お前みたいなンは余計な口出しせんと、黙って控えとったらええんじゃ」
それとは裏腹に、戎三郎さんは可笑しさを抑えきれない様子で吹き出した。
「これはこれは。さっきまで行儀の良いお侍かと思うとったら、なんや、化けの皮が剥がれてもうたな。言葉つきまで上方風に戻りよる」
「なんやとコラ。何笑ろてんねん。面白無いやっちゃな」
「おほ。ガラの悪い兄さんや。コワイコワイ」
可笑しそうに笑いながら、扇で顔を隠す仕草がひょうきんで可笑しい。
泣き膨れた顔を手拭で押さえながら、うふっと笑ってしまう。
それに気付いた戎三郎さんが、
「あんた、こない情の無い旦那んとこで辛抱せなならんと思うてはるのやったら、どや?私ンとこ来はったら?」
彼の冗談ともつかぬ言葉に山崎さんってば瞬間湯沸かし器みたいになっちゃって、
「貴様!何ぬかしとんねん。頭わいてんちゃうか」
戎三郎さんは扇で半分顔を隠したまま迷惑そうに顔をしかめ、殊更おっとりした口調で、
「うっさいオッサンは黙っとれ」
「なんやと!誰がオッサンやねんこのウスラボケが」
この二人、ほんとに面白い(笑)。
戎三郎さんと居ると、山崎さんが激烈面白い。
素になってる。
いきり立つ山崎さんをなだめたのは土方さんだった。
「そう仲違いするな。俵屋の隠居殿にはこれから先、新選組の為に働いてもらうことになるやも知れん」
「へぇっ?何ですか?」
聞いた事の無い山崎さんの素っ頓狂な叫びは、イントネーションが関西弁のままだった。
お風呂を使っている間にご飯は炊けていたので(幸が炊いていてくれた、という意味ね)、五人分の夜食と、今朝の残りご飯で一匹分の猫マンマを作りましたー。
幸が新選組の屯所から豚肉の塊を貰ってきたのが年末。
最初は豚汁にして食べてー、次の日は生姜焼きにして食べてー、残りを味噌漬けと塩豚にしたのーvvv
塩豚って結構日持ちするけど、それにしてもこれが最後。
鉄鍋で焼いた後、残った脂で九条ネギを炒めて一緒に丼に盛っただけだけど、いい感じです!
お店に出してもいいぐらい!
豆腐と水菜の味噌汁と赤かぶらの漬物を付けて、超簡単お夜食セットの出来上がりー。
そんなこんなで超ご機嫌。
奥の座敷でシリアスな話し合いが持たれていたことなんてすっかり忘れていましたとも!
きっと幸は忘れてなんかいなかったよね。
私がそれをケロリと忘れているってことも知ってたよね。
知ってて何も言わずにウエイトレスさせたよね?
・・・そういうヤツだよ、あんたって人は(--;。
「はーい!おまたせぇ!!」
廊下を回って奥の座敷の障子戸をすぱーん!と開けた瞬間の空気と言ったら・・。
三人の視線がグサグサ突き刺さったわ。(--;
台所で幸が息を殺して爆笑して居る気配。
「あのー・・・。ええと・・・お話はもう済んだかと思いまして・・・」
ほの暗い行灯の灯りの中から、間の悪さをひしひしと訴えられて、意識して作らないと笑顔になれない(汗)。
すると、一番苦々しげな顔を向けていた土方さんが鋭く舌打ちをして、
「そういう事は先に確認するもんだ。呑気に飯など喰ってる場合か。いったい誰のおかげでこんなややこしいことになってると思ってんだ馬鹿者」
言い返したいのをぐっと堪える。
こちらの立場はひたすら弱い。
とはいえ唇尖がっちゃった。
「だって夕飯食べてないんだもん。お腹空いちゃったしィ」
「そっちで勝手に食ってりゃいいだろ」
「みんな居るのに二人だけでご飯食べるのも悪いかと思ったんですぅ。もうみんなの分も作っちゃったし」
すると彼は私の膝元に置かれたお膳代わりのお盆の上の、丼の具をチラ見して、
「俺は要らん。いいからそっちに行ってろ」
鼻で笑う。
いかにもバカにした態度。
ちきしょー!ムカツク~!
「頂きましょう。話はもう終わっているのです。ちょうど小腹も空いたところだ」
戎三郎さんがにこやかにとりなした。
先程の驚いたような視線は、私の姿形が珍しかっただけだったみたい。
風呂上りの浴衣姿にひっぱりを着て、髪はお下げという普段仕様だったので。
「あなた方に食事をさせる暇を考えなかったのはこちらの落ち度。申し訳なかった」
言葉つきが上方のものではなくなっている。
初めて会った時の、きっぱりとした関東弁。
なんだか俄然かっこ良く聞こえるのは何故?
戎三郎さんの愛想の良さとは裏腹に、ふん!と鼻を鳴らして席を立ったヤツが若干名(--;。
襖の陰に姿を消すのを見届けて、
「で、どうなったんですか?上手く誤魔化してくれた?」
戎三郎さんに耳打ちする。
絹糸のような栗色の髪はほのかな良い香りがした。
山崎さんの名前を出さずに居て欲しいなんて、あらかじめ打ち合わせしていたわけでもないのに無理な要求だ、と後から幸に呆れられたけど(まぁ私もそうは思ってたけど)、期待通りの答えが返ってきて、
「山崎先生の名は出してはおりません。後はほとんどそのまま事情を話しておきましたが、土方先生は熱心に聞いておられましたよ。特に薩摩の事情などは」
山崎さんを先生と言ったのは彼の現在の地位を自分等なりに理解した上でのことなのか茶化しているだけなのか。
そんな細かいことはこの際どうでもいいや。
誤魔化せただけで万々歳だ!
「良かった。ありがと~!」
思わず手を握っちゃった。
戎三郎さんの指が細くて綺麗だったから触ってみたくなった・・・ってわけじゃないよ、言っとくけど。
「だがそれではあなたが責めを負うのでは?」
鳶色の眼に行灯の灯りが映って宝石みたいにきらきらしてる。
だからたぶんいつも彼と話す時は、うっとりして微笑っちゃう。
「いいのいいの、そんなことは。アタシが叱られる分には全然平気!」
客人二人を奥の座敷に残して、こちらはこちらで食事。
コタツの脇にはフクチョーが、一足先に猫まんまの鉢に頭を突っ込んで顔中飯粒だらけにしていた。
塩豚丼、サイコー!
ご飯と塩豚の間に海苔を敷いたのが効いてるよね!
ネギも旨いわ!
もうちょっと塩を効かせたら、刻んでおにぎりの具にもいいかもー!
今度お肉が手に入ったらそれやってみよう!
などと幸と話しながら、空腹に任せてガツガツと食べてたら、
「こんな脂のギトついたもんなんぞ、食うヤツの気が知れん」
すぐ横から水を差す声。
長火鉢で茶をすすりながら、目の前に置かれた丼を箸で突いてる。
その顔と言ったら・・・食欲が無くなるぐらいなしかめっ面。
「そりゃあ日頃ご馳走食べなれてる人の口には合わないかもしれないけどさー。それにしたって食べてもみないで勝手なこと言わないでよ」
小声で言ったけど聞こえてはいたかも。
コタツの中で幸が膝を蹴ってきた。
見ると、目を細めて首をわずかに振っている。
やめとけ、という意味で有るのはすぐに判った。
せっかくまだ小言も言われずに済んでいるのに、こちらから突くことは無いってことだな。
まあ、その通りで。
でも、話さなきゃいけないことは他にもあったんだ。
「戎三郎さん達、ウチに泊めてもいいですよねぇ?」
しかめっ面のまま、眼だけがこちらを向く。
「だって、せっかく逃げ切れたのにまた宿に戻ったらヤバイでしょ?」
彼の定宿は木屋町だそう。
四条通を西進すれば薩摩屋敷はすぐ近く。
ヤバ過ぎ!
せめて明るくなってから帰さないと、と思ったのに、
「食いながら喋るな」
小言優先。
・・・はいはい。
幸に肩をすくめて見せてから、無言で丼飯を掻き込み、味噌汁で流し込んで、
「ごちそうさまぁ」
片付けは引き受けたと言う幸に甘えて、食後のお茶を淹れることにする。
火鉢の猫板に並べていた土方さん用の夜食セットは撤去。
明日のフクチョーの餌に回そう。
「やっこさんは明日の朝には大坂へ下るそうだ。今日手に入れた物を金にするのに、先を急がねぇといけないらしいな」
言われて思い出した。
薩摩のタコ坊主から手に入れた物って何だったんだろう?
タコを捕まえ損ねた割には余裕の様子なのも、それをゲットできたかららしいんだけど。
・・・それを訊ねて教えてもらえる雰囲気でもないけどな。
「それじゃあやっぱりウチに泊まった方が早いじゃん」
この辺の地理は正直あまり知らないんだけど、山崎さんが良く大坂への途中に寄るのでそう思っただけだ。
けれど相手は、私が先手に話を進めてしまうのを嫌うヤツだった。
「お前はあれか、自分の役目を履き違えてやしねぇか?」
おおっとぉ!来たぁ!風向きが変わってきたぞ。
茶をすする眼だけがこちらを見ている。
いよいよカミナリが落ちるのか(怖)。
ゴクリと喉が鳴っちゃう。
「私の役目?えーと、お茶汲み・・・ですよねぇ?」
長火鉢の脇で、客人用の湯呑みにこぽこぽと茶を淹れつつ愛想笑い。
「誤魔化すな。誰が勝手にこんな真似をしていいと言った」
「だ、誰ってぇ・・・あの、えーと、勝手ってことはぁ、私の一存ってことでー、誰からも許可は貰わないってことでー」
「黙れ」
大声ではなかったがドスの効いた声。
反射的に体が縮こまる。
「屁理屈は要らん。聞けば相当際どい役回りだったそうじゃあねーか」
うひゃあ。
そんなとこまでバラしたのか、戎三郎さんてば。
マズイよそりゃ。
と思いながらも、まだなんとかおちゃらけてやり過ごす気で居た。
なのに、
「お前はいったい何を考えてやがるのだ。ここでの暮らしがそんなに不満か。平穏無事に暮らすのがつまらんか。そんなに商売女の真似がしたいのか!」
土方さんの怒りは思った以上にシリアスだった。
ねちねちイヤミを言われるのを我慢すれば良いだけだと思っていたのに、こんな風に追い込まれるとは。
「違います。そんなんじゃない」
必死でそうは言ったものの、
「それは遊び半分ではなかったという意味だな?では、場合によっては間違いが起こるのも覚悟の上で引き受けたということだな?」
既に処分を決めたような口ぶりが・・・怖かった。
返事をしようにも、声が出なかった。
「手篭めにされるのも覚悟の上だったのかと聞いている」
もうこちらを見てはいない。
苦々しげに真っすぐ中空を睨んで、逃げ道をふさいでしまうようなあからさまな表現。
違うと言ったらどうなるのか、そうだと言ったらどう返ってくるのか。
どんな展開になるのかが読めない。
それが怖かった。
どうしていいのか、とっさに頭が働かない。
・・・というより、自分はその時どう考えていたのかさえ思い出せないで居た。
大体、そんな覚悟なんて私には有ったのか?
ぐるぐるとそんなことを考え始めた時、台所の土間から幸が顔を出した。
「ちょっと待ってください」
「お前は黙ってろ」
間髪を入れずに土方さんは幸を制したが、
「黙りません」
「なんだと?」
と、制止を無視して彼女が茶の間に上がって来ると、奥の間の襖も開いて、
「お待ち下さい。恐れながら、先程申し上げました通り小夜さんには私が無理にお願いして・・・」
「あんたも黙っててくれ」
その間に幸は土方さんの正面に膝詰めになった。
そして一気に喋り出した。
「覚悟云々を言うのなら私も同罪です。小夜がそんな目に遭うなんてことは私も想定していませんでした。自分達だけで切り抜けられると思っていました。第一、そう思って居なければこんな話には加担していませんし、それに話を持ちかけられた時点でもしも私が手を引いていたなら、小夜も一緒に手を引いていたと思います。ですからこれは私の責任です」
土方さんはまっすぐ幸を見ていたと思う。
「コイツは自分がお前を引き込んだと言っているが」
「それは小夜の思い違いです。彼女一人ではこんなことに首を突っ込んではいなかった」
「待って」
なんだか話が逸れて行ってる。
それが幸の狙いであって、それが私を庇うためだというのは判ってるけど、でも納得行かない。
これは私の話だ。
「私は覚悟なんてしてませんでした」
危険にさらされる可能性は承知の上だったけれど、その反面、未知の世界に踏み込んだような高揚感があったことも事実だ。
つまりは土方さんが暗に指摘している通り、自覚は無かったけれど私は面白半分だったのだ。
だが私のその言葉を彼が責めるより先に、食いついたのは幸だった。
「何言ってんの。あんたには覚悟なんて必要無いんだよ。それをしなきゃいけなかったのは私なんだから」
幸ったら何言ってんだろう?
何が言いたいの?
「何それ?判んないよ。なんであんたが私の分まで責任取らなきゃいけないの?」
すると彼女は決然として、
「だってそれが私の役目だからさ」
さらりと言ってのける様がわけも無く憎らしい。
「だからー、意味が判んないっつてんの!」
おい!と、いつの間にか言い争いになり始めている私達に土方さんがキレかけた時だ、
「腰に二本差しているってことはそういうことなの!」
何時に無く厳しい口調で幸はそう言って、それから土方さんに向き直り、
「そうでしょう?そうですよね?」
うんと言えば彼女ひとりの責任になってしまう。
否と言えば彼女の師の教えを否定することになる。
偶然なのか意識的にか、言葉の罠に追い込んだのは幸の作戦か。
後から思えばそういうことだったのだと合点が行くが、この時の私は自分の短慮を思い知らされ、自己嫌悪で頭がいっぱいだった。
その上、幸に庇ってもらっているのが更に情けなくて。
客人用に並べた茶托をカタカタ踏んで、フクチョーが膝元に擦り寄って来た。
抱き上げたら柔らかくて暖かくて。
泣きそうになる。
ゴトゴトと、台所の板戸が鳴ったのはそんな時だ。
「大分遅れまして、申し訳ございません」
思わず幸と顔を見合わせてしまった。
なぜ、彼がここに来るのか?という驚きと、この事態をどうすればいいのか?という衝撃と、加えて、
「山崎か。入れ」
土方さんの普段と変わらぬ物言いがいったい何を意味するのか?という疑問と不安が一気に押し寄せて、声ひとつ、身動きひとつ出来ぬまま、パニクっているお互いの目を見つめるばかり。
土方さんは幸の質問に詰まったのではなく、外の足音に耳をそばだてていただけだった。
それが誰かもすぐに理解したようだった。
山崎さんの方は、家の中の気配で瞬時に事情を察したらしかった。
あまりに動じない土方さんの様子に、私達は始め、彼等の間に何か打ち合わせが有ったのだと思った程だ。
でも違った。
「待ってたぜ」
「恐れ入ります。まさかこちらにおわすとは。たばかられました」
お武家姿の山崎さんは、周りに居た私達に目礼しながら土間から上がって来て、その場に座り上司に会釈をした。
幸が彼に場所を譲り、先程から立ったまま様子を見ていた戎三郎さんにも腰を下ろすよう勧めている。
「お前には悪かったが野暮用があってな。こいつ等に会ったのは偶然だ」
やはり、山崎さんの目を盗んで屯所を抜け出していたのだ。
「待って居られたというのは?」
「聞けば聞くほど、お前が陰に居ないとは信じられない話だからな。お前が絡んでいるとなれば素人に任せきりにはしないはずだ。必ず事の次第を確認に現れる」
言われて、山崎さんが苦笑しながら頭を下げた。
「恐れ入ります」
「どうして俺に黙っていた」
静かな落ち着いた口調。
咎める様子は微塵も無かった。
「申し訳ございません。万が一の時、新選組の名前が出たのでは取り返しのつかないことになりかねないと思いましたので」
「それでこいつ等を使ったと?」
「左様で。外の人間を使うのも後々間違いを招く元」
「それで身内の者を使ったと言うか」
「左様です」
身内、と確かに聞こえた。
顔を上げると、幸がにっこり笑っている。
「それにしても手前ェの上役の手掛けを使うたぁ肝の太ぇ男だ。しかもさっきまで涼しい顔して供まで務めていたものを」
くっくっくと、土方さんが低く笑う。
騙されていたというのに、むしろ嬉しそう。
それだけ部下を信頼しているということなのか。
同じ事件に係わっているのに、私に対するのとはえらい違いだ。
「恐れ入ります。身内はいろいろ居るには居りますが、どうにも適任者がおりませなんだ。相談すれば土方副長には断るしか道は無い。されば、と勝手ながら事を運んだ次第でございました」
畏まって頭を垂れ、的確に答える山崎さんを土方さんは満足そうに眺め、
「苦労をかけたな。で、現場の様子は見て来たか?」
「はい。敵の手勢は島津家直臣というより言わば陪臣。お屋敷にも入る様子はありません。つい今しがたまで我等を探しに出歩いておりましたが、ようよう諦めたと見え、主人の菊池某共、既に木屋町筋の旅籠へ納まりました。屋敷に駆け込まぬ様子を見ると、先方も家中で事を大きくするのは本意ではなさそうです」
木屋町筋!
戎三郎さんの宿とご近所、・・・最悪、同じだったりするのかもしれない(怖)。
「ふーん。島津屋敷に潜ってくれりゃあ、面白い動きが見られたかもしれんが。まあ仕方無い。ここの場所は知られてはいない様子か?」
「確かには。皆様逃げ方がお上手でいらっしゃいます故」
そう言いながら山崎さんは不意にこちらを向いて、笑顔で頷いて見せた。
ねぎらいの笑顔だった。
それを見たら、なんだか堪らなくなってしまった。
叱られて、自分が馬鹿だと自覚して、凹んだところに笑顔でねぎらわれ・・・。
無断で事を運んだことがバレても、きっちり仕事をこなしてむしろ悦ばれるのはきっと、それほど彼が信頼されているからで。
その彼の役には立ったと思えて。
彼が責められないことにほっとして。
「ただ、新選組の屯所近くに姿をくらましたことは知れています。警戒はしているかもしれません。今しばらくは用心・・・」
そう言う山崎さんの笑顔が真顔になったところまでは見えた。
でもすぐ、視界が一気に涙に沈んだ。
泣き声が上手く飲み込めない。
「小夜・・?」
幸の驚く声が聞こえている。
フクチョーが手元から逃げて出して、先程茶を注いだ湯呑み茶碗をひっくり返した。
「わたし・・・、私はただ、・・・山崎さんが叱られないで済むならそれでいいと思っただけだ。自分が何かの役に立つなら嬉しいと思っただけ・・・」
喉の奥から熱いものがこみ上げてきて、ウエーンと泣き声がおさまらないのがカッコ悪過ぎ。
涙がぼろぼろこぼれ落ちて、逆に視界は晴れた。
「お金が欲しくてやったわけじゃないし、・・・商売女の真似をしたかったわけでもないけど、・・・でもやっぱり綺麗な格好して嬉しかったりもしたから、・・・それが面白半分だったって言われても仕方無いと思うけど、・・・」
鼻水が垂れそうで、思いっきりすすっちゃった。
「覚悟なんてあるわけ無いじゃん!自分が手篭めにされる覚悟なんて・・・。そんなの考えてたらこんなこと出来なかったもん!楽しいことでも考えてなくちゃ、こんなこと出来ないよぉ!」
覚悟は無かったけれど、自覚もしていなかったかもしれないけれど、結構必死だったんだ。
必死でテンション保ってたんだ。
ふざけてたわけじゃないし、簡単な仕事だと舐めてかかってたわけじゃない。
自分なりに一生懸命なつもりだった。
それが、求められてるレベルじゃなかったのかもしれないけど・・・。
ううーっと、泣きが治まらない。
こうなったら気が済むまで泣かないと治まらない。
「おい・・・!」
土方さんのたしなめる声。
それほど泣き声はデカかった。それは認める(--;
「小夜さん・・」
山崎さんの心配そうな声も聞こえた。
でも、もう泣くのに手一杯で何も話せない。
お茶に濡れた畳を拭きに、布巾を持って来た幸が手拭を手渡してくれて、泣きながら洟をかむ。
「そらそうや。枕芸者やあるまいし、手前が手篭めにされる覚悟なんぞ有ったら堪らん。そんなもんが有ったのやったら、あんたはあのハゲ頭を懲らしめようとは思わなんだはずや。私かて今頃どうなっていたことやら。思い返すんも気色悪い」
今まで黙って成り行きを見守っていた戎三郎さんが、いつの間にか傍らに煙草盆を引き寄せて自分の煙草入れから煙管に刻みを詰めている。
土方さんも山崎さんも、何だコイツ!みたいな目つきでそれを眺めていた。
「そうやろ?あんたさんがあの時、かぁーっと頭に血ィが上って、あのタコ坊主を足蹴にしたんはそういうことやないか?何が何でも私を助けよ思うてくれはったんは、覚悟の無い者の気持ちィいうんを判ってくれはったからやないかいな?」
煙草盆を持ち上げて、ぷかぷかと吸い付ける。
私の他は誰も知らなかったはずの一部始終を自らさらけ出すことに、彼はいささかの羞恥も迷いも感じてはいないようだった。
「私はな、この見目や。あないな目ェに遭うんは珍しいことや無い。けどな、あんたはんみたいに後先も考えんと、相手突っ転ばしてまで助けてくれはったお人は初めてや」
そこまで聞けば彼の身に何が起こったか、そこにいる誰もが察したはずだ。
戎三郎さんの後ろに控えていた柚木さんが、顔を上げて私を見た。
あの時起きた不測の事態の真相を察してくれたんだと思う。
だが一人だけ、話のポイントをわざと外して聞くヤツが居た。
「後先考えンと・・・な」
クソオヤジめが鼻で笑っている。
でもそれに反論しようとするより先に、
「放っとき。その場に居らへんかったモンの言うことなんぞ聞かんかて宜し」
さらりと戎三郎さんが流した。
それに食いついたのは山崎さんで。
「なんやその言い草は。貴様舐めとんか。誰のお陰でここにこうして居られる思うてんねん。土方センセに失礼やないか。お前みたいなンは余計な口出しせんと、黙って控えとったらええんじゃ」
それとは裏腹に、戎三郎さんは可笑しさを抑えきれない様子で吹き出した。
「これはこれは。さっきまで行儀の良いお侍かと思うとったら、なんや、化けの皮が剥がれてもうたな。言葉つきまで上方風に戻りよる」
「なんやとコラ。何笑ろてんねん。面白無いやっちゃな」
「おほ。ガラの悪い兄さんや。コワイコワイ」
可笑しそうに笑いながら、扇で顔を隠す仕草がひょうきんで可笑しい。
泣き膨れた顔を手拭で押さえながら、うふっと笑ってしまう。
それに気付いた戎三郎さんが、
「あんた、こない情の無い旦那んとこで辛抱せなならんと思うてはるのやったら、どや?私ンとこ来はったら?」
彼の冗談ともつかぬ言葉に山崎さんってば瞬間湯沸かし器みたいになっちゃって、
「貴様!何ぬかしとんねん。頭わいてんちゃうか」
戎三郎さんは扇で半分顔を隠したまま迷惑そうに顔をしかめ、殊更おっとりした口調で、
「うっさいオッサンは黙っとれ」
「なんやと!誰がオッサンやねんこのウスラボケが」
この二人、ほんとに面白い(笑)。
戎三郎さんと居ると、山崎さんが激烈面白い。
素になってる。
いきり立つ山崎さんをなだめたのは土方さんだった。
「そう仲違いするな。俵屋の隠居殿にはこれから先、新選組の為に働いてもらうことになるやも知れん」
「へぇっ?何ですか?」
聞いた事の無い山崎さんの素っ頓狂な叫びは、イントネーションが関西弁のままだった。
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