もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室 

江戸時代の桜って、結構暖かくなってから咲く。
それでも暦の上では三月ももう下旬。
京都の桜はもう見頃を過ぎようかというところだ。

朝ご飯を食べながら、お花見に行きたいなぁと呟いたら、幸が気を利かして山崎さんにかけ合いに行ってくれた。

縁側に腰をかけて、髪を梳く。

春の陽射しの下、そよ風になぶられた洗い髪はもう半分乾いて、膝の上で昼寝をしていたフクチョーが毛先にじゃれ始める。
分け目の癖がつくと髪結いのお夏さんに叱られるので、前髪の部分だけは先に頭頂で結わえておく。
これだけはなんとか鏡無しで出来るようになった。


元結の余ったのを鋏で切ったところで、木戸が鳴ったので幸だと思った。

「おかえりぃ」

顔を上げると違った。

そういえば足音が無かったな。
幸なら下駄の音がするはずなんだ。

鋭い一瞥をくらって、笑顔を途中で引っ込める。
この仏頂面、半月ぶりくらいに見た・・・。

あの日、つまり山南先生の初七日以来だ。
あれからこの人は一度もこの家に来てはいなかったのだ。
気が向いた・・・というには不機嫌そうだし。

私のすぐ横を無言のまますり抜けて行くその人は藍色の綿服に黒の紋付。
なんだか・・・線香?お香臭い。

腰から大刀だけ外し、部屋に入るなり羽織を脱いで軽装になった。
脱いだ羽織は軽く畳んで部屋の隅の衣桁に掛ける。

それで・・・もう出て行くみたい。
また縁側に出てきて大刀を腰に差し直す。

「帰りにはまた寄るが、その後は当分来られん。明日から出かける。何かあったら山崎に言え」

こちらを見ずに、まっすぐ前を見ながら言う。

目の前の、男の人にしてはすんなりと白くてキレイな指が、まるで独立した別の生き物のように勝手に動いて、刀の下げ緒を袴の紐に通している。


「四十九日には帰って来るの?」

私も、相手の顔を見ずに言ってみる。
履物を揃える間を、返事を待つ時間に替えて。

「何の話だ」

・・・とぼけた。

やはりそのことには触れたくないらしい。
でも、落ち縁の上の紺足袋の指に、ぎゅっと力が入ったのをしっかり見てしまいましたよ。
悪いけど。

「山南先生の四十九日よ。来月の半ばくらいでしょ?」

返事が無い。
見上げると、

「さあな」

表情は硬いまま。
下から見上げても睫毛が長いよ、このオジサンたらまったく。

雪駄に足を入れて、そのまま話を無視して出かける気だ。

意固地だな。
私の倍近く年食ってるくせに。
こっちから歩み寄らなきゃ、どうなんだ?

「お参りしとくよ」

足が止まった。
でも、それでなんだか判ったような気がしたんだ。
やっぱりこの人も、気にしてたんだって。

「あの時のあなたのやり方に納得いったわけじゃないわ。でも、山南先生が死んじゃったのはあなたも不本意だったんでしょ?」

「今更その話を蒸し返してどうする」

この時はきっと本当に、彼にとっては思いがけない展開だったんだ。
鼻で笑うことも忘れているみたいだった。

「私、部外者だったわ」

膝の上のフクチョーは、あまりいじられるのが好きじゃない。
抱き上げて、アゴの下を掻いてやろうとしたら逃げてった。
それを黙って見ている。

「つまり山南先生とはそれほど口を利いたことはなかったってことよ。優しい人だったとは思うけど、それ以上のことは知らない」

あれから私もいろいろ考えたんだよね。
だって考える暇はいくらでもあったからさ。

「山南先生のことは私なんかよりは幸の方が良く知ってると思う。その幸が何も言わないのよ。あなたを悪く言わないの。それって部外者には判らない何かがあったってことでしょ?」

黙って聞いていたオジサンがそこでようやくせせら笑った。

「さあな。勝手に勘ぐりたけりゃそうすればいい」

歩き出しかけた。
その背中に続ける。

「仲間内の事情を詮索してどうこう言うつもりは無いの。私はあんた達の仲間に入りたい訳じゃないし。でも、あの時私が言い過ぎたって事は、私にも判るわ」

「ふん。殊勝なこったな」

「茶化さないでよ。訳も判らずぎゃあぎゃあ言って悪かったって言ってるのよ」

「ほお。そうかえ?」

気まぐれと取られても仕方ない。
あの時はあんな剣幕だったしな。

「なにしろ興奮してたからね。だってそりゃあ親しいって程じゃないにせよ、知ってる人が切腹!・・・なんて聞いたらさ・・・」

最初はピンと来なかったけど。
・・・ピンと来る方がおかしいか。

「自分の知ってる人が死ぬなんてこと、生まれて初めてだったのよ。それだけでもショック・・・驚いたのに、切腹なんて・・・。病気で死ぬとか事故で死ぬなら判るけど。死ななくて良かったんじゃん、って思ったら腹が立って来て。誰に当たっていいのか判んなくて・・・」

きっとそうなんだ。
誰かに当たらないと治まらなかったんだ。
あの時この人に当たらなきゃ、まだまだずっと引きずったままだったんだ。きっと。

「お墓参りの邪魔もしちゃったし・・・。だからあなたの居ない間、私がお参りしてあげる」

「お前に“してあげる”と言われる筋合いも無ぇがな」

間髪入れずに突っ込みだ。
笑。

「そうね。じゃあ命令してよ。四十九日には必ず墓参りに行けって」

するとようやく気持ちが動いたのか、初めてこちらを見た。
でも真顔。

「あ!お経は無理よ。そういうの私全然知らないから。お寺の宗派とか全然知らないし。字を書くのもダメ」

眉に皺が寄って、何か言いたげ。
要らぬ噂を聞き及んでは困るとでも思っているのか。

「ひとりでは出歩かないから大丈夫。また幸に一緒に行ってもらうから。仮に誰かに何か言われたって私は全然平気だし」

「そうかえ?」

突っ込む。

「まあ・・・たぶん・・・。言われて黙っては居ないと思うけどさ」

へへへ。
でも幸が一緒ならきっと仲裁に入ってくれるでしょう。

「ああ、あなたに頼まれてお参りに来たとは誰にも言わないから安心していいよ。そんなことが人に知れるのは嫌でしょ?あと他になにか伝言ある?」

「伝言?」

「墓前に」


一瞬、呆けたような顔をした。
返事が出ない。

「・・・歌でも唄って来よっか?」

首をすくめて見せた。
自ら茶化しちゃいけないな。
でも、笑わない彼の目の色になんだか胸が詰まって、殊更おちゃらけに逃げてしまったんだ。

「どうしてそれ程気に掛ける?俺はヤツを切腹に追い込んだ張本人なのだぜ?」

ふいに話がマジになる。
それで、それがこの人の傷になっていることも判ってしまう。

「でも、山南先生を死なせたくは無かったんでしょ?」

「だから何故そう思うのだ?」

どこからくっつけて来たのか白く小さな、きっと桜の花びら。
こちらに向き直った結髪の鬢(びん)にとまってる。

「だってあなたあの時本気で怒ってたじゃない」

怪訝そうに再び眉間に皺が寄ったのは、私が立ち上がって手を伸ばしたからか。

「自分の思い通りに行ったんなら怒る必要なんて無いもの」

髪についた花びらをつまむ。
やっぱり桜だー。
髪油のせいで人差し指にくっついたほんのり淡いピンク色の花びらを目の前に見せても、口元をへの字にして私と人差し指を交互に睨んでいる。

「本気かどうかなんてどうやって判る?」

なんだか可笑しかった。
よっぽど自分を悪人にしたい人なんだな。
弁護してあげてるのに、必死で食い下がって来る。
しかもその可笑しさに気付いてない!笑。

「そんなのすぐ判るよ」

笑ってしまっているのを隠せない。
人差し指の先の桜の花びらを吹きながら、

「私も本気で怒ってたから」

・・・テンションが同じだったんだ。
一瞬だったけど、私達はあの時、同じテンションで故人を惜しんでいたよね。

こちらを見ている土方さんの目の色が、柔らかくなった気がした。
そう。そんな気がしただけだ。

ふん、と彼は鼻を鳴らし、

「ばーか。そんなんで答えになるか」

ぷいと踵を返したってのが事実。

そうだな。答えにはなっていなかったかもしれない。
でも、何か感じてくれることはあったのだと思いたい。

言葉つきがぞんざいになり、外へ出て行きながら、

「墓参りに行く時にゃ世間に笑われんような格好(なり)で出るんだな」

私の前垂れ襷姿にケチをつけた。

ちきしょー!捨て台詞のつもりかい!

「そっちも、お墓参りができなくたってちゃんと四十九日には山南先生を思い出してあげなさいよ!静かに故人を惜しむんだよ!判ってるの?ちょっとー!」

すると通りの角で、振り返り様、

「うるせぇ。大きなお世話だ。俺は忙しいのだ。んなこたやってられるか」

「何よー、人がせっかく歩み寄ってやってるのに!ばかー!罰当たりぃ!どうせ遊びに行くくせにぃー!」

ムカツク!
指先の花びらは唾が出そうになるほど吹いても飛んで行かない。
髪油のせいだ。

・・・え?
やだっ!髪油だって!ヤツの髪油だよ!ヤツの髪触っちゃったんだよ、私ったら!何やってんだろ!ぎえー!

振り払ってもしつこく残る桜の花びら。

はっ!
もしかして、これで終わり?
この花びら一枚が私のお花見っていうことなの?

「そんな殺生なー・・・」


ひとりで泣き笑っていると、ガツガツと下駄の音。
今度こそ幸が戻って来た。

「ただいまぁ。桜餅買って来たよ~ん」

その話に食らいついていかなかったので、

「どうかした?」

人差し指の花びらを一緒に覗き込む。

「枝垂桜?」

「どうして判るの?」

「花びらが小さいよ。どっから飛んできたんだろ?」

ていうか、

「そこら辺で誰かに会わなかった?」

「誰かって?」

明るい色の大きな瞳がキョロリとこちらを向く。

「いや、なんでもない。それで、お花見は?」



近場に、ちょうどいい枝垂桜があるというので、幸についてきてみたら・・・壬生だった。

光縁寺。
山南先生の眠る寺。

墓石の傍らにほんの小さな桜の木が、確かにあった。
花をつけてようやくそれと判るほどの。

「そう言えば、桜の季節に来るって言ってたんだよね」

墓前は思ったより賑やかだった。
花だらけのお供えだらけ。線香の煙がむせるようだ。

「うん。今日はちょうど二十三日だしね」

ああ。そうか。
亡くなったのはひと月前だった。

「それにしても、かわいい枝垂桜だこと」

墓前の賑やかさに押されて全然目立たないや。

まだ散るほどの陽気ではないが、真新しい墓石の上に見覚えのある花びらがひとつ。
つまんで、人差し指に乗せてみる。

あの人の髪についていたのと同じ、極々淡いピンクの小さな花びら。


死んで欲しくなかったんなら、素直にそう言ったらいいのに。

・・・言えない事情があるのかな。
私には判んないや。
でも、

「不器用な人」

思わず口にしてしまったのを、幸は聞き逃さず、

「副長?」

そうか。
すぐにも思い浮かぶほど、判りきったことなんだ。
私が知らないだけか。

「不器用でかわいいでしょ?」

声が笑っている。
ていうか、もごもごしてて聞き間違いかと思った。
なので、

「かわいい?!」

そのコメントはいったい何?!と振り向くと、幸は手にした包みを開けて桜餅にかぶりついているところ。

「わっ!ちょっと!なによ!供えもしないうちからアンタってば!」

「だってもうそこいっぱいじゃん。山南先生、あの世で糖尿病になっちゃうよ」

かーっ!それはキャラ的に私の台詞だろーがー!(そういう問題じゃなくて・・・)。
ってか、

「私もそう思うっ!」

と、手を伸ばして自分も桜餅にかぶり付いた。



山南先生、墓前を騒がせてごめんなさい!
でも四十九日には、またきっと笑かしに来ますぅ~!(違)。


           -了-


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