もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
人目を忍ぶように部屋に入って来た細谷さんは、暖かそうな綿入れ長半纏の懐から隠し持っていた大小の刀を畳に置くなり、
「やれやれやっと来れた」
と、溜息をつきながら胡坐を掻いた。
土埃に白んだ紺足袋の甲には草鞋の紐の跡がくっきりと残っている。
障子窓を薄く開けて外の様子を窺っていた幸が振り返り、
「お疲れ様です。おかげ様でこうして無事に会えました」
私の居所を教えてくれたという相手にお礼を言った。
「あ?ああ、まあ良いってことよ」
照れ隠しなのか、適当な返事の仕方がいかにも心ここにあらずの体。
なので、ホントは他の件でちょっと問い詰めたいことが有ったんだけども、今の今、相手の頭にあると思われる話題を振ってみることに。
「春日さんと揉めてたって聞いたけど?」
と、ついさっき島田さんから得た情報を公開してみる。
すると彼は辟易と顔をしかめ、
「ったく。千里眼まがいに目端が利くから始末が悪い。仕事がやり難くてしょうがねぇ」
独りごとみたいだった。けど。
私のことなのか?
それとも春日さんのことを言ってるの?
混乱しているみたいでもあり、幸の淹れてくれたお茶を手渡して、
「で、春日さん達の乗る船は見つかったの?それに私達も乗って行けるとか?」
と話を促すと、
「えっ?!」
頓狂な声を漏らし、
「あっツ!」
お茶を零した手指を振りながら、ますます眉を潜めて、
「何だ、やっぱりそうか。どだい無理な話だ」
と一足飛びにこちらの狙いを飲み込んだようだ。
合い間にお茶をひと啜り。
「・・って、何度も言ったろ?仮にも徳川遺臣の軍幹部を戦列から浮世へ連れ戻そうだなんてなァ。で、ようやく諦めたんだな?」
うんうん。
「で、何だ?今度は蝦夷ヶ島まで追いかけようってのか?」
うんうん。
「船の世話しろって?」
うんうん。
か~っ!とか言って細谷さん、存外面白そうに笑う。
この何ヶ月か、説得されても曲げなかった主張(=土方さんを連れて帰るってことね)をちょっとばかし軌道修正したのを(それもあっさりと)本人に逢った効果だとでも思ってか笑う。
口の周りに黒々と伸びた無精髭が硬そうでイガグリみたい。
ホントはそんな甘っちょろい動機で軌道修正した訳では無いんだけどね。
まあ、説明が面倒なので乙女の心変わりとでも思ってくれて結構。
「相変わらず無茶言う姐さんだな。こんなクソ忙しい時に」
俺は死ぬほど忙しいんだ寝る暇も無いんだとぼやくのは、じらしてるつもりなのだと判ってしまう。
ってか、横で苦笑しながら外を見張ってる幸の後ろ姿を、さっきからじと~っと見てるのが・・・ナンカいやらしい。
美人に見とれてるってのじゃない。
何だコイツ!
この人の女好きは前から知ってるしムッツリでもないから嫌う程じゃないけど、相棒をそんな目で見られてるのは良い気がしない。
「じゃあいいよ。自分で探すから」
とムッとしたまま言ったら視線がこっちに向いた。
「まあそうムクれなさんな。こう人が多くちゃ船なぞなかなか見つからんぞ?兵卒どもと一緒くたに乗せられちゃ姐さん方とて堪らんだろうしな」
体が持たんぞ~!とわざといやらしげな口調で言って、ぬはははとバカ笑いながら頬かむりを取った。
長半纏に股引姿で、見た目は職人体だったのに頭が武家髷のまま(笑)。
男の人に下ネタ系でからかわれるのは京都時代から慣れっこな幸が、お愛想な笑顔で華麗にスルーしたら(笑)鼻白んだのか、伸びた月代を掻きながら、
「だが、もう少し待ってくれりゃ探せんでもない」
おや?意外とアッサリOKしてくれるんだな。
と、私もこの時確かに、意外に思った。
その時だった。
「ん?」
と、幸が外に何かを発見した模様。
障子戸の桟に頬を擦りつけるようにして下界を覗き始めた。
「どした?」
と訊き返す間に、ざわざわガシャガシャざっざっざ、と物音がして来て、返事を聞くまでもなく幸の頭の上に顎を乗っけるようにして障子の隙間から覗いてみる。
河口方面から川の上流へ向けて、赤い軍服の集団が行進して来ていた。
赤服隊=伊達藩の銃隊だ。
額兵隊という。
藩を脱走して蝦夷地へ向かう徳川旧家臣の軍勢に合流していた。
額兵隊の行進は楽隊付き(「がく」兵隊だけにv)と聞いていたのだが、この時は妙に粛々としていて楽隊の演奏は無かった(残念)。
「赤服隊が川上に向けて行進中よ?」
振り返ると、細谷さんは畳の上にゴロリと体を横にしていて、
「ああ」
気の無い返事。
なんか訳知りのようだなと思ったら、
「仙台に帰る組さ」
腕枕で昼寝の体勢。
「蝦夷ヶ島へ渡るとあっちゃぁな。戦場で散るならまだしも船旅に命の保証は無い。藩庁が降伏してしまった今となっては何が何でも西軍(=新政府軍)と決着を付けたいヤツばかりではない。戦とは関係無く・・・いや、戦の後だからこそ、か・・・家を継がねばならん者も居るわけで」
あくびをひとつ挟んで、
「しかも上手いことに船に乗れる人数は限られると来たもんだ。全員は連れては行けぬから帰藩組と渡航組とに分けた。浜街道には西軍が溢れかえってるから遠回りして行くはずだ。攻めて来たと勘違いされて討たれても困るからな」
ふーん、とまた顔を戻して表の道路を見下ろす。
揃いの洋式軍服が無駄にカッコイイんですけどv
って、木造家屋が連なる田舎町に赤がむやみに派手ではあるが(^^;
「本当は俺が先導するはずだった・・」
溜息交じりの言葉に、幸と二人、なにげに同時に顔が向く。
すると、責められているような気にでもなったのか、
「こうあっちこっちで問題が起きちゃどうもならんだろ?俺ァ寝るぞ。少し寝かせてくれ」
聞いても居ないのに言い訳をして目を閉じた。
でも、訊きたいのはそれではなく。。
「ていうか、細谷さんは蝦夷地へは行かないんだ?」
すると彼は目を閉じたまませせら笑って、
「俺が?行くわきゃねぇだろ。みんな出て行っちまったら誰がここを守るっていうんだ。藩庁はとっくに薩長の言うなりなんだぜ?」
うわ。
なにげにカッコイイこと言った!(笑)。
幸と上下で顔を見合わせ、思わず笑顔になってしまう。
「まったく。自分のことさえ良けりゃ良いって輩ばかりで呆れるよ。民百姓のことはどうでもいいのか。お家の行く末が心配では無ぇのかよ」
ぷりぷりブツブツ怒って居るのを耳の端に聞きながら、
「細谷さんって優しいんだね」
幸が囁く。
でしょ?と言いかけたら、それが聞こえちゃったらしい。
「お生憎だが俺ァ優しい訳じゃねぇぞ」
それまでのボヤき節とは微妙にトーンが違った。
見れば、何を見るともなく苦い顔つきで天井を睨んでいる。
「俺だとて侍の端くれだからな。戦下手で弱腰のお偉いさん方の言うなりに降伏するなんざ不愉快極まり無ぇ。はらわたが煮えくり返る。そもそもが難癖付けられて売られた喧嘩だ。こっちは何も悪いことは無ぇはず。なのに、ザマぁ無ぇや。味方の仇すら取らしちゃくれねぇ」
一時無言。
イライラと何か言おうと考えるたび大きな目玉がぎょろぎょろと動く。
「だから、何が何でも決着付けなきゃ収まらねぇっていう奴等の気持ちも判るさ。重々判る。だがな、そうやって戦しに皆で居なくなったら、ここはどうなるんだ?余所者にづかづか上がり込まれて良い様にかき回されて、食い物にされるんだぞ?それを見捨てて行けってのか?侍どもが逃げちまった後、残された者はどうなる?目も当てられねぇ有様をアンタ等だって見て来たはずだ。捨てられた民草がどんな目に遭うのか、な」
そこまで言って、ふと口を噤む。
私等に愚痴っても仕方ない、と思ったか。
もしくは、あの戦の惨状を思い出させるのは惨いと思い直したものか、私達の表情を確認するようにチラッとこちらに一瞥をくれ、もぞもぞと寝がえりを打った。
「俺はそんなものを見るのはもう沢山だからな。己の生まれた国までそんなになるのは願い下げだ」
藍木綿の綿入れ半纏の背中には、商家の屋号(たぶん)が染め抜いてある。
油っ気の抜けた結髪を腕枕に乗せ、最後は独りごとのように、
「散々ぱら搾り取って来た奴等は戦に夢中で百姓のことなど守っちゃくれねぇ。何のために先祖代々年貢を納めて来たのか判らねぇ。切ねぇじゃねぇか、百姓なんてものァ。気の毒にも程がある」
話はそれでお終いのようだった。
気が付くと外の赤服隊の列はもう居なくなっており、障子戸の敷居に置いていた手が風に晒されすっかり冷えてた。
「やっぱり優しい人だよね」
と、小声で幸が言った。
視線の先の綿入れ半纏が規則正しく上下してた。
もうひとつ、訊きたかったことをまた訊きそびれたのに気が付いた。
出来るだけ長く寝かせて置きたかったのに、それからいくらもしないうちに彼を叩き起こす羽目になってしまった。
日暮れ間近、対岸から戦装束の一団がこちら側に渡って来たのだ。
渡し舟で何往復もするのは面倒とばかり、大型の川船をチャーターして。
もしや新政府軍が戦を仕掛けに来たか!と一瞬焦ったけど、船の舳先に居る陣羽織姿の人物に見覚えがあったのでちょっとだけ安心した。
「春日さん達、こっちに渡って来てるけど?」
これは細谷さんも承知の上の行動だったとみえ、
「ああ、来たか。どれ、では今一度先導役仕りますかな」
ちょっとおどけた風に言い、伸びをしながら立ち上がるのに被せて、突如階下から悲鳴が上がった。
何事!と幸も刀に手が伸びた所に、表の通りからも次々に人々が騒ぎ出す声がする。
一瞬、3人で顔を見合わせるうち合点が行った。
「戦が始まる!って思ってるんじゃないの?みんな」
そう言う間にも、店を閉めるから早く出て行ってくれと階下から声がかかる。
窓の外ではわーわーと、それこそ蜂の巣を突いたような騒ぎになって来てる。
「大丈夫だ!心配すんな!戦なんかしねーから」
押っ取り刀でダダダッと細谷さんが階段を降りかけ、
「だがどっちみち姐さん等は宿替えしなくちゃならねぇから荷物をまとめといてくれ」
と言い残して表へ走り出て行ってしまった。
薄闇の迫る中、騒ぐな!安心しろ!と付近の住民に呼ばわる声がしている。
「宿替えだってー」
聞いてねーよ、と口を尖らせた。
せっかく今夜は幸と同じ宿でゆっくり話せると思ったのに。
「そりゃあこんな最前線の特等席だもの、素人の寝床にしておくより狙撃手でも置いといた方が良いに決まってるし」
そう言いながら、幸は手あぶりから付け木に取った火を行灯に移して、にっと笑う。
灯りを映して飴玉みたいに透けて見えてる薄色の瞳が、まるでこの状況を楽しんでいるようで。
頼もしい、ってこういうのかな?
独りじゃないんだ・・・って、なんか思った。
春日さんの一団を徳川脱走艦隊の投錨地に案内(たぶん)して行った細谷さんから使いが来たのは日もとっぷり暮れてから。
この日はもう移動は無いと思ってたのに。
すぐにでも船に乗れるような格好をしておけと言われ、手甲脚絆の旅装束に着替え、三段連結のバックパック(日用品と着替えと寝袋v)を背負って、泊っていた荒物屋の店先から新しい蓑笠草鞋を拝借(家人はさっきの騒ぎの後すぐからどっか行ってしまってた)。
外へ出ると、何か空気がざわめいている。
戦の勃発を恐れて町の人々は何処かへ隠れてしまったはずなのに。
シンと凍えた夜空に、半輪の月が白く浮かんでは居るけれど。
・・・と首を巡らした時、目に入って来た光景は。
街並みの背後、小高く連なる裏山の稜線と言わず中腹と言わず(きっと登山道沿い)、すっかり葉を落とした木々を透かしてポツリポツリと等間隔に灯りが見える。
「篝火?」
と幸の呟きが、口元を覆った手拭を通して白く吐き出された。
言ってる間にも川下の方で多くの人が何か騒ぎ立てている声が聞こえて来るし、灯りの明滅も見える。
細谷さんは大丈夫と言ってたけど、今にも戦が始まってもおかしくないような、そんな異様な空気では有った。
行った先は船宿のような所で、しかも川向う=北上川の右岸(西岸)。
灯りも持たずに渡し船で夜の川を渡る間に、後にして来たばかりの岸辺で楽隊が演奏し出したのでびっくりした。
見れば岸辺に展開する赤服の軍楽隊。
小型のトランペットみたいなラッパと横笛(フルート?)と大太鼓&小太鼓。
楽隊と言うにはナンカちょっと貧弱な印象だったけど(失礼)、久しぶりに聞いた西洋楽器の音色が懐かしかったな。
ずっと聴いて居たかった。
船で対岸に渡る自分等を送ってくれている気がして=別れを惜しまれてるような気になって、町屋の灯りがほとんど見えない中、山の篝火が異様に綺麗で訳も無く不吉な感じがした。
今思えば虫の知らせだったか・・・(怖)。
後から考えたら、その時は既に脱走軍側は皆左岸に引き揚げていて、右岸は敵地も同様だったのだ。
船積み前の千石船がまだ何隻か係留されていたから騙された。
てっきりそのどれかに乗せてもらえるのかと。
ヤバイ!と思ったのは朝になってから。
立てられた雨戸を開けて覗いてみれば、朝靄の中、向こう岸に連なる人影。
手に手に銃を取っていて、しかも(良く見えないけど)銃口がこっち向いてる予感~!
額兵隊はこの日、めちゃくちゃだった・・・!
「赤服隊が戦闘態勢だな」
朝ご飯に付いたメザシを齧りながら幸が人ごとのように言った。
「ていうか、こんな状態でちゃんと朝飯が出て来て、そっちの方が驚いたけど」
よっぽど信用があるんだろうな、と彼女は続けた。
私達をこの宿に連れて来たのは細谷さんの部下の一人で、江戸育ちで頭の良さそうな口の達者な人だったけど、今幸が言ってるのはもちろんそのボスである細谷さんのことだ。
「っていうか!なんでそんなに落ち付いてられんのよ~~!ここが戦場になるかもしれないってのに!しかもワタシ等こっち側!」
豆腐と油揚げの味噌汁をご飯にかけちゃって、もう猫マンマにして掻き込むもんね。
なんか無駄にワタクタしちゃって。
幸は呆れて箸を持つ手を膝に置き、
「大丈夫でしょこの分なら。赤服隊は赤服のままだし」
「?」
「昨夜からずっと赤服のままでしょ?」
言われてみれば確かにそうだが。
・・・それがなに?
ピンと来ない私に幸はガックリと溜息を突いて、
「赤服隊の制服はリバーシブルだって聞いたよ?」
うん。
それは昨夜私が幸に教えたv
赤黒両様って。
「鉄砲撃ちあうのに真っ赤っかな服着て目立ってちゃダメでしょ。本気なら今頃黒服隊になってるはず」
・・・はっ!そうか!
「アンタの百面相、相変わらず面白い」
って言われた(沈)。
「まあ、アレはただのパフォーマンスだと思うな。牽制してんでしょ、西軍に。時間稼ぎなのかもしれない」
敵を新政府軍と言いたくない時は奥州諸藩士の皆さんに倣って西軍と言う。
「時間稼ぎって?」
「近辺に布陣している西軍をビビらせて足止めさせ、同時に仙台に居る本軍へ注進させる。本軍が到着するまで時間が稼げる。とはいえ、仙台からここまでの距離を考えると1日か2日が良いとこだとは思うけど・・」
ポリポリと沢庵を齧り、副長が好きそうな味、とか独りごとを言いつつ、
「ここの詰所から逃げ出して西軍と合流した伊達藩の役人達の潔白も証明できるしね。脱走軍に味方して物資提供してた訳じゃないって言い訳出来るでしょ?脅されたってさ。藩の蔵米を、たぶん藩庁には無断で放出しちゃったりしてるんだろうし、責任逃れしなくちゃならない。その絡みで何か取引でもあったかも」
なるほどー。
「あと、考えられるとすればたぶん、町方に避難を促す意味もあるかな?ここもお客は私等しか居ないみたいだし」
確かに。
言われてみれば(さっきから言われないと気付かないって!>凹)自分等しかお客の気配は無いわー。
「きっともう町の人達は居なくなってるのかも。細谷さんの息がかかってる・・・っていったら聞こえが悪いか。彼と親しい人達はこうして普通に暮らしてるから、実際には戦は起きないって確信してるのかもしれないけどさ」
と幸の見やった目線の先に宿の女将が姿を見せて、風呂を立てたから使えと言って来た。
すぐにも船に乗り込まされるかと思って旅装束をろくに解きもせずに一晩過ごした私達に、これはどういう意味かというと。
「私等の乗る船はまだ出そうもないってこと?」
朝風呂に入れるぐらいの暇はあるってことね。
「やれやれやっと来れた」
と、溜息をつきながら胡坐を掻いた。
土埃に白んだ紺足袋の甲には草鞋の紐の跡がくっきりと残っている。
障子窓を薄く開けて外の様子を窺っていた幸が振り返り、
「お疲れ様です。おかげ様でこうして無事に会えました」
私の居所を教えてくれたという相手にお礼を言った。
「あ?ああ、まあ良いってことよ」
照れ隠しなのか、適当な返事の仕方がいかにも心ここにあらずの体。
なので、ホントは他の件でちょっと問い詰めたいことが有ったんだけども、今の今、相手の頭にあると思われる話題を振ってみることに。
「春日さんと揉めてたって聞いたけど?」
と、ついさっき島田さんから得た情報を公開してみる。
すると彼は辟易と顔をしかめ、
「ったく。千里眼まがいに目端が利くから始末が悪い。仕事がやり難くてしょうがねぇ」
独りごとみたいだった。けど。
私のことなのか?
それとも春日さんのことを言ってるの?
混乱しているみたいでもあり、幸の淹れてくれたお茶を手渡して、
「で、春日さん達の乗る船は見つかったの?それに私達も乗って行けるとか?」
と話を促すと、
「えっ?!」
頓狂な声を漏らし、
「あっツ!」
お茶を零した手指を振りながら、ますます眉を潜めて、
「何だ、やっぱりそうか。どだい無理な話だ」
と一足飛びにこちらの狙いを飲み込んだようだ。
合い間にお茶をひと啜り。
「・・って、何度も言ったろ?仮にも徳川遺臣の軍幹部を戦列から浮世へ連れ戻そうだなんてなァ。で、ようやく諦めたんだな?」
うんうん。
「で、何だ?今度は蝦夷ヶ島まで追いかけようってのか?」
うんうん。
「船の世話しろって?」
うんうん。
か~っ!とか言って細谷さん、存外面白そうに笑う。
この何ヶ月か、説得されても曲げなかった主張(=土方さんを連れて帰るってことね)をちょっとばかし軌道修正したのを(それもあっさりと)本人に逢った効果だとでも思ってか笑う。
口の周りに黒々と伸びた無精髭が硬そうでイガグリみたい。
ホントはそんな甘っちょろい動機で軌道修正した訳では無いんだけどね。
まあ、説明が面倒なので乙女の心変わりとでも思ってくれて結構。
「相変わらず無茶言う姐さんだな。こんなクソ忙しい時に」
俺は死ぬほど忙しいんだ寝る暇も無いんだとぼやくのは、じらしてるつもりなのだと判ってしまう。
ってか、横で苦笑しながら外を見張ってる幸の後ろ姿を、さっきからじと~っと見てるのが・・・ナンカいやらしい。
美人に見とれてるってのじゃない。
何だコイツ!
この人の女好きは前から知ってるしムッツリでもないから嫌う程じゃないけど、相棒をそんな目で見られてるのは良い気がしない。
「じゃあいいよ。自分で探すから」
とムッとしたまま言ったら視線がこっちに向いた。
「まあそうムクれなさんな。こう人が多くちゃ船なぞなかなか見つからんぞ?兵卒どもと一緒くたに乗せられちゃ姐さん方とて堪らんだろうしな」
体が持たんぞ~!とわざといやらしげな口調で言って、ぬはははとバカ笑いながら頬かむりを取った。
長半纏に股引姿で、見た目は職人体だったのに頭が武家髷のまま(笑)。
男の人に下ネタ系でからかわれるのは京都時代から慣れっこな幸が、お愛想な笑顔で華麗にスルーしたら(笑)鼻白んだのか、伸びた月代を掻きながら、
「だが、もう少し待ってくれりゃ探せんでもない」
おや?意外とアッサリOKしてくれるんだな。
と、私もこの時確かに、意外に思った。
その時だった。
「ん?」
と、幸が外に何かを発見した模様。
障子戸の桟に頬を擦りつけるようにして下界を覗き始めた。
「どした?」
と訊き返す間に、ざわざわガシャガシャざっざっざ、と物音がして来て、返事を聞くまでもなく幸の頭の上に顎を乗っけるようにして障子の隙間から覗いてみる。
河口方面から川の上流へ向けて、赤い軍服の集団が行進して来ていた。
赤服隊=伊達藩の銃隊だ。
額兵隊という。
藩を脱走して蝦夷地へ向かう徳川旧家臣の軍勢に合流していた。
額兵隊の行進は楽隊付き(「がく」兵隊だけにv)と聞いていたのだが、この時は妙に粛々としていて楽隊の演奏は無かった(残念)。
「赤服隊が川上に向けて行進中よ?」
振り返ると、細谷さんは畳の上にゴロリと体を横にしていて、
「ああ」
気の無い返事。
なんか訳知りのようだなと思ったら、
「仙台に帰る組さ」
腕枕で昼寝の体勢。
「蝦夷ヶ島へ渡るとあっちゃぁな。戦場で散るならまだしも船旅に命の保証は無い。藩庁が降伏してしまった今となっては何が何でも西軍(=新政府軍)と決着を付けたいヤツばかりではない。戦とは関係無く・・・いや、戦の後だからこそ、か・・・家を継がねばならん者も居るわけで」
あくびをひとつ挟んで、
「しかも上手いことに船に乗れる人数は限られると来たもんだ。全員は連れては行けぬから帰藩組と渡航組とに分けた。浜街道には西軍が溢れかえってるから遠回りして行くはずだ。攻めて来たと勘違いされて討たれても困るからな」
ふーん、とまた顔を戻して表の道路を見下ろす。
揃いの洋式軍服が無駄にカッコイイんですけどv
って、木造家屋が連なる田舎町に赤がむやみに派手ではあるが(^^;
「本当は俺が先導するはずだった・・」
溜息交じりの言葉に、幸と二人、なにげに同時に顔が向く。
すると、責められているような気にでもなったのか、
「こうあっちこっちで問題が起きちゃどうもならんだろ?俺ァ寝るぞ。少し寝かせてくれ」
聞いても居ないのに言い訳をして目を閉じた。
でも、訊きたいのはそれではなく。。
「ていうか、細谷さんは蝦夷地へは行かないんだ?」
すると彼は目を閉じたまませせら笑って、
「俺が?行くわきゃねぇだろ。みんな出て行っちまったら誰がここを守るっていうんだ。藩庁はとっくに薩長の言うなりなんだぜ?」
うわ。
なにげにカッコイイこと言った!(笑)。
幸と上下で顔を見合わせ、思わず笑顔になってしまう。
「まったく。自分のことさえ良けりゃ良いって輩ばかりで呆れるよ。民百姓のことはどうでもいいのか。お家の行く末が心配では無ぇのかよ」
ぷりぷりブツブツ怒って居るのを耳の端に聞きながら、
「細谷さんって優しいんだね」
幸が囁く。
でしょ?と言いかけたら、それが聞こえちゃったらしい。
「お生憎だが俺ァ優しい訳じゃねぇぞ」
それまでのボヤき節とは微妙にトーンが違った。
見れば、何を見るともなく苦い顔つきで天井を睨んでいる。
「俺だとて侍の端くれだからな。戦下手で弱腰のお偉いさん方の言うなりに降伏するなんざ不愉快極まり無ぇ。はらわたが煮えくり返る。そもそもが難癖付けられて売られた喧嘩だ。こっちは何も悪いことは無ぇはず。なのに、ザマぁ無ぇや。味方の仇すら取らしちゃくれねぇ」
一時無言。
イライラと何か言おうと考えるたび大きな目玉がぎょろぎょろと動く。
「だから、何が何でも決着付けなきゃ収まらねぇっていう奴等の気持ちも判るさ。重々判る。だがな、そうやって戦しに皆で居なくなったら、ここはどうなるんだ?余所者にづかづか上がり込まれて良い様にかき回されて、食い物にされるんだぞ?それを見捨てて行けってのか?侍どもが逃げちまった後、残された者はどうなる?目も当てられねぇ有様をアンタ等だって見て来たはずだ。捨てられた民草がどんな目に遭うのか、な」
そこまで言って、ふと口を噤む。
私等に愚痴っても仕方ない、と思ったか。
もしくは、あの戦の惨状を思い出させるのは惨いと思い直したものか、私達の表情を確認するようにチラッとこちらに一瞥をくれ、もぞもぞと寝がえりを打った。
「俺はそんなものを見るのはもう沢山だからな。己の生まれた国までそんなになるのは願い下げだ」
藍木綿の綿入れ半纏の背中には、商家の屋号(たぶん)が染め抜いてある。
油っ気の抜けた結髪を腕枕に乗せ、最後は独りごとのように、
「散々ぱら搾り取って来た奴等は戦に夢中で百姓のことなど守っちゃくれねぇ。何のために先祖代々年貢を納めて来たのか判らねぇ。切ねぇじゃねぇか、百姓なんてものァ。気の毒にも程がある」
話はそれでお終いのようだった。
気が付くと外の赤服隊の列はもう居なくなっており、障子戸の敷居に置いていた手が風に晒されすっかり冷えてた。
「やっぱり優しい人だよね」
と、小声で幸が言った。
視線の先の綿入れ半纏が規則正しく上下してた。
もうひとつ、訊きたかったことをまた訊きそびれたのに気が付いた。
出来るだけ長く寝かせて置きたかったのに、それからいくらもしないうちに彼を叩き起こす羽目になってしまった。
日暮れ間近、対岸から戦装束の一団がこちら側に渡って来たのだ。
渡し舟で何往復もするのは面倒とばかり、大型の川船をチャーターして。
もしや新政府軍が戦を仕掛けに来たか!と一瞬焦ったけど、船の舳先に居る陣羽織姿の人物に見覚えがあったのでちょっとだけ安心した。
「春日さん達、こっちに渡って来てるけど?」
これは細谷さんも承知の上の行動だったとみえ、
「ああ、来たか。どれ、では今一度先導役仕りますかな」
ちょっとおどけた風に言い、伸びをしながら立ち上がるのに被せて、突如階下から悲鳴が上がった。
何事!と幸も刀に手が伸びた所に、表の通りからも次々に人々が騒ぎ出す声がする。
一瞬、3人で顔を見合わせるうち合点が行った。
「戦が始まる!って思ってるんじゃないの?みんな」
そう言う間にも、店を閉めるから早く出て行ってくれと階下から声がかかる。
窓の外ではわーわーと、それこそ蜂の巣を突いたような騒ぎになって来てる。
「大丈夫だ!心配すんな!戦なんかしねーから」
押っ取り刀でダダダッと細谷さんが階段を降りかけ、
「だがどっちみち姐さん等は宿替えしなくちゃならねぇから荷物をまとめといてくれ」
と言い残して表へ走り出て行ってしまった。
薄闇の迫る中、騒ぐな!安心しろ!と付近の住民に呼ばわる声がしている。
「宿替えだってー」
聞いてねーよ、と口を尖らせた。
せっかく今夜は幸と同じ宿でゆっくり話せると思ったのに。
「そりゃあこんな最前線の特等席だもの、素人の寝床にしておくより狙撃手でも置いといた方が良いに決まってるし」
そう言いながら、幸は手あぶりから付け木に取った火を行灯に移して、にっと笑う。
灯りを映して飴玉みたいに透けて見えてる薄色の瞳が、まるでこの状況を楽しんでいるようで。
頼もしい、ってこういうのかな?
独りじゃないんだ・・・って、なんか思った。
春日さんの一団を徳川脱走艦隊の投錨地に案内(たぶん)して行った細谷さんから使いが来たのは日もとっぷり暮れてから。
この日はもう移動は無いと思ってたのに。
すぐにでも船に乗れるような格好をしておけと言われ、手甲脚絆の旅装束に着替え、三段連結のバックパック(日用品と着替えと寝袋v)を背負って、泊っていた荒物屋の店先から新しい蓑笠草鞋を拝借(家人はさっきの騒ぎの後すぐからどっか行ってしまってた)。
外へ出ると、何か空気がざわめいている。
戦の勃発を恐れて町の人々は何処かへ隠れてしまったはずなのに。
シンと凍えた夜空に、半輪の月が白く浮かんでは居るけれど。
・・・と首を巡らした時、目に入って来た光景は。
街並みの背後、小高く連なる裏山の稜線と言わず中腹と言わず(きっと登山道沿い)、すっかり葉を落とした木々を透かしてポツリポツリと等間隔に灯りが見える。
「篝火?」
と幸の呟きが、口元を覆った手拭を通して白く吐き出された。
言ってる間にも川下の方で多くの人が何か騒ぎ立てている声が聞こえて来るし、灯りの明滅も見える。
細谷さんは大丈夫と言ってたけど、今にも戦が始まってもおかしくないような、そんな異様な空気では有った。
行った先は船宿のような所で、しかも川向う=北上川の右岸(西岸)。
灯りも持たずに渡し船で夜の川を渡る間に、後にして来たばかりの岸辺で楽隊が演奏し出したのでびっくりした。
見れば岸辺に展開する赤服の軍楽隊。
小型のトランペットみたいなラッパと横笛(フルート?)と大太鼓&小太鼓。
楽隊と言うにはナンカちょっと貧弱な印象だったけど(失礼)、久しぶりに聞いた西洋楽器の音色が懐かしかったな。
ずっと聴いて居たかった。
船で対岸に渡る自分等を送ってくれている気がして=別れを惜しまれてるような気になって、町屋の灯りがほとんど見えない中、山の篝火が異様に綺麗で訳も無く不吉な感じがした。
今思えば虫の知らせだったか・・・(怖)。
後から考えたら、その時は既に脱走軍側は皆左岸に引き揚げていて、右岸は敵地も同様だったのだ。
船積み前の千石船がまだ何隻か係留されていたから騙された。
てっきりそのどれかに乗せてもらえるのかと。
ヤバイ!と思ったのは朝になってから。
立てられた雨戸を開けて覗いてみれば、朝靄の中、向こう岸に連なる人影。
手に手に銃を取っていて、しかも(良く見えないけど)銃口がこっち向いてる予感~!
額兵隊はこの日、めちゃくちゃだった・・・!
「赤服隊が戦闘態勢だな」
朝ご飯に付いたメザシを齧りながら幸が人ごとのように言った。
「ていうか、こんな状態でちゃんと朝飯が出て来て、そっちの方が驚いたけど」
よっぽど信用があるんだろうな、と彼女は続けた。
私達をこの宿に連れて来たのは細谷さんの部下の一人で、江戸育ちで頭の良さそうな口の達者な人だったけど、今幸が言ってるのはもちろんそのボスである細谷さんのことだ。
「っていうか!なんでそんなに落ち付いてられんのよ~~!ここが戦場になるかもしれないってのに!しかもワタシ等こっち側!」
豆腐と油揚げの味噌汁をご飯にかけちゃって、もう猫マンマにして掻き込むもんね。
なんか無駄にワタクタしちゃって。
幸は呆れて箸を持つ手を膝に置き、
「大丈夫でしょこの分なら。赤服隊は赤服のままだし」
「?」
「昨夜からずっと赤服のままでしょ?」
言われてみれば確かにそうだが。
・・・それがなに?
ピンと来ない私に幸はガックリと溜息を突いて、
「赤服隊の制服はリバーシブルだって聞いたよ?」
うん。
それは昨夜私が幸に教えたv
赤黒両様って。
「鉄砲撃ちあうのに真っ赤っかな服着て目立ってちゃダメでしょ。本気なら今頃黒服隊になってるはず」
・・・はっ!そうか!
「アンタの百面相、相変わらず面白い」
って言われた(沈)。
「まあ、アレはただのパフォーマンスだと思うな。牽制してんでしょ、西軍に。時間稼ぎなのかもしれない」
敵を新政府軍と言いたくない時は奥州諸藩士の皆さんに倣って西軍と言う。
「時間稼ぎって?」
「近辺に布陣している西軍をビビらせて足止めさせ、同時に仙台に居る本軍へ注進させる。本軍が到着するまで時間が稼げる。とはいえ、仙台からここまでの距離を考えると1日か2日が良いとこだとは思うけど・・」
ポリポリと沢庵を齧り、副長が好きそうな味、とか独りごとを言いつつ、
「ここの詰所から逃げ出して西軍と合流した伊達藩の役人達の潔白も証明できるしね。脱走軍に味方して物資提供してた訳じゃないって言い訳出来るでしょ?脅されたってさ。藩の蔵米を、たぶん藩庁には無断で放出しちゃったりしてるんだろうし、責任逃れしなくちゃならない。その絡みで何か取引でもあったかも」
なるほどー。
「あと、考えられるとすればたぶん、町方に避難を促す意味もあるかな?ここもお客は私等しか居ないみたいだし」
確かに。
言われてみれば(さっきから言われないと気付かないって!>凹)自分等しかお客の気配は無いわー。
「きっともう町の人達は居なくなってるのかも。細谷さんの息がかかってる・・・っていったら聞こえが悪いか。彼と親しい人達はこうして普通に暮らしてるから、実際には戦は起きないって確信してるのかもしれないけどさ」
と幸の見やった目線の先に宿の女将が姿を見せて、風呂を立てたから使えと言って来た。
すぐにも船に乗り込まされるかと思って旅装束をろくに解きもせずに一晩過ごした私達に、これはどういう意味かというと。
「私等の乗る船はまだ出そうもないってこと?」
朝風呂に入れるぐらいの暇はあるってことね。
スポンサードリンク