もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室
ご笑覧下されば幸いです。
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てなわけで(?)、生まれて始めての本格的な白塗りでーす!(爆)。
白粉が冷たかったー。
かもじ沢山入れて大きな髷結って、簪グサグサ頭重っ!。
「ねぇこれって何の役だと思う?」
「なんだろ?道成寺?八百屋お七?どっちにしろきれいな衣装だねぇ」
黒地にクス玉を大きく描いた振袖に、深紅の刺繍半襟を思い切り見せ、帯も深紅の緞子に梅の刺繍がびっしり入った重たい丸帯を大きくやの字に結んで。
ふきの入った裾を引いて、紅絹裏と紫のしごき帯のコントラストが目に沁みる。
手足にまで白粉を塗りこめられ、爪紅まで塗ってもらったよ。
こんなにめかし込んだのは初めてだな。
鏡の中の自分は見たことない顔。
「うあ!ぬりかべシスターズの仲間入りだ」
幸を笑わすつもりが自分でウケてしまう。
ゲラゲラ笑ったら、顔の周りに下がった簪の房やらビラビラがうるさくて。
「そない大口開けて笑ろたらあきまへんー言うたらもう!大人しゅうせな御髪の飾りもんなくさはりますえ。借りもんなのやさかいくれぐれも放かさんよう気ィつけな・・・」
横で監督していた百菊さんに小言を食った。
髪結い、顔師、着付け師と、専門家が次々とやってくるので、彼女はその差配をしていたのだ。
「あ、口開けて笑った所から顔にヒビが・・・!」
幸が横から余計なことを言う。
ウソだと判っていても、やっぱり笑っちゃう。
「これ!や・め・よ・しっ!」
睨まれた。
こわっ!
あの後、お鉢はこちらに回って来た。
ていうか、自分からやるって言ったんだけどさ(と、幸に突っ込まれる前に言っとく)。
私がやる!と言い出したときの山崎さんのうろたえようは、戎三郎さんをも驚かせ、
「あんたはいったい何者なんだ?」
再び同じ質問されたっけ(笑)。
山崎さんが必死に食い下がり、素性を詮索しないということで商談は手打ちとなったんだ。
万が一のことを考えて、山崎さんは実行犯メンバーから外すことにした。
とりあえず、私と幸なら何が起きてもお咎め無しってことで。
これは戎三郎さんの、店に迷惑はかけないという理屈と同じだね。
もちろん、山崎さんは納得しませんでしたよ。
彼は私達がこの計画に参加するなんて端から大反対だったんだもの。
自分は協力するから私と幸は見逃してくれとまで言ったのだ。
でも戎三郎さんの目的は色子のダミーに使える人間ってことで、いくらなんでも山崎さんじゃ無理だし(キモ!)、またどっかから探して来るのも手間だし。
話を聞いちゃったんだし、家を返せと言われてるんだし、その家、ウチだし(^^;。
この仕事(?)さえこなせば山崎さんは戎三郎さんに絡まれなくて済むんだし。
それに、やっぱちょっと戎三郎さんに感情移入しちゃったんだと思う。
そういう意味で彼は上手いって幸が言ってた。
山崎さんが頑なに私と彼を話させたがらなかったのもそのせいだ、って。
話を聞けば絶対私は乗るだろうって・・・。
・・・その通りだよ幸ちゃん(爆)。
こんな面白そうな話、誰が乗らずに居らりょうかvv
「小夜ってば黙って座ってたらお人形みたい。カメラあったら撮りたい」
顔にヒビ入ってるとか言ってたくせに、なんだよコイツ(笑)。
でも記念撮影はしたい感じだな。
最後の仕上げに前髪に紫の布をマチ針のオバケみたいので留めてもらって準備完了。
これが女形の印なんだってさ。
「始めはどないならはるんか心配しょったけど、ええお顔にならはりましたなぁ、へえ。背ェが普通やったら可愛らし舞妓はんにならはるのやけど・・・」
普段着仕様の薄化粧の百菊さんは満足げにこちらを見ながら、傍らに置かれた火鉢で手を焙っている。
幸は引いたり近寄ったり覗き込んだり、鑑賞に忙しい(笑)。
「でも座ってると判んないよ。座高は(この時代の人と)同じぐらいだもん。正座したときに着物の裾でちゃんと足を隠せば・・・」
芝居用の着物を借りて来てくれたので、丈はなんとか間に合っている。
裾を引いているので、正座したときに後に出る足を隠せば足の長さを誤魔化せる、と彼女が言ってるのはそんなわけ。
私の準備が整ったので、プロ軍団は撤収して行った。
とある寮。
瀟洒な旅館みたいなところ。
場所は・・・東山?
街外れの、ちょっと高台。
余り利用はされていないみたいで、天井とか欄間とか、手が込んだ細工になってたりする割には長いこと火の気が無かったのか底冷えがする。
この日も朝から曇っていたのでそのせいもあるかな。
それでも私は家の中で部屋に火鉢も置いてもらったから良かったけど、幸は庭で待機だから大変だ。
私の居る部屋は庭に面していて、昼間だったらいい眺めだろう。
障子も襖も締め切って・・・・布団が敷いてあるの。
枕は二つ(--;
セット(舞台装置)とはいえイヤーな感じ。
押し倒される前に助けに入るから、って幸は言ったけど・・・大丈夫なんだろうな?
でも、こうなった以上もう後へは引けないし。
がんばらにゃ。
・・・ボロ出さないように(^^;
言われた通りに、閉められた襖の前に座って待つ。
足は隠して、と。
どこまで誤魔化せるか判んないけどな。
この茶番劇に参加するに当たっての一番の問題点は、ウチの旦那兼山崎さんの上司である土方歳三その人をいかにマークするかだった。
コイツに知られちゃオシマイなのだ。
幸いしょっちゅうウチに泊りに来るような人じゃないので、スケジュールをきっちり押さえられる日を選べばバレる心配は無い。
なので、計画を実行に移すには日程のやり繰りに神経使ったよ。
どうやら今日は朝から晩まで近藤局長と一緒に関係部署回り&夜は島原で宴会。
帰りは休息所(私宅)に寄りそうだけど、こういう時は局長が休息所帰りになる分、土方さんは屯所へ詰めることが多いんだって。
山崎さんが言ってた。
しかも山崎さんも最後まで彼と同行するので、万が一気が変わって私んちに寄りそうな雲行きになったら、上手く回避してくれることになっていた。
そういう役割を宛がわれたので、山崎さんは茶番劇の実行犯からは外れたってわけ。
ものすごーく心配していて、土方さんが屯所に戻ったのを見届けたら様子を見に来るって言ってたけど。
夕暮れが迫った頃から厨房と思われる辺りに人の気配が多くなっている。
そろそろお客さん達が到着する頃かな?
戎三郎さんは柚木さんを伴って、お客と一緒に到着することになっていた。
向こうの人数はまだ判らない。
ターゲットはひとりだけど、相応の身分のある人物なら部下や小者を伴っているんだろう。
カワイ子ちゃん(私のことさv)と遊ぶからって帰すかもしれないし、用心深くどこまでも独りにはならないのかもしれない。
柚木さんは取り巻き担当。
客人が部屋に入ったら、取りまき達の動きを封じておく。
お庭番の幸は退路確保。
仕事が終わったら庭から裏口へ逃げることになっている。
裏口には足の悪い戎三郎さんと客人のために籠をふたつ待たせてある。
獲物(客)の捕獲は手の空いている者全員で。
そして本番。
賑々しく幕は開いた。
ガヤガヤと表が賑やかになったと思ったら、障子戸がビリビリ言う程の豪傑笑いが廊下を近付いて来る。
部屋に入って来る衣擦れの音、囁き声、膳の仕度をする女の人達の畳を踏む音。
結構な人数が居る。
芸妓さんも付いてきたみたいで、酌をさせているのが聞こえる。
ひとしきり、今しがた後にしてきたのであろう、妓楼での話で盛り上がる。
あの店のどの太夫がどこの家中の誰がお気に入りで・・・とかそういう話。
部屋は暗いし、暖まって来ていたし、待ちくたびれて危うく居眠りしかけたよ。
「ときに戎三郎・・・」
と、ターゲットと思われる(豪傑笑いの)人物の声の調子が変わったので、はっと目が覚めた。
「今宵のこの機会を楽しみにしておったぞ」
・・・うわ!エロ臭っ!初っ端からそれかい!
声の調子からすると中高年層(範囲広過ぎ)。
あー、やば。
私、コイツの顔見て冷静で居られるのかしら?
「それは頼もしいお言葉。手前どもも手を尽くして探した甲斐が有ろうというもの。今宵の品は期待を裏切らぬ逸物にござりまする」
逸物て・・・!
褒め言葉に聞こえない自分が哀しい(--;
「ですが、お楽しみには手順というものがござります」
「手順とな?」
「こちらも元手がかかっておりまする。商人(あきんど)ゆえ、証文無しに品物はよう渡せませぬ」
戎三郎さんって、営業トークも素敵だなぁ。
控えめなところと押しの強いところとメリハリがあって、引き込まれる。
怖じ気ないっていうか茶目っ気が有るっていうか・・・。
どぅわはははは!と再び豪傑笑いが返るのが・・・時代劇だよ(--;。
まるで山城屋とお代官様だ(爆)。
「判っておる。例のものは確かにここへ・・・」
そこまで言うと、さささっと人の立ち歩く気配。
廊下へ出る障子の開け閉ての音。
人払いをしたらしい。
よーし!いいぞ。
これでこちらの思う壺。
でも、例の物って?
私らの目的はコイツの捕獲じゃないの?
「確かに。では・・・」
ややしばらくして戎三郎さんの返事が返り、そしていよいよ、
「夜之介、お客人に顔をお見せ」
ヨノスケっていうのが私の名前。
戎三郎さんが好色一代男の主人公『世之介』から取ったの(笑)。
返事はしなくていいんだ。
絶対喋るなと言われている。
女とバレるから(爆)。
百菊さんに教え込まれた通り、両手を揃えて目の前の襖の手掛りをちょっと開け、続いて襖の縁に手を掛けてすーっと。
目はまだ上げずに、三つ指突いてお辞儀。
両手の親指と人差し指で作った三角に額をくっつけるようにして・・・と。
ガサガサという錦織の無粋な衣擦れの音と共に、行灯の灯りに伸びた影がうごめいて、
「おお、そうか。夜之介とやら、硬くならんでも良い。顔を上げて見せてくれ」
オヤジの猫なで声はキモイな。
ゆったり動けと言われているので、いつもの半分ぐらいの速度で動く(笑)。
背筋を伸ばし、顔を上げても目は伏し目がちにね。
すました顔がいつまで持つか、自分でも自信が無いよ(冷汗)。
上座に座るターゲットのオヤジはキンキラの頭巾を被ったまんま。
背後の床の間の刀掛けにゴツイ作りの差料が二本とも掛けてある。
正面にはちょっと大き目の火桶。
その手前の畳の上に、おお!これは時代劇で見たような!紫色の絹布にくるまれた、たぶん小判の塊v
戎三郎さんは下座で、木賊色のお召し羽織にそれより一段薄色の着物。
こげ茶の半襟が渋い。
渋い着物が余計、着ている本人の端麗な美貌を際立たせちゃってぇっ!もおっ!(←ばかです)
「いかがでしょう?」
「これは・・・なかなか」
オヤジは興奮したのかそそくさと頭巾を脱いだ。
が、出てきた顔と言ったら・・・・!
こ、これはっ!!!
ダースベイダー?!(爆笑)。
着物の襟に埋まったような亥首。
ちょっと尖り加減のドーム状のハゲ頭!
大入道だよっ!インパクト有り過ぎ!
反則だろ~!
・・・声を上げなかっただけ上出来だと自分でも思った(--;。
戎三郎さんの咳払いで我に返る。
ハゲ頭に視線が張り付いて動けなくなってたよ(^^;
「夜之介、酌を・・」
促されて立ち上がる。
鴨居に結髪が引っかからないように前かがみになったのを見て(私は気がつかなかったが)大入道が何かリアクションしたのだろう、
「芸を仕込む前に育ちすぎました。舞台はあきらめさせて、宮川町に出そ思てます」
戎三郎さんの絶妙なフォロー・・・ではあるんだろうけど、なんか傷つくなぁ。
付け焼刃の立ち居振る舞いのボロが出ないように、足元を確認しながらそろそろと歩み出て、入道の傍らに座り銚子を手にとって酌をする。
熱燗だったのか、杯から湯気が立ち上った。
モワ~ンと、アルコールと一緒にキツイ香の香り。
それで先程からの香りの元はコイツだと気がつく。
スゲー匂いさせてるよ!
見た目、恰幅が良くて紋付羽織着てるし、杯を差し出す手なんか毛深くて太くて短いし、眉毛なんてモップみたいにふさふさで超オヤジ、否、ジジイなのに、そぐわない甘い香りをぷんぷんさせてる。
キモっ!
わー!とかぎゃー!とか心の中で叫びつつ、しれっと取り澄ましたした顔で酌をする自分が結構大人に思えていい気分v
仕事と思えばこれ位、私にだって出来るもーんvv
と、思った側から、手を取られ、
「なるほど大きな手だ。育ち過ぎだが肌のキメは女子と見紛うようだな」
撫で回された~!
ぎえぇぇぇぇ!
拒絶反応の出てしまう顔を必死に袖で隠した仕草が・・・却ってウケてたり・・・(汗)。
「それはもう。これほどの上玉はなかなかお目にかかれません。気に入って頂けたなら、どうぞこのまま進ぜましょう。可愛がって頂ければ幸いに存じまする」
モナリザみたいな微笑で、戎三郎さんは酷いことを言う。
「ほお。気前がいいのう、戎三郎」
「日頃のご贔屓に心ばかりの御礼にて・・」
微笑んだまま軽く会釈した戎三郎さんの額に後れ毛が一筋落ちた。
流れが変わったのはその時だったか。
「だが、そなたの美貌の前には色子の色も褪せるようじゃな」
・・・ん?
と思った。
まあ、その通りではあるけど。
私もそう思うし。
けど、本人目の前にしてそこまではっきり言うかこのジジイ。
戎三郎さんは笑って受け流し、
「いやいや、お口が上手い。それでは私はここらで退散致しますよって、どうぞお後はごゆるりと・・・」
脇息に体重をかけ、立ち上がる気配を見せたので、介添えをしようとそちらににじり寄ったその時だった、
「そなたのお母上は蝦夷の血を引いていたとか。しかも蝦夷は蝦夷でも赤蝦夷だとか言うではないか」
え?なに?なにそれどういう意味?
戎三郎さんの動きが止まった。
私も彼の顔を改めて見ちゃったよ。
高くて長い鼻梁とくっきりした切れ長の二重瞼が確かに日本人離れしているんだよね。
・・・と突然、ガシャガシャとお膳を脇に退け、ジジイが迫って来たではないか!!!
ゆでダコみたいに頭まで真っ赤に紅潮している。
びっくり。
「ワシは一度、異人というものを抱いてみたくてなぁ。戎三郎、そなたは綺麗じゃのう。可愛がってやるぞ」
はぁああ??
あんまりビックリして、とっさに何も出来なかった。
ていうか余りの出来事に最初ギャグかと思っちゃってて・・・(スイマセン・汗)。
目の前で戎三郎さんが真後ろに押し倒されてるっ!!!
ジジイが覆い被さった勢いでお膳が弾けるようにひっくり返った。
それでも大声は出さず、
「何をバカなことを!手前はそのようなことは・・・」
下手口調な戎三郎さん。
何とかしなくちゃとは思いながら騒いじゃいけないと理性が働いたのは、そんな状況下でも彼が事態を収拾しようとしていたからで・・・。
なのでとりあえず押し留めようとジジイの肩に手をかけたら、
「ええい!すっこんでおれ!お前は後だ」
ジジイとは言えさすがに武士。豪腕なんである。
振り払われた勢いで尻餅をついた。
前髪に差していたつまみ細工の簪が畳に飛んだ。
お前は後・・・って、わたしゃデザートかい!
メインディッシュは戎三郎さんだったんかい!
口に出せない分、怒気がぐるぐる頭の中に渦を巻いているようだ。
吐き気がする程ムカつきながら、簪を拾って髪に差したところで、戎三郎さんのもがく声が聞こえた。
見れば小柄な彼はタコ坊主に組み敷かれてなす術も無く、口をふさがれ裾を割られて、白足袋の足が顕わに・・・!
「いい加減にしろ~っ!このエロジジイ!」
気がついたら横から相手のケツを思い切り蹴り飛ばしていた。
頭来ちゃってもう訳判らん!
どうなってももう知らん!
結構な巨漢だったが、横から不意を突かれてゴロンと仰向けに裏返った。
「おのれ!貴様女か!」
巨漢が災いしてすぐには起き上がれないでいる姿が、ガマガエルが無様にもがいているように見えた。
「女で悪かったな!女を馬鹿にすると・・・」
起き上がらせてはまずい!
相手の自由を奪うには・・・。
一瞬、股間を踏み潰してやろうかと思ったが、・・・私、裸足だったんだわ。
ヤダ~!そんな気持ち悪そうなこと無理!
とっさに目に付いた火桶の上の鉄瓶から、
「女と思って馬鹿にするとこういう目に遭うんだよ!死ね~!」
「よせ!やめろ!ぎゃー!」
股間に熱湯直撃v
タコが熱湯食らってのた打ち回っている間に、戎三郎さんを助けなきゃ。
「大丈夫?どこか傷めてない?」
あんな豪腕に押し倒されたんだ、怪我してないとは限らない。
覗き込んだ瞳の色がトビ色で、先程聞いた『赤蝦夷』という単語が頭の中を過る。
「・・・」
さすがに動揺していたのか息が弾んでいた。
なかなか自力で起き上がれない彼を抱き起こす。
抱いた肩の薄いこと。
その時、廊下の障子が開いて、タコ坊主の部下が入ってきた。
刀抜いてる!
ヤバイ!と思った瞬間、ぎゃっと叫んで私の十センチと空けないすぐ横にどう!と倒れこんだ。
既に畳の上に散乱していた什器がバキバキ壊れる。
「早いぞ!どうした!大丈夫か」
飛び込んできたのは抜き身を下げた柚木さんだった。
倒れた男は彼に後からやられたのだった。
タコの部下達を帰す段取りが狂ったのだ、殺気立っているのは当然。
だが詳細を説明している暇は無い。
「ごめんなさい。不測の事態よ。私達は無事。このタコ入道はどうする?」
股間を押さえて泣き喚いている。
時間と人手が有れば簀巻きにして連れ去れないことも無いが、
「捕獲は無理だな。外にはまだ部下どもが居る」
柚木さんは喋る間にも袴の股立ちを取っている。
パン!と反対側の襖が開けられ、新たな敵が現れた。
「構わん。煮蛸は放かしたれ。目的の物は手に入れた」
切迫した状況に落ち着いた指令が飛んだ。
戎三郎さんの強気が戻ってきたのが嬉しい。
「了解!」
介添えして立ち上がろうとした時だ、彼は傍らに転がっていた紫色の絹布の包みを片手でごそっと掴んで、
「これは今日のあんた等の取り分や」
私の胸元に押し込むではないか。
「ええ?こんなに?大金なんでしょ、これ?」
ずっしり重いぞ。
「どうせあの男にくれてやるはずやったんや。あんた取っとき」
ええー!と思ったんだけど、
「早く逃げろ!退路を断たれるぞ」
柚木さんが怒鳴った。
すぐ横で刀を抜いて敵と見合っているのだ。
喋ってる暇なんかホントに無いんである。
座敷を突っ切って庭へ逃れる。
足の悪い戎三郎さんに肩を貸そうと思うのだが、貸す方が背が高くちゃ具合が悪い。
でもいくら彼が男にしては小柄な方だとはいえ、おぶって走るなんて無理だし。
斬り合いが始まっちゃって、柚木さんも幸も宛てにならないし。
障子を開けると、冷えた空気がしっとりと肌に張り付いて来るようだった。
「ちょっと待ってて!」
戎三郎さんが履物を履く間に座敷に戻る。
睨み合いの続く部屋へ体を滑り込ませ、床の間の刀掛けから大刀を拝借。
「あんた、何やってんだ!早く行け!」
また柚木さんにどやされちゃったよ。
裸足で庭に転げ出る。
地面は冷たかったが駕籠に乗るまでの辛抱だ。
縁側を下りる時、しごき帯で着物の裾をたくし上げていたら、縁の下に男がひとり縛り上げられて転がっているのに気付いた。
これって幸の仕業?
やるじゃん!
「おつかれ。今度は何しでかしたの?」
彼女は覆面(いつもの首巻きv)をし、襷掛け&股立ちを取って籠手に脛当て足袋草鞋履き。
異変に気づいたらしく、一丁前に刀を抜いて結構かっこいい。
空いた片手で戎三郎さんを支えていた。
「ギトギト脂ぎったエロジジイだったから湯通しして油抜きしてやっただけv」
「あそ。仕事が楽しくなりそうで。その刀は?」
「戦利品v」
大刀はちょっと重いけど戎三郎さんの杖代わりにはちょうどいい長さだった。
白っぽい柄に鞘はキンキラ蒔絵。
「戦利品ってアンタそれすげー拵え」
杖代わりに使ったら蒔絵の鞘に傷がついて勿体無いと未練がましくぶうぶう言ってるのへ、
「蒔絵なんぞなんぼでも塗り直さしたらええのや。気に入らはったのやったら後から届けさせますわ」
・・・ブルジョワってステキ(^^;。
幸が目をぱちくりさせてる(笑)。
裏口に待たせている籠に辿り着くまで、ガード役を決め込んだ幸と二人で、戎三郎さんを両側から支えながら階段状になっている庭をひたひたと下りる。
本来なら満月のはずの今宵、雲に覆われた夜空には星も見えない。
逃げるにはラッキーだ。
「逃げたぞ!裏だ!裏へ回れ!」
複数の声が聞こえる。
土塀に切られた裏門の潜り戸を出ると籠が二つ。
暗闇の中に確認してから、
「じゃあ私は助太刀して来るから・・」
ひとり残してきた柚木さんのことが心配だったのだろう。
幸は焦って引き返そうとしたのだが、
「待って!見てよ。誰も居ないわよ?どうなってんの?」
駕篭かきが居ないんである。
うそ!と言いながら、幸も辺りを見回す。
人影は無い。
「・・・逃げたんだ・・!」
騒ぎに怖気づいて逃げ出した可能性大!
幸と二人顔を見合わせ、なんてこったい!と嘆いている暇も無い。
敵は裏へ回って来る。
「とにかくあんたは戎三郎さんと逃げて!私はできるだけ時間を稼ぐから」
言うが早いか、幸は戻って行った。
そうだ。
とりあえず今は、自分に出来ることをするしかない。
白粉が冷たかったー。
かもじ沢山入れて大きな髷結って、簪グサグサ頭重っ!。
「ねぇこれって何の役だと思う?」
「なんだろ?道成寺?八百屋お七?どっちにしろきれいな衣装だねぇ」
黒地にクス玉を大きく描いた振袖に、深紅の刺繍半襟を思い切り見せ、帯も深紅の緞子に梅の刺繍がびっしり入った重たい丸帯を大きくやの字に結んで。
ふきの入った裾を引いて、紅絹裏と紫のしごき帯のコントラストが目に沁みる。
手足にまで白粉を塗りこめられ、爪紅まで塗ってもらったよ。
こんなにめかし込んだのは初めてだな。
鏡の中の自分は見たことない顔。
「うあ!ぬりかべシスターズの仲間入りだ」
幸を笑わすつもりが自分でウケてしまう。
ゲラゲラ笑ったら、顔の周りに下がった簪の房やらビラビラがうるさくて。
「そない大口開けて笑ろたらあきまへんー言うたらもう!大人しゅうせな御髪の飾りもんなくさはりますえ。借りもんなのやさかいくれぐれも放かさんよう気ィつけな・・・」
横で監督していた百菊さんに小言を食った。
髪結い、顔師、着付け師と、専門家が次々とやってくるので、彼女はその差配をしていたのだ。
「あ、口開けて笑った所から顔にヒビが・・・!」
幸が横から余計なことを言う。
ウソだと判っていても、やっぱり笑っちゃう。
「これ!や・め・よ・しっ!」
睨まれた。
こわっ!
あの後、お鉢はこちらに回って来た。
ていうか、自分からやるって言ったんだけどさ(と、幸に突っ込まれる前に言っとく)。
私がやる!と言い出したときの山崎さんのうろたえようは、戎三郎さんをも驚かせ、
「あんたはいったい何者なんだ?」
再び同じ質問されたっけ(笑)。
山崎さんが必死に食い下がり、素性を詮索しないということで商談は手打ちとなったんだ。
万が一のことを考えて、山崎さんは実行犯メンバーから外すことにした。
とりあえず、私と幸なら何が起きてもお咎め無しってことで。
これは戎三郎さんの、店に迷惑はかけないという理屈と同じだね。
もちろん、山崎さんは納得しませんでしたよ。
彼は私達がこの計画に参加するなんて端から大反対だったんだもの。
自分は協力するから私と幸は見逃してくれとまで言ったのだ。
でも戎三郎さんの目的は色子のダミーに使える人間ってことで、いくらなんでも山崎さんじゃ無理だし(キモ!)、またどっかから探して来るのも手間だし。
話を聞いちゃったんだし、家を返せと言われてるんだし、その家、ウチだし(^^;。
この仕事(?)さえこなせば山崎さんは戎三郎さんに絡まれなくて済むんだし。
それに、やっぱちょっと戎三郎さんに感情移入しちゃったんだと思う。
そういう意味で彼は上手いって幸が言ってた。
山崎さんが頑なに私と彼を話させたがらなかったのもそのせいだ、って。
話を聞けば絶対私は乗るだろうって・・・。
・・・その通りだよ幸ちゃん(爆)。
こんな面白そうな話、誰が乗らずに居らりょうかvv
「小夜ってば黙って座ってたらお人形みたい。カメラあったら撮りたい」
顔にヒビ入ってるとか言ってたくせに、なんだよコイツ(笑)。
でも記念撮影はしたい感じだな。
最後の仕上げに前髪に紫の布をマチ針のオバケみたいので留めてもらって準備完了。
これが女形の印なんだってさ。
「始めはどないならはるんか心配しょったけど、ええお顔にならはりましたなぁ、へえ。背ェが普通やったら可愛らし舞妓はんにならはるのやけど・・・」
普段着仕様の薄化粧の百菊さんは満足げにこちらを見ながら、傍らに置かれた火鉢で手を焙っている。
幸は引いたり近寄ったり覗き込んだり、鑑賞に忙しい(笑)。
「でも座ってると判んないよ。座高は(この時代の人と)同じぐらいだもん。正座したときに着物の裾でちゃんと足を隠せば・・・」
芝居用の着物を借りて来てくれたので、丈はなんとか間に合っている。
裾を引いているので、正座したときに後に出る足を隠せば足の長さを誤魔化せる、と彼女が言ってるのはそんなわけ。
私の準備が整ったので、プロ軍団は撤収して行った。
とある寮。
瀟洒な旅館みたいなところ。
場所は・・・東山?
街外れの、ちょっと高台。
余り利用はされていないみたいで、天井とか欄間とか、手が込んだ細工になってたりする割には長いこと火の気が無かったのか底冷えがする。
この日も朝から曇っていたのでそのせいもあるかな。
それでも私は家の中で部屋に火鉢も置いてもらったから良かったけど、幸は庭で待機だから大変だ。
私の居る部屋は庭に面していて、昼間だったらいい眺めだろう。
障子も襖も締め切って・・・・布団が敷いてあるの。
枕は二つ(--;
セット(舞台装置)とはいえイヤーな感じ。
押し倒される前に助けに入るから、って幸は言ったけど・・・大丈夫なんだろうな?
でも、こうなった以上もう後へは引けないし。
がんばらにゃ。
・・・ボロ出さないように(^^;
言われた通りに、閉められた襖の前に座って待つ。
足は隠して、と。
どこまで誤魔化せるか判んないけどな。
この茶番劇に参加するに当たっての一番の問題点は、ウチの旦那兼山崎さんの上司である土方歳三その人をいかにマークするかだった。
コイツに知られちゃオシマイなのだ。
幸いしょっちゅうウチに泊りに来るような人じゃないので、スケジュールをきっちり押さえられる日を選べばバレる心配は無い。
なので、計画を実行に移すには日程のやり繰りに神経使ったよ。
どうやら今日は朝から晩まで近藤局長と一緒に関係部署回り&夜は島原で宴会。
帰りは休息所(私宅)に寄りそうだけど、こういう時は局長が休息所帰りになる分、土方さんは屯所へ詰めることが多いんだって。
山崎さんが言ってた。
しかも山崎さんも最後まで彼と同行するので、万が一気が変わって私んちに寄りそうな雲行きになったら、上手く回避してくれることになっていた。
そういう役割を宛がわれたので、山崎さんは茶番劇の実行犯からは外れたってわけ。
ものすごーく心配していて、土方さんが屯所に戻ったのを見届けたら様子を見に来るって言ってたけど。
夕暮れが迫った頃から厨房と思われる辺りに人の気配が多くなっている。
そろそろお客さん達が到着する頃かな?
戎三郎さんは柚木さんを伴って、お客と一緒に到着することになっていた。
向こうの人数はまだ判らない。
ターゲットはひとりだけど、相応の身分のある人物なら部下や小者を伴っているんだろう。
カワイ子ちゃん(私のことさv)と遊ぶからって帰すかもしれないし、用心深くどこまでも独りにはならないのかもしれない。
柚木さんは取り巻き担当。
客人が部屋に入ったら、取りまき達の動きを封じておく。
お庭番の幸は退路確保。
仕事が終わったら庭から裏口へ逃げることになっている。
裏口には足の悪い戎三郎さんと客人のために籠をふたつ待たせてある。
獲物(客)の捕獲は手の空いている者全員で。
そして本番。
賑々しく幕は開いた。
ガヤガヤと表が賑やかになったと思ったら、障子戸がビリビリ言う程の豪傑笑いが廊下を近付いて来る。
部屋に入って来る衣擦れの音、囁き声、膳の仕度をする女の人達の畳を踏む音。
結構な人数が居る。
芸妓さんも付いてきたみたいで、酌をさせているのが聞こえる。
ひとしきり、今しがた後にしてきたのであろう、妓楼での話で盛り上がる。
あの店のどの太夫がどこの家中の誰がお気に入りで・・・とかそういう話。
部屋は暗いし、暖まって来ていたし、待ちくたびれて危うく居眠りしかけたよ。
「ときに戎三郎・・・」
と、ターゲットと思われる(豪傑笑いの)人物の声の調子が変わったので、はっと目が覚めた。
「今宵のこの機会を楽しみにしておったぞ」
・・・うわ!エロ臭っ!初っ端からそれかい!
声の調子からすると中高年層(範囲広過ぎ)。
あー、やば。
私、コイツの顔見て冷静で居られるのかしら?
「それは頼もしいお言葉。手前どもも手を尽くして探した甲斐が有ろうというもの。今宵の品は期待を裏切らぬ逸物にござりまする」
逸物て・・・!
褒め言葉に聞こえない自分が哀しい(--;
「ですが、お楽しみには手順というものがござります」
「手順とな?」
「こちらも元手がかかっておりまする。商人(あきんど)ゆえ、証文無しに品物はよう渡せませぬ」
戎三郎さんって、営業トークも素敵だなぁ。
控えめなところと押しの強いところとメリハリがあって、引き込まれる。
怖じ気ないっていうか茶目っ気が有るっていうか・・・。
どぅわはははは!と再び豪傑笑いが返るのが・・・時代劇だよ(--;。
まるで山城屋とお代官様だ(爆)。
「判っておる。例のものは確かにここへ・・・」
そこまで言うと、さささっと人の立ち歩く気配。
廊下へ出る障子の開け閉ての音。
人払いをしたらしい。
よーし!いいぞ。
これでこちらの思う壺。
でも、例の物って?
私らの目的はコイツの捕獲じゃないの?
「確かに。では・・・」
ややしばらくして戎三郎さんの返事が返り、そしていよいよ、
「夜之介、お客人に顔をお見せ」
ヨノスケっていうのが私の名前。
戎三郎さんが好色一代男の主人公『世之介』から取ったの(笑)。
返事はしなくていいんだ。
絶対喋るなと言われている。
女とバレるから(爆)。
百菊さんに教え込まれた通り、両手を揃えて目の前の襖の手掛りをちょっと開け、続いて襖の縁に手を掛けてすーっと。
目はまだ上げずに、三つ指突いてお辞儀。
両手の親指と人差し指で作った三角に額をくっつけるようにして・・・と。
ガサガサという錦織の無粋な衣擦れの音と共に、行灯の灯りに伸びた影がうごめいて、
「おお、そうか。夜之介とやら、硬くならんでも良い。顔を上げて見せてくれ」
オヤジの猫なで声はキモイな。
ゆったり動けと言われているので、いつもの半分ぐらいの速度で動く(笑)。
背筋を伸ばし、顔を上げても目は伏し目がちにね。
すました顔がいつまで持つか、自分でも自信が無いよ(冷汗)。
上座に座るターゲットのオヤジはキンキラの頭巾を被ったまんま。
背後の床の間の刀掛けにゴツイ作りの差料が二本とも掛けてある。
正面にはちょっと大き目の火桶。
その手前の畳の上に、おお!これは時代劇で見たような!紫色の絹布にくるまれた、たぶん小判の塊v
戎三郎さんは下座で、木賊色のお召し羽織にそれより一段薄色の着物。
こげ茶の半襟が渋い。
渋い着物が余計、着ている本人の端麗な美貌を際立たせちゃってぇっ!もおっ!(←ばかです)
「いかがでしょう?」
「これは・・・なかなか」
オヤジは興奮したのかそそくさと頭巾を脱いだ。
が、出てきた顔と言ったら・・・・!
こ、これはっ!!!
ダースベイダー?!(爆笑)。
着物の襟に埋まったような亥首。
ちょっと尖り加減のドーム状のハゲ頭!
大入道だよっ!インパクト有り過ぎ!
反則だろ~!
・・・声を上げなかっただけ上出来だと自分でも思った(--;。
戎三郎さんの咳払いで我に返る。
ハゲ頭に視線が張り付いて動けなくなってたよ(^^;
「夜之介、酌を・・」
促されて立ち上がる。
鴨居に結髪が引っかからないように前かがみになったのを見て(私は気がつかなかったが)大入道が何かリアクションしたのだろう、
「芸を仕込む前に育ちすぎました。舞台はあきらめさせて、宮川町に出そ思てます」
戎三郎さんの絶妙なフォロー・・・ではあるんだろうけど、なんか傷つくなぁ。
付け焼刃の立ち居振る舞いのボロが出ないように、足元を確認しながらそろそろと歩み出て、入道の傍らに座り銚子を手にとって酌をする。
熱燗だったのか、杯から湯気が立ち上った。
モワ~ンと、アルコールと一緒にキツイ香の香り。
それで先程からの香りの元はコイツだと気がつく。
スゲー匂いさせてるよ!
見た目、恰幅が良くて紋付羽織着てるし、杯を差し出す手なんか毛深くて太くて短いし、眉毛なんてモップみたいにふさふさで超オヤジ、否、ジジイなのに、そぐわない甘い香りをぷんぷんさせてる。
キモっ!
わー!とかぎゃー!とか心の中で叫びつつ、しれっと取り澄ましたした顔で酌をする自分が結構大人に思えていい気分v
仕事と思えばこれ位、私にだって出来るもーんvv
と、思った側から、手を取られ、
「なるほど大きな手だ。育ち過ぎだが肌のキメは女子と見紛うようだな」
撫で回された~!
ぎえぇぇぇぇ!
拒絶反応の出てしまう顔を必死に袖で隠した仕草が・・・却ってウケてたり・・・(汗)。
「それはもう。これほどの上玉はなかなかお目にかかれません。気に入って頂けたなら、どうぞこのまま進ぜましょう。可愛がって頂ければ幸いに存じまする」
モナリザみたいな微笑で、戎三郎さんは酷いことを言う。
「ほお。気前がいいのう、戎三郎」
「日頃のご贔屓に心ばかりの御礼にて・・」
微笑んだまま軽く会釈した戎三郎さんの額に後れ毛が一筋落ちた。
流れが変わったのはその時だったか。
「だが、そなたの美貌の前には色子の色も褪せるようじゃな」
・・・ん?
と思った。
まあ、その通りではあるけど。
私もそう思うし。
けど、本人目の前にしてそこまではっきり言うかこのジジイ。
戎三郎さんは笑って受け流し、
「いやいや、お口が上手い。それでは私はここらで退散致しますよって、どうぞお後はごゆるりと・・・」
脇息に体重をかけ、立ち上がる気配を見せたので、介添えをしようとそちらににじり寄ったその時だった、
「そなたのお母上は蝦夷の血を引いていたとか。しかも蝦夷は蝦夷でも赤蝦夷だとか言うではないか」
え?なに?なにそれどういう意味?
戎三郎さんの動きが止まった。
私も彼の顔を改めて見ちゃったよ。
高くて長い鼻梁とくっきりした切れ長の二重瞼が確かに日本人離れしているんだよね。
・・・と突然、ガシャガシャとお膳を脇に退け、ジジイが迫って来たではないか!!!
ゆでダコみたいに頭まで真っ赤に紅潮している。
びっくり。
「ワシは一度、異人というものを抱いてみたくてなぁ。戎三郎、そなたは綺麗じゃのう。可愛がってやるぞ」
はぁああ??
あんまりビックリして、とっさに何も出来なかった。
ていうか余りの出来事に最初ギャグかと思っちゃってて・・・(スイマセン・汗)。
目の前で戎三郎さんが真後ろに押し倒されてるっ!!!
ジジイが覆い被さった勢いでお膳が弾けるようにひっくり返った。
それでも大声は出さず、
「何をバカなことを!手前はそのようなことは・・・」
下手口調な戎三郎さん。
何とかしなくちゃとは思いながら騒いじゃいけないと理性が働いたのは、そんな状況下でも彼が事態を収拾しようとしていたからで・・・。
なのでとりあえず押し留めようとジジイの肩に手をかけたら、
「ええい!すっこんでおれ!お前は後だ」
ジジイとは言えさすがに武士。豪腕なんである。
振り払われた勢いで尻餅をついた。
前髪に差していたつまみ細工の簪が畳に飛んだ。
お前は後・・・って、わたしゃデザートかい!
メインディッシュは戎三郎さんだったんかい!
口に出せない分、怒気がぐるぐる頭の中に渦を巻いているようだ。
吐き気がする程ムカつきながら、簪を拾って髪に差したところで、戎三郎さんのもがく声が聞こえた。
見れば小柄な彼はタコ坊主に組み敷かれてなす術も無く、口をふさがれ裾を割られて、白足袋の足が顕わに・・・!
「いい加減にしろ~っ!このエロジジイ!」
気がついたら横から相手のケツを思い切り蹴り飛ばしていた。
頭来ちゃってもう訳判らん!
どうなってももう知らん!
結構な巨漢だったが、横から不意を突かれてゴロンと仰向けに裏返った。
「おのれ!貴様女か!」
巨漢が災いしてすぐには起き上がれないでいる姿が、ガマガエルが無様にもがいているように見えた。
「女で悪かったな!女を馬鹿にすると・・・」
起き上がらせてはまずい!
相手の自由を奪うには・・・。
一瞬、股間を踏み潰してやろうかと思ったが、・・・私、裸足だったんだわ。
ヤダ~!そんな気持ち悪そうなこと無理!
とっさに目に付いた火桶の上の鉄瓶から、
「女と思って馬鹿にするとこういう目に遭うんだよ!死ね~!」
「よせ!やめろ!ぎゃー!」
股間に熱湯直撃v
タコが熱湯食らってのた打ち回っている間に、戎三郎さんを助けなきゃ。
「大丈夫?どこか傷めてない?」
あんな豪腕に押し倒されたんだ、怪我してないとは限らない。
覗き込んだ瞳の色がトビ色で、先程聞いた『赤蝦夷』という単語が頭の中を過る。
「・・・」
さすがに動揺していたのか息が弾んでいた。
なかなか自力で起き上がれない彼を抱き起こす。
抱いた肩の薄いこと。
その時、廊下の障子が開いて、タコ坊主の部下が入ってきた。
刀抜いてる!
ヤバイ!と思った瞬間、ぎゃっと叫んで私の十センチと空けないすぐ横にどう!と倒れこんだ。
既に畳の上に散乱していた什器がバキバキ壊れる。
「早いぞ!どうした!大丈夫か」
飛び込んできたのは抜き身を下げた柚木さんだった。
倒れた男は彼に後からやられたのだった。
タコの部下達を帰す段取りが狂ったのだ、殺気立っているのは当然。
だが詳細を説明している暇は無い。
「ごめんなさい。不測の事態よ。私達は無事。このタコ入道はどうする?」
股間を押さえて泣き喚いている。
時間と人手が有れば簀巻きにして連れ去れないことも無いが、
「捕獲は無理だな。外にはまだ部下どもが居る」
柚木さんは喋る間にも袴の股立ちを取っている。
パン!と反対側の襖が開けられ、新たな敵が現れた。
「構わん。煮蛸は放かしたれ。目的の物は手に入れた」
切迫した状況に落ち着いた指令が飛んだ。
戎三郎さんの強気が戻ってきたのが嬉しい。
「了解!」
介添えして立ち上がろうとした時だ、彼は傍らに転がっていた紫色の絹布の包みを片手でごそっと掴んで、
「これは今日のあんた等の取り分や」
私の胸元に押し込むではないか。
「ええ?こんなに?大金なんでしょ、これ?」
ずっしり重いぞ。
「どうせあの男にくれてやるはずやったんや。あんた取っとき」
ええー!と思ったんだけど、
「早く逃げろ!退路を断たれるぞ」
柚木さんが怒鳴った。
すぐ横で刀を抜いて敵と見合っているのだ。
喋ってる暇なんかホントに無いんである。
座敷を突っ切って庭へ逃れる。
足の悪い戎三郎さんに肩を貸そうと思うのだが、貸す方が背が高くちゃ具合が悪い。
でもいくら彼が男にしては小柄な方だとはいえ、おぶって走るなんて無理だし。
斬り合いが始まっちゃって、柚木さんも幸も宛てにならないし。
障子を開けると、冷えた空気がしっとりと肌に張り付いて来るようだった。
「ちょっと待ってて!」
戎三郎さんが履物を履く間に座敷に戻る。
睨み合いの続く部屋へ体を滑り込ませ、床の間の刀掛けから大刀を拝借。
「あんた、何やってんだ!早く行け!」
また柚木さんにどやされちゃったよ。
裸足で庭に転げ出る。
地面は冷たかったが駕籠に乗るまでの辛抱だ。
縁側を下りる時、しごき帯で着物の裾をたくし上げていたら、縁の下に男がひとり縛り上げられて転がっているのに気付いた。
これって幸の仕業?
やるじゃん!
「おつかれ。今度は何しでかしたの?」
彼女は覆面(いつもの首巻きv)をし、襷掛け&股立ちを取って籠手に脛当て足袋草鞋履き。
異変に気づいたらしく、一丁前に刀を抜いて結構かっこいい。
空いた片手で戎三郎さんを支えていた。
「ギトギト脂ぎったエロジジイだったから湯通しして油抜きしてやっただけv」
「あそ。仕事が楽しくなりそうで。その刀は?」
「戦利品v」
大刀はちょっと重いけど戎三郎さんの杖代わりにはちょうどいい長さだった。
白っぽい柄に鞘はキンキラ蒔絵。
「戦利品ってアンタそれすげー拵え」
杖代わりに使ったら蒔絵の鞘に傷がついて勿体無いと未練がましくぶうぶう言ってるのへ、
「蒔絵なんぞなんぼでも塗り直さしたらええのや。気に入らはったのやったら後から届けさせますわ」
・・・ブルジョワってステキ(^^;。
幸が目をぱちくりさせてる(笑)。
裏口に待たせている籠に辿り着くまで、ガード役を決め込んだ幸と二人で、戎三郎さんを両側から支えながら階段状になっている庭をひたひたと下りる。
本来なら満月のはずの今宵、雲に覆われた夜空には星も見えない。
逃げるにはラッキーだ。
「逃げたぞ!裏だ!裏へ回れ!」
複数の声が聞こえる。
土塀に切られた裏門の潜り戸を出ると籠が二つ。
暗闇の中に確認してから、
「じゃあ私は助太刀して来るから・・」
ひとり残してきた柚木さんのことが心配だったのだろう。
幸は焦って引き返そうとしたのだが、
「待って!見てよ。誰も居ないわよ?どうなってんの?」
駕篭かきが居ないんである。
うそ!と言いながら、幸も辺りを見回す。
人影は無い。
「・・・逃げたんだ・・!」
騒ぎに怖気づいて逃げ出した可能性大!
幸と二人顔を見合わせ、なんてこったい!と嘆いている暇も無い。
敵は裏へ回って来る。
「とにかくあんたは戎三郎さんと逃げて!私はできるだけ時間を稼ぐから」
言うが早いか、幸は戻って行った。
そうだ。
とりあえず今は、自分に出来ることをするしかない。
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