もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室 

葬儀に係わることは全て山崎さんがやってくれて、私等はただ、親族代わりに参列しただけ。
参列者が誰も居ないんじゃかわいそうだから。
お墓も無いんじゃ、いつでも好きなときに来て拝むってわけにも行かないし。

『真明院照誉貞相大姉』

ってのがテルちゃんの戒名。
意味は判らないけど、ちゃんと「照」の字が入ってるv

位牌とお骨は光縁寺に預かっていて、お寺の帳簿には「沖田氏縁者」って肩書が入れられたそうだ。
「沖田氏妻」でいいじゃんねぇ?
正式に結婚してなくったって内縁の妻ってことでさ。

まーた、あの判らず屋のクソオヤジが反対したらしいんだよな。
ムカツクよね。

お墓くらい立てたっていいじゃん。
俗名「沖田 照」ってさー、入れてあげればいいじゃん?
それがなんでいけないのか良く判らない。
身分違いがいけないのか新たにお墓を立てるのがいけないのか。

元遊女を沖田さんの奥さんとは認めないっていうんならさー、テルちゃんはテルちゃんとして個人のお墓にすりゃあいいじゃんねぇ?
それなら立てたって良いんでしょ?
なんで駄目なのさ?
そういうことをちゃんと説明してくれないよね、あのオヤジは。

文句を言いたくても近頃は忙しいらしくてほとんど顔も見ない。

ま、それはそれでラッキーだけど(爆)。

それに、それもこれも、沖田さんが全て了解済みならそれでいいし。

テルちゃんが愛されてるって判ったし。
一緒のお墓に入りたいって言ってたし・・・。

・・・究極の愛だなっvvv
イキナリ見直したよ沖田さんのこと!
端からは判らなかったけど、本人同志は結構愛し合っていたんだなぁぁぁ~vvv(←脳ミソとろけ中)。


オシャレしてどこかに出かけることも、美味しい物を食べに行くことも、最後の方はお喋りさえできなくなっちゃったけど、テルちゃん、それでも結構幸せだったかなぁ・・・。

あっという間に逝っちゃったけど、何かもっとしてあげられることは無かったかなぁ。

そんなこと、今更考えてもどうしようもないけど。
もう、何もしてあげられないけど。





「こんな時にこんなこと言うのも何やけど、小夜はんはホンマにきれぇにならはりましたなぁ」

初七日の仏事が終わった寺の境内で、満開の卯の花の群れに体を埋めるようにして道草を食っている小夜の姿を、山崎さんが目を細めて見ていた。

言われて、そうかな?と振り返る。

どこも普段と変わりないのに、大人びて見えるのはきっと「こんな時」だからだ、と思う。
いつもならくるくると変わる表情もさすがに落ち着いているし。

小夜ってもともとあっさり系の顔つきなんだよね。
唯一目の表情が強いだけで。
だから、笑っていないと寂しげに見える。
瞼を伏せると憂いが出るし。

割り島田に飾り物は一切無し。
甕覗きの単に、黒喪の帯。
素足に下駄。
丈の高い薄い体に、襟元の生成りの半襟が僅かにはんなりと見えて。

朝顔の花のような薄い水色の着物をまとって、シンプル&コンパクトな結髪が良く似合う。
白い花に紛れて、まるで雪に埋もれているように見える。

雪に咲く朝顔?
なんだか幻想的な取り合わせだな。
憂いを含んだ横顔も・・・。

と、ひとがせっかく感心してたのに、

「これさー、一枝折ってっちゃおか?持って帰っちゃダメかな?」

不意にこちらに向き直って二カッと笑って見せたりする顔が・・・(--;
イタズラに取っかかる寸前の悪ガキみたいだよ(ってか、そのまんまだな・苦笑)。

さっきまでのノーブルな雰囲気(!)が一瞬にして吹き飛んで、もう台無しっ。

「折って・・ってアンタそんな勝手に」

花泥棒ならそれらしく静かにやれ(爆)。

「ダメかなー?っていうか、もう咲ききってるかぁ。どうせお持ち帰りするならこっちの、これから咲きそうな・・・」

と、今度は咲きかけのピンクの花に吸い寄せられて行く。
山崎さんが慌てた。

「あかん!小夜はん、その花触らはったらあきません!夾竹桃でっせ。夾竹桃いうたらアンタ、毒花や。ヘタに触らはってぽっくり行きよったらエライこっちゃ」

夾竹桃って薬にも毒にもなるというのは聞いた事があるが・・・。

忘れかけた疑問が再び蘇る。


小夜の家の納戸には薬屋の道具が保管してある。
薬箱には本物の薬が。
使いようによっては毒薬ともなるものが。

山崎さんはそれを自由に扱え、調合できる人だ。

照葉さんの看病で小夜は家を空けることが多かったし、納戸の荷物の管理も細かいところまでは行き届いていなかったかも。

ってことは・・・。

「・・照葉さん、・・・病気で亡くなったんですよねぇ・・?」

口にしてしまったのは相手への甘えか、周りに誰も居ないという油断からだったのか。

いや、やはりどうしても、一度抱いた疑問を飲み下しきれずに吐き出してしまったってだけだ。

山崎さんの横顔にほんの一瞬、緊張が走ったように見えた。

小夜の方に向いていた視線がゆっくりとこちらを向き、

「・・・いかにも」

それから、私の顔色を確認するぐらいの時間を置いて、

「仰る通りです」

小首を傾げ、染み入るような笑顔を見せた。

それは茶化す風でもなんでもなくて・・・。

彼はきっと、最初から私のこの疑問に気付いていたんだ。
その答えを今、こうして答えることが出来て・・・ホッとしている。

そう思わせる笑顔だった。

だからもう、それ以上は訊かなかった。
その笑顔を信じれば良いのだと判ったから。
それ以外の答えは無いのだと、得心したから。


カツカツと下駄の音がして、

「こわ~!死にたくない~!」

と小夜が半分おどけて我々の脇を走り抜けて行く。
元気がいい。

照葉さんが亡くなってまだ六日。
それでももう、引きずるものは無いと見えた。

乾き残した道端の水溜りをぴょんと跳び越して、振り返った唇が尖がってる。

「早くぅ。何してんのよー。沖田さんとこ行くんでしょ?途中で水羊羹買ってくんだからー。アタシお金持ってないんだからさー・・」

・・・おいこら。
お前、少しは落ち込めよ(--;



死に目に会えずに心残りはないかと沖田さんに問われて、小夜は水羊羹を頬張ったまま、

「じぇんじぇん」

と答えた。

「わらひはさー、テルしゃんの側に沖田さんが居てくれららしょれれ良かったもん」

そこでようやく口の中のものをごっくんと飲み下し、

「最後にテルちゃんの声を聞いたのはー・・・亡くなる十日も前だったかな。そん時に言いたいことは伝わったから。・・・だからたぶん、大丈夫」

喋りの途中から急にトーンダウンした。
口元をきゅっと締めて、目を瞬かせた。

思い残すことは無い、と、小夜も自分に言い聞かせている。





「おおきになァ」

とテルちゃんは言ったのだ。


苦しい息の合間に、

「小夜ちゃん、お家へ帰らんでええのン?叱られへんの?」

まるで小さい子供に言うみたいだった。

もう時間の感覚も無かったに違いない。
途切れ途切れの意識の中で、その日顔を出したばかりの私にそう言った。

いいのよ、と頷くと、

「堪忍どっせ。ウチのせいで毎日毎日・・・」

「何言ってんのよ。友達じゃない。来ないでと言われない限り毎日来るのに決まってるじゃん」

熱に浮かされて、汗みずくの額に後れ毛を張り付かせているのを拭いてやる。
すると彼女はうふふ、と微笑って、

「せやったなァ。ウチ等、『ともだち』いうんやった」

浅い息を何度か繰り返して一生懸命呼吸を整え、

「そんなら、今度生まれて来た時もどうぞ、照葉をご贔屓に」

満足げに笑った後、喋り疲れたのだろう、ふう、と溜息をついて目を閉じた。

今度は何を言ってるの、とは言えなかった。
言おうとは思ったけど、言うより先に熱いものが喉に詰まって声が出なかった。

こんな状態でも周りを気遣って茶目っ気を忘れないのが・・・切なかった。
苦しい、死にたくない、と言われた方がいっそ楽だと思った。


言葉を交わしたのはあれが最後だ。
次に意識が戻った時はもう、声も出せなかったから・・・。





テルちゃんの四十九日を数える頃、新選組の屯所がウチのごくごく近くに引っ越してきた(汗)。
新築の屯所はまるで大名屋敷みたいだって、大名屋敷に入ったことも無い幸が言ってた(笑)。

沖田さんは仕事に復帰できたみたいだった。
ていうか、新しい屯所に入れてあげたいという、トップの意思が働いたのかも。

テルちゃんが亡くなって、私とはまた接点も無くなって、彼の様子は幸に尋ねるしか無くなった。

屯所が近くなったんだし遊びに来てくれりゃ良さそうなものだけど、彼が来ればたぶんテルちゃんの話になっちゃうだろうから、もしかしたらそれを避けているのかもしれない。
私もなんだかその方が気が楽だったし。

彼女が亡くなった時は緊張の糸が途切れたように妙にほっとしたものだったけど、時間が経つにつれもっと何かしてあげられたんじゃないかとそればっかり考えてしまう。
沖田さんの顔を見たら余計そうかも。

寝てるからって毎日浴衣ばかり着せちゃったけど、そんなこと気にしないでちゃんと着物を着せてあげれば良かったとか、髪もちゃんと結ってあげた方が良かったかなとか、そしてやっぱり、島原に帰してあげれば良かったのかなとか・・・。

元気付けようと面白おかしい話ばかりしてしまって、楽しげだからそれでいいんだと思い込んでて・・・。
もっともっと、彼女自身の話を聞いてあげれば良かった。

彼女が本当にしたかったことって何だったんだろう?
それを叶えてあげることは私にはできたんだろうか。


死にたくない、とは一言も言わなかった。
少なくとも私の前では。

沖田さんには言えたのかな。

私等に纏わりつかれて嫌じゃなかったろうか。
もっと静かにしていたかったかな。
却って気を遣わせていたのかな。

私はそんな彼女のためにいったい何ができたろう。




「私、何かの役に立ったかなぁ・・・」

ぽつり、と、小夜が呟いた。

縁側に腰掛けて、下駄を突っかけた足をぶらぶらさせている。
この夏最初の入道雲の湧き上がる空を見上げ、ぼんやりと団扇を使っている。
照葉さんのために自分は役に立ったかと、誰とも無く問うている。

何を言ってるんだ、と私は思う。
まったく、欲張りなヤツだと。

最初の目的は照葉さんを島原から出すことだったじゃないか。
その次は沖田さんと一緒に暮らさせることで、その次は彼に看取らせることで・・・。

その間にアンタは何をしたのさ。
パーティやって、お喋りして、お針して遊んで、およそ走り回ること以外は何でもさせてあげたじゃないか。
普通以上に友達付き合いしてたじゃないか。

そんなことを綺麗さっぱり忘れて、それ以上を望むんだからキリが無い(苦笑)。


でも、仕方が無いな、とも思う。
自分のことは自分では見えにくいものだ。

きっと、あれからずっと彼女は自分自身に問うているのだ。
足を前に踏み出せないでいる。
それだけ彼女にとって照葉さんの死は大きな出来事だったのだ。
それは判らないではない。

でも。

お前、少しは学習しろよ。
同じ所で足踏みなんかしてられないだろ?
生きているならどんな形でも前に進まなきゃ、死んだ者が恨むだろうが。




「そんなの、関係無いじゃん」

と、私の独り言に、足元から答えが返った。
幸だ。

彼女は軒下の僅かな日陰にタライを持って来て、縁側の踏み石に腰をかけ、引越しの手伝いで汗みずくになった木綿の長着を丸洗い中。
こちらに背を向け、襷掛けの赤いバッテン(私の腰紐を貸しましたv)にポニーテールが揺れているのが無駄にかわいい(苦笑)。

「関係無いって?」

そう聞き返すと、彼女は手を止める様子も無く、洗濯板に洗濯物を擦りながらごくあたり前にこう言ったんだ。

「だって友達でしょ?役に立つか立たないかなんて関係無いじゃん」

・・・・。

ぱん!と目の前で手を叩かれて催眠術から覚めたみたいな衝撃だった。

・・・ああ。
そうか。

そうだよね。

そんな当たり前のことに思い至らないなんて、私はなんてバカだろう。

テルちゃんに「友達」という言葉を教えたのは私なのに。
それなのに・・・。

幸の言葉は続いた。

「友達なんて一緒に居て楽しけりゃそれでいいんじゃないの?」


何か無性に救われた気がした。

テルちゃんのことで慰めてくれているのもありがたかったけど、私のこともそう思ってくれているのかと思ったら尚更ありがたくて。
涙が出て来た。

何も答えられない間を何と思ったか、幸はようやく手を止めて額の汗を拭い様、肩越しに首だけこちらを振り向く。

「それともアンタまさか、役に立つかどうかで友達選んでた?」

チロリと横目で睨んでる。
でも口の端が笑ってるから、それが照れ隠しのツッコミだとはすぐ判る。




「幸ぃ~」

どん!と後から抱きつかれて、・・・とういうよりは上から乗っかかられて、

「おわ!ちょちょちょちょっ・・・と!」

タライに膝から突っ込んじゃって、もう、袴びしょびしょ・・・。

「あーあ・・・」

立ち上がろうとしてるのに、

「幸、大好きv」

そんな、ひし!と抱きつかれても・・・(--;

「やめれ~暑い~」

騒いでたら、庭の藪柑子の繁みの中で涼んでいたフクチョーまでがトコトコ寄って来るわけだな(遊んでると思ってるんだよねv)。

「離れろ~!お前ら暑苦しぃー!」

小夜はこの時点でもう既にこの状況を面白がってて、私をタライに沈めようと全体重をかけて来ていた。
それが可笑しくて、笑いながら逆襲!
タライの水をかけてやったら、そこから先はわーわーきゃーきゃー大騒ぎだ。
二人と一匹、濡れ鼠になるまで水遊び。

腹筋が痛くなるほどゲラゲラ笑い合えることの幸せを、たぶん、小夜も感じていたに違いない。


気がつけば、入道雲が夕陽に照らされて、半分オレンジ色に染まっていた。
風呂場の脇に丈高く咲いていた白い木槿(むくげ)の花が、一日の寿命を終えてしぼみかけている。



慶応三年、夏。

怒涛のような時代の流れに飲み込まれる寸前の夢のような時間を、私達はようやく卒業しようとしていた。




-了-

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