もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室
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激しい雨に、セミの声も止む。
雨で少しは温度の下がった風を団扇で襟元から入れていると、相手の、ちょっと伸び加減の月代に汗が浮いているのに気が付いた。
今度はそちらをバタバタと扇いであげる。
あんまりバフバフと扇いだので、風を避けるように片目を細めた。
斎藤さん、奥二重なんだね。
「あんたみたいな人があの副長のお手掛けとはな」
「『アンタみたいな人』ってなにー?しつれー!」
笑っちゃう。
あの副長の『あの』ってのも判んないしー。
会話は終わったのだと思っていた。
屯所ではほとんど喋らない、と幸に聞いていたし。
そう言われれば沖田さんほど口は回らない(あの人は特別か?)し、場を盛り上げようという気は無いみたいだし。
というか、場を選んでいたんだな。
雨のカーテンで閉ざされたこの小さな空間が、彼を安心させたのだと後から気が付いた。
「どういう経緯なんだ?」
「なにが?」
「だから、アンタみたいな人があの副長の手掛けになった訳さ」
懐手をして、灰色に退色した寺の門柱に寄りかかる。
視線こそ軒から滝のように流れ落ちる雨水を仰ぎ見ているけれど、雨が止むまで時間があると思ってか、今度はとぼけても誤魔化されてくれないみたいだ。
「山崎さんに聞いてませんか?」
「おおよそは。聞いたというより察しがつくが」
「きっとその察し通りですってば。特別変わったことなんてありませんよ」
「そうかな?かなり変わった経緯だと思うが」
・・・いったいどんな察しだよ(--;。
「で、その察しで納得いかないってのはナニ?」
「人選さ。あの人にあんたを、という塩梅が判らん」
「どうなんでしょうねぇ。他に適当な人が居なかったからなんじゃないですか?私が選ばれるくらいだから誰でも良かったんでしょうけど」
「山崎さんは適当にあんたを見繕ったわけじゃないと思うんだが」
「そうですか?そこらへんは私にも判りませんよ。山崎さんに直接聞いてみたら?」
知らぬ仲でもあるまいし。・・・気を使う仲ではあるのかな?
と考える間、ちょっとだけ妙な間が開いたので目を横に向けると、
「あんたは何とも思わんのか?適当に連れてこられて」
まっすぐこちらを見ていたのと目が合う。
・・・ぜんぜん違うこと考えてた。
ってか、なんかマジ?
「そりゃあ・・・。自分の意思が反映してないのは腹立たしいけど」
あ、でもそう言っちゃうと山崎さんの印象が悪くなってしまうかな?
「でもま、待遇がいいから。今んとこ。幸も息抜きに来れるし」
言い足して肩をすくめると、
「土方さんは優しいか」
!!?・・・げほごほげほげほ。
不意を突かれてむせてしまう。
・・・なんでこう突飛な話の展開になるかなぁ。
読めない人だわ。びっくりしたー。
答えに詰まっていると更に追い討ち。
「照れるな。手掛け勤めだろう?」
照れちゃいないけど・・・、そか、そうだったな。
そういう話だよな(汗)。落ち着け落ち着け。
それにしても、若い独身男性が顔色も変えずにする質問なのかね?
訊いてて恥ずかしくならないだろか?
現代人には計り知れない神経だな。
「優しいっつーかぁ・・・」
優しいわけないだろっ!とは言えず。
雨水が小さな流れを作ってそこここに出来た水溜りへ流れ込むのを目で追いながら、嫌じゃない時の状態を必死に思い起こす。
・・・そんな時に限って蹴飛ばされた太ももが痛んだり・・・(--;
「割とほっといてくれますよ」
って言うより近寄って来ない感じなんだけどね。
嫌そうな顔して離れたとこから見てる感じ?(苦笑)。
「放って?・・・」
あ。ええと・・・。
「私、あそこで好きに暮らしてますもん。確かに顔見りゃ小言ばっかりだけど、監視されてるわけじゃなし、窮屈って程でもないですし」
うん。きっとそうなんだよな。
私がもっときちんとまともな人間だったなら、ヤツの接し方も違うんだと思う。
「私があんまり好き勝手するから叱られる。そんな感じ」
ふんわりと放られた黒羽織のいい香りが鼻腔に残っている。
思えば表向きとは言え私みたいのが妾に納まってるなんて、あの人も気の毒だ。
「好き勝手?」
・・・突っ込むなぁ。
具体的なコメントは避けたいんだけど。
「だらしないだけですよ。さっきだってお客が来たのにとんでもない格好してて叱られたばっかですもん」
「とんでもない格好?」
他意の無い、単なる興味から出た質問であったことはすぐに知れた。無言で睨んだら、こちらの気持ちに初めて気付いたようで、
「ああ、いや、すまん・・・」
視線をそらした頬に朱が差した。
なんだか若く見えたり(笑)。
・・・っていうか、
「そういえば斎藤さんって年はいくつなんですか?」
「なんだ急に」
今度は向こうがまごついたようだ。
「それこそ幸にでも聞いたらいい」
「そりゃそうだけど、あなた本人なんだから。まさか自分の年、知らないわけじゃないでしょう?」
そうまで言われて、たぶん仕方なく、
「二十二」
「へ?」
「二十二だ」
ってことは数え年だから満年齢で二十一?
「ええー?うっそー!」
私と四つしか違わないじゃないか・・・。
そこまで若いとは・・・。
それって反則ってやつじゃあ(笑)。
「嘘って。・・・失敬だな。こう見えても沖田さんより二つは若いんだ」
ええっ?・・・驚愕!
「沖田さんより年下なの!?」
見えないっ!
「斎藤さんの方が上なんだと思ってた・・・」
あんまり驚いたので表現を取り繕う余裕が無かった。
後を継ぐ言葉も出ずに固まっていると、私のそんな様子に少なからずショックを受けたみたいで(笑)小造りな口元に力が入った。
つまり、拗ねたんだな(爆)。
首筋まで真っ赤になっているのが可笑しくて、笑ったら悪いなーとは思いつつ、こらえきれずに吹き出してしまう。
ぜったい、言わなきゃ良かったと思ってるよね?
そう思ったら可笑しくって可笑しくって!
ツボってしまった!
やばい、笑いが止まらん(爆)。
手を叩いて笑い転げてしまう。
かなりな笑い声だったと思うが、いい具合に雨の音でかき消されるので、はばかる必要も無い。
それでも辛うじて良心は残っていたので、
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい(爆笑)」
やばいよ。きっと斎藤さん、気を悪くしたぞ。
と、窒息しそうになりながら笑いを飲み込んでいた時だ、
「シッ!」
鋭く注意を促されて耳を澄ますと、物音が近づいてくるのが判った。
ガッチャガッチャとリズムを刻んで、白雨の中に黒い影が浮かぶ。
「すんまへん!御免しとおくれやっしゃ」
雨に打たれ、盛大に飛沫を飛ばしながら姿を現したのは、縞木綿の尻をからげた物売りのオジサン。・・・オニイサンかな?
大きな引き出しのようなものを担いでいるが、何の売り子だか私には判らない。
ガチャガチャと音がしたのは、何段にも重なった引き出しの引き手金具の音だった。
乾いた地面に辿り着くなり、ふぅーっと大きなため息をつき、荷物を下ろす。
「かなんなァ。商売道具がワヤんなってまうわ」
ボヤいている通りに笠も被っておらず、申しわけのように手拭を被っただけの姿は見事にずぶ濡れ。
着物の褄先からボタボタと雨水が滴っている。
だがそれには構わず、被っていた手拭を絞って、まず商売道具を拭き始めた。
「大丈夫ですか?」
手拭一本では足らないのは一目瞭然。
私も肩にかけていた手拭を絞って拭くのを手伝うと、
「ああ、おおきに。すんまへん。難儀な雨でんなぁ。大事な商売道具やのにこんななってもうて。ほんま腹立つわ」
京都弁とは違う気がする。
結構若くて体格のしっかりしたオニイサンだ。
月代が日に焼けて茶褐色になってしまっている。
「じき、止むだろう。災難だったな」
斎藤さんも自分の手拭を放ってよこした。
手拭を総動員で拭いていると、この可動式引き出し(って言うのか?)なんだか見たことがある。
ウチの納戸にもこんなのあったな。
「定斎屋(じょうざいや)」
と、斎藤さんが呼びかけた。
後で聞いたら薬屋さんのことだって。
「景気はどうだ」
・・・彼って、見知らぬ人間にお愛想で話しかけるタイプではないと思うんだな。
なのでその不自然さが引っかかったのと、それからこの見覚えのある道具・・・。
「へぇ。こちらはまだ。ぼちぼちでんな」
「大坂はどうだ」
「あちらではようけ儲けさしてもらいましたわ」
頭の上で飛び交ってる会話は何の隠語なのか判らないけど、
「あのー、普通に喋っていいですよ」
ふたりの視線がこちらに向く。
「お仲間でしょ?」
定斎屋さんの目が泳いだのが判った。
「この道具、この間までウチにあったヤツだもん」
シナモンみたいな香りがしている一番下の引き出しを引いて、中に入っていた薬包をこぼさぬよう裏を覗き込むと、釘で引っかいた『B-1』の文字。
やっぱりね。
ベティちゃん1号だ(笑)。
同じ型のが二つ在ったんで1号2号にしたんだ。
いや、道具に人の名前付けるなって幸にも言われてるんだけどさ。
何の道具だか見ても売り子と結びつかない私にはその方が覚えやすいし、可愛いじゃん?
ちなみに小間物屋の道具箱がAlexで、薬屋の引き出しがBettyで、羅宇屋の道具箱がCharlieで、呉服屋の反物の風呂敷包みがDianで。以降、種類別にEddie、Fay、George、Helene、・・・。
ハリケーンの名前じゃないんだからって幸に言われたんだよな(^^;。
なので刀は農林1号2号・・・。(サツマイモかい!by幸)
それはさて置き。
「この引き出しの引手金具、壊れてませんでした?」
「へえ。確かに」
「それ、私がイタズラして壊しちゃったの。引き出しがきつくて、無理矢理引っ張ったら抜けちゃって・・・」
くすっと、斎藤さんの口元が動いた。
「知らんふりして黙ってたんだけど、直してくれたんだ。よかったあ」
斎藤さんの顔色を見ていた定斎屋さんは、相手の頷くのを見て安心したようだ。
腰を引いて前屈みだった姿勢がぐぐっと伸びて、立ち姿が全然別人。
改めて会釈をした身のこなしも町人らしくはない。
「新選組の人?」
「いえ。雇われ者です」
イントネーションは関西弁のまま。
詳しく素性を明かさないのはこういう類の人達の常。
けど、こちらはそうじゃない。
「そう。私は・・・」
言いかけたら斎藤さんがそれを遮った。
「アンタは何も言わんでいい。名乗る必要は無い。こういう時はやたら素性を明かさぬ方がいい。その方がアンタのためだ」
なんだかお仕事モードでちょっと引いちゃう。
「アンタが言わんでも、もう見当はついているはずだからな」
男同士が思わせぶりにアイコンタクトをするの図・・・(--;
いくら仕事の話は判らないとはいえ、こんな狭い空間だもの、聞くなと言われても耳が拾っちゃう。
定斎屋さんは大坂から来たばかりだった。
新選組の大坂出張所(違)が不逞浪士を捕縛したんだそうだ。それで過激攘夷派の手による将軍暗殺計画(びっくり!)が発覚。
ってかそういう噂は前からあったらしく、斎藤さんは周知のようだった。なので発覚というよりは証拠を掴んだ感じなのかな。
下手人の一味が京都方面に潜伏しているらしいことも以前から判っていて、新選組本店もこの界隈を探していたらしいんだけど、具体的な潜伏場所がつかめたらしい。
それがどうも斎藤さんが探り出したものらしいのだ(なにげにスゴイ!)。
おまけに定斎屋さんの持ってきた情報によると、今現在、このすぐ近くで新選組と見廻組が将軍暗殺の犯人グループの追跡&捕縛を巡ってひと悶着起きそうなのだという。
それでこのどしゃ降りの中を斎藤さんに仲裁を頼みにやって来たのだった。
「警備地を区切られたばかりだというのに、今ここで見廻組と揉めるのはまずい。なんとしても収めねば・・・」
斎藤さんは苦々しげにため息をついた。
「俺等が追い詰めた獲物だ。横からさらって行くのを黙って見逃せというのも酷な役回りだがな」
若いのに抑え役なんだぁ、へー、と感心。
しかもどうやら自分の見つけた獲物を部下(仲間?)に見逃せと言い渡しに行かなければならないらしいし。
なんだか気の毒。
それにしてもこの定斎屋さん、良く斎藤さんの居場所、つまりここが判ったな。
後をつけてでも居たのだろうか?
明るくなってきた空を見上げながら想像を巡らしていたら、
「・・・鬼丸殿はそのまま屯所へ向かわれました・・・」
・・・は?
なんだそれ?
「ちょっと待って。それってどういう意味?幸と会ってたってこと?」
すると斎藤さんが代わりに答えた。
「ああ、それは俺が頼んだのだ。下手人達の潜伏場所の目星がついたのでな。アイツは足が速いし、それに、アンタの護衛には俺が残った方がいいわけだろう?」
はぁ?
「ちょ、ちょっと待ってよ。じゃあさ、スイカ代払ってくれた時、すでにそういう段取りだった訳?」
「ああ、そうだな」
「だって、あの時『幸はどうした?』って訊かなかった?」
「アンタには悪かったが、あの場で長々と詳しい事情を話すわけにもいかんからな」
なるほど・・・。
いや、かいつまんだ事情でも良かったんだけどさ・・・。
非番の、しかもこのクソ暑い昼下がりに斎藤さんが散歩なんてしてたわけはそういうことか。
てことは、斎藤さんに頼まれて屯所に使いに出た幸が、途中からこの定斎屋のオニイサンに伝言を頼んでここに向かわせたってことなのか。
ポリポリと頭を掻いている斎藤さんは、無表情なのが却ってトボケ顔に見えて来ちゃってなんだかちょっと憎たらしい。
これは後から聞いたのだけど、あそこに居た金魚屋さんもスイカ売ってたおじさんも全部、新選組の息がかかった人達だったらしい。
あの界隈が怪しいというので集中してるみたいだ。
それで判ったんだけど、幸は以前から彼らと屯所(監察方)との連絡係だったんだよね。
何も知らないのは私だけなのだった。
ちょっとばかし面白くないので、
「でも、私の護衛に斎藤さんがついてくれるのはいいけど、そんなに危ないところに私は置いていかれた訳なの?」
「それは違うな。俺はアンタの散歩に付き合うつもりだったさ。まだ危ないと決まったわけじゃなし。幸もそうしてくれと言っていたのだ。せっかく出て来たばかりのアンタを直ぐに連れ帰るのは気が引けたんだな」
そうか。幸ってば気を使ったんだ。私と、それにこの人に。
だってさー、斎藤さんが自分で屯所に行けばよかったんじゃん。そしたら幸とふたりでずっと遊んで居られたのに。
でもきっと断れなかったんだ。仕事だから。
「だがどうも今聞いた話の成り行きではそういう訳にも行かなくなったようだ」
非番と言ってた割には勤労意欲旺盛。
真面目なのはこの人の人柄なのか、それが普通の時代だからなのか。
それにしてもそういう成り行きならば直ぐにでも現場に駆けつけなくちゃいけないんだろう。
「私なら構いませんよ。ひとりで帰れます」
そういうつもりではなかったのに、なんだか拗ねたような口調になってしまい、気まずい間が空く。
「ああ、えーと。走って帰れば直ぐだし。あのー・・・」
「私が送って参りますさかい。御心配無きよう」
定斎屋さんがそう言ったのは事前の段取りがそうだったのか。
判らない。
私には判らないことだらけだ。
判るのはただひとつ、私はこの場に居ない方が彼等の手間はだいぶ省けるっていうことだけ。
「いいですよう。ひとりで大丈夫。みんな仕事してるのに、こんな遊び人に人手を割いたらもったいないもん」
ていうか帰ってから土方さんに叱られちゃうよ。
すると今度は斎藤さんが、
「しかしアンタに何かあっては咎めを受けるのはこっちだからな」
ああそうかい。
どうせ私はお荷物だよ。
・・・おっと。
拗ね加減だよ自分。
斎藤さんはそんな意味で言ったんじゃない。・・・たぶん。
幸だって私の楽しみを中断させたくなくてこういう展開になったんだろうし。
彼等の好意をひがむなんて失礼だし、そんなのは好かない。
そう思い直しはしたけれど、
「誰にも咎められませんから大丈夫。私はひとりで走って帰るから」
どうも上手くない。自分でも棘のある言い方だと思った。
それを感じているのかどうか、
「それでは心許ないと言ってるんだ。この者を護衛につけるから・・・」
「私はダイジョウブって言ってるの。薬屋さんと一緒に歩いて帰る方が可笑しいわよ」
なだめようとしてくれているのが・・・ウザイんだよね。悪意が無いのは判ってるんだけど。
つい、つっかかってしまう。
「一緒に歩けとは言ってないだろう?後から付いて行かせるからアンタは苦にすることは無いさ」
「苦にするわよ。そんなの」
「強情な人だな」
斎藤さんって割とはっきりモノを言う。
言い争いはしたくないはずなのに、
「どっちが!」
売り言葉を買ってしまってから後悔する。
斎藤さんもうっかり売った言葉を後悔しているみたい。
話の筋を戻した。
「とにかく、アンタを独りにはさせられんのだ」
でもこっちはまた話を元に戻されて、癇癪を起こしてしまう。
「いいってば、もお!」
斎藤さん相手にけんかをする気は無いし、言い争いに時間を取られたくもない。
でもぐずぐずしていると言う通りにさせられそうなので、
「走るのに邪魔だから預かっといて」
定斎屋さんに愛用のひょうたん柄の京団扇を押し付けるようにして受け取らせ、さかさかと浴衣の裾をからげる。
斎藤さんがそれ以上口出ししなかったのはきっと、緋色の湯文字(=腰巻)が丸見えになるのもかまわず、膝をさらけ出した姿(ミニスカ丈ね!)にひるんだ(笑)ためだ。
手拭を頭から被り、
「じゃあね!」
「あ、待て!小夜さん!」
「待たないもーん!ぜーったい付いて来ないでよ!ひとりで帰れるから大丈夫」
ぬかるんだ道に走り出す。
まだ少し雨は残っているが、空はもう青空がのぞいて、陽射しが所々筋になっているのが宗教画みたいにきれいだった。
二、三歩走り出してから、でもこれじゃあんまり喧嘩別れみたいでせっかく気を使ってくれている斎藤さんに悪いなぁと思い、
「怒ってる訳じゃないからねー!また遊びに来てね!今度お昼食べにおいでよ!でもウチ、夏場はずっと素麺だけどー!」
走り出しながら言い訳して笑っちゃう。
あ、そうだ、
「そういえばさっき思い出したんだけどー」
振り返ったら、大の男がふたりで呆然と立ち尽くしているのが目に入った(笑)。
「買い物用の小銭の入ったお財布、別に山崎さんからもらってた気がするわー!私が忘れてただけだったぁー!」
そう言ってもリアクションが無い。突っ立ったままだ。可笑しい。
手を振った。
「ごめんねー!私アンタ達に付き合ってる暇無いからー!じゃあまたー!そっちも頑張ってねー」
雨で少しは温度の下がった風を団扇で襟元から入れていると、相手の、ちょっと伸び加減の月代に汗が浮いているのに気が付いた。
今度はそちらをバタバタと扇いであげる。
あんまりバフバフと扇いだので、風を避けるように片目を細めた。
斎藤さん、奥二重なんだね。
「あんたみたいな人があの副長のお手掛けとはな」
「『アンタみたいな人』ってなにー?しつれー!」
笑っちゃう。
あの副長の『あの』ってのも判んないしー。
会話は終わったのだと思っていた。
屯所ではほとんど喋らない、と幸に聞いていたし。
そう言われれば沖田さんほど口は回らない(あの人は特別か?)し、場を盛り上げようという気は無いみたいだし。
というか、場を選んでいたんだな。
雨のカーテンで閉ざされたこの小さな空間が、彼を安心させたのだと後から気が付いた。
「どういう経緯なんだ?」
「なにが?」
「だから、アンタみたいな人があの副長の手掛けになった訳さ」
懐手をして、灰色に退色した寺の門柱に寄りかかる。
視線こそ軒から滝のように流れ落ちる雨水を仰ぎ見ているけれど、雨が止むまで時間があると思ってか、今度はとぼけても誤魔化されてくれないみたいだ。
「山崎さんに聞いてませんか?」
「おおよそは。聞いたというより察しがつくが」
「きっとその察し通りですってば。特別変わったことなんてありませんよ」
「そうかな?かなり変わった経緯だと思うが」
・・・いったいどんな察しだよ(--;。
「で、その察しで納得いかないってのはナニ?」
「人選さ。あの人にあんたを、という塩梅が判らん」
「どうなんでしょうねぇ。他に適当な人が居なかったからなんじゃないですか?私が選ばれるくらいだから誰でも良かったんでしょうけど」
「山崎さんは適当にあんたを見繕ったわけじゃないと思うんだが」
「そうですか?そこらへんは私にも判りませんよ。山崎さんに直接聞いてみたら?」
知らぬ仲でもあるまいし。・・・気を使う仲ではあるのかな?
と考える間、ちょっとだけ妙な間が開いたので目を横に向けると、
「あんたは何とも思わんのか?適当に連れてこられて」
まっすぐこちらを見ていたのと目が合う。
・・・ぜんぜん違うこと考えてた。
ってか、なんかマジ?
「そりゃあ・・・。自分の意思が反映してないのは腹立たしいけど」
あ、でもそう言っちゃうと山崎さんの印象が悪くなってしまうかな?
「でもま、待遇がいいから。今んとこ。幸も息抜きに来れるし」
言い足して肩をすくめると、
「土方さんは優しいか」
!!?・・・げほごほげほげほ。
不意を突かれてむせてしまう。
・・・なんでこう突飛な話の展開になるかなぁ。
読めない人だわ。びっくりしたー。
答えに詰まっていると更に追い討ち。
「照れるな。手掛け勤めだろう?」
照れちゃいないけど・・・、そか、そうだったな。
そういう話だよな(汗)。落ち着け落ち着け。
それにしても、若い独身男性が顔色も変えずにする質問なのかね?
訊いてて恥ずかしくならないだろか?
現代人には計り知れない神経だな。
「優しいっつーかぁ・・・」
優しいわけないだろっ!とは言えず。
雨水が小さな流れを作ってそこここに出来た水溜りへ流れ込むのを目で追いながら、嫌じゃない時の状態を必死に思い起こす。
・・・そんな時に限って蹴飛ばされた太ももが痛んだり・・・(--;
「割とほっといてくれますよ」
って言うより近寄って来ない感じなんだけどね。
嫌そうな顔して離れたとこから見てる感じ?(苦笑)。
「放って?・・・」
あ。ええと・・・。
「私、あそこで好きに暮らしてますもん。確かに顔見りゃ小言ばっかりだけど、監視されてるわけじゃなし、窮屈って程でもないですし」
うん。きっとそうなんだよな。
私がもっときちんとまともな人間だったなら、ヤツの接し方も違うんだと思う。
「私があんまり好き勝手するから叱られる。そんな感じ」
ふんわりと放られた黒羽織のいい香りが鼻腔に残っている。
思えば表向きとは言え私みたいのが妾に納まってるなんて、あの人も気の毒だ。
「好き勝手?」
・・・突っ込むなぁ。
具体的なコメントは避けたいんだけど。
「だらしないだけですよ。さっきだってお客が来たのにとんでもない格好してて叱られたばっかですもん」
「とんでもない格好?」
他意の無い、単なる興味から出た質問であったことはすぐに知れた。無言で睨んだら、こちらの気持ちに初めて気付いたようで、
「ああ、いや、すまん・・・」
視線をそらした頬に朱が差した。
なんだか若く見えたり(笑)。
・・・っていうか、
「そういえば斎藤さんって年はいくつなんですか?」
「なんだ急に」
今度は向こうがまごついたようだ。
「それこそ幸にでも聞いたらいい」
「そりゃそうだけど、あなた本人なんだから。まさか自分の年、知らないわけじゃないでしょう?」
そうまで言われて、たぶん仕方なく、
「二十二」
「へ?」
「二十二だ」
ってことは数え年だから満年齢で二十一?
「ええー?うっそー!」
私と四つしか違わないじゃないか・・・。
そこまで若いとは・・・。
それって反則ってやつじゃあ(笑)。
「嘘って。・・・失敬だな。こう見えても沖田さんより二つは若いんだ」
ええっ?・・・驚愕!
「沖田さんより年下なの!?」
見えないっ!
「斎藤さんの方が上なんだと思ってた・・・」
あんまり驚いたので表現を取り繕う余裕が無かった。
後を継ぐ言葉も出ずに固まっていると、私のそんな様子に少なからずショックを受けたみたいで(笑)小造りな口元に力が入った。
つまり、拗ねたんだな(爆)。
首筋まで真っ赤になっているのが可笑しくて、笑ったら悪いなーとは思いつつ、こらえきれずに吹き出してしまう。
ぜったい、言わなきゃ良かったと思ってるよね?
そう思ったら可笑しくって可笑しくって!
ツボってしまった!
やばい、笑いが止まらん(爆)。
手を叩いて笑い転げてしまう。
かなりな笑い声だったと思うが、いい具合に雨の音でかき消されるので、はばかる必要も無い。
それでも辛うじて良心は残っていたので、
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい(爆笑)」
やばいよ。きっと斎藤さん、気を悪くしたぞ。
と、窒息しそうになりながら笑いを飲み込んでいた時だ、
「シッ!」
鋭く注意を促されて耳を澄ますと、物音が近づいてくるのが判った。
ガッチャガッチャとリズムを刻んで、白雨の中に黒い影が浮かぶ。
「すんまへん!御免しとおくれやっしゃ」
雨に打たれ、盛大に飛沫を飛ばしながら姿を現したのは、縞木綿の尻をからげた物売りのオジサン。・・・オニイサンかな?
大きな引き出しのようなものを担いでいるが、何の売り子だか私には判らない。
ガチャガチャと音がしたのは、何段にも重なった引き出しの引き手金具の音だった。
乾いた地面に辿り着くなり、ふぅーっと大きなため息をつき、荷物を下ろす。
「かなんなァ。商売道具がワヤんなってまうわ」
ボヤいている通りに笠も被っておらず、申しわけのように手拭を被っただけの姿は見事にずぶ濡れ。
着物の褄先からボタボタと雨水が滴っている。
だがそれには構わず、被っていた手拭を絞って、まず商売道具を拭き始めた。
「大丈夫ですか?」
手拭一本では足らないのは一目瞭然。
私も肩にかけていた手拭を絞って拭くのを手伝うと、
「ああ、おおきに。すんまへん。難儀な雨でんなぁ。大事な商売道具やのにこんななってもうて。ほんま腹立つわ」
京都弁とは違う気がする。
結構若くて体格のしっかりしたオニイサンだ。
月代が日に焼けて茶褐色になってしまっている。
「じき、止むだろう。災難だったな」
斎藤さんも自分の手拭を放ってよこした。
手拭を総動員で拭いていると、この可動式引き出し(って言うのか?)なんだか見たことがある。
ウチの納戸にもこんなのあったな。
「定斎屋(じょうざいや)」
と、斎藤さんが呼びかけた。
後で聞いたら薬屋さんのことだって。
「景気はどうだ」
・・・彼って、見知らぬ人間にお愛想で話しかけるタイプではないと思うんだな。
なのでその不自然さが引っかかったのと、それからこの見覚えのある道具・・・。
「へぇ。こちらはまだ。ぼちぼちでんな」
「大坂はどうだ」
「あちらではようけ儲けさしてもらいましたわ」
頭の上で飛び交ってる会話は何の隠語なのか判らないけど、
「あのー、普通に喋っていいですよ」
ふたりの視線がこちらに向く。
「お仲間でしょ?」
定斎屋さんの目が泳いだのが判った。
「この道具、この間までウチにあったヤツだもん」
シナモンみたいな香りがしている一番下の引き出しを引いて、中に入っていた薬包をこぼさぬよう裏を覗き込むと、釘で引っかいた『B-1』の文字。
やっぱりね。
ベティちゃん1号だ(笑)。
同じ型のが二つ在ったんで1号2号にしたんだ。
いや、道具に人の名前付けるなって幸にも言われてるんだけどさ。
何の道具だか見ても売り子と結びつかない私にはその方が覚えやすいし、可愛いじゃん?
ちなみに小間物屋の道具箱がAlexで、薬屋の引き出しがBettyで、羅宇屋の道具箱がCharlieで、呉服屋の反物の風呂敷包みがDianで。以降、種類別にEddie、Fay、George、Helene、・・・。
ハリケーンの名前じゃないんだからって幸に言われたんだよな(^^;。
なので刀は農林1号2号・・・。(サツマイモかい!by幸)
それはさて置き。
「この引き出しの引手金具、壊れてませんでした?」
「へえ。確かに」
「それ、私がイタズラして壊しちゃったの。引き出しがきつくて、無理矢理引っ張ったら抜けちゃって・・・」
くすっと、斎藤さんの口元が動いた。
「知らんふりして黙ってたんだけど、直してくれたんだ。よかったあ」
斎藤さんの顔色を見ていた定斎屋さんは、相手の頷くのを見て安心したようだ。
腰を引いて前屈みだった姿勢がぐぐっと伸びて、立ち姿が全然別人。
改めて会釈をした身のこなしも町人らしくはない。
「新選組の人?」
「いえ。雇われ者です」
イントネーションは関西弁のまま。
詳しく素性を明かさないのはこういう類の人達の常。
けど、こちらはそうじゃない。
「そう。私は・・・」
言いかけたら斎藤さんがそれを遮った。
「アンタは何も言わんでいい。名乗る必要は無い。こういう時はやたら素性を明かさぬ方がいい。その方がアンタのためだ」
なんだかお仕事モードでちょっと引いちゃう。
「アンタが言わんでも、もう見当はついているはずだからな」
男同士が思わせぶりにアイコンタクトをするの図・・・(--;
いくら仕事の話は判らないとはいえ、こんな狭い空間だもの、聞くなと言われても耳が拾っちゃう。
定斎屋さんは大坂から来たばかりだった。
新選組の大坂出張所(違)が不逞浪士を捕縛したんだそうだ。それで過激攘夷派の手による将軍暗殺計画(びっくり!)が発覚。
ってかそういう噂は前からあったらしく、斎藤さんは周知のようだった。なので発覚というよりは証拠を掴んだ感じなのかな。
下手人の一味が京都方面に潜伏しているらしいことも以前から判っていて、新選組本店もこの界隈を探していたらしいんだけど、具体的な潜伏場所がつかめたらしい。
それがどうも斎藤さんが探り出したものらしいのだ(なにげにスゴイ!)。
おまけに定斎屋さんの持ってきた情報によると、今現在、このすぐ近くで新選組と見廻組が将軍暗殺の犯人グループの追跡&捕縛を巡ってひと悶着起きそうなのだという。
それでこのどしゃ降りの中を斎藤さんに仲裁を頼みにやって来たのだった。
「警備地を区切られたばかりだというのに、今ここで見廻組と揉めるのはまずい。なんとしても収めねば・・・」
斎藤さんは苦々しげにため息をついた。
「俺等が追い詰めた獲物だ。横からさらって行くのを黙って見逃せというのも酷な役回りだがな」
若いのに抑え役なんだぁ、へー、と感心。
しかもどうやら自分の見つけた獲物を部下(仲間?)に見逃せと言い渡しに行かなければならないらしいし。
なんだか気の毒。
それにしてもこの定斎屋さん、良く斎藤さんの居場所、つまりここが判ったな。
後をつけてでも居たのだろうか?
明るくなってきた空を見上げながら想像を巡らしていたら、
「・・・鬼丸殿はそのまま屯所へ向かわれました・・・」
・・・は?
なんだそれ?
「ちょっと待って。それってどういう意味?幸と会ってたってこと?」
すると斎藤さんが代わりに答えた。
「ああ、それは俺が頼んだのだ。下手人達の潜伏場所の目星がついたのでな。アイツは足が速いし、それに、アンタの護衛には俺が残った方がいいわけだろう?」
はぁ?
「ちょ、ちょっと待ってよ。じゃあさ、スイカ代払ってくれた時、すでにそういう段取りだった訳?」
「ああ、そうだな」
「だって、あの時『幸はどうした?』って訊かなかった?」
「アンタには悪かったが、あの場で長々と詳しい事情を話すわけにもいかんからな」
なるほど・・・。
いや、かいつまんだ事情でも良かったんだけどさ・・・。
非番の、しかもこのクソ暑い昼下がりに斎藤さんが散歩なんてしてたわけはそういうことか。
てことは、斎藤さんに頼まれて屯所に使いに出た幸が、途中からこの定斎屋のオニイサンに伝言を頼んでここに向かわせたってことなのか。
ポリポリと頭を掻いている斎藤さんは、無表情なのが却ってトボケ顔に見えて来ちゃってなんだかちょっと憎たらしい。
これは後から聞いたのだけど、あそこに居た金魚屋さんもスイカ売ってたおじさんも全部、新選組の息がかかった人達だったらしい。
あの界隈が怪しいというので集中してるみたいだ。
それで判ったんだけど、幸は以前から彼らと屯所(監察方)との連絡係だったんだよね。
何も知らないのは私だけなのだった。
ちょっとばかし面白くないので、
「でも、私の護衛に斎藤さんがついてくれるのはいいけど、そんなに危ないところに私は置いていかれた訳なの?」
「それは違うな。俺はアンタの散歩に付き合うつもりだったさ。まだ危ないと決まったわけじゃなし。幸もそうしてくれと言っていたのだ。せっかく出て来たばかりのアンタを直ぐに連れ帰るのは気が引けたんだな」
そうか。幸ってば気を使ったんだ。私と、それにこの人に。
だってさー、斎藤さんが自分で屯所に行けばよかったんじゃん。そしたら幸とふたりでずっと遊んで居られたのに。
でもきっと断れなかったんだ。仕事だから。
「だがどうも今聞いた話の成り行きではそういう訳にも行かなくなったようだ」
非番と言ってた割には勤労意欲旺盛。
真面目なのはこの人の人柄なのか、それが普通の時代だからなのか。
それにしてもそういう成り行きならば直ぐにでも現場に駆けつけなくちゃいけないんだろう。
「私なら構いませんよ。ひとりで帰れます」
そういうつもりではなかったのに、なんだか拗ねたような口調になってしまい、気まずい間が空く。
「ああ、えーと。走って帰れば直ぐだし。あのー・・・」
「私が送って参りますさかい。御心配無きよう」
定斎屋さんがそう言ったのは事前の段取りがそうだったのか。
判らない。
私には判らないことだらけだ。
判るのはただひとつ、私はこの場に居ない方が彼等の手間はだいぶ省けるっていうことだけ。
「いいですよう。ひとりで大丈夫。みんな仕事してるのに、こんな遊び人に人手を割いたらもったいないもん」
ていうか帰ってから土方さんに叱られちゃうよ。
すると今度は斎藤さんが、
「しかしアンタに何かあっては咎めを受けるのはこっちだからな」
ああそうかい。
どうせ私はお荷物だよ。
・・・おっと。
拗ね加減だよ自分。
斎藤さんはそんな意味で言ったんじゃない。・・・たぶん。
幸だって私の楽しみを中断させたくなくてこういう展開になったんだろうし。
彼等の好意をひがむなんて失礼だし、そんなのは好かない。
そう思い直しはしたけれど、
「誰にも咎められませんから大丈夫。私はひとりで走って帰るから」
どうも上手くない。自分でも棘のある言い方だと思った。
それを感じているのかどうか、
「それでは心許ないと言ってるんだ。この者を護衛につけるから・・・」
「私はダイジョウブって言ってるの。薬屋さんと一緒に歩いて帰る方が可笑しいわよ」
なだめようとしてくれているのが・・・ウザイんだよね。悪意が無いのは判ってるんだけど。
つい、つっかかってしまう。
「一緒に歩けとは言ってないだろう?後から付いて行かせるからアンタは苦にすることは無いさ」
「苦にするわよ。そんなの」
「強情な人だな」
斎藤さんって割とはっきりモノを言う。
言い争いはしたくないはずなのに、
「どっちが!」
売り言葉を買ってしまってから後悔する。
斎藤さんもうっかり売った言葉を後悔しているみたい。
話の筋を戻した。
「とにかく、アンタを独りにはさせられんのだ」
でもこっちはまた話を元に戻されて、癇癪を起こしてしまう。
「いいってば、もお!」
斎藤さん相手にけんかをする気は無いし、言い争いに時間を取られたくもない。
でもぐずぐずしていると言う通りにさせられそうなので、
「走るのに邪魔だから預かっといて」
定斎屋さんに愛用のひょうたん柄の京団扇を押し付けるようにして受け取らせ、さかさかと浴衣の裾をからげる。
斎藤さんがそれ以上口出ししなかったのはきっと、緋色の湯文字(=腰巻)が丸見えになるのもかまわず、膝をさらけ出した姿(ミニスカ丈ね!)にひるんだ(笑)ためだ。
手拭を頭から被り、
「じゃあね!」
「あ、待て!小夜さん!」
「待たないもーん!ぜーったい付いて来ないでよ!ひとりで帰れるから大丈夫」
ぬかるんだ道に走り出す。
まだ少し雨は残っているが、空はもう青空がのぞいて、陽射しが所々筋になっているのが宗教画みたいにきれいだった。
二、三歩走り出してから、でもこれじゃあんまり喧嘩別れみたいでせっかく気を使ってくれている斎藤さんに悪いなぁと思い、
「怒ってる訳じゃないからねー!また遊びに来てね!今度お昼食べにおいでよ!でもウチ、夏場はずっと素麺だけどー!」
走り出しながら言い訳して笑っちゃう。
あ、そうだ、
「そういえばさっき思い出したんだけどー」
振り返ったら、大の男がふたりで呆然と立ち尽くしているのが目に入った(笑)。
「買い物用の小銭の入ったお財布、別に山崎さんからもらってた気がするわー!私が忘れてただけだったぁー!」
そう言ってもリアクションが無い。突っ立ったままだ。可笑しい。
手を振った。
「ごめんねー!私アンタ達に付き合ってる暇無いからー!じゃあまたー!そっちも頑張ってねー」
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