もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
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夢の中では助けに行けない。
いたたまれない程の悔しさに席を立って出て行ってしまったあなたの苦渋に満ちた横顔を、私は知っている。
今更ワルぶってもダメですよ。
「それじゃあ訊きますが、あの家の秘密がバレるかもしれないのに、彼女を解放する理由が他に有るとでも言うんですか?」
返事は無い。
おそらく答えに窮している。
「そんな危険な道をどうしてあなたが選んだのか、そんな間の抜けたことをなぜしようとしているのか、判らないなら教えてあげましょうか?」
彼は黙って私の言葉を待っていた。
自分の気持ちを第三者に判断して欲しかったのかもしれない。
もちろん、無意識にではあるんだろうけど。
「あなたは怖かったんだ、深入りするのが」
「何に深入りするというのだぇ?」
「小夜に」
湧き上がるように笑いが起こった。
この人がこんなに爆笑するのも珍しい。
「よせ。バカを言うな。腹の皮がよじれらぁ」
気持ちは判らないでもないけどね。
彼自身、自分の気持ちに気付いては居ないらしいから。
深入りという言葉も判りにくかったかも。
情が移ったと言えば判るのかな?
ま、それは捨て置く。
「あの家に移って四ヶ月あまり。あの子はたとえ家に閉じこもった生活をしていても、新選組の人達の中では充分目立つ存在です。それはあなたの思惑通りだったのではないですか?大事な女性(ひと)の隠れ蓑として、彼女は充分その役目を果たしている」
手持ちの札をちらつかせてみる。
副長は無言。
痛いところを突かれて言葉が出ないか。
それともこちらの出方を窺っているのか。
「確かに、初めはあの子を仕事に使う事にあなたは反対だった。でもすぐ、使いようによっては役に立つことに気付いた。表向き小夜のところに通っているように見せて、他の場所へ通っている分には監視されずに済む。追っ手を撒く事もでき、大事な人を危険にさらす事も無い。彼女があんな性格で、あなたがどこに行こうと詮索しないのも好都合だった」
つまり、やきもち妬かないから面倒が起こらないんだな。
粉雪が、顕わになった副長の、逞しいけれど白くてすべすべした腕にとまっては溶けて流れて行く。
寒いだろうけど、これはお仕置きだ。
「あなたはあなたの意思で彼女を利用していたんです。山崎さんがあの子を選んだからじゃない」
大人ってずるいんだよね。
責任転嫁するのが上手い。
「でもそのことで、あなたは小夜に対して無意識のうちに負い目を抱いていた。その矢先にこの間の事件です。思うにあの時あなたは『目を離した隙に』なんて言ってたけど、ほんとは大事な人のところに居たんでしょ?前の晩から」
言葉を切って少し待つ。
言い返す言葉は無いようだ。
「罪の償いに小夜を危険な役目から外そうと考えたのは尤もな話ですが、自分のために傷つくのを見ないで済むからと言って、あの家から出せばあの子は安全だと思うんですか?小夜をあの家から追い出すことになって、あなたは負い目を感じずに済むのかもしれませんが、考えてもみてください、あの家を出た後、彼女が再び今回の事件のような目に・・・もし彼女の顔を知っている賊に斬りつけられたとしたら、あなたは平気で居られるのですか?小夜にとって既にあの家の外の方が余程危険になっているとは思わないんですか?」
表情は見えなかったが、彼は少なくとも私の指摘が妥当なものであることを認めてはいるようだ。
言い返さないのがその証拠だろう。
が、結局大人は逃げを打つ。
彼はどうでも深みにはまらぬうちに彼女の存在には目をつぶってしまいたかったようだ。
「平気も何も俺には関係無ぇ。もう係わりは無ぇんだからな。本人も承知したことだ」
この期に及んで強がりを言った。
私は溜息をついた。
どうしても、最後の手段を使わせたいんだな。
手のかかるオヤジだこと。
「そうですか。それなら私にも考えがあります」
「斬るかぇ?」
「まさか。そんなことをしたら新選組の皆さんに細切れにされてしまう。そんな短絡的なことはしません。私が欲しいのは、小夜の身の安全の保障ですからね」
「アンゼンのホショウたぁ何だ」
副長がイラついて来たのは、雪が腕や肩に積もる程になって来たためだ。
私にしたところで刀を持った指先が冷たくて感覚が無くなって来そうだった。
急がないと刀落っことしそう。副長に怪我させそう(汗)。
「あの家の内も外も物騒なことに変わりは無いと思います。ならば私は新選組に係わりの有る者の出入りの多いあの家に彼女を置いておきたい」
「お前の言いたいことは判るが、新選組はあんなところに貼りついているほど人手が有るわけではねぇ。それにあすこは誰彼構わず出入りのできる場所ではねぇ」
「そこをなんとかできませんか。必要最小限でかまいません」
「あの小娘のために番人を置いておくような無駄なことぁできねぇな」
こんな時の副長は本当に憎たらしい。
だがそっちがそう来るならこっちだって。
「小夜の『子供』を利用する代わりに、あなたの『大人』を利用させてもらっても、罰は当たりませんよねぇ?」
どうだ、かっこいいだろ。
決まったな!(^^)v
と思ったのに、
「・・・幸、お前の話は判りにくいな」
・・・うう。くそ。(--;
「ですからぁ、今まで通り小夜を隠れ蓑に使って構いませんから、あの子をあの家に置いて・・・守って下さいって意味ですよぅ」
もう寒さも刀の重さも限界だ。
早いとこ帰って風呂入りてぇ。
鼻水出そう。
なのに、
「承知できねぇな」
ああああ!もう!
しぶといぞ、クソオヤジ!
「あなたの大事な人の居所を世間に喋りまくっちゃうぞ!って言ってもですか?」
あーあ、言っちゃった・・・。
一瞬、副長は息を飲み、それからもの凄い勢いで怒鳴り散らした。
「手前ぇ!俺を強請るつもりかっ!!」
「わぁぁ!動かないでくださいよ~。本当に斬っちゃいますよぅ。私、人なんて斬ったこと無いんですから。手加減なんて器用なことできませんからねっ」
もしここでこの人の首筋をさっくりやっちゃったら、それは不可抗力というヤツだ。
彼はぷりぷり怒って、
「ったく!怖いもの知らずのガキめらがっ!いったい何様になったつもりで居やがるのだ!今に命を落とすことになっても俺は知らんからな!」
ひー!怖えぇよー!
思わず首をすくめてしまう。
それから彼は怒鳴ったついで(笑)に、
「おい!しっかり持たんか!切っ先が振れてるぞ!」
手がかじかんでいるのと、疲れてきたのとで刀の切っ先が定まらない。
「はいっ。すいません!」
剣術の先生に指摘されて、つい素直に謝ってしまった。
でも良く考えたら脅しているのは私の方なんだから謝ることは無かったんだよな。
「刀の重さに負けるたぁ情け無ぇ。せっかくの長寸が泣くではねぇかよ」
「・・・スイマセン」
とほほ。
やっぱり謝ってしまう。
「近頃、稽古がご無沙汰で・・・」
と言い訳してたら不意に、ヘックショイ!とくしゃみが出た。
「幸・・・てめぇ、遊んでいるのじゃあるめーな・・・!」
地獄の底から湧き出るような恨み声。
そりゃ首筋ぎりぎりに刃先を当てたまま、くしゃみしちゃったんだから・・・(滝汗)。
辛うじて身をかわした後、ゆっくりと元の体勢に戻っていく副長の背中から、怒りのオーラがブンブンと唸りをあげて発せられている・・・ように見える。
ひー!怖えぇ。
「遊んでなんかいませんよー。副長が私の申し出を飲んで下されば、もうこんな寒いところに突っ立っていることなんてないんだしぃ・・・」
半泣き。
「人を強請っておいて何を言うか。ったく、太てぇガキだ」
「強請ってなんかいませんよぅ。人聞き悪いなぁ。これは取引きなんですから・・・」
「取引きだぁ?聞こえが良けりゃいいってもんじゃねぇだろ!」
んもう、理屈っぽいオヤジだこと。
こっちはもう寒くて風邪引きそうなんだから。
「私があの女性の存在を誰にもしゃべらない代わりに、小夜は今まで通りあの家に置くってことでいいんですよね?」
「・・・・」
舌打ちでも返ってくるのかと思ったら、
「勝手にしろ」
溜息をひとつついて、頭の上にあてがっていた両手を下ろし、腕に積もった雪を振り落としながらゆっくりと振り向いた。
「ただし、さっきも言った通り護衛と言える護衛はつけられんぞ。どう談判されても人の手配だけはどうもならん。命を落とす羽目になっても俺は責任は持たんからな。お前らは好きであの家に居座るのだ。その点は諦めてもらわねばならん」
「判りました。その点については私もいくばくかのお役に立てるかと思いますので。ありがとうございます」
やれやれ。
寒さと筋肉痛で強張った手で、二尺七寸三分を鞘に納めるのに手間取る。
二キロ弱の鉄の棒の端を持って、水平に十五分ほど。
手が震えているのは寒さのせいだと思いたいが、腕全体が痺れたように筋肉痛だ。肩も苦しい。
「指、落とすなよ」
気がつけば、副長も頭や肩に積もった雪を払いながら凝った肩をほぐしている。
私は首巻きを頭から被っていたからいいようなものの、彼はまともに粉雪にまみれて、冷えたのだろう、ぶるっと身震いをして懐に腕を収めた。
それから収めた腕の冷たさに、更に唸り声をあげた。
やばいよー。
早いとこ逃げよう。
「そ、それじゃ、お疲れ様でしたー・・・」
傍らをすり抜けて通りに出たら、
「おい!」
呼び止められた。
思わず首をすくめる。
「たかが口約束ひとつで、敵に背中をさらすバカがどこに居る、間抜けめ!」
ぷりぷり怒っている。
「てめぇは今の今までこの俺に刀を突きつけていたのではねぇか!口約束ごときを信用してあっけらかんと背中をさらしやがって。後からバッサリやられたらどうするのだ、馬鹿者!」
・・・この人の生徒思いには感心してしまう。
自分に刀を向けた非礼を咎めるより先に、そのやり方が不味いと言って技術指導をしているのだ。
・・・かわいいなぁ。
「大丈夫。そのまんまじゃ刀、抜けませんもん」
笑ってしまいながら、先程天地を逆にした差料を指差すと、彼は苦り切ってぼやいた。
「ったく、手の込んだイタズラしやがって。ろくでもねぇガキだ」
口を尖がらせてぶつぶつ言いながら、刀を差し直して歩いて来る。
全くかわいい。
「こんなことで俺をやり込めたとでも思ってるか知らんが、今に痛い目見るぞ。覚悟しとけよ」
「はーい♪」
嬉しくなって、私はつい口を滑らした。
「道場ででも痛い目見たいですぅ♪」
「そうか!」
って、急に機嫌が直ったぞ(汗)。
こういうとこも・・・小夜とおんなじ(爆)。
「ならこれから付き合え。久しぶりに伸してやる」
すっごい嬉しそう。・・・かわいい(笑)。
でも残念ながら、
「せっかくのお誘いなんですけど、遠慮しときます。近頃屯所には入り辛くて」
私が新選組に出入りするようになった経緯を知っている古参の隊士はもう慣れっこらしいのだが、新参の隊士にとってはやはり私の存在は目障りらしいのだ。
視線を感じる、くらいはこちらも慣れているので気にしないが、その視線の中に敵意を感じるのである。
それを、副長はすぐに察してくれ、
「俺が連れてくんだから良かろうが」
と、憮然としながら言ってくれた。
誰にも文句は言わせないという勢いなのだが・・・。
それが困るんである。
私が屯所に出入りすることで、私自身が悪く言われるのはいい。
私を受け入れてくれる人達まで卑しめられるのが嫌なのである。
だから、例えばこのまま副長と屯所へ戻ったらまずいだろうと思うのだ。
私のようなつまらない存在が、この人の立場を悪くする原因になってはならない。
屯所とは距離を置かねば。
「私は小夜んとこに戻らないと。山崎さんも待ってるだろうし」
「お前、なに気ぃ使ってんだ?」
雪は粉雪からぼたん雪に変わり、傘無しでは屯所までもたないと思ったのだろう、副長はずっとついて来る。
「別に気なんて使ってませんて。人数増えたし忙しそうだし、私の居る場所無いんですもん」
同じところへ向かうなら下がって歩こうと立ち止まったのに、相手はこちらを振り向いて怪訝そう。
「どうした?なにやってんだ。早く歩け」
「だって先に歩いて頂かないと・・・」
そこでようやく気付いたみたいで、
「ばか。話が遠いだろ?並んで歩け」
んなこと言われてもなー。
「心配せずともお前とじゃ道行にも見えねぇだろ」
・・・いや、だからそういう意味じゃなくてさ。
身分的に違うだろうと私は言いたいのだが。
ぐずぐずしてるとすぐまたむかっ腹を立てかねないので言う通りに並んで歩く。
私は首巻きを覆面よろしくぐるぐる巻きにしており、目しか出していないのでおよそ女に見える心配は無い。
副長とは身長もそれ程変わりはないし。
なのに、
「お前が女でなかったら・・・」
何を言い出すのかと驚いて横を見たら、
「すぐにでも入隊許可は出すんだが」
歩きながら微笑んでいる。てか、苦笑?
そんなif文、およそ副長の言葉とも思えない。
でも、嬉しかった。
「察しはいい、口は堅い。それだけかと思ったら度胸といい理屈のこね具合といい、仕込めば監察・・・公用方として使えそうだからな」
・・・それって、褒めてるんですかね?
いや、先程の仕返しにいじめてるんだな(--;
「そりゃ大変光栄ですけど、私はあの物騒な『軍中法度』ってヤツに縛られるなんて真っ平ですので」
不意にガッと副長の腕が伸びて来て、だが空しく空を切った。
「あ、コイツ・・!」
辛うじて飛びのいてなんとかかわしたのだ。
つい先日発表された軍中法度は長州派兵のための軍規である。
と同時に新選組の隊規でもある。
作ったのは・・・いや、基本理念が局長のものであるのは紛うべくも無いが、規則として整備されるまでには絶対この人の手が入っているはずなのだ。
つまり私は、副長の作った隊規に“物騒な”というマイナスイメージの形容詞を付けたわけ。
なので彼のリアクションは予想できた。
そうでなければ今頃首を絞められている(汗)。
ダカダカと足駄を鳴らして逃げ出した背中に、
「このクソガキ!絶対伸してやるからなー!」
あれ?追いかけて来ない。
「このまま屯所へ戻る。山崎のヤツに傘持って駆けて来いと言っとけ」
・・・そうですか。
山崎さん、気の毒だな。
「了解しましたー」
「てめーは明日必ず屯所に顔出せ!判ったな!」
「りょ、りょーかい・・・」
たはは・・・。結局そうなるのね。
それが彼の心遣いの言葉であると気付いたのは、二、三歩走り出してしまってから。
はっとして振り返ると、そこには既に副長の姿は無く、視界を遮るように宙に浮かぶ、大輪のぼたん雪。
大きな白い花びらのようなぼたん雪が、あとからあとからゆっくりと音も無く舞い降りて、黒い地面にとまっては消えてゆく光景は、まるで夢の中で見る風景のようで・・・。
立ち込める冬の匂いは、かの人の残り香なのか。
寒さに震えながら、もう少しこの場に佇んで雪の柔らかさを感じて居たいと願った十六の冬。
怖いものなど何も無い、十六の冬のことだった。
了
いたたまれない程の悔しさに席を立って出て行ってしまったあなたの苦渋に満ちた横顔を、私は知っている。
今更ワルぶってもダメですよ。
「それじゃあ訊きますが、あの家の秘密がバレるかもしれないのに、彼女を解放する理由が他に有るとでも言うんですか?」
返事は無い。
おそらく答えに窮している。
「そんな危険な道をどうしてあなたが選んだのか、そんな間の抜けたことをなぜしようとしているのか、判らないなら教えてあげましょうか?」
彼は黙って私の言葉を待っていた。
自分の気持ちを第三者に判断して欲しかったのかもしれない。
もちろん、無意識にではあるんだろうけど。
「あなたは怖かったんだ、深入りするのが」
「何に深入りするというのだぇ?」
「小夜に」
湧き上がるように笑いが起こった。
この人がこんなに爆笑するのも珍しい。
「よせ。バカを言うな。腹の皮がよじれらぁ」
気持ちは判らないでもないけどね。
彼自身、自分の気持ちに気付いては居ないらしいから。
深入りという言葉も判りにくかったかも。
情が移ったと言えば判るのかな?
ま、それは捨て置く。
「あの家に移って四ヶ月あまり。あの子はたとえ家に閉じこもった生活をしていても、新選組の人達の中では充分目立つ存在です。それはあなたの思惑通りだったのではないですか?大事な女性(ひと)の隠れ蓑として、彼女は充分その役目を果たしている」
手持ちの札をちらつかせてみる。
副長は無言。
痛いところを突かれて言葉が出ないか。
それともこちらの出方を窺っているのか。
「確かに、初めはあの子を仕事に使う事にあなたは反対だった。でもすぐ、使いようによっては役に立つことに気付いた。表向き小夜のところに通っているように見せて、他の場所へ通っている分には監視されずに済む。追っ手を撒く事もでき、大事な人を危険にさらす事も無い。彼女があんな性格で、あなたがどこに行こうと詮索しないのも好都合だった」
つまり、やきもち妬かないから面倒が起こらないんだな。
粉雪が、顕わになった副長の、逞しいけれど白くてすべすべした腕にとまっては溶けて流れて行く。
寒いだろうけど、これはお仕置きだ。
「あなたはあなたの意思で彼女を利用していたんです。山崎さんがあの子を選んだからじゃない」
大人ってずるいんだよね。
責任転嫁するのが上手い。
「でもそのことで、あなたは小夜に対して無意識のうちに負い目を抱いていた。その矢先にこの間の事件です。思うにあの時あなたは『目を離した隙に』なんて言ってたけど、ほんとは大事な人のところに居たんでしょ?前の晩から」
言葉を切って少し待つ。
言い返す言葉は無いようだ。
「罪の償いに小夜を危険な役目から外そうと考えたのは尤もな話ですが、自分のために傷つくのを見ないで済むからと言って、あの家から出せばあの子は安全だと思うんですか?小夜をあの家から追い出すことになって、あなたは負い目を感じずに済むのかもしれませんが、考えてもみてください、あの家を出た後、彼女が再び今回の事件のような目に・・・もし彼女の顔を知っている賊に斬りつけられたとしたら、あなたは平気で居られるのですか?小夜にとって既にあの家の外の方が余程危険になっているとは思わないんですか?」
表情は見えなかったが、彼は少なくとも私の指摘が妥当なものであることを認めてはいるようだ。
言い返さないのがその証拠だろう。
が、結局大人は逃げを打つ。
彼はどうでも深みにはまらぬうちに彼女の存在には目をつぶってしまいたかったようだ。
「平気も何も俺には関係無ぇ。もう係わりは無ぇんだからな。本人も承知したことだ」
この期に及んで強がりを言った。
私は溜息をついた。
どうしても、最後の手段を使わせたいんだな。
手のかかるオヤジだこと。
「そうですか。それなら私にも考えがあります」
「斬るかぇ?」
「まさか。そんなことをしたら新選組の皆さんに細切れにされてしまう。そんな短絡的なことはしません。私が欲しいのは、小夜の身の安全の保障ですからね」
「アンゼンのホショウたぁ何だ」
副長がイラついて来たのは、雪が腕や肩に積もる程になって来たためだ。
私にしたところで刀を持った指先が冷たくて感覚が無くなって来そうだった。
急がないと刀落っことしそう。副長に怪我させそう(汗)。
「あの家の内も外も物騒なことに変わりは無いと思います。ならば私は新選組に係わりの有る者の出入りの多いあの家に彼女を置いておきたい」
「お前の言いたいことは判るが、新選組はあんなところに貼りついているほど人手が有るわけではねぇ。それにあすこは誰彼構わず出入りのできる場所ではねぇ」
「そこをなんとかできませんか。必要最小限でかまいません」
「あの小娘のために番人を置いておくような無駄なことぁできねぇな」
こんな時の副長は本当に憎たらしい。
だがそっちがそう来るならこっちだって。
「小夜の『子供』を利用する代わりに、あなたの『大人』を利用させてもらっても、罰は当たりませんよねぇ?」
どうだ、かっこいいだろ。
決まったな!(^^)v
と思ったのに、
「・・・幸、お前の話は判りにくいな」
・・・うう。くそ。(--;
「ですからぁ、今まで通り小夜を隠れ蓑に使って構いませんから、あの子をあの家に置いて・・・守って下さいって意味ですよぅ」
もう寒さも刀の重さも限界だ。
早いとこ帰って風呂入りてぇ。
鼻水出そう。
なのに、
「承知できねぇな」
ああああ!もう!
しぶといぞ、クソオヤジ!
「あなたの大事な人の居所を世間に喋りまくっちゃうぞ!って言ってもですか?」
あーあ、言っちゃった・・・。
一瞬、副長は息を飲み、それからもの凄い勢いで怒鳴り散らした。
「手前ぇ!俺を強請るつもりかっ!!」
「わぁぁ!動かないでくださいよ~。本当に斬っちゃいますよぅ。私、人なんて斬ったこと無いんですから。手加減なんて器用なことできませんからねっ」
もしここでこの人の首筋をさっくりやっちゃったら、それは不可抗力というヤツだ。
彼はぷりぷり怒って、
「ったく!怖いもの知らずのガキめらがっ!いったい何様になったつもりで居やがるのだ!今に命を落とすことになっても俺は知らんからな!」
ひー!怖えぇよー!
思わず首をすくめてしまう。
それから彼は怒鳴ったついで(笑)に、
「おい!しっかり持たんか!切っ先が振れてるぞ!」
手がかじかんでいるのと、疲れてきたのとで刀の切っ先が定まらない。
「はいっ。すいません!」
剣術の先生に指摘されて、つい素直に謝ってしまった。
でも良く考えたら脅しているのは私の方なんだから謝ることは無かったんだよな。
「刀の重さに負けるたぁ情け無ぇ。せっかくの長寸が泣くではねぇかよ」
「・・・スイマセン」
とほほ。
やっぱり謝ってしまう。
「近頃、稽古がご無沙汰で・・・」
と言い訳してたら不意に、ヘックショイ!とくしゃみが出た。
「幸・・・てめぇ、遊んでいるのじゃあるめーな・・・!」
地獄の底から湧き出るような恨み声。
そりゃ首筋ぎりぎりに刃先を当てたまま、くしゃみしちゃったんだから・・・(滝汗)。
辛うじて身をかわした後、ゆっくりと元の体勢に戻っていく副長の背中から、怒りのオーラがブンブンと唸りをあげて発せられている・・・ように見える。
ひー!怖えぇ。
「遊んでなんかいませんよー。副長が私の申し出を飲んで下されば、もうこんな寒いところに突っ立っていることなんてないんだしぃ・・・」
半泣き。
「人を強請っておいて何を言うか。ったく、太てぇガキだ」
「強請ってなんかいませんよぅ。人聞き悪いなぁ。これは取引きなんですから・・・」
「取引きだぁ?聞こえが良けりゃいいってもんじゃねぇだろ!」
んもう、理屈っぽいオヤジだこと。
こっちはもう寒くて風邪引きそうなんだから。
「私があの女性の存在を誰にもしゃべらない代わりに、小夜は今まで通りあの家に置くってことでいいんですよね?」
「・・・・」
舌打ちでも返ってくるのかと思ったら、
「勝手にしろ」
溜息をひとつついて、頭の上にあてがっていた両手を下ろし、腕に積もった雪を振り落としながらゆっくりと振り向いた。
「ただし、さっきも言った通り護衛と言える護衛はつけられんぞ。どう談判されても人の手配だけはどうもならん。命を落とす羽目になっても俺は責任は持たんからな。お前らは好きであの家に居座るのだ。その点は諦めてもらわねばならん」
「判りました。その点については私もいくばくかのお役に立てるかと思いますので。ありがとうございます」
やれやれ。
寒さと筋肉痛で強張った手で、二尺七寸三分を鞘に納めるのに手間取る。
二キロ弱の鉄の棒の端を持って、水平に十五分ほど。
手が震えているのは寒さのせいだと思いたいが、腕全体が痺れたように筋肉痛だ。肩も苦しい。
「指、落とすなよ」
気がつけば、副長も頭や肩に積もった雪を払いながら凝った肩をほぐしている。
私は首巻きを頭から被っていたからいいようなものの、彼はまともに粉雪にまみれて、冷えたのだろう、ぶるっと身震いをして懐に腕を収めた。
それから収めた腕の冷たさに、更に唸り声をあげた。
やばいよー。
早いとこ逃げよう。
「そ、それじゃ、お疲れ様でしたー・・・」
傍らをすり抜けて通りに出たら、
「おい!」
呼び止められた。
思わず首をすくめる。
「たかが口約束ひとつで、敵に背中をさらすバカがどこに居る、間抜けめ!」
ぷりぷり怒っている。
「てめぇは今の今までこの俺に刀を突きつけていたのではねぇか!口約束ごときを信用してあっけらかんと背中をさらしやがって。後からバッサリやられたらどうするのだ、馬鹿者!」
・・・この人の生徒思いには感心してしまう。
自分に刀を向けた非礼を咎めるより先に、そのやり方が不味いと言って技術指導をしているのだ。
・・・かわいいなぁ。
「大丈夫。そのまんまじゃ刀、抜けませんもん」
笑ってしまいながら、先程天地を逆にした差料を指差すと、彼は苦り切ってぼやいた。
「ったく、手の込んだイタズラしやがって。ろくでもねぇガキだ」
口を尖がらせてぶつぶつ言いながら、刀を差し直して歩いて来る。
全くかわいい。
「こんなことで俺をやり込めたとでも思ってるか知らんが、今に痛い目見るぞ。覚悟しとけよ」
「はーい♪」
嬉しくなって、私はつい口を滑らした。
「道場ででも痛い目見たいですぅ♪」
「そうか!」
って、急に機嫌が直ったぞ(汗)。
こういうとこも・・・小夜とおんなじ(爆)。
「ならこれから付き合え。久しぶりに伸してやる」
すっごい嬉しそう。・・・かわいい(笑)。
でも残念ながら、
「せっかくのお誘いなんですけど、遠慮しときます。近頃屯所には入り辛くて」
私が新選組に出入りするようになった経緯を知っている古参の隊士はもう慣れっこらしいのだが、新参の隊士にとってはやはり私の存在は目障りらしいのだ。
視線を感じる、くらいはこちらも慣れているので気にしないが、その視線の中に敵意を感じるのである。
それを、副長はすぐに察してくれ、
「俺が連れてくんだから良かろうが」
と、憮然としながら言ってくれた。
誰にも文句は言わせないという勢いなのだが・・・。
それが困るんである。
私が屯所に出入りすることで、私自身が悪く言われるのはいい。
私を受け入れてくれる人達まで卑しめられるのが嫌なのである。
だから、例えばこのまま副長と屯所へ戻ったらまずいだろうと思うのだ。
私のようなつまらない存在が、この人の立場を悪くする原因になってはならない。
屯所とは距離を置かねば。
「私は小夜んとこに戻らないと。山崎さんも待ってるだろうし」
「お前、なに気ぃ使ってんだ?」
雪は粉雪からぼたん雪に変わり、傘無しでは屯所までもたないと思ったのだろう、副長はずっとついて来る。
「別に気なんて使ってませんて。人数増えたし忙しそうだし、私の居る場所無いんですもん」
同じところへ向かうなら下がって歩こうと立ち止まったのに、相手はこちらを振り向いて怪訝そう。
「どうした?なにやってんだ。早く歩け」
「だって先に歩いて頂かないと・・・」
そこでようやく気付いたみたいで、
「ばか。話が遠いだろ?並んで歩け」
んなこと言われてもなー。
「心配せずともお前とじゃ道行にも見えねぇだろ」
・・・いや、だからそういう意味じゃなくてさ。
身分的に違うだろうと私は言いたいのだが。
ぐずぐずしてるとすぐまたむかっ腹を立てかねないので言う通りに並んで歩く。
私は首巻きを覆面よろしくぐるぐる巻きにしており、目しか出していないのでおよそ女に見える心配は無い。
副長とは身長もそれ程変わりはないし。
なのに、
「お前が女でなかったら・・・」
何を言い出すのかと驚いて横を見たら、
「すぐにでも入隊許可は出すんだが」
歩きながら微笑んでいる。てか、苦笑?
そんなif文、およそ副長の言葉とも思えない。
でも、嬉しかった。
「察しはいい、口は堅い。それだけかと思ったら度胸といい理屈のこね具合といい、仕込めば監察・・・公用方として使えそうだからな」
・・・それって、褒めてるんですかね?
いや、先程の仕返しにいじめてるんだな(--;
「そりゃ大変光栄ですけど、私はあの物騒な『軍中法度』ってヤツに縛られるなんて真っ平ですので」
不意にガッと副長の腕が伸びて来て、だが空しく空を切った。
「あ、コイツ・・!」
辛うじて飛びのいてなんとかかわしたのだ。
つい先日発表された軍中法度は長州派兵のための軍規である。
と同時に新選組の隊規でもある。
作ったのは・・・いや、基本理念が局長のものであるのは紛うべくも無いが、規則として整備されるまでには絶対この人の手が入っているはずなのだ。
つまり私は、副長の作った隊規に“物騒な”というマイナスイメージの形容詞を付けたわけ。
なので彼のリアクションは予想できた。
そうでなければ今頃首を絞められている(汗)。
ダカダカと足駄を鳴らして逃げ出した背中に、
「このクソガキ!絶対伸してやるからなー!」
あれ?追いかけて来ない。
「このまま屯所へ戻る。山崎のヤツに傘持って駆けて来いと言っとけ」
・・・そうですか。
山崎さん、気の毒だな。
「了解しましたー」
「てめーは明日必ず屯所に顔出せ!判ったな!」
「りょ、りょーかい・・・」
たはは・・・。結局そうなるのね。
それが彼の心遣いの言葉であると気付いたのは、二、三歩走り出してしまってから。
はっとして振り返ると、そこには既に副長の姿は無く、視界を遮るように宙に浮かぶ、大輪のぼたん雪。
大きな白い花びらのようなぼたん雪が、あとからあとからゆっくりと音も無く舞い降りて、黒い地面にとまっては消えてゆく光景は、まるで夢の中で見る風景のようで・・・。
立ち込める冬の匂いは、かの人の残り香なのか。
寒さに震えながら、もう少しこの場に佇んで雪の柔らかさを感じて居たいと願った十六の冬。
怖いものなど何も無い、十六の冬のことだった。
了
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