もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

島田さんの用意してくれたのは、北上川の左岸にある二階屋だった。

旅籠というよりは普通の商家のようで、通りに面した店の間の二階だ。
もともと低い天井が、西側に連なる窓に向って幾分傾斜している。
建物の間口と同じく南北に幅二間半、だが奥行きは一間程の細長い変則的な間取り。
それでも独立した一部屋で、階段もこの部屋専用のものだった。
防寒対策でなのか、上がり端にちゃんと障子戸もついている。

日が暮れてからどれくらい経ったろう。
手あぶりを引き寄せ、鏡の前で洗い髪を梳いていると、階段を上がる足音がして、背を向けていた障子戸が開いた。

「おかえりぃ・・!」

ついうっかりそう言ってしまったのは、開ける勢いが良かったから・・・かな?(鏡に見入ってたからかも)。
昼間顔を見れてほっとして、宿でゆっくり湯を使って、ひとり部屋で髪を梳いて・・・。
京都に居た頃に立ち返ったような錯覚に囚われていたのかもしれない。

返事は返らなかった。
その代わり、障子の開け立てと共に冷気がなだれ込んで来た。

ていうか霊気・・・?(違)。

あちゃー・・・。
やっちゃったよ。

何故そんな迎え方をしてしまったのか。
誰がどう考えたって、そんな簡単なシチュエーションではないよな。
半年以上ぶりに、しかも危ない橋を渡って苦労して逢えた相手じゃないか。
もうちょっとちゃんと挨拶とかしなくちゃいけなかったんじゃないの?(汗)

相手にしたって、私がこんなところまでのこのこやって来るなんて青天の霹靂だったろう。
もしかして(しなくても)、叱り飛ばされるのかも・・・。

「えーと・・。あのう・・」

覚悟しつつ振り返れば、黒い羅紗服を着込んだ土方さんは、大刀を手にしたまま座る様子も無い。
笑ってないし(それはいつもだけど)。
表情が険しい(それもいつも)。

でも。

・・・やばい。
どうしよう。

へへへ・・・(^^;と、とりあえず笑って場の空気を変えようという・・・無駄な努力をしてみたのだが。

何の変化も無かった。
怒ったような呆れたような中途半端な顔つきで見下ろしているばかりだ。

洋装にロングヘアが良く似合って、見ているこちらが照れくさくなるくらいカッコ良かったっけ。

でも。

痩せてる。
頬に差す影が濃い。

それに気付いた時は、さすがに胸に来るものがあった。

時間が止まってしまったのかと言うぐらいの間、彼は微動だにしなかった。
私を見下ろす視線も、全く揺らがない。

相手のそんな様子を見ている間に、ようやくいろんな気持ちが湧き上がってきて、何をどういう風に、そもそも何から話していいのか途方に暮れた。
今思えば、たぶん彼自身も私と同じ気持ちだったのかもしれない。

結局、

「ごめん。来ちゃった・・」

ようやく逢えた相手に、それだけ言うのがやっとだったなんて。
笑っちゃう。

相手の強張った瞳の色が緩んだ。
そこに何か読み取れそうな気はした。

でも、それが怖くて。

木枯しに吹き付けられて、ガタガタと音をたてる窓の方へ目を向けた。
自分の気持ちを整理したくて、ちょっと時間が欲しかったのもある。
なので、雨戸をきちんと閉め直そうと窓際へ立ち上がろうとした時だ、ふいに影が動いた。

目の前の相手が、手にした大刀を床に置きざま片膝をつき、窓へ伸ばした私の手を掴んでそのまま引き寄せたのである。

気がつけば懐に抱かれていた。
抱きしめられて息も出来ない。
何が起こったのかわけも判らず、私は声も出せずに居たと思う。

ゆっくりと溜息を吐き出すように、

「馬鹿なヤツだ」

と呟くのが聞こえた。
独り言のようだった。

ここまで追ってきたことを言っているのか。

羅紗の外套は未だ外気を孕んだままで、襟の剣先にとまった風花の欠片が、溶けて小さな水の粒になって行く。

驚きに息を詰めて体を強張らせた私の頭を、自分の胸に押し付け、頬を寄せ、馬鹿なヤツだと再び呟いた。

体に響く声の懐かしさに、こちらもつい、目を閉じる。
次第に体温を伝えて来る羅紗布の心地良さに、思わず深呼吸をする。
うっすらと硝煙の匂いがして、辛うじて我に返った。

裏腹に、彼はまるで飽く事を知らないようだった。
片膝を立てたまま、片手で私の頭を抱えるように、片手で背を支えるように一心に抱きしめられて。

切なさと同時に・・・違和感が生じる。

この人って、こんなだったっけ?
私に対してこんな風に接する人だったっけ?

嫌だ。・・・と思った。
こんな土方さんは、なんだか嫌だ。

「放して」

だが彼は私の非難を無視して、

「ひとりなのか?幸はどうした」

誰でもきっとそう言うんだ。
そして私の答えも、いつも同じ。

「沖田さんのとこへ置いて来た」

「・・・」

黙った。

その胸の内を思うとたまらなかった。
そっと背中に腕を回してしまう。

痩せては見えたけれど、それでも初めて感じた体の厚みは圧倒的だった。
掌の下に、筋肉の動きを感じ取れる。
声の響きも。

「どうやってここまで来れた」

私ひとりじゃ何も出来ないと思っている。
でもそれも、この人に限ったことではなくて、腹も立たないけれど。

「沖田さんが・・・行けって言ったのよ」

言っちゃった。
だって、自分からは訊かないけれど、沖田さんの事は知りたかったに違いないから。

案の定、息を飲んだ気配がした。
肩に力が入った。

・・・怖いの?

ごめんね。
でもこれはたぶん言わなくちゃいけないことなんだ。

「沖田さんが言ったの、『小夜さん、このままここに居ていいんですか?』って。『土方さんの所に行かなくていいんですか?』・・って」

人に意見することなんて無い人が。
いつもふざけてばかり居る人が。

小夜さん、前に言ったじゃないですか・・・って彼は言ったんだ。

今を逃したらもう後は無いってことが、世の中には在るって。
それを先に判るのは稀な事だって。
それをみすみす逃すのかって・・・。
それ、そのままそっくり返しますから。
あなたは、今ここに居ちゃいけないんじゃないですかね?

って、彼は言った。

そして最後に、

「『あの人、ひとりじゃ駄目だから』って、『小夜さん、私の代わりに側に居てあげてくださいよ』って、そう言って・・」

イタズラっぽく笑ったっけ。
ね?って小首を傾げる仕草が子供みたいで、その気持ちが全部判って切なくて。
思わずハグしちゃったんだ。

別人のように嵩が無かった。
動揺を気取られぬように繕うのが大変だった。


あれからもう・・5ヶ月。

彼はどうしているんだろう。
まだ無事なのか。
幸はまだ、側に居るのか。

「平五郎さんのところから、・・・幸から何か知らせはあった?」

「いや・・」

感情を押さえ込んだ声音と言葉数の少なさが、却って胸の内の深みを窺わせた。

知らせが無いのは無事な証拠。
噂も聞かぬということは、隠れおおせているということなんだろう。
それを頼みに、ながらえていると信じるしかないのだろう。

「なら、・・・・大丈夫だよね?」

何がどう大丈夫とは言えなかった。
口にするのは憚られた。
不安を振り払おうと努めて明るく言ってみたのに、私を抱く腕にビックリするほど力が籠もって、

「・・痛っ」

骨がきしみそう。

はっと我に帰って何か言いかけるのを、

「大丈夫。平気だよ」

今度は自分から抱きしめてしまう。
どうしたことだろう、とちょっと照れたけれど、ま、いいや、と思い直す。
だって私は今、沖田さんの代わりだから。


「幸と喧嘩になっちゃって大変だったの」

思い出し笑い。

「私じゃないよ、沖田さんが。喧嘩っていうか、幸が抗議しただけだけど。何でそんな危ないことをけしかけるのかって。私ひとりで旅なんか出来ると思うのかって。そんな風に言われても沖田さんは平気の平左だったけどね。いつもみたいに」

幸には心配をかけた。
マジで反対してた。
本当にアンタひとりで大丈夫なの?って何度も訊かれた。
私が一緒に行ければいいんだけど、と言い出したのを思い留まらせるのに苦労した。

だって、幸は最後まで沖田さんの側に居なきゃね。



会津討伐戦の話は、ぼつぼつ江戸にも聞こえていた。
誤報もホラ話も一緒くたで、実情が見えて来なかった。
顔には出さなかったけど、沖田さんは気が気じゃなかったに違いない。

だから、私のことを考えてくれてたのは確かだと思うけど、自分の気持ちも一緒に運んで欲しかったんだと思う。
私にもそれは判った。

だからこそ。
追いかけるなんて立場じゃないし柄じゃない、と迷っていた私の背中を押してくれたのは沖田さんなんだ。
彼の気持ちが通じて、こうしてなんとか無事にこの人に逢えた気がする。


「江戸から奥州まで私の足じゃ無理だからって、幸があちこちに骨を折ってくれて。平潟までは船に乗れたの。そこからはいよいよ歩いて棚倉へ入ろうとしたんだけど足が痛くててんで駄目。予定の宿場まで行けなくて山ん中で野宿したのはいいんだけど・・・いろいろあってね。危機一髪ってところで烏組の細谷さんに拾われて・・・。知ってるでしょ?伊達藩の烏組」

「噂には。その男にも先日会ったな。どうやら渡航準備の物資調達で組まされそうだ。明日にはまたこちらへ来るらしい」

どうやら細谷さんは徳川脱走軍を穏便に追い出すための調整役にされちゃって、伊達藩庁と脱走軍の布陣している石巻を行ったり来たりしてるらしい。
どうりで先日、土方さんの居場所を教えてくれた後、余計な仕事を預けられたとぼやきまくってた。

「世話になったのよ。私のこと、何か言ってなかった?」

「何も」

なるほどそれでか。
それで昼間、この人私の顔を見て本気で驚いてたんだ。

細谷さん、脱走軍にはあまり良い印象無いみたいだからなぁ。
土方さんと喋りたくなかったのかな?
それにしても私のこと、何も言わなかったって・・・どうよ(^^;


「お前、江戸を出たのは何時なんだ?」

「え?閏4月の、半ば頃だったかな」

梅雨に入ってもおかしくない頃なのに、江戸では雨も降らずに暑い日が続いた記憶がある。

処刑された近藤局長の首が京都の三条河原に晒されていると、読売りで知った。

奥州に上陸してから急に雨の日が多くなった。

「それから半年近くも、どこをどうしていたのだぇ?」

「事情があって須賀川にしばらく居て、白河戦で近くに居た斎藤さんに時々逢ったりしてた。それが6月ぐらいまで。斎藤さんには逢わなかった?」

「お前に逢ったとは聞いた。それが七月」

もう3ヶ月も前だ。
それからずっと心配していたのかもしれない。

「ごめんなさい。もっと早く逢えると思ってた。若松には行きたかったんだけど・・・」

心配性の斎藤さん、どうしても若松城下に行くなら時期を見て行けと言った。
含むところは察しが付いてた。

そうだ、

「怪我したって聞いたわ。もう大丈夫なの?」

「ああ、なんとかな。靴を履けるようにはなったが・・・」

うっかりしていた。
早く気付けば良かった。
楽にして、と促すと、それでも私の体を抱えたまま、負傷した方の足を投げ出し、無事の足で胡坐を掻いた。

顔が同じ高さになる。

鼻がぶつかるほど直ぐ目の前に相手の顔が有るのが妙な具合で、ホントは離れて座りたかったんだけど、どうにも放してくれない。
風呂上りの浴衣の上に、宿から借りた引っ張りを羽織っていただけだったのを見咎めたのか、自分の着ていた外套のなかに包み込むように抱き込んで放さない。

一塊になった影が部屋の壁に揺らめいているのが彼の肩越しに見える。

なんだか不思議。
無理に抗う気にもならない。
ビロードの外套の襟が頬に柔らかい。

「会津の領内には一度は入ったんけど若松城下へはなかなか・・。斎藤さんが細谷さんに、私を仙台まで送ってくれるように頼んでくれたんだけど、結局どこもみんな戦場になっちゃったし・・・」

戦場と言う言葉に、見てきたものが脳裏を過ぎる。
たぶん相手もそう。
黙って聞いている。

「あちこち落城やら寝返るやらで戦況が読めなくて、烏組も思うようには動けなくて。それでも私ひとりで行動するより、烏組にくっついてる方が心強いし居心地良かったしね。本宮とか二本松とか、それから仙台の藩境附近を点々として。結局城下に入ったのは9月の始め。その間ずっと、あなたは会津に居るんだと思ってた」

「・・・そうか」

と彼は感慨深げに、溜息混じりにそう言い、ポンと私の頭に手を宛がって、

「よく生きていた」

再びぎゅっと抱きしめて、うなじに鼻先を押し付けてくる。
洗い髪で冷えた肌に、彼の温かい頬が気持ち良かった。

でも。

それは・・私の知っている土方さんのすることじゃない。
私の知っている土方さんは、こんなこと・・・しない。
これは私の知っている土方さんじゃない。

よくやったと初めて褒められたのに、それが嫌でたまらない。

やめてよ、と言いかけた時、

「斎藤が、・・・山口次郎が会津で討死したというのは聞いていたか?」

え?!

「・・・うそ!」

と、顔を上げかけたのを、力任せに押さえつけられた。

「もう、ひと月近く前になる勘定だ。ヤツに預けていた者達も全員討死。会津から引き上げてきた連中から伝え聞いた」

静かな声音だったが、平静を装っているようでもあった。
もとより、冗談で口にすることでもない。

が、あまりの事にぐるぐると頭の中が空回りするばかりで何を言っていいのか判らない。

そんな私を置いてきぼりにして、現実を消化しようとしているのか、まるで昔語りをするような落ち着いた声が続いた。

「お前が俺を探しに来ているとはヤツから聞いたのだ。伊達藩領に居るはずだと。会津で死ぬ気が無いのなら、仙台へ行けとな」

そんな説明の言葉など、耳には入って来なかった。
事実を受け止めるのに精一杯で。

「だって・・・だって私、またねって言って別れたんだよ?生きてればまた会えるよね?って言って。そうだなって斎藤さんが言って・・・笑ってたんだよ?なのに!」

「会津はダメだ。俺は一緒に来いと言った。だがヤツは来なかった。今更会津を見殺しには出来んと言って・・・。俺が戦列を抜けている間、あの男はずっと会津藩兵と一緒にやって来たのだ、その言い分は尤もなことだった。ならばせめて援軍をと、あちこち動いてはみたのだが・・・時既に遅し、さ。同盟軍はもう動かなかった。動いたところで今更体勢は立て直せん・・」



雨ばかり降っていた夏。

垢じみて泥に汚れた顔で、痩せこけて月代は伸ばし放題。ヒゲもろくにあたらずに和洋折衷の、およそ新選組の斎藤一とは思えないような姿だったけれど、

「久しぶりに会ったのに相変わらず頭が固くて、口喧嘩もして、でもいつもみたいに自分から引いてくれて・・・。参ったな・・って。いつもみたいに・・」

優しかった。

「土方さんが負傷して前線に出られなくて、きっとイライラしてるだろうなって言って。・・・笑ったんだ。会津藩の重役相手に新選組が戦い易いように気を配ってくれてるから期待に答えないとな・・って。その分自分が踏ん張らないと、って言ってたんだよ」

「ああ。あの男には悪いことをしたと思う。だが俺は会津藩と共倒れになるつもりは無かった。それはヤツも知っていたことだ。今更地下で恨みもすまい。アンタは御直参だからと言ってたっけが、皮肉に聞こえたのは俺が捻くれていただけのことかもしれぬ」


戦が終わったら褒美を貰うからって笑って、髷を結えるようにと髪を切らなかった。
裃に断髪じゃあ様にならんだろうって・・。

強気だった。
頼もしかった。

連日の雨の中、鎖帷子を伝う雨水に辟易しながら風邪も引かなかった。
周りに足を引っ張られ、思うように闘えなくて撤退を強いられても諦めなかった。
何度でも戦列を立て直して・・・。

タフだった。

「沖田さんのことも、闘えないのは無念だろうと言ってたし。だからその分俺が・・って頑張ってたのに。死んだなんてうそでしょ?何かの間違いよ。信じられないよ」

目を見て話したかったのに、取り乱して暴れ出すとでも思っていたのか、もがいても固く抱きしめて放してくれない。

「報告は複数だ。状況を見ても間違い無い」

間違い無いのであろうとは、始めから声音で判った。
納得するのが嫌だっただけだ。

だから、押し付けられていた彼の肩に今度は自分からしがみついて、泣いた。
外套の黒羅紗はいくらでも涙を吸いこんで・・・。

山崎さんが死んで、近藤先生が死んで、沖田さんも今はもうどうなっているか判らない。
なのにここでまた斎藤さんまで死んでしまったなんて・・・。

まだ湿ったままの髪が、相手の頬のぬくもりを伝えて来る。

常ならぬ振舞いのわけが判った気がした。

埃を吸ってお世辞にもきれいとは言えない、硝煙の匂いの残るこの黒羅紗服が吸ったのはきっと、私の涙が最初じゃないんだ。

スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。