もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。




私が止めなければ、この人は藤堂さんを助けることが出来たのか。

「年は同じでも、左程親しいわけでもなかった。・・いや、年が同じだからか。なんとなく遠ざけていたのは確かだ。お互い苦手だったってわけだな」

ふっと、口元に笑みが宿った。

「それでもヤツは近藤さんや沖田さんとは試衛館時代からの仲間だ。なんとかしたかった。巻き込みたくはなかったんだ。だから、出来ることなら伊東さんのところから離叛させ連れ出してやろうと思った。だが、さすがに同門の絆は堅い。俺の付け入る隙など有るわけも無かった」

深い溜息と自嘲気味の笑み。

「逃げるつもりなら端から来ない・・・とは、良くも言ってくれた」

「ごめんなさい。私、何も知らないくせに生意気なこと言って」

咄嗟のこととは言え、出過ぎた言葉だった。
あの中に藤堂さんが居ると知っていたなら、この人が行くのを止めなかったかもしれなかった。

「いや、そうではなくて・・。あんたは正しいよ、小夜さん。ヤツはああいう男だ。伊東の所から離叛させ連れ戻そうなど、おこがましいにも程がある。一度はそう思って諦めたはずだのに。俺はあの時動転していて・・」

こちらに向けられている彼の目は、私を見てはいない。
先程の、月明かりに凍てつく街を思い出してる。

見慣れた人影を見つけ、動転して飛び出そうとして、私に止められて。
叫んでもみ合って・・・絶望した。

ここへ辿り着いてからずっと何度も、あの光景が頭の中に繰り返されていたのに違いない。

「引き止めれば助けられると・・思ったのさ。あんな土壇場にそんなことが出来ようわけも無いのに。ヤツはそんな男ではないのに」

そのままどんどん、彼の口から慙愧の言葉が連なって行きそうなのが怖かった。
手の届かない深みへまでも、自分を貶めて行ってしまいそうで。

「仕方ないよ。誰だって親しい人が危ない目に会いそうになったら助けたいと思うもん。止めた私がお節介だっただけ」

でも、私の声は聞こえていないかのようだった。

「不覚、とはこういうことを言うんだろうな。不覚悟・・か。不測の事態に対処できないどころか浮き足立ってこの体たらくだ。・・・仲間を助けるどころか、あんたを危ない目に遭わせる所だった」

溜息を付く。

「斎藤さん・・」

「可笑しいだろう?可笑しくは無いか?これまで幾人この手に掛けてきたと思う?覚悟が無いで出来るものではないさ。それなのに・・・」

無理矢理笑ってそこまで言って、今度は不意に攻撃的な口調になった。

「俺を嫌いじゃないと言ったな。あんたはどこまで知ってるんだ。これまでに闇討ちや騙し討ちで、何人殺してきたのか知っているのか」

この人のこんな不安定な様子は見たことが無かった。
こちらを見ている目の色が残忍さを帯びて見える。

でもそれはたぶん、外に向けてではなくて。

「別に。知りたいとも思わない」

ぶっきらぼうに突き放したのは、なんだか嫌な感じがしたから。

それを勘ぐった。

「汚いことには目を瞑って、俺を良い人にしておきたい、か?」

殊更悪人ぶって当てずっぽうを言うな!
自分の体に刃を突き立てて、グリグリと膿をえぐり出すような。
そんなものは、私は見ていたくない。

「話したいなら聞く用意は有るわ。それで斎藤さんの気が済むなら」

高いところからモノを言ってるように聞こえたのかもしれない。
彼は何か言おうとした。
でもそれを制した。

「あなたの生きている世界は私のとは全然違う。だから、あなたのやったことをそのまま私の生きてる世界に持って来てぶちまけて見せたって、例えそれがどんな事でも、私がそれをとやかく言えないと思う」

何を言い出すのかと、彼は多少面食らったように私の言葉の続きを待っている。
いつの間にか、握った私の右手を懐に持って行ってる。
それを自分で気付いていない。

「私にはあなたを批難する基準が無い。私は私の生きてる世界の中のあなたしか評価できない。だからあなたのことは優しくて好きとしか言えない」

「何だって?」

判りにくいかな?と、溜息をつく代わりに咳が出た。
違う価値観の中で生きている人間を並列に評価することなんてできない、と言いたいんだけれど。
江戸時代の人には上手く説明できないや。

「事細かに説明してもらっても結局のところ私には判らないし、判ったとしても私なんかに斎藤さんを批難することなんて出来ないってこと。私に判るのは、こうして目の前に居る斎藤さんだけだもん。それなら好きとしか言いようが無いじゃん」



彼自身が言うように、彼は自分の刀で人を殺してきたんだろう。
彼だけじゃなく、新選組はそれが仕事の一部でもあるわけで。
人を斬るに到る事情も、汚いやり方を選ばねばならなかった事情も、説明してもらえば理屈では理解できるのかもしれない。
それが本意であったか否かも。

でも。

ここは人の命の重みですら一様ではない世界なのだ。
生きとし生けるもの、全ての命が重いわけではないのだ。
故意に人の命を奪っても、事情によっては罪にはならない。
そんな世界に暮らしているものを、どんな基準で断罪しろと言うんだろう。

私には到底理解できない世界なのに。
何が善で何が悪か、判らないのに。

目の前に居るこの人が、たとえ殺人の常習犯だとしても、今の私にとってそれは左程重要なことではない。
日本刀のように刃は片方にしかなくて、しかもその刃がこちらに向かないことははっきりしてるから。

それに・・・私の周りにはそういう人間なんて珍しくもない。

もっと苦しむべき輩は他に居る。



「それは不問に付すということなのか?」

斎藤さんの声が、心なしか上ずっているみたいだった。

それに、なんか・・・距離が近いんですけど(--;

迫って来ないで~。

っていうか、ふもんにふす・・って何?
・・・呪文?(爆)

「ああ・・えーとぉ・・だからー、ぶっちゃけ私には目の前に居る斎藤さんしか要らないってことでぇー・・」

「ぶっ・・ちゃけ?ぶっちゃけとは?」

えっ?
あらっ?判らなかった?

「あー、なんだろ、なんて言えばいいの?ぶっちゃけ・・正直・・かな?正直なところって意味」

だ、誰か通訳してくれ(汗)。

「つまり俺のこれまでの所業は不問に付して・・正直に言えば俺のことは好きだというんだな?」

・・・えっと。

割とポジティブシンキングな人?(^^;

「知らなーい。でも死にたがる人は嫌いかもしんない。斎藤さんがこれから安穏と生きるかどうかなんて、まだ決まったわけじゃないし」

私の方がよっぽど安穏と生きてるじゃないか(←自覚はしている・爆)。

「それとも、そんな風に自分を痛めつけて何かいいことでもあるの?」

殊更冷たく言ってしまったのは、投げやりになっている斎藤さんにちょっと腹が立っていたからかも。

彼の顔が間近に在った。
つい、睨み上げる格好になってしまう。

そういうつもりではなかったので、はっとして視線を外そうとした瞬間だった。

「良い面構えだ」

ふっと斎藤さんが笑ったんだ。
あの、沁みるような笑顔で。

それだけでもドキドキしたのに、

「わ!ちょ、ちょと何・・」

いきなり、腕を手繰られて懐に収まっちゃってるしっ!

「コラ!何すんの!放してっ!」

不意を突かれてKISSされた記憶が蘇って、パニクリそうになる。
必死に離れようとしても・・身動きできない。
背中に回された男の腕の、なんと頑ななことか。

もがいて、また咳き込んでしまう。

「頼む。じっとしていてくれ。あんたを苦しめるつもりは無いんだ。何もしないから」

「う・・そ!」

何もしないなんて!うそばっか。
現に今、こうして失礼なことしてるじゃんか!

抗議するにも咳ばかり出て言葉にならない。

「暴れるとまた体に障る。頼む。今だけ・・今だけで良いんだ。こうしておいてくれないか。頼むから大人しくしてくれ」

今だけって何だ!
何のことだ!
判んないよ!

「もう諦めたいんだ。ただあんたを見てるのは苦しいんだ。独りで居るのはたまらないんだ!だから・・」

抗うのをやめたのは、独りで居るのがたまらないと言う彼の叫びが、悲鳴のように聞こえたからで・・。

「今だけこうして、俺の腕の中に居てくれないか」

耳元で囁く声がどうしようもなく切なくて。

人を殺める度に彼はこうして、女を抱いてきたのだろうか。

・・と、この場で口にしたら叱られそうなことをつい考えてしまい。

だとしたら、自分はその代わりにはなれないな・・とも思い。

なんだか役立たずな自分に嫌気が差して。

「ホントに・・・何にもしない?」

と、言ってしまって。

そうっと、でも、ぎゅっと抱きしめられて、・・・なんだかちょっと幸せな気分にもなったりして。

頬に押し付けられた羽二重の紋付のひんやりとした肌が、私の体温と同じになるまで、彼は一言も発せず一心に私の体を抱きしめていた。
お下げの根元に彼の頬が当たっているのが、そこだけ温かくて気持ち良い。

ていうか・・・。

なんだろ、・・・この人!
なんでこんなに温かいの?
こうしていると、まるで温泉にでも入ってるみたいだぁ~。
温かくて・・・気持ち良い~。


緊張感が抜けたのが判ったのかもしれない、

「疲れたろう?そのまま朝まで眠るといい。俺は平気だから」

そういえば掻巻ごと抱かれていたんだった(色気もへったくれも無ぇ・・・(^^;)。

「心配せずとも、何かあった時にはあんたを起こさねば俺も動けぬわけだし・・」

・・・だよねぇ。
寝ちゃってもいいよねぇ。
ホントにこのまま寝ちゃおうかなぁ。
温かくってすんごい気持ち良いんですけど。

まあ・・・実はかなり酒臭いんだけどね(^^;

どうしようか迷う間にも眠気で目も開けてられなくなっちゃって・・。

「でも・・・」

斎藤さんだって疲れてるでしょ?と言ったつもりが言葉にならない。
そのままうとうとしかけた。




頬の下の、斎藤さんの肩が動いて、ふと目が覚めた。
眠い。

「あんた、最初に合った時、俺に何と言ったか覚えているか」

えー・・・?
何?突然。
なんだろ?覚えてないや。

眠くて頭が働かない。

確か井戸端でー、水を汲んで貰ったんだな。
釣瓶の使い方教えて貰ったんだ。
ってことはー、

「ありがとー・・って言った?」

クスクスと、頬の下に声が響く。

「新入りの、やけに背の高い下働きが入ったと沖田さんが喋っていたのは聞いていた。年の割りに髪が短くて、まるで大きな子供のようだと」

・・・沖田さん・・(--メ

「だから、見たなりこれがそうかと思ったさ」

はいはい。
期待は裏切らなかったと。

「釣瓶で井戸の中を掻き回していたと思ったら、物凄い勢いでこっちを睨んで、『これってどうやるんですかっ?』・・」

ああ・・っ。
なんだか思い出して来たぞ(--;

「面食らった。何しろ言われた意味が判らない。どうして自分が下女風情に睨まれているのかも判らない」

斎藤さんの肩が揺れてる。
つまり・・・笑ってるんだな(^^;

「わけも判らず近寄ったら、釣瓶を差し出された。水を汲めということなのだとは合点したが、頭の高い娘だな、と・・」

あああ・・。
穴があったら入りたいー(TーT)

「でも不思議と腹は立たなかった。面食らっていたということなんだろうが、可笑しさが先に立ったのかもしれん。なにせ手桶に水を汲んでやったら満面の笑みで・・」

頭を乗っけてる斎藤さんの肩が、一際揺れる。

「『ありがとう。上手ね』・・ときた。井戸の水を汲むのが上手だと言われたのは初めてだ。おそらくはあれが最初で最後・・」

ああ・・。
それが如何にとんちんかんな反応か、今になれば良く判る(痛)。

直ぐ横でクックッと喉が鳴るのが聞こえている。
なので、必死に目を瞑って寝たフリをしながら、つい噴出してしまう。

斎藤さんの手が、頭を撫でた。
頬が押し付けられる。
そのまま深呼吸をするのが判った。

私の目が覚めているとはバレているのだろうが、さりとて追求されたら何とも言い訳が立たないので、無理矢理目を瞑ってやり過ごすつもり。

「可笑しなことを言うと思った。変わった娘だと。頭が高いから不遜な女かと思えばそうでもない。水汲みも出来なきゃ風呂も炊けない。図体ばかりデカくて家の役には立たずに子守り女にされて・・。丈の高い体に子供を負ぶう姿は蝉が止まったようだと・・」

・・酷い(--;

「それは沖田さんの評だが」

また沖田さんかよ!(笑)。

ゆっくりと息を吸って、斎藤さんが続ける。

「下卑たところが無いのが珍しく、男相手に物怖じしない受け答えも小気味良かった。ヘマをやってもあっけらかんとしているのが、見ていて可笑しく微笑ましかった。俺の他にも、一頃は屯所中があんたを見てた」

ううむ。
ウザイ視線は感じていたがそれ程とは。
あの頃は江戸時代に慣れるのが大変でさー、それどころじゃなかったなー。

「知っていたか?中でもあんたを気に入って居たのは沖田さんさ」

えっ、うそ。
それは初耳。

「だからこないだの噂にはすっかり騙されたわけだが・・」

なるほど。
騙される下地が有ったってこと?

「下女にはそぐわない立ち居振る舞いに、いったいどういう出自の娘かといぶかしんでたっけが・・」

うわ、やば。

「そのうち自分で幸を拾って来て、今度はそっちに夢中になった」

こら!
なんだよそれ!(笑)。
切り替え早っ!

「俺はあの人ほどあんたに興味は無かったが・・」

言いながらまた、私の頭に手を置いた。

「気が付くといつの間にか山崎さんのお気に入りになっていて、間も無く副長の手掛けに収まったと聞いた。この家のカラクリも事情も聞いては居たが、それでも、ただ面白い娘とだけ思っていたのがそんな役目に抜擢されたなど、大したもんだと思った。それから・・・」

頭を撫でていた斎藤さんの手が止まる。
話すのをためらっているようだ。

「どうしたわけか急に・・惜しくなった」

惜しくなった、とはどういう意味だろう?

「髪も伸びて綺麗になった姿を見たからかもしれない。あんたを気に入ったのは俺の方が先だったんだ。トンビに油揚げをさらわれたような気になった。その油揚げも良く見れば鯉で・・」

こい・・って、鯉?
油揚げよりもご馳走ってこと?

「しかもトンビと思ったのは鷹だった。上手も上手、今更奪い返す術も無い」

苦笑混じりの声音に諦めが見える。

買い被りとか勘違いとか、訂正したいことはいっぱいあるんだけど、それを言っちゃって良いものか判らない。
誤解をさせたままの方が都合が良いのか・・。

そうするうちに、

「見苦しいな・・」

と、思い直したように呟くのが聞こえ、それきり、黙ってしまう。

黙って、ぎゅうっと、私を抱く腕に力が入った。
頭を抱いて頬を押し付けて、深呼吸の吐息が震えているのが判る。


このまま、寝たフリを続けようと思った。
聞いていなかったフリをしよう。
彼の独り言に答えてしまったら、そこから抜け出す自信が無い。

だから今は。
目を閉じたまま、ただ、彼の鼓動を感じていよう。

腕の中は、温かくて安らかで、揺るぎない。



「勝手ですまん・・」

と、うなじにあてがわれた彼の唇が動いたのは、夢の中だか現だったか・・。

「あんたが好きで堪らない」

ドキドキするはずの言葉は、彼の優しい声音に包まれて、すんなりと私の中に入ってきた。

心地良くて目を開けることも出来ないくらいに。









誰かの声が聞こえて来て眠りの底から引き上げられた。
名前を呼ばれた気もする。

あー、瞼が・・・くっついて開けられない~。
まだ全然眠いんですけどー。
どれくらい寝たのかなぁ。
う~、体が鉛のようだわ。

不意に寝床が動いて、

「幸・・!お前どうしたんだ、その格好・・?」

え?幸?と思って目が開いた。

明るい。
眩しい。
もう朝か。

目の前に斎藤さんの・・首。
顎の下の伸びかけの髭が鼻先に触れそうで・・痛そう。

「さささ斎藤先生!」

すっとんきょうな声に促され、頭を上げて初めて、まだ弱々しい朝の光の中に立つ幸の姿が見える。

が、言葉を発しなければ、そうとは判らなかった。
一見していつもとは様子が違った。
何か・・・帽子のようなものを被っている。

「お前、まさか・・あの斬り合いに?」

斎藤さんの声が上づった。
体を起こしかけて、抱いた荷物(私のことだ)を落としそうになった。

「え?・・あっ!あのっ!・・」

幸がしどろもどろになる間に、ようやくその姿をちゃんと把握できた。
ほの青白い朝陽を背に受け、足元の箱行灯に胸を照らされて、納戸の板戸から半身を現したその姿を・・。

庇の付いた鎖の頭巾を被って、鎖の胴着、鎖の籠手、腿立ちを取ったままの脚には脛当て・・。
家に上がるのに脱いだのか足は裸足だったけど、きっと拵えは足袋草鞋だったんだ。

「っていうか、なんで斎藤先生がここに・・?」

目を丸くしている。

その装束の胸の辺りが・・・黒っぽく濡れているように見える。
胸だけではなかった、腕も肩も・・。

「そんなことはどうでもいい。それよりお前・・・無事なのか!」

斎藤さんの声音がシリアスだった。
それで、・・・黒く濡れて見えるのが血だと思い当たる。

不意に背中がぞわぞわっとしたと思ったら、自分でも思いがけない程の悲鳴が出た。

しかも、一度出た自分の声に、更に身がすくむような感覚を覚えて。
体の底から震えが来る。
繰り返し、悲鳴が止まらない。

私の背中を支えていた斎藤さんの手に力が入った。
頭を押さえられ、自分の首元に押し付けて、幸から目を背けさせられたのが意味有り気でますます怖い。
私には見せられないような傷なのか・・!


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