もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室
ご笑覧下されば幸いです。
・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。
・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室
何故だか知らないけれど、ウチの置き薬は充実している。
別に風邪ではなかったけど、そう言ってしまったからにはフリでもしなければ。
そう思って幸がお風呂の支度をしてくれている間に、薬箱をかき回していたら、『肺』という文字が目に飛び込んで来た。
『肺労喘咳』とある。
効能書きのようだ。
薬袋のタイトルは『虚労散』。
沖田さんは『はいふの病』と言っていた。
照葉と名乗るあの女性は酷い咳をしていた。
『はいふ』の『はい』は肺のことなんだろうとあの時思った。
それはたぶん重い病気のことで、深刻な症状に陥る可能性があるということで・・・。
「何してる?」
ギョッとした。
すぐ横に、大刀を手にし、紋服を着た土方さんが立っている。
まだ寒くもない、気持ちのいい夜だったので縁側を開け放していた。
そこから上がって来たのを気付かなかったのだ。
庭には幸が居たはずだが、おそらく彼女の発した警告をキャッチし損ねた。
つまりはそれだけ夢中になって薬の袋を凝視していたのを・・・見られた。
「ああ・・・あの、この薬はなんだろうと思って・・・」
「虚労散?労咳の薬だな」
羽織を脱ぎながら座敷に入って行く。
開けた視界に、火吹き竹を手にした幸が肩をすくめて見せている。
「ろうがいって何?」
「お前、そんなことも知らんのか?」
「知らない」
ふん、と鼻を鳴らすのが聞こえる。
呆れているのだ。
きっと誰でも知っていることなんだろう。
「肺腑の病さ」
「はいふって?」
「肺臓だな」
はいふ=肺臓=肺ってことか。
予想通りだ。
「それって治るの?」
しゅるしゅると紐を解く音が聞こえている。
「・・・それを訊いてどうする?労咳にでもなったのか?」
・・・う(--;
やばい。
明らかにこちらの質問を不審に感じての切返し。
疑問を解くのに気をとられていて防御が甘くなってた。
「別に。・・・訊いてみただけ」
そう誤魔化したので、そこで話は終わると思った。
なのにどう気が向いたのか、
「労咳はな、治らんぞ。養生すりゃあ永らえるだろうが先は知れてる」
紋服の長着だけを着流して姿を現し、
「死病だからな」
薬の袋を整えるフリをしていた手が止まりそうになってしまう。
見れば、行灯の灯りを映して濡れたように艶めく羽二重が喪服のようにも見え・・。
襖に映る長い影が不吉なもののようにも思えて。
「風邪でも引いたか」
心臓がどきどき言って、声が出ない。
彼は後ろ手で帯結びを直していたようだったが、終えるとすぐ側にしゃがみ込んで私の手にした薬箱を覗き込んだ。
たっぷり塗り込んだ高そうな鬢付けの匂いが香る。
カサカサと音をたてて目当ての袋を探し出し、ほれ、と取り出して見せてから、
「風邪引いたような様子にも見え無ぇが」
間近から見上げられて、顔色を読まれるのではないかと焦った。
「え?・・あ、熱とかは無いんです。なんだかダルくて、ちょっと寒気もするかなぁっていう程度で・・・」
ふぅん、と彼は取り出した袋を元に戻し、またなにやら探し出した。
この人の横顔をこんな間近で見るのは初めてだったと思う。
顔立ちの整った人だし、柔らかな行灯の灯りに縁取られ、眼の動きに合わせて動く長いまつ毛も二重のまぶたもいつもより優しげに見える。
この人は知っているのだろうか。
沖田さんの病気のこと。
知っていて、我々には黙っているだけなのか。
それとも知らないでいるのか。
もし、知らないでいるというなら、事実を知ったときにはどうするのか。
死病と言ったその病に、自分の親しい人間が犯されていると知ったら?
「これだな。葛根湯。こいつの方がいい。寝る前に白湯で飲め」
普段と変わらぬ口調でそう言われ、変わらぬ目線にさらされて我に帰った。
「なんてぇ面だ。忘れずに飲めよ。湯は先に使わせてもらうがな」
選び出した薬の袋をぽいと投げ、湯加減を訊ねに縁側に下りて行く。
ほっとした。
目の前のその人の肩を、抱きしめてあげたい衝動を必死に抑えていたのだ。
そんな自分も信じられない。
副長は土佐藩の要人と祇園で会食のはずだった。
先日の三条大橋の制札事件の下手人が土佐藩の人間であったので、土佐藩側では自藩の人間が悪さをしたために新選組の手を煩わせてしまったので慰労したいという・・・表向きの理由はそうだ。
実際のところは、公武合体を推進する土佐藩としては幕府に唾するような制札事件は藩の意向を理解しない過激派のやったことで、藩の方向性とはなんら関わりが無いよと、言いたいんだろう。
因果関係を否定したいのだ。
新選組に目をつけられたくないからとりあえず接待しとけということなのだ。
そんな会合に呼ばれて行った副長が、こんな早い時間にこんなところへ姿を現すとは思っていなかった。
なので、木戸を入ってきた時は驚いて挨拶の言葉も出て来ない。
「なんだ?化け物でも見たような面だな」
ある意味化け物よりも怖いけどな(^^;
そう答えるわけにもいかないので、
「いえ、あの・・・小夜が調子悪いみたいなので・・」
すると、ほんのちょっとだけ歩みを緩めて、
「そうか。俺は風呂を使いに寄っただけだ。すぐ屯所へ戻る。お前が気を使うことは無い」
そう言いざま、衣擦れの音をさせて縁側から座敷へ上がって行った。
小夜の調子が悪いなら、今夜はここに泊まって行けということなのだろう。
話が簡潔過ぎて小夜に警戒信号を送る間も無いよ(--;
縁側を開け放っていたので、中の様子は見えていた。
一人でささっと羽織袴を脱いで衣桁に掛け、帯結びも手早く直してしまう副長は、やもめ暮らしが長いことをうかがわせてなんだか可笑しい。
何か喋りながらもそれを手伝おうとしない(全く、立つこともしないんだよコイツは!)小夜の様子も、それが日常だとうかがわせて可笑しいったらない。
そんな彼女を咎めもせずに、すぐ横にしゃがみ込み、薬箱を取り返さんばかりにして薬を見てやっている副長の様子には全く屈託が無いし。
こうやって普通に話をしているのを端で見ている限り、この二人は充分睦まじいように見える。
小夜がここに暮らすようになって二年。
結構この二人は似合いなのじゃないかと思う。
そう言うと小夜が怒るので言わないけど。
副長もきっと嫌がるだろうな、そんなこと言ったら(笑)。
ぶつかる時は凄まじいからなぁこの二人(^^;
それでたぶん、お互い相手と自分とが性格的に合わないと思い込んでる。
でもきっと、そうでもないよ。
私はそう思う。
側で見ていてそう思う。
その夜はきっと眠れないだろうと思っていたのに、寝る前に飲んだ薬のせいで体がぽかぽかして、いつの間にか眠れていたっけ。
でもやはり、沖田さんのことが頭の中から離れはしなかった。
私が心配してどうなることでもないはずなのだが。
彼はちゃんと薬を飲んでるみたいだったし。
でも気になる。
彼が病気だということを誰が知ってて誰が知らないのか。
土方さんは?
新選組の幹部には知らされているのか?
幸は?
みんな知ってることなのか?
沖田さん自身はどうなんだろう?
周りに知ってて欲しいのかそうではないのか。
彼は隠しているつもりで周りは知っているのか。
それともひた隠しに隠しおおせているのか。
いったいそれを誰に確認したら良いのか・・・。
ちゃんと医者に診てもらったのかどうかも判らないし。
薬を飲んでると言ったって、売薬を飲んでるだけかもしれない。
ウチにさえ労咳の薬があるくらいだからな。
でも、自己判断なら見立て違いということもある。
もしかしたら労咳じゃないのかもしれないじゃないか。
症状はどうなんだ。
ときどき咳は出ているみたいだけど。
大丈夫なのか。
ちゃんと静養したほうがいいんじゃないか。
「死病だからな」
声のトーンもそのままに耳に残っている。
見ている分には、そんな感じはしないけど。
あの日納戸の奥に居たあの女性と同じ病気、と思うと、胸の中でどんどん不安が広がって行く気がする。
私はこのことを黙っていていいのか・・・?
誰かに相談して、彼を医者に診せて、相応の治療を急がなくちゃいけないんじゃないか?
でも・・・。
それが例え治らない病気だとしても・・・?
沖田さんを傷つけることになっても?
この事を公にするのが正解なのか?
それにしても、誰に相談しろというんだ。
もし、この事実を誰も知らないんだとしたら・・・。
知っているのが私一人なんだとしたら・・・。
鬱々と考えていた。
ぐるぐると考えていた。
そして最終的に気持ちは決まった。
とにかく、沖田さんと接触しなければ。
誰かに相談する前に、本人に会って確かめなければ。
あの時あの場所に私が居て、彼の話を全部聞いていたと知ったら、きっとショックを受けるだろうな。
そんなことを言いふらしたいヤツなんて居ないもの。
でも、だからとてこのまま黙っては居られないじゃないか!
私が彼の味方になってあげればいい!(ハナイキ)。
相談相手には役不足かもしれないけれど、誰も居ないよりは余程いい!(勝手に確信)。
それがもう周知のことで、私ひとりが空回りしているだけなんだとしたら、それはそれで笑って済ませばいいことだしね。
そう思ってはみたものの、沖田さんとコンタクトを取るのは容易なことではなかった。
何しろ幸に気づかれてはいけないのだ。
毎日屯所周りをうろちょろしている幸にだ(うろちょろ言うな!by幸)。
しかも沖田さんにひっ付いてることもしばしばだ。
目立つから来るなと言われた屯所の周りをぐるぐる散歩してみるのも、運良く沖田さん(単体)に出くわさないかなぁと思ったからで。
でも、ダメ。
市中見回りの行き帰りは一人じゃないし、何しろ私自身がその場に長くは張ってられないんだもの。
幸に見つかっちゃう。
アイツは鼻がいいんだよな(笑)。(お前が目立つんだよby幸)
ああどうしようかなぁ。
と、考えあぐねていた時だ、斎藤さんに出会った。
西本願寺をぐるっと一回りウォーキングして帰るところで、もう家のすぐ近くだった。
朝から晴れたり曇ったりで変な天気だと思っていたら、途中でぱらぱらと雨が降って来てしまい、こりゃやばい!と裾を端折って小走りに駆けていた時、
「あ・・・」
と声がした方向を見れば、通り過ぎたばかりの小路の角、すぐ側に、そちらも急ぎ戻る様子の斎藤さん。
「どうしたの?傘無いの?ウチ寄ってく?」
急いでいたので挨拶文は省略(ついでにタメグチになっていることにも気付いてない・爆)。
そりゃあ屯所も近いけれども、その時はウチの方がずっと近かったのだ。
「え?」
聞き返されたけれど、二度も繰り返している暇に濡れてしまう。
近頃私は絹布ぐるみなんだよ。
出かけるときは特にね。
なので着物を濡らしたら大変なのだ。
「早くおいでよ。濡れちゃうよ」
それ以上は誘わなかった。
相手の事情を聞いてる暇なんか無かったんだ。
だって着物の方が大事だったんだもの(^^;
ついて来ないかな?と思ったら、すぐ後について来ていた。
足音がしないのは誰かさんと同じ。
昼寝していたフクチョーを追うように、バタバタと駆け込んで、弾んだ息を整えながら縁側に並んで腰掛け、濡れた足を拭く。
私は息が上がってたから喋れなかったんだけど、そうではないはずの斎藤さんも何故か黙ったままで居る。
なんだか変なシチュエーション。
くすくすと笑い出しながら良く見れば、彼の着ているのはお召しではないか。
「ああっ!その着物濡らしちゃったらダメじゃないですか。足より先にそっちを拭かなくちゃ」
思わず手にした手拭で拭いてあげようとしたらば、
「うわ!何すんだ、アンタ!足拭いた手拭で・・・!」
ざっ!と避けて立ち上がった慌て振りといったら・・・!
そりゃ御指摘通り、私が悪いんだけれどもさ。
反射的に立ち上がった相手もバツの悪い顔。
ごめんなさーいと言いながら、可笑しくてしばらく縁側で笑い転げてました。
「幸は?」
どうも笑い過ぎて凹ましてしまったようで、なかなか喋らないなーと思っていたら、第一声がこれ。
いつもはもっと大人な喋り方なのに、なんだかヘマやった子供みたいにしゅんとしちゃって、またまた可笑しい。
でもまさか、またここで笑えないでしょ。
「今日はなんだか壬生の方へ行くって言ってましたよ。演習見物ですって」
お茶を淹れることにする。
貸してあげる傘が無いわけじゃないけど、どうやらにわか雨っぽいから止むまでの間ウチで雨宿りだ。
「演習?」
この人は胡坐を掻かない。
鉄色の縞の袴をきちんと折って、端然と座る。
遠慮してるのか、火鉢の方へは寄って来ない。
「調練だったかしら?壬生寺で。見物じゃなくて何かのお手伝いなのかも」
「いい加減だな」
私の言ってることが、ってことらしい。
鼻で笑ってるよ。
もう立場逆転しちゃってるよ。
凹みが凸になってるよ。
おいおい。
結構立ち直り早いじゃんか(笑)。
「斎藤さんは行かなくて良いの?」
着物を拭くように手渡した乾いた手拭で、大刀の鞘を拭っている。
その仕草が細かくて丁寧だ。
「聞いてないな。ウチの組は関係無いんだろう。おそらく」
「なんだ、そっちだっていい加減じゃん」
え?と眼を上げたので、お茶を勧めながら、べー、と舌を出してやったら固まった(笑)。
しとしとと、にわか雨とは言えそうになくなってきた空を見上げ、今頃幸も濡れてるかも、とぼんやりしていると、
「先日はあの後、沖田さんと島原へお出ましだったそうですな」
急に思い立ったように敬語になるよねこの人も、と思いつつ、
「そうそう。連れてってもらっちゃった!初めて入っちゃったの、島原!」
言いながら、お茶請けにあられが少し残っていたはずだったなー、と茶箪笥を探す。
「無茶なことをする。副長はご存知なので?」
「何言ってんの。ご存知なわけないじゃん!内緒よ、ナ・イ・ショ!」
有ったv
空いた茶筒に入れてたんだもんね。
湿気を吸って、焼き桐の茶筒の蓋がちょっと固い。
中身も早いとこ食べなくちゃ。
「風邪を引いて帰ってきたとか」
・・・なんでそんなことまで知ってるんだろ?
手が止まる。
「誰に聞いたの?」
「お連れの方に」
誰だそれ?幸か?
「口の軽い方」
ああ・・・っ。
なんだよ~、連れてった本人がバラすなよ~!
思わず手に力が入った。
ぽん!と音がして茶筒の蓋が外れ、あられ煎餅をぶちまけてしまう。
「あ!」
「あーあ・・・」
慌てて拾い集める。
火鉢の中にまで入ってしまい、灰まみれになったのはフクチョーのおやつになった。
「大丈夫でしょう。俺にはそう言っていたが、他の者にはそんなことはない。副長の耳に入るとすればそれは他から流れたものだ」
先日の将棋大会は組長クラスのお遊びで、上層部には内緒だったのだそう。
その理由は、先代の将軍が亡くなって間もないから(おかげで戦争も負け戦っぽいし)。
どんちゃん騒ぎは大っぴらにはできないんだって。
それでも、一仕事終わった後の打ち上げ気分を無理に抑えるのも、隊士の精神衛生上良くないというので、有志で打ち上げをして、その中であんな遊びが始まったというわけらしい。
それは幸から聞いた話。
なので、島原に組長達が集まって遊んでいたのが内緒ってことは、私が遊びに行ったのも内緒ってわけなのだ。
運命共同体ってわけ。
土方さん=副長の耳には届かないはずのことなのだ。
他から(情報が)流れるというのは、他にもっと口の軽いのが居たということなのか、常に監察に見張られているということなのかは判らないけれど。
この人には話したってことだよな。
組長同志だもんね。
年も近いんだしね。
口喧嘩もするけど、仲もいいのかも。
ってことは、だ。
使えるかもしれないんじゃない?
別に風邪ではなかったけど、そう言ってしまったからにはフリでもしなければ。
そう思って幸がお風呂の支度をしてくれている間に、薬箱をかき回していたら、『肺』という文字が目に飛び込んで来た。
『肺労喘咳』とある。
効能書きのようだ。
薬袋のタイトルは『虚労散』。
沖田さんは『はいふの病』と言っていた。
照葉と名乗るあの女性は酷い咳をしていた。
『はいふ』の『はい』は肺のことなんだろうとあの時思った。
それはたぶん重い病気のことで、深刻な症状に陥る可能性があるということで・・・。
「何してる?」
ギョッとした。
すぐ横に、大刀を手にし、紋服を着た土方さんが立っている。
まだ寒くもない、気持ちのいい夜だったので縁側を開け放していた。
そこから上がって来たのを気付かなかったのだ。
庭には幸が居たはずだが、おそらく彼女の発した警告をキャッチし損ねた。
つまりはそれだけ夢中になって薬の袋を凝視していたのを・・・見られた。
「ああ・・・あの、この薬はなんだろうと思って・・・」
「虚労散?労咳の薬だな」
羽織を脱ぎながら座敷に入って行く。
開けた視界に、火吹き竹を手にした幸が肩をすくめて見せている。
「ろうがいって何?」
「お前、そんなことも知らんのか?」
「知らない」
ふん、と鼻を鳴らすのが聞こえる。
呆れているのだ。
きっと誰でも知っていることなんだろう。
「肺腑の病さ」
「はいふって?」
「肺臓だな」
はいふ=肺臓=肺ってことか。
予想通りだ。
「それって治るの?」
しゅるしゅると紐を解く音が聞こえている。
「・・・それを訊いてどうする?労咳にでもなったのか?」
・・・う(--;
やばい。
明らかにこちらの質問を不審に感じての切返し。
疑問を解くのに気をとられていて防御が甘くなってた。
「別に。・・・訊いてみただけ」
そう誤魔化したので、そこで話は終わると思った。
なのにどう気が向いたのか、
「労咳はな、治らんぞ。養生すりゃあ永らえるだろうが先は知れてる」
紋服の長着だけを着流して姿を現し、
「死病だからな」
薬の袋を整えるフリをしていた手が止まりそうになってしまう。
見れば、行灯の灯りを映して濡れたように艶めく羽二重が喪服のようにも見え・・。
襖に映る長い影が不吉なもののようにも思えて。
「風邪でも引いたか」
心臓がどきどき言って、声が出ない。
彼は後ろ手で帯結びを直していたようだったが、終えるとすぐ側にしゃがみ込んで私の手にした薬箱を覗き込んだ。
たっぷり塗り込んだ高そうな鬢付けの匂いが香る。
カサカサと音をたてて目当ての袋を探し出し、ほれ、と取り出して見せてから、
「風邪引いたような様子にも見え無ぇが」
間近から見上げられて、顔色を読まれるのではないかと焦った。
「え?・・あ、熱とかは無いんです。なんだかダルくて、ちょっと寒気もするかなぁっていう程度で・・・」
ふぅん、と彼は取り出した袋を元に戻し、またなにやら探し出した。
この人の横顔をこんな間近で見るのは初めてだったと思う。
顔立ちの整った人だし、柔らかな行灯の灯りに縁取られ、眼の動きに合わせて動く長いまつ毛も二重のまぶたもいつもより優しげに見える。
この人は知っているのだろうか。
沖田さんの病気のこと。
知っていて、我々には黙っているだけなのか。
それとも知らないでいるのか。
もし、知らないでいるというなら、事実を知ったときにはどうするのか。
死病と言ったその病に、自分の親しい人間が犯されていると知ったら?
「これだな。葛根湯。こいつの方がいい。寝る前に白湯で飲め」
普段と変わらぬ口調でそう言われ、変わらぬ目線にさらされて我に帰った。
「なんてぇ面だ。忘れずに飲めよ。湯は先に使わせてもらうがな」
選び出した薬の袋をぽいと投げ、湯加減を訊ねに縁側に下りて行く。
ほっとした。
目の前のその人の肩を、抱きしめてあげたい衝動を必死に抑えていたのだ。
そんな自分も信じられない。
副長は土佐藩の要人と祇園で会食のはずだった。
先日の三条大橋の制札事件の下手人が土佐藩の人間であったので、土佐藩側では自藩の人間が悪さをしたために新選組の手を煩わせてしまったので慰労したいという・・・表向きの理由はそうだ。
実際のところは、公武合体を推進する土佐藩としては幕府に唾するような制札事件は藩の意向を理解しない過激派のやったことで、藩の方向性とはなんら関わりが無いよと、言いたいんだろう。
因果関係を否定したいのだ。
新選組に目をつけられたくないからとりあえず接待しとけということなのだ。
そんな会合に呼ばれて行った副長が、こんな早い時間にこんなところへ姿を現すとは思っていなかった。
なので、木戸を入ってきた時は驚いて挨拶の言葉も出て来ない。
「なんだ?化け物でも見たような面だな」
ある意味化け物よりも怖いけどな(^^;
そう答えるわけにもいかないので、
「いえ、あの・・・小夜が調子悪いみたいなので・・」
すると、ほんのちょっとだけ歩みを緩めて、
「そうか。俺は風呂を使いに寄っただけだ。すぐ屯所へ戻る。お前が気を使うことは無い」
そう言いざま、衣擦れの音をさせて縁側から座敷へ上がって行った。
小夜の調子が悪いなら、今夜はここに泊まって行けということなのだろう。
話が簡潔過ぎて小夜に警戒信号を送る間も無いよ(--;
縁側を開け放っていたので、中の様子は見えていた。
一人でささっと羽織袴を脱いで衣桁に掛け、帯結びも手早く直してしまう副長は、やもめ暮らしが長いことをうかがわせてなんだか可笑しい。
何か喋りながらもそれを手伝おうとしない(全く、立つこともしないんだよコイツは!)小夜の様子も、それが日常だとうかがわせて可笑しいったらない。
そんな彼女を咎めもせずに、すぐ横にしゃがみ込み、薬箱を取り返さんばかりにして薬を見てやっている副長の様子には全く屈託が無いし。
こうやって普通に話をしているのを端で見ている限り、この二人は充分睦まじいように見える。
小夜がここに暮らすようになって二年。
結構この二人は似合いなのじゃないかと思う。
そう言うと小夜が怒るので言わないけど。
副長もきっと嫌がるだろうな、そんなこと言ったら(笑)。
ぶつかる時は凄まじいからなぁこの二人(^^;
それでたぶん、お互い相手と自分とが性格的に合わないと思い込んでる。
でもきっと、そうでもないよ。
私はそう思う。
側で見ていてそう思う。
その夜はきっと眠れないだろうと思っていたのに、寝る前に飲んだ薬のせいで体がぽかぽかして、いつの間にか眠れていたっけ。
でもやはり、沖田さんのことが頭の中から離れはしなかった。
私が心配してどうなることでもないはずなのだが。
彼はちゃんと薬を飲んでるみたいだったし。
でも気になる。
彼が病気だということを誰が知ってて誰が知らないのか。
土方さんは?
新選組の幹部には知らされているのか?
幸は?
みんな知ってることなのか?
沖田さん自身はどうなんだろう?
周りに知ってて欲しいのかそうではないのか。
彼は隠しているつもりで周りは知っているのか。
それともひた隠しに隠しおおせているのか。
いったいそれを誰に確認したら良いのか・・・。
ちゃんと医者に診てもらったのかどうかも判らないし。
薬を飲んでると言ったって、売薬を飲んでるだけかもしれない。
ウチにさえ労咳の薬があるくらいだからな。
でも、自己判断なら見立て違いということもある。
もしかしたら労咳じゃないのかもしれないじゃないか。
症状はどうなんだ。
ときどき咳は出ているみたいだけど。
大丈夫なのか。
ちゃんと静養したほうがいいんじゃないか。
「死病だからな」
声のトーンもそのままに耳に残っている。
見ている分には、そんな感じはしないけど。
あの日納戸の奥に居たあの女性と同じ病気、と思うと、胸の中でどんどん不安が広がって行く気がする。
私はこのことを黙っていていいのか・・・?
誰かに相談して、彼を医者に診せて、相応の治療を急がなくちゃいけないんじゃないか?
でも・・・。
それが例え治らない病気だとしても・・・?
沖田さんを傷つけることになっても?
この事を公にするのが正解なのか?
それにしても、誰に相談しろというんだ。
もし、この事実を誰も知らないんだとしたら・・・。
知っているのが私一人なんだとしたら・・・。
鬱々と考えていた。
ぐるぐると考えていた。
そして最終的に気持ちは決まった。
とにかく、沖田さんと接触しなければ。
誰かに相談する前に、本人に会って確かめなければ。
あの時あの場所に私が居て、彼の話を全部聞いていたと知ったら、きっとショックを受けるだろうな。
そんなことを言いふらしたいヤツなんて居ないもの。
でも、だからとてこのまま黙っては居られないじゃないか!
私が彼の味方になってあげればいい!(ハナイキ)。
相談相手には役不足かもしれないけれど、誰も居ないよりは余程いい!(勝手に確信)。
それがもう周知のことで、私ひとりが空回りしているだけなんだとしたら、それはそれで笑って済ませばいいことだしね。
そう思ってはみたものの、沖田さんとコンタクトを取るのは容易なことではなかった。
何しろ幸に気づかれてはいけないのだ。
毎日屯所周りをうろちょろしている幸にだ(うろちょろ言うな!by幸)。
しかも沖田さんにひっ付いてることもしばしばだ。
目立つから来るなと言われた屯所の周りをぐるぐる散歩してみるのも、運良く沖田さん(単体)に出くわさないかなぁと思ったからで。
でも、ダメ。
市中見回りの行き帰りは一人じゃないし、何しろ私自身がその場に長くは張ってられないんだもの。
幸に見つかっちゃう。
アイツは鼻がいいんだよな(笑)。(お前が目立つんだよby幸)
ああどうしようかなぁ。
と、考えあぐねていた時だ、斎藤さんに出会った。
西本願寺をぐるっと一回りウォーキングして帰るところで、もう家のすぐ近くだった。
朝から晴れたり曇ったりで変な天気だと思っていたら、途中でぱらぱらと雨が降って来てしまい、こりゃやばい!と裾を端折って小走りに駆けていた時、
「あ・・・」
と声がした方向を見れば、通り過ぎたばかりの小路の角、すぐ側に、そちらも急ぎ戻る様子の斎藤さん。
「どうしたの?傘無いの?ウチ寄ってく?」
急いでいたので挨拶文は省略(ついでにタメグチになっていることにも気付いてない・爆)。
そりゃあ屯所も近いけれども、その時はウチの方がずっと近かったのだ。
「え?」
聞き返されたけれど、二度も繰り返している暇に濡れてしまう。
近頃私は絹布ぐるみなんだよ。
出かけるときは特にね。
なので着物を濡らしたら大変なのだ。
「早くおいでよ。濡れちゃうよ」
それ以上は誘わなかった。
相手の事情を聞いてる暇なんか無かったんだ。
だって着物の方が大事だったんだもの(^^;
ついて来ないかな?と思ったら、すぐ後について来ていた。
足音がしないのは誰かさんと同じ。
昼寝していたフクチョーを追うように、バタバタと駆け込んで、弾んだ息を整えながら縁側に並んで腰掛け、濡れた足を拭く。
私は息が上がってたから喋れなかったんだけど、そうではないはずの斎藤さんも何故か黙ったままで居る。
なんだか変なシチュエーション。
くすくすと笑い出しながら良く見れば、彼の着ているのはお召しではないか。
「ああっ!その着物濡らしちゃったらダメじゃないですか。足より先にそっちを拭かなくちゃ」
思わず手にした手拭で拭いてあげようとしたらば、
「うわ!何すんだ、アンタ!足拭いた手拭で・・・!」
ざっ!と避けて立ち上がった慌て振りといったら・・・!
そりゃ御指摘通り、私が悪いんだけれどもさ。
反射的に立ち上がった相手もバツの悪い顔。
ごめんなさーいと言いながら、可笑しくてしばらく縁側で笑い転げてました。
「幸は?」
どうも笑い過ぎて凹ましてしまったようで、なかなか喋らないなーと思っていたら、第一声がこれ。
いつもはもっと大人な喋り方なのに、なんだかヘマやった子供みたいにしゅんとしちゃって、またまた可笑しい。
でもまさか、またここで笑えないでしょ。
「今日はなんだか壬生の方へ行くって言ってましたよ。演習見物ですって」
お茶を淹れることにする。
貸してあげる傘が無いわけじゃないけど、どうやらにわか雨っぽいから止むまでの間ウチで雨宿りだ。
「演習?」
この人は胡坐を掻かない。
鉄色の縞の袴をきちんと折って、端然と座る。
遠慮してるのか、火鉢の方へは寄って来ない。
「調練だったかしら?壬生寺で。見物じゃなくて何かのお手伝いなのかも」
「いい加減だな」
私の言ってることが、ってことらしい。
鼻で笑ってるよ。
もう立場逆転しちゃってるよ。
凹みが凸になってるよ。
おいおい。
結構立ち直り早いじゃんか(笑)。
「斎藤さんは行かなくて良いの?」
着物を拭くように手渡した乾いた手拭で、大刀の鞘を拭っている。
その仕草が細かくて丁寧だ。
「聞いてないな。ウチの組は関係無いんだろう。おそらく」
「なんだ、そっちだっていい加減じゃん」
え?と眼を上げたので、お茶を勧めながら、べー、と舌を出してやったら固まった(笑)。
しとしとと、にわか雨とは言えそうになくなってきた空を見上げ、今頃幸も濡れてるかも、とぼんやりしていると、
「先日はあの後、沖田さんと島原へお出ましだったそうですな」
急に思い立ったように敬語になるよねこの人も、と思いつつ、
「そうそう。連れてってもらっちゃった!初めて入っちゃったの、島原!」
言いながら、お茶請けにあられが少し残っていたはずだったなー、と茶箪笥を探す。
「無茶なことをする。副長はご存知なので?」
「何言ってんの。ご存知なわけないじゃん!内緒よ、ナ・イ・ショ!」
有ったv
空いた茶筒に入れてたんだもんね。
湿気を吸って、焼き桐の茶筒の蓋がちょっと固い。
中身も早いとこ食べなくちゃ。
「風邪を引いて帰ってきたとか」
・・・なんでそんなことまで知ってるんだろ?
手が止まる。
「誰に聞いたの?」
「お連れの方に」
誰だそれ?幸か?
「口の軽い方」
ああ・・・っ。
なんだよ~、連れてった本人がバラすなよ~!
思わず手に力が入った。
ぽん!と音がして茶筒の蓋が外れ、あられ煎餅をぶちまけてしまう。
「あ!」
「あーあ・・・」
慌てて拾い集める。
火鉢の中にまで入ってしまい、灰まみれになったのはフクチョーのおやつになった。
「大丈夫でしょう。俺にはそう言っていたが、他の者にはそんなことはない。副長の耳に入るとすればそれは他から流れたものだ」
先日の将棋大会は組長クラスのお遊びで、上層部には内緒だったのだそう。
その理由は、先代の将軍が亡くなって間もないから(おかげで戦争も負け戦っぽいし)。
どんちゃん騒ぎは大っぴらにはできないんだって。
それでも、一仕事終わった後の打ち上げ気分を無理に抑えるのも、隊士の精神衛生上良くないというので、有志で打ち上げをして、その中であんな遊びが始まったというわけらしい。
それは幸から聞いた話。
なので、島原に組長達が集まって遊んでいたのが内緒ってことは、私が遊びに行ったのも内緒ってわけなのだ。
運命共同体ってわけ。
土方さん=副長の耳には届かないはずのことなのだ。
他から(情報が)流れるというのは、他にもっと口の軽いのが居たということなのか、常に監察に見張られているということなのかは判らないけれど。
この人には話したってことだよな。
組長同志だもんね。
年も近いんだしね。
口喧嘩もするけど、仲もいいのかも。
ってことは、だ。
使えるかもしれないんじゃない?
スポンサードリンク