もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

この人がここにいるということは、山崎さんが押さえ損ねたということなんだろう。
だとすれば、彼は何らかの手を打ってくれているかもしれない。
でもそれがどんな手なのか今の私には知る由も無く対処のしようも無いし、それ以上に一番怖いことは、この人がここに居ることを山崎さんが知らないでいるかもしれないということだ。

つまりは誰の助けも期待できないってことだ。

私にこれ以上どうしろと言うんだろう。
何の作戦も思いつかないぞ。

物凄く疲れる展開・・・(--;

だが追求の手は逃れられないだろうし。
なんとかこの場を繕わねば。

歩みに揺られながら言い訳を考える。

って、あれ?ちょっと待てよ?

・・・このまま家に帰っちゃイカンだろーっ!!!

集合場所にしちゃったんだぞ!
このまま帰ったら(ひー!想像したくない・涙)万事休すじゃないか!
やばいよ!やばい。思いっきりやばい!

「あの~、ちゃんと説明しますから。屯所でもどこでも参りますよ」

ビタっと再び歩みが止まる。
止まるたびにこっちはドキッとするんだけど。

「妙なことを言うではねぇか」

「あー、屯所で都合が悪ければ・・・ええと、おゆうさんのところとか」

「バカを言うな。こんな派手なボロ雑巾抱えてどこに行けと言うんだ。えぇ?」

・・・ボロ雑巾かい・・・(T-T)。

歩き出す。

「はは・・・そうですよね。じゃあ、あのう、どっか食べ物屋さんとか・・・」

無言。

「あのー、私、お腹すいちゃってぇ。家には何も無いしぃ。美味しいものでも食べたら喋りもスムーズに・・・滑らかになるかも・・・」

「喋りは充分滑らかなようだが?」

「でもお腹すいて・・」

「腹が減っても足が痛んでも、喋ってもらうから観念しとけ」

ううむ、手強い。
じゃあ、もうこれっきゃ無いか。

「ううっ!気持ち悪い!酔った!吐きそう!下ろして」

足をバタバタさせたら、いきなり地面に投下された(痛)。
オエっとえづくフリをすると、

「お前な、悪あがきはやめろ。時間の無駄だ。自分の家に帰りたくない理由は何だ?え?」

側にしゃがみこむ。

「そんなんじゃないんですぅ!ほんとに具合悪くて・・・オエ・・・ッ」

「さっきまで必死で走ってたのは帰ろうとしてたんじゃなかったのか?幸はお前を家に帰そうとして追っ手を引き付けたんだろ?」

なにぃ~?・・・そんなとこまで見てたのかよ!
まったく食えないオヤジ!

「見てたんだったら幸の加勢してくれたら良かったのに!」

「アイツは逃げ方を知ってるからな。問題無いさ」

口の端をゆがめて笑った。
憎たらしいったらない。

「だからって・・!」

食ってかかろうとした私の様子に、

「見たところ具合は悪くはなさそうだが」

う・・・(--;

「もう一度聞く。俺と一緒に帰りたくない理由は何だ?俺が行ってまずい訳は?」

ううーっ・・・(--;

「話す気が無いなら無いで構わん。家に帰りゃあ判ることらしいからな」

ぐい、と腕をつかまれた。

「ほれ、行くぞ」

「イヤッ!」

痛いぐらいの力に嫌悪感を感じて、振りほどこうと叫んだら、

「しっ!騒ぐな。人が見る」

え?

見れば、ギラつかせた目で辺りの気配を窺っている。

焼け跡に復興した町は、真新しい町屋ばかりが虫食いのように通りを埋めている。
夜も遅く、灯りも見えず、通りはシンと静まり返っている。
風に流れる雲が影を作って、生き物みたいに町を移動して行く。

なるほど。
いいこと聞いたわ。

それじゃあ、と思い切り息を吸い込んだところで、彼は私が何をしようとしているか気付いたらしい。
あっ!と慌てた顔がいい気味(嬉)。
私の口をふさごうと手が伸びて来たのだが、

「火事だぁぁぁっ!!!」

・・・勝った♪

静かな夜だったからねぇ。
かなり響き渡ったと思うよ、うん。
辺りの家々が速攻ガタガタ言い出して・・・。

こんな時、助けてーと叫んではいけません。
余計な事件に巻き込まれたくない市民達は誰も出てきてくれません。
逆に京都の人は火事には過敏になってますから、「火事だ!」なんて聞いたら飛び出して来てくれること間違いなし。

「・・・このクソガキッ!」

ギリギリと歯噛みをしながら、イヒヒヒと頬が緩むのを抑えられないで居る私を、羽交い絞めにして振袖でグルグル巻きにして口まで塞ぎ、しごき帯で足まで縛って担いで逃げるのの早いこと!
気がついたらわたしゃ物言わぬ荷物と化してたわよ。
誘拐(かどわかし)慣れ過ぎ。

・・・いったいこの人何やってる人?



幸や戎三郎さん達が聞きつけてくれて異変に気付いてくれればいいんだけど・・・。

そんな私の願いも空しく、家の前。というか路地の入り口。
いきなりドサリと地面に下ろされた。

「誰か居るな。灯りがついてる」

そう言って彼は私を見た。
誰が居るのかと問われたって振袖の袂の結び目を噛まされてるんだから喋れないよ。

「騒ぐなよ」

「・・・こんなトコで騒いだって意味無いでしょ。もう諦めましたぁ」

猿轡を解きながら、彼は振袖の袂に入ったままになっていた小判の塊に気付き、取り出して見るなり、

「大金だな。お前に盗みが働けるとも思えんが・・?」

既に晴れ渡った月明かりの下、伏し目がちで居ると青白く照る頬にまつ毛の影が出来る。
こちらに視線を移す時には、まぶたの動きがパッチリと音がしそうなくらいだ。

「何言ってんのよ。失礼ね。それは貰いモン」

自由になった肩を解しながら答えると、

「切り餅二つとはな。幸と山分けでも一人二十五両。身売りのお足にしちゃ豪気なもんだ」

身売りだって。
まったく失礼なヤツ。
見た目と中身がこうも違うか。

「あーら、私達にはそれぐらいの値打ちがあるってことじゃないの?おっほっほ」

と憎まれ口を利いたら舌打ちが返って来た。

「ばか言ってねぇで。家の中に居るのは誰なんだ?さっさと教えろ」

最初にバカ言ったのはどっちだよバーカ。

まさかそうも言えずに、むくれっ面になりながら足をぐるぐる巻きにしているしごき帯を自分で解く。

「きっと幸だと思いますけどー?」

「違うぜ。男だな。蓬髪だが、・・・町方なのか?」

小声にギョッとして見れば、垣根越しに中を覗いているではないか。
癖なのか、刀の柄に手が行っている。

「雨戸を開けて・・・ありゃ月を拝んでるのか。ふざけた野郎だ。誰の家だと思ってやがる」

・・・ああ。
蓬髪の男性と言うからには戎三郎さんだ。
先に着いてたのね。

「入って行って大丈夫ですよ。知り合いです」

「お前の知り合い?金子をくれたのもあいつか?」

遠目に見ても金持ちに見えるのね、戎三郎さんって。

「ええまぁ・・・」

今更何をどう誤魔化していいのか判らなかったし、誤魔化すには仲間と打ち合わせも出来ない状況だったので、私はもうこの時点でほとんど勝負を投げていた。
後はどうにでもなってくれい(こらこら)。

ふーん、と、どう納得したものか土方さんは私の腕をつかんで立たせると、

「お前、先に行け」

え?
意味が判らず見返す。

「俺が先に入って行けば向こうも身構えるだろうからな。なにせ初対面だ」

ごもっとも。


木戸を潜った時、確かに戎三郎さんは縁側に立っていた。
でも月を眺めていたんじゃなくて、散りかけた庭の老梅を愛でていたのだ。

「ただいまー。遅くなりましたー」

「おお、小夜はんや。無事やったかな」

その声を聞いてか、奥から柚木さんも顔を出す。

着物の褄を取ってしごき帯でたくし上げながら、

「まあ、こんな格好ですけどなんとか」

結局、簪はなくしてしまった。
辛うじて胸元にしまっていた飾り櫛が無事なだけ。
髷は落ちているし、振袖は汚れてるし散々な格好。

「借り物なんぞなくしたかて金で何ともなるさかい。あんたの無事が何よりや。幸はんはどないしはりました?」

彼女はまだ戻ってないようだ。
ていうか戻って来ないといいんだけど。
いや、それも心配だけど。

「途中から別行動になっちゃって。後から来ると思います」

でもそんなことより、

「ごめんなさい。捕まっちゃいました」

その言葉と、たぶん後から姿を現した土方さんを見て、柚木さんが刀を手にした。

「ああ!待って。違うの。この人は敵じゃないから・・・」

「さてはこちらのご主人かな?」

戎三郎さん察しが良い。
ていうかこの場合、敵じゃないならそれしか可能性は無いか(爆)。

「ええ。あの・・・」

説明しようとしたとたん、左三つ巴に視界が遮られる。
おいおい。

「いかにもここは私の家だが、お手前方は?」

さすがに刀に手は行ってない。
が、・・・敵意満々。
オーラが見えそう(--;

「これはこれはえらい不調法を。主の留守宅に厚かましう上がらさしてもろてまして。小夜はんから何ぞお聞きにならはりませんでしたやろか?」

対する戎三郎さんもなかなかだ。
会釈しながら無敵の営業スマイル(爆)。

標準的な身長の人が標準的な京家屋の縁側に立つと、なるほどこういう構図になるのかと妙なところで感心した。
月影に散る白梅の元、絵のような立ち姿なのだ。

・・・まあ、土方さんには効果無いみたいだけどな(^^;。

「何も。こんな状態で行き会ったもので。とりあえず連れて帰った次第だ」

「ごめんなさい。話そうと思ったんだけどいろいろあってそこまで到らなくて・・」

横から顔出したら、

「お前は黙ってろ」

スゲー勢いで睨まれたぁ~。

「あんた等は何者だ。何故ここに居る?コイツとはどういう知り合いなんだ?」

ハナイキ荒っ!
困ったもんだなー。どうしようかなー。

・・・逃げ出しちゃダメ?(^^;

そんな時でも戎三郎さん少しも騒がず、

「私は俵物問屋を営んでおります俵屋の隠居で戎三郎という者でごわします。お恥ずかしい話、この年で隠居さしてもろてまして。これは私が雇うている用心棒で、柚木多聞。以後お見知り置きを」

落ち着いたもんだなぁ。
育ちの良さというヤツなのかね?

「俵屋・・・?」

もしかしたらウチの大家だということは山崎さんから聞き及んでいるのかもしれない。
土方さんの勢いがちょっと緩んだ。・・・ような気がした。

「その俵物問屋のご隠居さんがどういうわけでウチの・・・コイツに五十両もの金をくれるというのかね?」

ボロ雑巾と言わなかったのはせめてもの思いやりのつもりなのかしら(^^;
それにしても、このままここで話を続けるつもりなのか?

「何かの報酬というには法外だが。いったい何をさせた?誰の了解を得てやったのだ」

うお!やばいっ!
山崎さんの名前だけは絶対出してはいかーん!

「あのー、すいませーん。長いですかぁ?足が冷たくってぇ、早く家に上がりたいんですけどー」

手を上げて発言してみる。

「うるさい!黙ってろ。もうちょっと我慢できねぇのか、お前は!」

「できませーん。足が痛いですぅ」

唇尖がらしたら、柚木さんがブッと吹いたのとそれをたしなめる戎三郎さんの小声が聞こえた(笑)。

「草履履いてる人はいいですけどー、私は裸足だしぃ」

「うるせぇ、騒ぐな!」

と私に怒鳴ってから、苦々しげに、

「そんなわけだ。すまんが火桶に湯が沸いていたらこちらにくれ。詳しい話は後だ」

言うなり井戸端に置いてあった手桶に水を汲み始めた。

湯?湯って言った今?
何を始めようというんだこのオヤジは。

「判りました。ですがまだ、そちらさんのお名前を窺うてはおりません」

戎三郎さんはどこまでも的確で落ち着いた応答だ。
釣瓶を操る背中に質問した。

「俺の名?勝手に上がりこんでおいて、家主の名を知らんのか」

水を組む手を止め、侮蔑を込めてこちらを一瞥したのへ、

「勝手じゃありません。私が了解したの。失礼なこと言わないで!」

小声で反論していたら、戎三郎さんが仲裁に入るように説明してくれた。

「新選組のお方とはお聞きしましたが、皆さん用心深うて、ご主人さんのお名前を教えてくれませなんだ」

それを聞いてもう一度こちらを見る。

そーれ見ろ!私だって少しは気を使ったんだい!
舌を出してやった。

すると彼はふん、と鼻を鳴らして戎三郎さんに向き直り、

「新選組副長土方歳三。・・・これで宜しいかな?」

んー、なまじ整った顔してるだけに名乗っただけでも気障に見えるよね(爆)。

でも本人的には何も意識はしてないのかも。
何事も無かったように手桶を提げて勝手口から土間に入り、柚木さんが持ってきてくれた鉄瓶から湯を注いで、

「ほれ。これに足を突っ込んでお前はここに座っていろ」

言われるままに、上がり框の下の踏み板に腰をかけて膝まで着物をたくし上げ、お湯に足を浸ける。
温かくて気持ちいい。

柚木さんは行灯も持って来てくれて、上がり框に置いて行ってくれたのだが、その開けた障子の隙間からフクチョーが顔を出して、白粉の匂いを嗅いで来るのがくすぐったい。

相手に敵意が無いことを確認したことで、どうやら土方さんは優先事項を並び替えたみたいだ。
でも足を洗うならタライがいいのに、どうして手桶なんだろう?

「湯がぬるくなるまでそうしてろ。とりあえずましにはなるだろう」

言われてようやく、彼の意図が判った。
足の痛みを緩和させようというのだ。
ならばタライでは浅過ぎる。

それから彼は鉄鍋に水を汲んでかまどに火を入れ、手桶に足を突っ込んでいる私の横にしゃがみ込みながら、

「後は自分でやっとけ。そこに座っていれば火加減が判るだろう。白塗りを落とすには湯が要るからな」

気味悪そうに顔を覗き込んできたと思ったら、今度はお湯に浸かっていた左足を掴んで引き上げ、白塗りのふくらはぎを指した。
はげかかった白粉にピンク色のケロイドが縦に走っている。

「見ろ。この傷跡の赤味が消えるまでは養生しとかねぇと後々まで冷えが通るようになるんだ、判ったか。爪紅なんぞ差す暇があったら足袋を履け。裸足で走り回るなんざもっての他だこの馬鹿者が!」

小言。
小言を言うのは好きだよな、この人。
あーあー、はいはい、とうんざりしながら聞いていた時、庭にひたひたと足音がしたと思ったら、

「ふー、遅くなりました。小夜、先に着いてました?」

幸が帰って来た!
と思ってもどうすることも出来ない。
足音は止まらない。

おそらくは縁側越しに座敷に居た戎三郎さんに話しかけながら、ガラっと勝手口の板戸を開け、

「今夜一晩で三日分のランニングメニューこなしちゃっ・・・」

覆面を外してご機嫌な笑顔だったのが一瞬にして凍りついた。
たっぷり一秒間は凍り付いていたな(笑)。

勝手口を開けっ放しにしていればあるいは避けられた事態だったかも。
外気は寒いと感じた土方さんは、きちんと閉め直していたんだよね。
なので戸口から入って来た幸には、台所の中の様子は見えなかったわけ。

パニクった人を端で見てることほど可笑しいものは無いと思う(こら)。

ぱちぱちと瞬きを二つぐらいして、

「・・・あ。・・す、すいません。あの・・失礼しました。私は居なくなります」

幸ちゃん、声が裏返ってる(笑)。
ていうか居なくなりますって何?(謎)

それから、凍りついた笑顔のまま板戸をそうっと元のように閉めたではないか。
漫画じゃないんだからさ(爆笑)。

「おい!幸!ふざけるな!戻って来い!」

怒鳴られてしばし、板戸が再び、今度はひっそりと開いた。
さっきの勢いはどこへやら、彼女は伏し目がちで青菜に塩の体。

「ほお、これはこれは勇ましい格好(なり)だな。どこから持って来たのだぇ?随分と用意がいいではないか」

今まで掴んでいた私の足をようやく離し、立ち上がりながらイヤミを言った。
相手の脛当て姿を見咎めている。

幸はそそくさと襷掛けを取り、袴も元に直しながら、

「こちらの納戸からお借りしました」

慌ててはいたし俯きがちではあったが、もう覚悟は決まったようで、意外な程きっぱりとした物言いだった。
おやっと、土方さんがワンテンポ置いたのが判った。

「誰に断って持ち出した」

もうイヤミな感じではない。
イヤミぽくはないが、でもヤバイ質問であるのは確か。
私のほうが慌てた。

「私・・・!」

そう言ったとたん、びっくりするような勢いで土方さんがこちらに顔を向けた。

「私が許可しました!」

と言ってしまったこの時、私自身、ようやく逃げ道が見えてきた。

「お前が許可しただと?」

目を剥いた。

言いたいことは判っているので、今更聞く必要は無いだろう。
二の句を待たずに続けた。

「そう。戎三郎さんと知り合ったのも私!彼の話を聞いて、彼の仕事を手伝おうと決めたのも私!幸を仲間に引き入れたのも私!全部私がやったことです。幸は何も悪くありません!」

殊更デカイ声で叫んだのは、座敷にいる戎三郎さん達に聞かせるため。
幸を弁護したのは、山崎さんの存在に話を向けないため。

私達の行動を監視できなかった責任はどうしたって山崎さんに行ってしまう。
せめて、彼の感知しないところで私がしでかした不始末というなら、咎めも軽いだろうと思ったのだ。

事の顛末と山崎さんの関連を探られないように仕向けなくては。

じっと私を見下ろしながら、土方さんは何か考えている。
黒目がちの眼は無表情でも威圧感があった。
上がり框に置かれた箱行灯の灯がキラキラと映って見える。
今ひとつ腑に落ちていない証拠に、口元のへの字の角度がきつい(--;

睨み合いに勝つコツはひとつしかない。
相手の視線に絶対負けないことだ。

それを言うといつも幸に笑われちゃうんだけどね。

「一段落しはったら、こちらでお話致しましょう。私から言うのも重ね重ね厚かましうて何やら申しわけの無い事ですけどな」

戎三郎さんから助け舟が出た。
ふん、と土方さんは忌々しげに鼻を鳴らし、こちらから視線を外さぬまま、

「厚かましいのはお前だけでは無いらしい」

捨て台詞を吐いて、外していた大刀を手に、私のすぐ横をすり抜けるようにして座敷へ上がって行った。
風呂を点てておけと幸に言いつけるのを忘れなかった。


「びびったぁ~~」

幸がメチャクチャな顔をしながらようやく土間へ入って来た。
私の足元へ脱力したようにしゃがみ込み、脛当てを外しながら小声で、

「最後の最後にまさか!だよね。山崎さん、しくじったのかなぁ?」

「しー!その名前は出しちゃダメ!」

更に極々小声で、

「しくじったのなら何らかの形で連絡つけると思うのよね、彼のことだから。何も無いってことは、彼は気づいていないんじゃないかしら?」

「予定は全て終わったと思って副長から目を離したってこと?」

「そうそう」

「部下まで騙して一人歩きかよ。困った人だなぁ」

「私ら二手に別れたでしょ?あそこの時点で見られてたらしい」

「うっそぉ。相変わらず人が悪いや・・・」

うふふ、と幸は笑う。
嬉しそうなのはナゼ?


彼女は装具を外し終えると、風呂を焚き付けに行き、また戻って私の化粧落としを手伝ってくれた。

「あんた、足温めてたんだ。最初見たとき副長が足を洗ってやってるんだと思っちゃってさー」

とんでもないことを言う。

「まさか・・・!」

「まあ、まさかとも思ったけど。でも一瞬すげー!って思っちゃったぁ」

うひひと笑いながら、濡れ手拭で私の首筋を拭ってくれている。

座敷の方ではもう一戦始まっていて、そちらの雲行きも気にならないではなかったが、とりあえず危険を脱して一息つきたかったのは私も幸も同じ。
ゆったりとお喋りモードになっちゃって。

「でも、痛む足を温めろと言ったのは副長なんでしょ?なんだかんだ言って、誰かさん大事にされてんじゃーん♪」

「言・っ・て・ろ!これはー、私がヤツの追及の矛先を変えるために騒いだからなの。アナタねー、アタシがヤツに捕まってここまで引きずられて来る間にどれだけ大変な思いをしたと思ってんの?」

「はいはい。想像つきますよん。お疲れ様でした。できればその場に居合わせたかったよ。面白かったろうなー」

うぷぷと吹き出しながら、

「髷、落っこってて邪魔だからとりあえずお団子にしとくね。櫛貸して」

胸元から櫛を取り出し、顔のすぐ横に突き出された掌に乗っける。

「あーあー。簪が全部どっか行っちゃったよー。アイツのせいなんだよ。アイツが人を荷物みたいに引きずり回すからさー。道端にぽろぽろ落っことして来ちゃった。高そうな簪だったのに。百菊さんに叱られるぅ」

「後に挿してた玉簪は無事だよ。元結にしっかり挿してたからかな?」

ざっくりと三つ編みにしたのを元結にくるくる巻いて、真上から珊瑚の玉簪をブッスリと挿して固定した。
それから使い終えた櫛を前髪に挿してくれて、

「ねぇ、お腹すかない?」



化粧も落としたし、お風呂が湧くまでの間に腹ごしらえの算段。
今朝の残りご飯と縮緬山椒でお茶漬けにするか、お正月の残りの餅を焼くか。

さらさらお茶漬けをすするよりは、お餅に齧り付きたい気分なんだけど。
でも、いつもは火鉢で焼くお餅、座敷に上がるのは憚られるし。

「かまどで焼いてみようか。焼き網じゃなくてさ、鉄鍋をフライパン代わりに・・・」

カビよけに水に浸けておいた切り餅を、布巾に取りながら幸が提案。

「アタシ砂糖醤油つけて食べよー」

温まった足を手桶から引き上げ、手拭で拭きながら答えると、

「私磯辺焼き・・・って、あんた偏食ねぇ。海苔ぐらい巻いたら?」

「なんかさー、甘いの食べたいんだよね。ホント言うとアンコとかきな粉餅とか。でもすぐには出来ないしさー。こんな時間じゃ買ってくるわけにもいかないし。あーあ、近くにコンビニ出来ないかなぁ」

幸がぶーっと吹き出した。

「だったら私、餅なんか食ってないでおでん買いに行く!」

「アタシ肉まん!」

ぎゃははは!
つい盛り上がっちゃって、

「うるせえっ!」

怒鳴られた。

うっかりアイツ等が居るの忘れてたよ(こらこら)。

「ご飯炊こうか」

幸が肩をすくめた。
どういう意味だか判らなかった。

「人間、腹が減ると怒りっぽくなるからね」

なるほど。

「それじゃあ、アイツに米俵でも背負わせといてよ」

くっくっく、と苦しそうに息を詰めながら幸が笑った。


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