もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

朝食後、いつもなら幸の居る間に仮眠に入る斎藤さんが、その日は横になる気配が無く、逆に眠気覚ましに食後のお茶を渋く淹れてくれと注文があった。

「斎藤さんがお茶なんて珍しい~」

昼でも口にするのは常にお酒な人なだけに、そのギャップが面白かったが。

その理由を深くは考えずに、湯呑みの底が見えないぐらい濃い色のお茶を淹れてから、

「眠気覚ましにするなら朝風呂入ったら?」

「あ・・」

と斎藤さんが止めようとするのを無視して、台所の土間で下駄をつっかける。

「お風呂炊くから洗いもの頼むわー」

と、既に洗いもの中の幸の後を通り、勝手口の戸口の脇に積まれている薪の山から火起こし用の木端の束を片手に、火吹き竹を小脇に挟み、もう片方の手で十能を掴む。
かまどを覗き、まだ燃え残っていた熾き火を十能でそっとすくい上げて、こぼさぬよう、開け放してあった戸口の敷居をそろりと跨ぐまでほんの数秒。

進行方向へ顔を上げた瞬間、木戸の向こうから今まさに庭に入って来ようとしている人物と目が合った。

それが誰と判るのと声が出るのとはどちらが先だったか・・・。

「ひぁ・・・っ!」

なぜそんな声が出たのか判らない。

あの人の顔を見た瞬間、堪らなく居たたまれないような、恐ろしいものに出会ったような、なんとも表現し難い心持がして・・・。
目が合った瞬間に電流が走ったみたいな。
視線がドーンと迫って来るような?

・・って。
目からビームでも出てんのか?(爆)。

とにかく、飛び上がる勢いで反射的に踵を返し、台所へ逃げ込んでピシャッと戸を閉めた。

「なに?」

急に手元が暗くなったのを咎めるように洗い桶から顔を上げた幸が、私の顔色を見てその場に立ち上がった。

「どうした?」

小脇に挟んでいた火吹き竹がカランと音を立てて土間に落ち、正気に還る。
慌てて十能の熾き火をかまどに戻した(落としたら危ない)。
足元に、いつの間に手から落ちた木端の束がバラけてた。

「・・・なんでもない」

言いながら、慌てて茶の間との境の障子戸も閉めた。
そっちからこっちが見えないように。

「なんでもない・・・って」

腰に掛けた手拭で手を拭きながら幸がそう聞き返したのと、縁側から人が上がる気配がしたのとが同時ぐらい。

それが誰とはすぐ判ったんだろう、幸は眉を寄せて訝しがる。
私のうろたえ様を。

でも、・・・なんと説明すれば・・・?

「ごめん、あの・・・お茶出して来て。急須にまだお茶っ葉あるから。斎藤さんに一服出しただけだから。洗いものは私がするから」

呼吸を整えるべく唾を飲み飲みようよう喋る私に、幸は半ば呆れ顔で溜息を付いた。

「アンタ何そんなにパニくってんの?」

部屋から聞こえないよう、小声ではあった。

うんうん、判ってる、と頷いて、私は未だ上手く言葉が出て来ない。
自分自身、なんでこんな大袈裟な反応をしてるのか判らないのだ。

目が合ったのに、つまりあの人がこちらを見てたにもかかわらず、あんなあからさまに・・・逃げるようなリアクションしちゃって・・・。

やっべ。
なんと思っただろうか・・・。

と、今更気付いて凹んだというのもあって、頭の中ぐちゃぐちゃでね。

なのになんだか幸には私の狼狽の原因が判っていたようで。

お願い、頼んます!と両手を擦り合わせている私に、呆れ顔を作りつつも襷がけを解いて放って来る。
袴の皺を伸ばして、こちらに一瞥くれてから障子戸を開け出て行った。


溜息が出た。

襟元がべたべたする。
全身から汗が吹き出してる。
何やってんだアタシ。

・・・て、ホントは理由は判ってる。
アレだよアレ。

あの一件以来、あの顔見るのが億劫なんだぁ~!

・・・。

とはいえ。

アイツにこんな反応しちまうとは!
自分でも意外だった。
自分自身にびっくりした。

ああもう!
こんな反応してちゃだめじゃないか!
あの一件にこだわりまくりって思わせちゃうじゃないか!

怒らせたままになっちゃうじゃないか・・・。

どうしよう。

だめじゃん・・・そんなの。

脱力してその場にしゃがみ込みそうになった時だ、

「それで?お前はどうしたい?」

と、声が聞こえてちょっとビクッとした。

いきなりだったので、一瞬自分に言われてるような錯覚もあり。
でも斎藤さんに言ってるんだなとはすぐ気が付いたけど。

どんだけ気にしてるんだ自分。
落ちつけ~。

「せわしないことですまんな。時間が無いのだ」

と、声は続き、返事をするはずの斎藤さんの声は聞こえない。

「ではまず、・・・藤堂と共に出て行かなかった理由から、か」

はっとした。

斎藤さんが眠気残しにお茶を・・・ってもしかしてこのため?
てことは、今日この時間にあの人が来ることは初めから分かってたってことで・・・。
もしかしてあの行李の中の手紙、これだったか!と。

「なに固まってんの」

うぉっ!幸ちゃんもう戻って来た。
障子戸を閉じた体勢のまま、横目でこっちを睨んでる。
流し台を指差す。

〈仕事しろ〉

って、たぶん言ってる(^^;

〈そりゃこの間のことがあるからお茶なんか淹れに行きたくないのは判るけどさー。それにしたって・・・〉

座敷の人達に聞こえないように、ほとんど口パクで会話しとります。

〈ごめんホントごめん〉

襷がけをしつつ、愛想笑いでは・・・誤魔化しきれないな、たぶん。

幸はデッカイ溜息を吐いて、

〈そんなにまで恐がることは無いんじゃない?アンタらしくもない〉

あ、やっぱりお見通しだ。
苦手から逃げたの、見抜かれてる(--;

〈アンタさ―、人にばっかり言って自分じゃてんでダメってさー〉

って、さっき閉めちゃった台所の板戸を開け放し、土間に散らかった木端を集めながら超小声。

〈?〉

〈いつも自分で言ってるじゃん。ぐずぐず悩んでるより直談判!がアンタのモットーだったはずでしょ?〉

そうだったかしら?

ていうか。

ヤバイ。
ここぞとばかりに日頃の仇を取られる予感(爆)。

手を突っ込んだタライの水が切れそうに冷たくて内心悲鳴を上げながら、でも、今まで文句も言わずに洗い物をこなして居たヤツの手前、顎に力を入れて口をつぐんで(そうしないと声が出そう)洗い物の続きを始めた私の横から、幸はチクチク攻めて来る。

〈気になることは直接本人に訊いた方がスッキリできるんでしょ?このまま逃げ通すなんて無理だよ。副長はここんとこ息つく間も無いぐらい忙しいし。訊くなら今しか無い。次の機会がいつ来るのか判らないのに、ずっと気にしながら暮らすなんてアンタにゃ無理だと思うけど~?〉

言いながら、集めた木端を薪置き場の隅に片寄せ、傍らに落ちていた火吹き竹を腰に差し、かまどの横から十能を取り上げて、火口にザクッと突っ込んだ時、ふいに、

「武士を捨てられぬ・・・か。つまらぬこだわりだ」

というあの人の声が耳に飛び込んできた。

それまでもずっと斎藤さん相手に会話は続いていたはずで、私達はずっとそれを何も気にせずBGMの如く聞き流してたんだ。
なので、言葉のインパクトの強さに思わず耳が拾ったと言うカンジ。

「あんたは捨てられるのか」

斎藤さんが土方さんをアンタと言ってる。

「俺はもともと武士ではなし」

と答えが返った後、ちょっと間が開いた。
笑ってるのか?

幸と目が合う。

「五年もの間すったもんだして、百姓あがりの素浪人が将軍家家臣、・・・もとい、今となっちゃあ一大名の家臣になったというだけのこと。まあそれもいつまで続くやら、てな雲行きだが」

幸は先程の体勢のまま耳をそばだててる。
障子の桟を見つめてる。
洗い物の水音が止まっちゃあマズいから、私は手だけ動かしてる。

「どうする?もしかしたら伊東さんよりも俺の方が、余程貴様の仇になるやもしれんぞ?」

しばしの沈黙の後、

「仇(あだ)とは?」

斎藤さんの声は落ち付いてる。

そういえば彼は新選組に戻りたいって、・・・もう伝えてあるのかな?
あ!それの聞き取りに来たってことなのかな?>土方さん。

って、今頃気付く自分(鈍い)。

「俺だとて伊東さんの言わんとすることが判らぬではねぇ。攘夷には、・・・戦には手勢が必要だ。開国するにしろ丸裸では居られねぇ。だがもともと戦は刀でするものでもねぇ。先の戦の井伊家の例もある。これからの戦には銃隊が必須。・・というかまあ銃隊だけで足りるわけだが」

ずずっと茶を啜る音。

「しかしだからとて武士が要らぬものとも思わん。銃隊を指揮する者は必要だ。烏合の衆では使い物にならんからな。だが、それが必ずしも武士でなければならぬ理由は・・・いずれ無くなるかもしれんな。百姓町人に鉄砲を持たせて、その上に立つ武士が武士のままで居られるかどうかは、・・お前の言う通り頗る危うい」

斎藤さんは沈黙のまま。

「しかし、だ。それはそれで良い機会だとは思わぬか?使い物にならぬナマクラ侍など居なくなった方が良いではねぇか。年貢泥棒から録を取り上げる良い機会だ。武士とは名ばかりの腰抜けどもが徴用の歩兵に取って代わられたところで、こちらは痛くも痒くも無ぇ。俺は武士というものにこだわるつもりはさらさら無い」

難しいことは判らないけどさ。
傍から聞いてももの凄い極論吐いてるように聞こえるんだが(汗)。

幸ちゃんが微動だにしないのがその良い証拠。
眉に力が入って、障子戸を透かして言葉の主が見えているような面持ちだった。

こっちは洗い物は終えて、聞き耳を立てたまま食器を拭き拭き戸棚に仕舞う段。
冷たい水のせいで手が真っ赤。
時々息を吹きかけないと指の感覚が無い。

ややあって、斎藤さんが口を開いた。

「それは近藤さんも、ということですか?」

彼は先程からひたすら土方さんの言い分を理解しようとしてる感じだった。
たぶん、頭の中でいろんなこと考えながら。
自分の意見も言って無い。
疑問点だけ上げている。

「うんにゃぁ、あの人は日の本一の侍だぜ?俺なんかとは出来が違わぁ」

急に(たぶん近藤さんの名を聞いたとたん)土方さんのテンションが変わった。

即答で。
一段と言葉が砕けて、声もおどけた風で。
なので最初は冗談を言い出したかと思ったんだけどね。
それまで理詰めで押して来たのが、急にあっけらかんと身贔屓全開で。

は?
って、幸と顔を見合わせたぐらい。

「俺はあの人の下に居て、戦に使える人足を取り纏めて手足の如く使えるよう調練するのが役目なのさ」

と、説明し出したので、大真面目に言ってるのだと辛うじて見当がついたっていうか。

「もしくは戦場で直に兵卒を指図するとか、な。近藤さんの思うがままに。それをするために武士であらねばならぬならそのつもりで居るし、武士である必要が無いならそれでも構わん」

寸の間、斎藤さんの言葉を待ったのかもしれない。
でもそれは返らず、土方さんが続けた。

「そういうわけだから、いずれ俺の下に付くなら武士を捨てろということになるかもしれんぜ?今すぐにとは言わんがな。どうする?お前にとっては伊東さんとこに居るのと同じことになるのではないかぇ?」

斎藤さんはそれには答えず、

「あんたの理屈では、・・・新選組では真の武士は近藤さん只一人ということに?」

だよね?って思った。
つまりそういうこと言ってるんだよねこのオヤジ。

「まあ、そういうことだな。少なくとも今まで見て来た限りはそうだ」

って、当然のように真顔で(真声?で)答えてるのが可笑しいんだけど。

〈いったいどんだけ近藤先生のことが好きなんだ・・・〉

と、幸の口が動いた。

別格なんだな、と私も思った。

それから、

〈副長面白ぇ・・面白過ぎだ!〉

って、口で笑えない分、身を捩って体全体で笑ってるんですけど>幸ちゃん。
声は抑えても腹を抱える仕草はするのね(笑)。

おそらく(幸と同じに)笑いを堪えて居て、すぐには言葉が出なかった斎藤さんが、

「伊東先生は好人物でしたし如才の無い人でしたが、何かこう今一歩、腹の底から好きになりきれない引っかかりのようなものがあった。それがいったい何なのか、自分でも良く判らなかったんだが」

声に笑いが聞き取れる。

「それはおそらく頭が良過ぎたからだと、・・・今判りましたよ」

今判った・・・て。

冗談とも本音ともつかない斎藤さんの言葉に低く笑い声が返った。

「言ってくれる」

と、茶を啜り

「馬鹿が好きかぇ?」

と続けた。

斎藤さんが静かに答える。

「ええ。余程に」

・・・。

きゃー。

キモいよー(爆)。
って笑い出しそうになったのに、幸が突然抱きつかんばかりに肩を掴んで来て、

〈やったー!斎藤先生御帰還決定だ!〉

えっ?!そうなの?
って、びっくりしちゃった・・・。
あの会話のどこにそんな情報が~!

こらまて、ぴょんぴょんすんな!茶碗落っことすって!


「判った。それならこちらも大助かりだ。実はな・・・」

座敷で話は続いてる。

土方さんが話し出すのを斎藤さんが止めた。

「ですが、新選組に戻るに当たっては不都合が生じはせぬかと。私のことはどうでもやり過ごせますが、周りに迷惑がかからぬかと・・」

心配している。

「それは気にしなくていい。実はお前にご指名がかかっててな。それをこれから話そうと思っていた」

「ご指名?・・とは」

「三浦さんさ。こないだ土佐の陸援隊の中岡とやらが殺された件、知ってるだろう?一緒に殺された才谷梅太郎とは船の事故の事後処理絡みで抜き差しならぬ因縁があるわけだが。まあ、そういうわけで手っ取り早く下手人と疑われているらしい。・・・いや、黒幕か。下手人に疑われているのは新選組だな」

え?っと幸を見る。
首を横に振ってる。

斎藤さんのコメントはナシ。

土方さんは馬鹿らしいとでも言う風に鼻で笑い飛ばし、

「命を狙われてるってんで護衛を頼まれてる。早速昨日から何人か付けてはいるんだが、これが長期戦になりそうでな。ここんとここちらも人手が足りんし、つまりは心許ないらしい。斎藤クンは手隙ではないのかと言って来た」

ふっふ、と低く笑い声が聞こえている。

「酒の相手が欲しいだけでは?」

「まぁな。暇を持て余しても他の者では話し相手にもならんのだろう。武骨者揃いではな。お前、匿われている間に気に入られたな?」

と、からかわれ、

「恐縮です」

と答えた斎藤さんも、笑ってるのかな。
声だけじゃ判り難いけど。

「ホレ、そこの・・・あの辺りは花屋町というのか?・・・天満屋てぇ料理宿に詰めてる」

「?」

「お屋敷からは離したよ。妾宅からもな。他人んちじゃあ護衛しづらい」

お屋敷とか妾宅とかは見当がつくが。

〈他人んちって?〉

〈他者の担当区域ってことじゃない?新選組以外の団体の警備区域〉

だそうです。

「ってなわけだから、ここはもういい。明日からでもあっちへ行っちゃァくれめぇか。屯所への顔出しは無用だ。直接行ってくれりゃあいい。向こうへは話を通しておく」

「え?」

と、戸惑う斎藤さんとは裏腹に、今度こそ幸と一緒に、障子の陰でガッツポーズ!
斎藤さん、新選組復帰確定~!!
しかも屯所へ顔出し無用!

ってことは出戻りの気まずさもそれほど感じなくて済むってことで。
つまりは破格の待遇をされてるってことで、「好かれる理由が判らない」って斎藤さんが言ってた意味がちょっと判ったような気はしたけど。
でも、望んだことが一番良い形で実現しそうなんだから。

「まどろっこしいことは無しさ。ここから直接行くのならお前だとて・・・」

うっひょー!
ここから直接行くって!仕事場まで!

「なんならここから通ってもいいよ!毎日ここから通っ・・・うぐぐ」

堪らず障子戸を開けようとして幸の手に阻まれる。
でも声はもう聞かれちゃってる。

「通うだとぉ?ガキの手習いじゃあるめぇし、刺客屋商売が日中限りなんざ聞いた例が無ぇ。天満屋へは泊まり込みだ!」

辟易と言い捨てられた。

え!そーなのか・・・。

とがっかりしてたら舌打ちが聞こえて、

「いいからお前は口を出すな!すっ込んでろ。さっきから盗み聞きしてるのは判って・・」

言い終わる前に斎藤さんが喋り出したのは、・・・もしかして助け舟だったかも(^^;

「御陵衛士残党が島津屋敷に匿われたとはいえ、それでここが狙われないとは言えないのではありませんか?私が居なくなればここは丸裸同然。それとも誰か他の者を付けるということでしょうか?」

ただ訊いただけだよ。
なのにこのクソオヤジは、

「ふん。納得行かぬか」

意地悪っぽい言い方だけでもムッと来たのに、

「それで、お前さんはいつまでここに居座るつもりかね?」

なんでそんな高飛車な物言いをする必要があるんだ!

「ちょっと何言ってんのよ!そんな言い方無いでしょ!自分で呼んで来させたくせに!」

止める幸の手を振り払って、障子戸を開けたのは「思わず」だ。
さっき目が合って飛び上がって逃げたことなんて忘れ果ててた。
ジロリとこちらを見た目線に怯まなかったのも、たぶん向かっ腹が立ってたから。

「ここにはもう用は無いと言ってるのだ」

なんてヤツだ。
斎藤さんが自分の部下に戻るとなったら当然のように高圧的。
呆れている私から、目の前の斎藤さんに視線を戻して、

「新選組に戻るつもりなら俺の言うことは聞いてもらう。ここに人が要るか否かは俺が決めることだ。それを云々するのは差し出口というものではないかね?」

そこでようやく気付いた。
もしかして斎藤さん、私のこと心配して言ってたのか?(←やっぱり鈍い)。
それを差し出口とか言われて責められてるの?
私のせい?

慌てた。

「あっ、もちろんアタシなら全然大丈夫だよ?ひとりでだって暮らせるし」

自分のことで斎藤さんをここに縛るのは本意じゃない。
なので、私は斎藤さんに言ったんだよ。
それを皆まで言わせず、

「コイツのことなら俺が考える。心配無用だ」

私の存在など完全無視で、ピシャリと遮られて。

ふだんならムカツク流れだったのに、なぜかドキリと心臓が波打ったのは・・・何故だ?

もう用心棒は無用?
私のことは考えて有るって?
それってどういう意味なのか。

「仰るとおりです。私の差し出口でした」

不本意ながらも(だよね?)そっちのクソオヤジの話の筋が通っていると納得したんだろう。
斎藤さんが引いた。

「遠く危うい理想よりも身近にある確実な縁、と、道を選んだのは己自身だ。覚悟はできています」

台所の土間に立って丁度正面に見えている斎藤さんの横顔は、ちょいと顎を引いて畳の目を読むように伏し目になってて。
でも堂々として見える。
ピッシリと伸びた背筋がカッコ良かった。


なのにそれを聞いたオヤジめが何故かつくづくと溜息をついたんだ。

「お前は迷いの多い男だよなァ」

て。

覚悟が出来ていると言う相手に向かって失礼な!
と思った。

当然斎藤さん本人もちょっと顔が強張っている・・・ような?
ホントは全然表情は変わらなかったけど。

「剣術もあちこち齧る癖はそういうことだろう?極めかねている。器用貧乏というのか・・・」

そこまで言われても斎藤さんの表情は読めない。
無言。

「ま、狂信的な人間よりは迷いのある奴の方がよっぽど良いってナ」

そういうことか、とちょっとだけ納得はしたが。

「迷った揚句にこちらを選んだのならヨシ。思い込みで来られちゃ困る。現実を見て失望されても・・な」

何の含みか私には判らなかったけど。
今回の一件に何か関係あるのか。

「俺は使える人間が欲しい。今すぐに、だ。人を統率出来て臨機応変で、しかも意のままに動く」

斎藤さんは黙って聞いてる。
先程のまま半眼で居る。

「戦場で勝手に動かれては困るからな」

この人はさっきからずっと、斎藤さんを真っすぐ見てる。

「しかも、ただ言うとおりに動くだけでは駄目だ。上の命を待っているだけでは下を使えん。無論、己の才を盲信して猪突するのは無能の極み。迷いながらでも確実に目的を達成できる男でなければ・・・」

そこまで聞いて、斎藤さんの目が僅かに泳いだ。

「それで・・・私、ですか?」

「そうだ」

そう断言されてもなお口元を引き締め、不安げな斎藤さんに言葉を足した。

「俺は自分の頭でモノを考える人間が好きさ。他人の考えたものを有難がるばかりの輩は好かん」

照れたのか、時間差で斎藤さんの顔がちょっと赤くなったのが、なんだか素直で可愛かったな。
そういえば斎藤さんって若かったんだなって思った(笑)。

「薩長の動きはいよいよ不穏だ。いつ戦になってもおかしくはない。伊東一派が抜けた分、多摩一円から新しいのを連れては来たが、・・・如何せん不慣れだ。戦場での動きには不安がある。しかも戦用に修練している時間は無い。今の今、使える者でなければ。気心の知れた者でなければな」

真っすぐ見つめる土方さんの目を、斎藤さんも真っすぐ見返した。
どちらも表情を変えること無く、以心伝心?で見つめ合ってる。

そういう求められ方で納得は行くのかな?男同士って。

と、なんだか醒めた頭で聞いていた。
人材として求められれば納得がいくのだろうか?気持ちの問題は関係なく?

だって、今見つめ合ってる相手は、斎藤さんのかつての仲間を殺した相手・・・。

斎藤さんの新選組復帰を喜んでおきながら、今更その心の内を計りかね、不安になる。


「天満屋に私を、というのは三浦さんの指名だとおっしゃいましたが」

斎藤さんが話を変えた。

「それは本当で?」

「本当・・・とは?」

お茶を啜ろうとして、土方さんが手にした湯呑みに目を止めた。
スッと、幸が台所から上がって行って、お茶を淹れ直すみたい。
斎藤さんはその動きにちょっと目を向け、再び相手の目を見て、

「今度は私をエサにしようというのでは?」

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