もう50年ほど前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

・・・ふう。

なんだか・・・疲れた。

縁側にとって返し、菓子鉢に残ったかりんとうを口に運ぶ。
黒糖の甘味に、ちょっとほっとする、が。

何だろう。
この・・・打ちのめされたようなカンジ。
じわじわと、沈み込んで行く感じは。

ぼうっと庭を見ながらボリボリと食べていたら、すーっと、直ぐ脇の襖が開いた。

私は長火鉢の前に座っていたので、隣室の中は見えていない。
庭に面した障子戸も既に開け放たれていたようで、風に流されて紫煙がこちらに漂って来る。

「ごめんなさい。起きてました?」

庭を向いたまま、一応、言葉だけ謝った。

「あんなやかましくちゃ寝てられねぇだろ」

落ち着いた声だった。

「ですよね」

怒鳴られていたら、あるいは気分も変わったかもしれない。
なのに、

「アイツは何も判っちゃいねぇぞ」

何のことを言っているのかは直ぐに思い当たった。

「・・・判ってる」

ホントは言われてようやく気がついた。

沖田さんが私の言ってることを判ってくれないなんてことは。
だから打ちのめされているんだってことも。

私の返事が意外だったか腑に落ちなかったのか、ふう、と煙を吐き出す息遣いの後、もう一度聞き返された。

「判ったかぇ?」

「うん」

私はボリボリとかりんとうを食べていた。
いくら食べても空虚な気分までは満たされない。


そんなの・・・ホントはとっくに判ってたさ。

ニッコリ笑って、『判ってますよ』なんて言っといて。
全然判ってやしないんだ。
私が泣いて頼んだって、武士なんて馬鹿だと言ってみたって、判ってくれやしない。

否。
理屈が判ってたって、こちらの気持ちまでは判ってくれないんだ。
たとえ判ってても流しちゃうんだよ、あの人は。

判らず屋もいいとこだ。

私がいくらキツイ言葉をぶつけたところで、勝負にはならない。
相手にもしてくれない。


「あれは生まれ性なのだ。今更変わるとも思われん」

そうか。
そうだよね。
私なんかよりよっぽど付き合いの長いはずのこの人が、こうしてお手上げなのだもの。
私に何ができると言うんだろう。

「かりんと食べます?」

正座したまま、菓子鉢を押しやる。
タン、と灰吹きを叩く音がして、襖の陰から煙管が伸びて来た。

雁首で引っ掛けられた欅の菓子鉢が、敷居を越えて引き寄せられて行った。

ぽりぽりと音がして、

「二、三日したら出掛ける」

唐突。
なんで今その話になるのか良く判らないけど、

「はい」

とりあえず返事をする。
手にしたかりんとうを食べ続ける。

「江戸表へ。ひと月程は戻らんかもしれんな」

ボリボリと、そちらからもかりんとうを粉砕する音が続いた。

アンタがどこへ行こうと私に何の関係があるって言うんだよ。
なんなら帰って来なくていいんだけど。

「アイツを連れて帰りたいところだが、長旅は無理だ」



ああ・・・。


そういうことか。


・・・。


そういうことを、彼は判ってくれないよね。
仮にそんな気持ちを伝えたとしても、ヤツはきっとスルリとかわして、受け取ってはくれないんだよね。

だからきっと、それをあなたは伝えては居ないんだね?
伝えようとも思わないんだね?
体力的に無理だからと、自分に言い聞かせてるんだよね?

「俺の居ない間、あの男をここに置こうと思うが、どうか」

え?

「もちろん、お前の手に負えなくなったらまた、お孝さんのところへ帰してもいい」

・・・。

そんなこと、沖田さんが承知するだろうか。
私の手になんか負えるんだろうか。

「やめたほうがいいんじゃない?」

鬱陶しがられるだけだと思うけどな。

口の中のかりんとう、食べ切ったので次のを取ろうとした。
正座したまま畳に手をついて、片手を伸ばして。
うつ伏せに寝転がって煙管に刻みを詰めている寝床の横の菓子鉢目掛けて。

指先にかりんとうが触れるか触れないかというタイミングで気配に気がついたか、ふとこちらを向いたのと目が合った。

普段と変わらぬ愛想の無い眼。
黒目がちで、だから力だけはあって、慣れないと目つきが悪いってだけの印象の・・・。

「・・・お前、何泣いてんだ?」

言われて、両の目から涙が筋を引いていたのに気がついた。

私、何泣いてるんだろ?

ムカついた。
何に対してか判らない。

「別にいいじゃん。私が泣こうが笑おうが、あなたに関係無いでしょ」

かりんとうをひとつ口にくわえて、もうひとつを手に取って、ついでにそいつを睨んで、元の通り引っ込む。

「そうだな」

見えない襖の陰から、煙が塊になって吐き出された。
秋の庭先が紫煙に白く霞む。

「そんなものヤケ食いして、腹痛起こすなよ」

ヤケ食いなのかしら?

「かりんとで腹痛なんて聞いたこと無いわ」

「そこまで食ったヤツが居ないだけだろ?」

・・・。
そうなのか・・(--;


「お前、さっき言ってたよな」

・・・なんだろ、このオヤジ。
何を気が向いて今日は絡むんだろう?

「何?」

「『死にたいなんて思ってやしない』って」

・・・それがどーした。

「お前、覚えてるか?『死にたくないと思ったことは無い』って前に言ったんだぜ?」

そうだったかしら?

「おかしいだろ?どっちが本当なんだ?」

・・・(困惑)。

うざっ。

それを今問い質して何の意味があるって言うんだよ、こいつは!

つーか、良くそんなこと覚えてるな。
こっちは言われるまで忘れてたってのに。

「お前は俺に嘘を言ったのか」

・・・そう言われるのもムカつくな。

「嘘なんて言ってない」

「じゃあ、総司に言ったのが嘘かぇ?」

「嘘なんか言ってません」

タン、と再び灰吹きを叩く音がした。
その煙管の雁首で、襖が端まで開けられた。
布団に腹ばいになったまま、横目でこちらを見ている。

シーツもカバーも無い、裸の敷布団一枚に、夏物の肌掛けを足元に畳んで。
枕を抱え込んで。

背中にフクチョーが丸くなってた(爆)。

どっちだっていいじゃんそんなの。
と言ってしまうのは簡単だけど、この胸のムカつき(笑)を吐き出したくて仕方なかったんだ。

「あのねぇ、あなたと違って私は若いんだよ?日々成長しているの。昔の私と今の私は違うの。どっかのオヤジと一緒にしないでくれる?」

『どっかのオヤジ』をかりんとうで指し示してから、それを口の中へ放る。

相手はあからさまに嫌な顔をした。
眉間にガッツリ縦皺二本。

「けっ!よくもまあそんな都合のいい理屈を考え付くもんだな」

「都合のいい理屈なんかじゃありませんー。真実ですぅ」

「成長なのか?退行じゃあ無ぇんだろうな?」

「失礼ねぇ!命の尊さを知ったんだから進歩でしょう?」

ふん!と鼻を鳴らす。

「『命の尊さ』な。ご大層だが。それじゃあどうしてお前は泣いているのだぇ?」


それは・・。


命の尊さなんて私が大げさに騒いで見せなくたって、沖田さんは判りすぎるくらい判ってる・・・って思うからだ。

判っているくせに、あの人は自分のことだけは省みない。
私がどんなにじたばた騒いでも、それは変わらない。
それが悔しい。

悔しいけれど、今の彼にそれを強いるのも酷だと気付いた。

命に限りがある人に、それを大事にしろだなんて、そんなの他人に言われなくたって判ってるよね。
余計なお世話だよね?ウザイに決まってるよね?
そんなヘヴィーな話、考えて居たくないに決まってるよね?
生きる覚悟を持てなんて私に言われたって、きっとチャンチャラ可笑しいよね?

いかにスマートに人生の幕を閉じるか、それを考えた方が今の彼には有意義なのかもしれなくて。

・・・でもそれは悲し過ぎて。

でも、それを悲しいと思うのもこちらのエゴかもしれなくて。


どうすればいいのか判らない。


頬を伝う涙の熱さを、ようやく自覚できた。
顎まで伝って冷めて落ちて。
また熱いのが頬に流れて、落ちて。

「私には沖田さんは手強いよ。向こうだってきっと嫌だよ。鬱陶しいに決まってるもん」

「また来ると言ってたぜ?」

「そんなのお愛想に決まってるじゃん」

「そうかな。お前の考え過ぎじゃないのか?」

無神経にむしゃむしゃかりんとうを食べてる。
まだ寝床にうつ伏せに転がってる。

他人事だと思いやがって。

返事をする気も起きなくて、冷たくなって湯呑に残っていたお茶をあおったら、

「もうやめたらどうだ。もともと考え事に向く頭じゃ無ぇんだし」

怒!
うっせーよ!
失礼なヤツだなぁっ。
人がこんなに落ち込んでるって言うのに!

「何よ!あんただって寝ないんだったらさっさと屯所に戻りなさいよ!いつまでゴロゴロしてんのよ、鬱陶しい!そんな格好してたって、私はカノジョじゃないんだから、腰なんて揉んでやらないからねっ!」

と、言い終わるか終わらないうちに・・・突然気がついた!
なんでコイツが用も無いのにここで時間を潰しているか、判っちゃった!

顎先に垂れて冷たくなった涙を掌で拭いながら、

「ちょっとぉ!いい加減に食べるのやめなさいよそれ。無くなるでしょー?」

相手の抱え込んでいる菓子鉢をひったくって、残っていたかりんとうを懐紙に空けて包み、

「はい」

差し出したら怪訝そうな顔をした。

「おゆうさんとこ行くんでしょ?お土産に持ってって」

それでウチに寄ったんだ。
ひと月も江戸に出かけるんだからその前に会いに行こうということなんだ。
その途中で沖田さんに会っちゃって、それで昼寝とかいう展開に偽装したんだ!

「余裕こいてたら夕方になっちゃうじゃん!日が短いんだから時間勿体無いでしょ!今、お風呂沸かすから。入ってくでしょ?」

屯所が間近に引っ越して来て、おいそれと昼間から「隠しカノジョ」(笑)に会いに行くなんていうことはできなくなってしまっているのだ。
平服に着替えたとて人目に立つ。
夕闇に紛れなければ出歩けないが、でもその前に風呂を沸かすなら時間がかかるのだ。
悠長にはしてられん。

「おい・・」

と、相手は何か文句を言おうとしたけど、無視。
照れなくていいのよ、オジサン。
ちゃんと判ってるからvv
デート前にはお風呂使わなくちゃね~。
汗臭かったらフラれちゃうからね~(小夜ちゃん慣れ過ぎ(^^;)。

「お風呂の水、落としてたら大変だったわね。昨日新しくしたから、あんまり汚れてないと思うんだけど・・・」

立ち上がって庭下駄をつっかけた背中に、

「沖田には話しておくぞ」

話を戻した。

どうしてもそうしたいのか。

「あなたがそうしたいなら・・どうぞ」

私は何も言うことは無いけど。

「でも、無理強いはしないでね。あの人は副長の妾が一人きりで居るところへ入り浸ったりする人じゃないと思うし。私は誰にどう言われようと気にしないけどさ」

口さがないのは世の常だし。
スキャンダルにされかねないではないか。

「それであなたが平気ならいいんじゃない?」

風呂に水を足すために井戸端に立つ。
襷掛けをし、手桶にひとつ水を汲んだところで、

「お前はどうなんだ?」

「だから、私はぜんぜん平気・・」

「そうではなくて」

見れば、布団の上に座り込んで肩を回している。
腹ばいになって肘を突いていたので、凝ったのかもしれない。
フクチョーは縁側で毛づくろい中。

「もう、あの男をやり込める気概は無ぇのか?諦めたのかぇ?」

気概・・・と来たね。
何考えてるんだか・・(呆)。

私なんかに何を期待してるんだか知らないけれど、そもそもそんなものを私が担えるとでも思ってるんだろうか。

「諦めるも何も、私はそれしかできませんから」

期待されようがしまいが、それしかできない。
それだけははっきりしてる。

「やり方を変えられるほど器用じゃないですもん。またさっきみたいに面と向って暑苦しいこと言っちゃうかも。それが彼には気の毒だから、ウチになんか来ない方がいいんじゃないかって思ったの」

滑車が回って、釣瓶が井戸へ落ちて行く。
ぱしゃん、と水音がする。

「諦めたわけじゃないんだな?」

しつこいな。

「自分の主張を曲げるつもりは無いです」

例えそれが相手に通じなくて打ちひしがれようとも。
通じないのはきっと、私のやり方が悪いからだ。
凹んでいるのはそのせいだ。

ふん、と鼻を鳴らすのが聞こえた。


引き上げた釣瓶から跳ねた飛沫を避けようと身を捩ったら、却ってバランスを崩して裸足の足に水がかかった。

冷た~!

「ばーか」

すかさず突っ込まれたのが、なぜだか気持ち良くて。

「んなこと言ってると、水風呂に沈めてやるぞクソオヤジィ~!」

後ろ向きで、口の中で言ったつもりが聞こえてたらしい。

「あ~あ~。水風呂はお得意だからな(「鬼あそび《侵入者》」参照)。せいぜい心して入るさ」


・・・くそ。





結局私は、土方さんが何時江戸へ向けて出発したんだか知らないで居た(いつものことだけど)。

彼が居ない間、始めのひと月程は、沖田さんはウチに遊びに来るのを日課にしていた(だんだん体調が悪くなって散歩に出れなくなってしまった)。

でもあれ以降、シリアスな話をするなんてことは無かった。
出かける前に土方さんが期待したような化学変化は起こらなかったってことだ。


でももっと凄い変化が、知らない間に起きていたんだ。

幕府が政権を返上したんだって・・・。
それって、『大政奉還』だよ!
幕府が幕府で無くなったんだ!

・・・たぶん・・・(よく判ってない・汗)。

今のところ具体的には何の変化も無いみたいだけれど、これから世の中がどうなって行くのか・・・見当がつかない。

そりゃ、教科書的には次に来るのは『王政復古』なんだろうけど。
その次は『明治維新』だ(すげぇ)。

でもそんなもの、辛うじて順番を知ってるだけのこと。
実際に何がどうなるかなんて私には皆目判らない。


旅の空の下に居るはずの土方さんなんか、何も判ってないのかも。


ていうかこの時はたぶん、まだ誰にも判ってはいなかったんだ。






           了
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