もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

「・・・鬼丸殿!」

ぎょっとして振返ると、赤く色づいた落ち葉が一片、目の前を斜めに流れて落ちた。

「どちらまで行かれる・・?」

「斎藤先生・・!」

うう。
この人は足音がしないんだもんな。
しかもそんなに楽しげな声音で「鬼丸殿」と来たもんだ。
もちろん普段は幸と呼び捨てなのである。

「なんでしょう?」

先般の火事に焙られ、東側ばかり赤茶けて縮れていた西本願寺の欅は、ようやく均等に色づいたところ。

「何か、とはご挨拶だな」

そんなこと言われたって思い当たる用事は無いし。
他になんと言えばいいのやら。

風に揺れる紅葉をバックに、きっちりと気持ちよく結い上げられた結髪の月代に後れ毛がかかっている。
素足に雪駄の足元を、枯葉を巻いて風が吹き抜けていく。

たぶん、今年最後の野分。

初めての京都の秋。
紅葉狩りもしないまま、嵐で吹き散らされてしまうのか。

「・・・すみません。何か御用で?」

「どこへ行くのかと聞いている」

私がこっち方向に歩いてるってことは、行き先は決まっている。
判ってるくせにわざわざ聞くのは人がいいのか悪いのか。

普段は無口を気取っている小作りの口元が緩んでいるから、楽しんでいるのは確かだな。

副長の休息所、とは殊更圧迫感を強調してしまいそうで言い辛い。

「小夜んちですけど」

と言ってから、イタズラ心が起きて、

「一緒にいかがですか?」

と言ってみた。

たじろぐかと思われたが、彼はおよそ屯所では見せたことの無いような無心な笑顔になって、

「もとよりそのつもりだ。土方さんの了解も得ている」

・・・だから、最初からそのつもりならわざわざ呼び止めて行き先を聞くこと無かろーよ(--;。

立ち止まっていた私を、歩みを止めぬまま追い越して行く師匠は惚れ惚れするほど姿勢が良い。
タッパもあるし、顎を引いた歩き方も上下動が少ないし。
頭の形もすごくいいので、100年あとに生まれてたらモデルもイケたかも。

「行くぞ」

見惚れていたら急かされた。

それにしても、

「小夜んとこに何の御用で?」

主人不在の休息所へ用があるとは尋常ではないところだが、その主人の許可も得ていると言う。仕事の用ではあるのだろうが・・。

「いや、お前に用があるのだ」

???

「来ぬのか?」

立ち止まって振返る。

引き締まった横顔は二枚目とは言わぬまでも、相応にカッコいい。
風に弄られて細めた目が・・・笑ってる・・・。

何を企んでいるのか知らないけど、えらく機嫌良く張り切ってて、やな予感(--;

この人って機嫌が良いと放してくれないんだもの。
稽古の時だって、もうカンベンっていうくらい。
そりゃ、私みたいなミソっかすにちゃんと稽古付けてくれるのは有り難いんだけどさぁ。

・・・ヒマなのかしら?

「何を考えてる?」

後に下がって歩いていたのに、不意を付かれてまごつく。
まさかグチをこぼしたかったとは言えない。

「私に御用とはいったい・・・」

「山崎さんに頼まれててな。お前に刀の扱いを教えてくれと。その身なりだ、丸腰で出歩くのは却って物騒だからな」

え!

「それはもしかして、刀を持っても良いということなんでしょうか?」

「差して歩きたければ竹光でも用は足りるからな」

・・・うう(凹)。

当たり前ではあるが、自前の刀というものを私は持っていない。
買う金も無いのだが、実力も伴わぬのに借金して買うものでもないだろうと思い、丸腰のままでいた。

しかし、もう少し剣の腕が立つようになったなら、やはり最終(?)目標として刀は欲しいのである。
丸腰である以上、ミソっかすの座は永遠に指定席となってしまう。

そう考えていたので、刀の扱いを教えるといわれてつい、自分の実力がある程度のレベルに達し、更にそれを認めてもらえたのだと思ったのだ。

でも、そんなにうまく行くわけないよな・・・。
刀の扱いって、この間山崎さんが言ってた刀の手入れのことだよね。




「あれ?いらっしゃーい」

勝手口から現れた小夜は、木綿の普段着(それでも色糸は入っていて労働着ではない)に前垂れ襷で髪も小さく(自分で)まとめており、

「失礼仕る」

木戸を潜った斎藤先生がしげしげと眺めるだけの理由はあった。

「どうも、お手掛けには見えませんな」

ご指摘通り。

やっばーい!という風に、彼女は私に目で合図してから、えへへへへと愛想笑いで誤魔化すつもり。

「つい癖でこんな格好しちゃうんですよー。今お掃除終わったとこなの。どうぞ上がってください。斎藤さんもお昼食べに来たの?」

おいおい、そういう言い方しちゃイカンだろ(--;。
そりゃあもうすぐお昼時で、いくら私と一緒に食べる約束してたからって・・・。

「え?ああ、申し訳ない。私はそういうつもりでは・・・」

斎藤先生・・・しどろもどろになっちゃってるし(--;

「だってもうお昼だよ。私お腹空いちゃったし」

と、彼女は相手の慌てた様子などお構い無し。
さっさと背を向けて台所に消える。

「きつねうどんなのー。乾麺だけどー。もう一人前茹でるから待っててね・・・」

縁側から上がって斎藤先生に座布団を勧める間、台所でひとりで騒いでたと思ったら、座敷との境の障子をさっと開け、

「うどんのツユはお湯でのばす!」

快心の笑み。
人差し指と親指をL字に立てて、何なのアンタその決めポーズは(--;。

「ひとりくらい人数増えたって楽勝楽勝!」

はいはい。
アンタはいつも楽しそうで何よりだね。

お湯でのばしたせいで出汁が薄くなり、補ったしょうゆ味が強くなって結果的に東京風になったきつねうどん、美味しいと言って食べるのは本心なんですかねぇ、斎藤先生。
無理してないか?(爆)。

お茶を啜って人心地ついてから、本題の刀の件。

つーか、思った通り、刀の手入れの講義をみっちり一刻。
しかも斎藤センセー相当なマニアでいらっしゃって、後半、話が横道に逸れる逸れる!
手入れの講義のはずがいつの間にか見立ての講義になっちゃってて・・。
普段無口で通っている人がこの時ばかりは立て板に水。

あんまり楽しげにしてるので、最後まで聞くしかなかった(^^;。
いくら私だとて正座した足が痺れて参ったケド。

それでも彼は納戸の刀箪笥にあった様々な刀の中から私のために教材を選んでくれ、ついでにと言いながら自分の刀をモデルに同じようにやってみろと、すぐ隣で目釘の抜き方から教えてくれたのである。

この人の場合、実際に一緒にやって見せてくれるところが判りやすくていい。

一緒にやって見せる、というのが、実は誰でもやってくれそうで、そうではないのである。
やってみろ、とはよく言われる。が、一緒にやってはくれない。

この時代、芸は教えてもらうものではなく、見て盗むものである。
それゆえ、斎藤流の教授法は邪道なのかもしれない。

自身にも自覚があるのか、道場じゃそれ程親切には教えてないようだしな。
そういう意味で、番外(オフの生徒)の私には教えやすいのかもしれない。

「以前から訊ねようと思っていたのだが、お前は剣術指南になりたいのか、それとも今使える剣をモノしたいのか、どっちなのだ」

刀身の手入れを終え、見よう見まねでハバキをつけた時だった。
作業の性格上、それまでほとんど物を言わず、神聖な雰囲気まで漂っていたのに、いきなりの質問。

こんな時、この師匠の表情は読めない。

どっちの答えを引き出そうとしているのか皆目見当がつかないのである。
うー、っと詰まってたら、

「お前は無口だな」

アンタに言われたかないぞー(--;。

「それでは聞くが、お前はなぜ剣の道を志したのだ」

それもなかなか哲学的なご質問(汗)。

重い刀を持ち通しで、肩はバリバリ。せめて刀を仕舞ってから質問して欲しいんだけど・・。

だが斎藤先生は微動だにせず視線を外してくれない。
開け放した縁側から吹きぬける風が頬を撫でて行く。

「なぜ、新選組に居る?と聞けばわかるのか?」

「なぜって・・・」

「俺が何を言いたいか判らぬか。お前は強くなりたいのであろう?」

それはそうだが。

「ならば剣術の腕を上げたいのか、実戦で使える剣術を身に付けたいのか、どっちだと聞いているのだ」


「両方!」

納戸から響く小夜の声。
見れば戸口から首だけ出してこちらを・・・睨んでる。

不意の大声にびっくりしたが、予期せぬ返答に斎藤先生まで動揺しているようで(笑)、一瞬視線が泳いだのが判った。

「そんなの両方に決まってんじゃん。どっちかひとつじゃないとダメなの?」

雑巾振り振り納戸から出て来て、斎藤先生の真後ろ(何か意味があるのか?判らんヤツ)にちょこんと座った。

あからさまに不満げ。

ひとりで外出も許されていない上、2時間もの間放ったらかされ(「せっかく来たのにー!」って何回も言われたんだよな)、時間つぶしに納戸の掃除をしていた小夜が、延々と続く師弟の会話を阻止したってわけだ。

「だってさー、強くなるんだったら両方やらなくちゃダメなんじゃないの?技術ばっか有って実戦経験無くちゃ使えないし、技術が無くて実戦なんて死ににいくようなもんじゃない?」

あーあ、せっかく格調高い話をしてたのに、小夜のヤツったら。

「そんなのダメよ。幸に死なれたらアタシ困るんだけどー」

口を尖がらせて、物差しでも入ってるような師匠の背中に吼えまくってる。

話の腰を折られて斎藤センセー、立ち直れなくなっちゃってるかも。
カワイソー(爆)。

「参ったな。あんたらは面白いくらい気性が違うらしい」

割と素直にセンセーは苦笑して、

「幸、その刀、今日からお前のものだ」

「ええ!ほんとですか!」

「ああ、無銘だが今のお前には相応だ」

やったー!!自分の刀だ!
と感激してるのに、

「なんで無銘なの?」

斎藤先生の肩越しに小夜が手元を覗いてる。

「ああ、もう!アンタは横から人の話取らないのー!今こっちの話なんだから」

言っちゃったよ。

「だってさー、こっちのにはなんか書いてあるよ。えーと・・読めない。なんて書いてあるの?」

「摂州住池田鬼神丸国重」

「鬼神丸だってよ!かっこいいじゃん!」

オイオイ、変身モノと勘違いしてるんじゃないだろうな(--;。

「無銘の訳は、・・・」

さすがに斎藤先生は小夜のタワケを無視して話を進める。

手にした自分の刀を立て、私の持っていた刀をよこせという。
二振り並べてみると明らかに長さが違った。

「使い手にあわせて長さをつめる時に銘の部分を削っちまうのでこうなる」

へー。
そういうことも有るんだぁ。

「その分軽くて扱いやすいはずだからな。当分これで慣れるといい」

ようやく、柄木を目釘で留めて鞘に収納。
溜息が出た。
思わず肩を回す。

「臂力(ひりょく=腕力)が弱いんだ。鍛えろ」

予測通りのアイタタなご指摘。

「女でいたいなら無理にとは言わん」

更にアイタタな意地悪。

「男にしようと思ってるの?」

・・・小夜が受けちゃった・・・!

顔をしかめて不機嫌そう。すっごいモノ言いたげで危なげ!
やばっ!
また斎藤先生に失礼なこと言い出しそう。
必死で話題を変えてみる。

「っていうか、アンタいつまでそこに座ってるわけ?」

斎藤先生の真後ろ。
綿服の絣目でも読んでるみたいな至近距離で、先生が居心地悪そうなんだよね。

「だってさー、いったん座ったら動きたくなくなっちゃって。疲れたー」

足を崩して天井を仰いだ。

ふぅ。疲れて不機嫌だったのね。

「お茶にしようか」

「さんせー。でも茶菓子が無いんだ。買ってきてもらおうと思ってたのに」

(言外に“お前等がそんなことやってるから買って来てって言えなかったじゃねーか!”と聞こえるのは私だけ?爆)

するとどうだ、刀と手入れの道具箱を傍らに仕舞いつけた斎藤先生が、懐からごそごそと紙包みを出したと思ったら、

「こんなもので良かったら・・・」

小夜に差し出すではないか。

なにそれ!

「塩豆?」

早速ポリポリと食べ出して、彼女はいつものご機嫌な顔になり、

「おいしい。ありがと」

「先に渡そうと思って失念していた」

・・・ふーん。
私にとは随分待遇が違うじゃんか。
師匠だけど、コイツー!と思ってもいいよね?

彼女ってば、お茶の支度に立ちながらくすくす笑って、

「わーい♪この塩豆、斎藤さんの懐であったかくなってるぅ♪」

・・・もしもーし、師匠、耳まで赤くなってますよー(--;。

大丈夫かね?

照れ隠しなのか彼はぐっと口元を引き締めたと思ったら、

「先程は話の腰を折られたが」

やっぱりそう来たか(笑)。

「お前は考え過ぎる。剣技を極めてから刀を持とうなんて、硬い硬い。刀は竹刀や木刀とは違う。竹刀で強いとて刀が振れなきゃ何にもならん。しかもお前は女だ。男の倍も鍛錬しなくては臂力に劣る。早いとこ刀に慣れろ。刀は楊枝の様に扱えんとな」

・・・楊枝のように・・・っすか?
すごいことを言う人だな(^^;。

「小夜さんはああ見えて鋭いところを突いてくる。俺はお前に実戦向きの剣を教えた方がいいと思っていた。だが、言われて見ればあの人の言う通りだ。両方無ければならぬのだ。明日から鍛錬は倍と思え」

うっそぉ!そんなぁ。
それって小夜に感謝すべきなのか恨むべきなのか・・(--;。

つーか、斎藤先生、小夜のこと深読みし過ぎじゃん?アレはたぶん何も考えてないと思うぞ。




「お前は鬼丸という氏は好きか?」

何の話からそうなったのか判らない。

斎藤先生という人は、およそ自分からこんな風に話題を振る人ではない。
少なくとも屯所では。
というか仲間内では。

そういう意味で、やはりここの家には魔力が有るのだ。
人格が変わるんである。

私は反射的に即答してしまっていた。

「嫌いです」

あまりに即時に答えてしまったので妙な沈黙が空いた。

庭の隅に咲いていた白菊がひと群れ、風に倒され地面に擦りつくように揺れている。

「どうしてよ?強そうでいいじゃん」

と、小夜。
水仕事で冷たくなったらしい手を交互に長火鉢で焙りながら、ボリボリとひとりで塩豆を食べつくしそうな勢い。

「強そうだからヤなんでしょー。お蔭でインターハイじゃ・・・」

やば。
斎藤先生がいたんだった。
ごほごほ。

「どうして強そうで嫌なのよ」

この家に魔力が有るのではなく、住んでるヤツが魔物なのだと気付いたが後の祭り。
何が何でも言わなきゃいけない状況になっちゃってるし。

「弱そうなやつが強ければかっこいいけど、強そうなやつが弱かったらシャレになんないじゃん」

「そーいう意味か」

・・・納得したようだな。

つーか、それって結構傷つくぞ(--;

そしたら今度は、塩だらけになった指をちゅーちゅー舐めながらなんて言ったと思う?

「じゃあさー、強くなったらいいんじゃないの?」

ああもう!お前のボケはわざとかい!

「強くなったらってアンタ、簡単にいうけどそれができてりゃ苦労はしないって!」

私たちのやり取りを聞いて斎藤先生が笑い出した。
くすぐったくなるような、えらく若い笑い声だ。

この人のこんな笑い声はおそらくここでしか聞けない。
やはり魔物の住む家だけのことはあるんである。

「そうか鬼丸は嫌いか。残念だな。今のところ俺の刀も鬼丸なんだが・・・」

斎藤先生が妙なことを言い出した。

「鬼神丸じゃないんですか?」

私たちはまだピンと来ない。

「神無月だからな。鬼神丸から神がなくなりゃ鬼丸だろ?」

あ、そうか。

シャレが通じてご満悦の体。
それが言いたくって名前の話題、振ったわけか。

師匠、・・・可愛過ぎるっ(--;

いや、人格が崩壊しつつあるのかも・・・(怖)。
きゃー、と言いながら手をたたいてウケている小夜に、嬉しさを隠し切れずに頬が緩んでいるし。

・・・鬼門だな。

ここは斎藤先生にとって鬼門と呼ぶにふさわしいところかもしれない。
住んでいるヤツだとて魔物=小鬼のようではないか!(爆)





帰り際、履物を履いて庭に降り立つと、小夜が泣き言を言った。

「もう行っちゃうの?私も出かけたいよー。幸を留守番にして斎藤さんデートしよう」

コラコラ、何を言い出すんだコイツは(--;。
斎藤先生は意味が判らずセーフ。

「明日また遊びに来るから。紅葉狩りでもどお?」

どこへも出られない籠の鳥の境遇はやはりかわいそうなので、ちょっとでも連れ出してあげたいとは思うのだ。
しかし、

「そんなこと言ってぇ。ここ留守にしちゃいけないんだよ?」

そういうことなんだよなぁ。

すると、根が“良い人”な斎藤先生が、

「誰ぞ代わりが居ればいいのであろう?山崎さんに頼んでやろうか?」

点数稼ぎではないと信じたい(爆)彼の申し出に、小夜は抱きつかんばかりにコーフン!

「本当ですか!わぁーい!」

ドウドウと、なだめるのに一苦労。
でも庭をぴょんぴょん跳ね回ってるし(--;。

と思ったら、

「あ!」

急に立ち止まって空を見上げた。

「でも明日はなんだか天気悪そうよ?」

一面に灰色の雲。
しかも強風に流れている。
風もますます湿気っぽくなって、今にも降り出しそうな雰囲気ではある。

「台風だな。直撃じゃないとは思うけど。まぁ、明日がダメならその次ってことで」

「そうだね。あとはその日に邪魔者が来なきゃオールオッケーだね」

両手の親指を立てた。
副長が来なければ抜けやすいということか。

「副長はまだ当分ここには来ないと思うよ」

と答えてから、斎藤先生に確認。

「局長はまだ江戸にご出張中なんですよねぇ?」

「ああ」

と斎藤先生は最初無表情に頷いて、

「神無月だからな」

それから喉の奥の方から笑い出した。

「留守はずっと土方さんが預かっている」

「じゃあ屯所にも鬼が残ってるってこと?」

と、小夜がとどめを刺して大哄笑!

「今頃クシャミ連発してるかもー!」

腹の皮がよじれるほど笑っちゃったよ。
斎藤先生なんて軽く1年分くらいは笑ったかも。





「・・・鬼丸」

小夜んちを出て再び無口になった斎藤先生が、前方を歩きながら呟くように言ったので、独り言が風に流され聞こえてきただけなのか、私を呼んでいるのか計りかねた。

「はい・・・?」

曖昧に答えて、見れば吹き付ける風の中、彼は立ち止まり微笑んで、

「お前は良い友を持ったな」

こめかみの後れ毛が頬を弄っている。

・・・直球だった。

どぎまぎして、言葉が出ない。

そうでもないですよ、と茶化せばいいのか、あばたもえくぼの類だろうと聞き流せばいいのか、それとも・・・。

「捕まったって言った方が当たってますけどね」

照れ隠しにそう言ってしまってから・・・後悔した。

そんなことが言いたかったのじゃない。
そんなことしか言えない、気の利かない自分が嫌になる。
が、

「照れるな。悪い癖だぞ」

お見通しだ。
毎日、手合わせしている相手ほど怖いものは無いのだった。

「クサるな、迷うな、考えるな。これは・・」

と、腰の差料に手をあてがい、

「無心になれば必ず答えてくれる」

そうなのかなぁ、と、自分のものになったばかりの刀を触ってみる。

あとから見繕ってくれた脇差も短めのものなのだが、2本差しているとずっしり重くて、もう腰に来ているカンジ。

「信じろ。もっとも、あの人ほど無心になるのも無理だろうがな」

クスクスと忍び笑い。
今頃小夜はクシャミでもしているんだろう。


強風に煽られて、柳の枝がおいでおいでをするように、師匠の肩にかかるかと思えるほど。
島原口、大門。

「紅葉狩りに行くなら刀を差して歩くにはちょうどいい。早いとこ慣れて神懸ってくれよ」

言いながら門を潜って行く。

「いつまでもただの鬼丸じゃ居られんぞ」

ううう。
プレッシャーだなぁ。
この師匠も結構鬼なんだよね。
悔しいので、その背中へ野暮を言う。

「紅葉狩りの件、山崎さんに了解取って下さるんですよね?どこにいらっしゃるかお判りなんですか?」

「居場所がわからずとも、用が足せりゃあいいんだろ?心配するな。用向きは今夜中に伝わる」

強気の台詞がカッコいい。
袂を風にバタ付かせながら歓楽街に消えて行った。





下げ緒の結び方、もういっぺんやってみないと忘れそうだ。
戻って用事が無かったら、早いとこ八木さんちに引っ込んでおさらいしよっと。

そんなことを考えながら屯所の門を潜ったとたん、

「おう幸、手前ぇ何処行ってやがったのだ」

濃紺の稽古着で丸太のような木刀をブンブン振り回して、汗だくの、・・・本物の鬼!!!

局長代行で屯所に詰めっきりになり、ストレス溜めまくり(のはず)の本物バリバリの鬼副長が、頭上に渦巻く黒雲をバックに、やけに上機嫌で、

「道場に伸びてるヤツラに水でもぶっ掛けておいてくれ。何ならお前も1本やってみるかぇ?」

!!!!!
そう来たかぁーっ・・・(^^;。

・・・遠慮しておきたいけど、聞き入れてくれるんだろうか、この人は??

上機嫌な鬼の笑顔って・・・コワイよー (T-T)。





神無月 渡る世間は 鬼ばっか・・。   
                           by 鬼丸幸子


                             ・・・お粗末。

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