もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室 

鴨川まで出ようと思ってた。

ってか、あんまし京都の地理は判んなくて(ほとんど出歩いたことが無いから)、でも町の造りは確か碁盤の目だからきっと東に向けて真っすぐ行けば鴨川に架かる橋に出るんじゃないかと思っただけだ。

でもその前にもう一つ川が有って、橋の上からの眺めに足が止まったんだ。



壬生の八木さんちから西本願寺の南にある新選組副長の休息所ってところに越して来て、ひと月は過ぎてた。
月の綺麗な晩だった。

そう、月が。
綺麗だったんだ。
満月で。
降るような月明かりだった。

その日、ウチの主人の新選組のオッサン・・・もとい、副長さんはなんだか機嫌が良くて(無論、笑顔なんて見せたわけじゃないけど私のすることにあんまり文句も小言も言わなかった記憶がある)。
夕飯時に山崎さんと連れ立ってやって来て、風呂で昼間の汗を流し、二人で仕事の話をしながら仕出しの夕飯(山崎さんが岡持ちで持って来ていた)食って、いくらかお酒も飲んで大人しく寝た。

山崎さんの手前、座敷に2つ敷いた布団を彼が帰ってから茶の間に1つ移して、蚊帳もなんとか敷居をまたいで、・・・つまり無理矢理二間に吊って(この時期の蚊って刺されるとキョーレツなんだよね。なのでまだ蚊帳使ってますv)、縁側の雨戸と障子戸を開け放して寝たんだった。
もう9月の半ばで暑いという程の時期ではなかったはずだけど、その日は雨上がりに午後から日が照って若干蒸してたっていうか、閉め切ると暑かったんだよね。
残暑ってヤツ?
しかも浴衣着て寝るわけだからさ。タンクトップ&短パンじゃないんで。

それと何しろ隣に寝ているのは新選組の副長さんだったから、だから夜中に戸障子を開け放したまま寝れるんだし。
自分ひとりの時はそんなことできやしないし。
幸が泊りに来てる時だってそうだったし。

なのでその日は安心して何も考えずに寝れたっていうか、眠りは深かったと思う。
あんまり深すぎて、・・・だからぱっちり目が覚めたんだな、きっと。
ぐっすり眠れて。
夜中にふと目が覚めて、なんだか明るいのに気が付いて。

軒先から月明かりが煌々と、蚊帳を通しても超明るかった。

あ、もしかしたら明るくて目が覚めたのかも。
と、そこまで思ってから、ハッとして隣の部屋を見る。
暗い。
っていうか、開け放して片寄せた障子戸の影になってたっていうか。
良く見えないけど動きも無い=寝てる。

まあ、夜中だからな。
寝てて不思議は無い。

そんなことより、と蚊帳をたくし上げ首だけ出して改めて夜空を見上げた。
軒が邪魔で見えていなかった月がようやく見えて「きれ~いv」と、声が出そうになる。
まん丸だ。
ピカピカしてる。
そういえば今夜は十五夜だったっけ?

一昨日、九月の十三夜は「栗名月」だとか言って幸がお供え(お飾り?)を用意してくれてたんだけど、生憎曇ってて月は見えなかったんだ(栗ご飯は喰ったv)。
「十三夜に曇り無し」って言うんだそうだが当たらなかった。
でもその分、今夜は晴れたのかも。

蚊帳の外に這い出てみる。
昼間に比べて空気がカラッとしてて気持ち良い。

空はすっかり晴れて、普段だったら満天に見える星空も今夜は月のパワーに負けてる気がする。
すっごい明るい。
庭のツワブキの花が良く見える。
あ、ホトトギスの花が咲き始めてるのも!
わ~い。灯りが要らない。昼間みたい。

思わず縁側に立つ。
全身に月明かりが当たって何だか嬉しくなって来て・・・。

茶の間に寝ているオジサンの気配を気にしつつ、沓脱石から庭下駄を突っかけて庭に下りる。
音が出ないように注意してね。

改めて空を仰ぐと。
晴れ渡った夜空に白くてまん丸の月。
降り注ぐ光が圧倒的で、まるでシャワーでも浴びてるみたい。
思わず掌で光を受けてみるけど、・・・熱さは感じないなさすがに(笑)。

それでももしかして光が体を透過してないか足元キョロキョロ見ちゃったぐらいなんだけど(笑)。
着ていた白地の桔梗柄の浴衣の袖口を引っ張って一重にしてかざしてみても・・・やっぱ無理か。
まだ新しいからなー。
もうちょっと洗い晒して生地が薄くなってれば光を通したかもー。
ってか、この間まで着てた真夏用の薄手の浴衣ならあるいは。

うーん惜しい!・・・とか、ひとりで考えてるうちになんか楽しくなって来ちゃったんだよね。

そうだ!良いこと思いついちゃったー!

ちょっと散歩でもして来ようv

思えばここに来てからひと月ほど・・・どこへも出かけてなーーーい!!!(改めてびっくり!)。
まさに籠の鳥~!!!
軟禁状態~~!!
人権侵害~~~!

・・・ってことで。

ちょっとぐらい抜け出しても良いよね?
今夜は家主が居ることだし。
留守番が居りゃー家空けたって平気だよね?

ふへへと笑ってしまってから縁側を振り返り家の中の様子を伺い・・・OK!ひっそりと静か。
敵は熟睡中の模様v

抜き足差し足で木戸を潜る。
そうそう、戸の開け閉めにも気を使ってね。
軋まないよう閉めるのにちょっとドキドキものだったな。


表通りに出て左右を見通す。
人影は無い。
ちょっと安心して、浴衣の打ち合わせの捩れを直しつつ歩き出した。
寝起きのまんま帯もしてなくて伊達締めをぐるぐる巻いてただけだったけど、こんな夜中だし、ま、いいかv
誰も居ないし見てないし。

表通りと言っても家の前の通りは大通りではなくて、幅で言ったら4、5メートルぐらいな細道だけど、夜空は家の庭から見るよりも格段に広く大きくなった。

だあれも居ない夜の街に、煌々と月が照ってる。
道は目の前に真っすぐ、明るい。
足元の土も砂利も、昼間乾き残った水溜りも、白く照らし出されて良く見える。
でも逆にコントラストがきついせいで、建物の陰になっている所は真っ暗で黒々。

誰かが潜んでいても見えないなこりゃ。

と、ちょっと怖い気もしたけど、何しろ夜の散歩の解放感の方が勝ってしまってて、多少スリリングな方がわくわくしたりもして。

乾いて澄んだ夜風を心地良く感じながら歩き始めた。
寝る前にお下げにしていた髪を解きながら。
解いた髪に風が通るのが気持ち良ーいv

暑くも無く寒くも無く、浴衣で歩くには気持ちの良い気温だった。

月は天中よりは西に傾いてる感じで、いかにも夜中と改めて判る。
東に向かう自分の前に影が出来る。
その影を追い、月に背中を照らされながら1分も歩かなかったかも。
目の前に橋があった。

左程大きく無い、木造でちょっとくたびれた感じの、簡易な造りの橋に見える。
川の流れる音も聞こえる。
でも。

その先が・・・見えなかった。
こんなに明るいのに?
と、ちょっと不思議に思えた。
橋までの道の両側の家々は月明かりの下、窓の格子の桟までくっきりと見えているのに。
左程長い橋でもなさそうで、向こう岸が見えないほど遠いようにも見えないけど・・・。

と思いながら、近づいてみてようやく判った。
川風を感じると同時に、風が孕む僅かな匂いに鳥肌が立った。

焦げくさい。

橋の向こう側が・・真っ黒だ。
否、月明かりに照らされて、青白く光るようでもあり・・。

橋を中程まで渡ると、ようやく全貌が見えた。
この間の大火の後の焼け野原が・・・。

向こう岸が焼け落ちた家々に埋め尽くされている。
南側は何件か焼けた家々の向こう側に田畑が広がっているのが見えるが、北側が・・・。

見渡す限りの焼け野原。
そして真っ暗。
いや、月のおかげで明るくはあるんだけど。

所々に焼け残った商家の蔵のような建物と、良く見ればお寺の境内にあるような大きな木の・・・焼け残った幹のようなのがポツリポツリと見て取れる。
町の中心部と思われる辺りに固まって、おそらくは普請中の建物の木材?の白い色がちらほら見えてる。
そのずっと向こうには、ようよう焼け残ったと思われる建物の影がひと塊りになっているのが見える。
あれはたぶん御所の辺り・・・なのかな。

そこまでが見通せた。
見通せるほど障害物が何も無かった。

東側は、正面やや北側の山の影の下側、たぶん鴨川の向こうの祇園の辺りに僅かに灯りが見えるばかりで、それ以外は何の人気も無い、何の動きも音も無い、黒い平原。

月の光の中に青白く照らし出されているこの世のものとも思えない世界。

あれからもうふた月ほども経っているのに。
ほとんど打ち捨てられたまま?
朽ちて行くままの無残な大火の焼け跡を、満月の明るい光が残酷に照らし出している。

ショックだった。

というか、忘れていた自分に驚いていた。

あの大火の後、確かに一度は目にしていたのに。
それからずっと籠の鳥の身で、外のことまで気が回らなかった。
気が回らないまま、頭の中から無くなっていたんだ。
もう2カ月も経ってるんだから、元通りとは行かないまでもある程度は復旧しているんだろうと・・・勝手に思ってた。

なのに、この青白く冷たい・・・水底に沈んでいるような廃墟の街は何だろう。
あの時の煙も熱気ももう感じはしないけれど。
それ以外はほとんど何も変わっていないように見える。

変わっていない、と言えば。

足元を流れる川のこちら側は火事の影響がほとんど感じられない。
川筋を辿って上流を見通すと左手、つまり西岸に、・・・あの大きな屋根は西本願寺?

ってことは、ここって・・・堀川か。
西への火の手を止めた、あの堀川。

堀川があって良かった。

と、壬生の人達が言っていたのを思い出す。
街の方から大勢の人達が避難して来ていたのも。


もう一度、黒い平原を見渡すと。
冴え冴えとした月の光が・・・・・綺麗だった。

なんて煌々と明るく、なんて広々と見渡せるのだろう。
そして何という静けさなのか。
見飽きなかった。
こんな悲惨な大火の痕を、死んだような無人の街を、照らす月明かりがこんなに綺麗だなんて・・・。


どれくらいの間そうやって見ていただろう。
目の前のこの光景を綺麗と思ってしまった自分の感覚がふと怖くなる。
青白い月明かりの下で自分自身も青く染まって、この街の風景に取り込まれてしまったような冷えた感覚が。
否、冷え切って感覚が無くなって行くような心持がして。


・・・って。

あれ?

月明かりって青かったっけ?

さっきここまで歩いて来る間、見えてた月は白と言うかオフホワイトというか・・・。

思わず振り返って空を仰ぎ見る。
地上よりも余程開けた満天の星空に、白くて硬そうな、ちょっとだけ黄味がかった月がぽっかりと浮かんでいた。

舐めたらレモンソーダの味がしそう。

「だよね?」

ひとりごちて、全身に受けていた月の光を良く見てみる。
自分の胸を、足元を。
両手を広げて見てみたら掌から光が沁み込んで来るような、やっぱり暖かい色な気がして。

そんな気がしただけ。
実際に暖かかったわけじゃない。
でも何かホッとして、じわじわ暖かくなって来る気がして。

思い切り両腕を広げて月の光を浴びてみる。
目を閉じてうっとり・・・しててもやっぱり現実には暖かさは感じないので(^^;目を空けてお月様を見てたら・・・じわじわと元気出がて来た。

月光浴には最高の夜だもん。
今夜は月のうさぎも良く見えるよv
手を伸ばしたら届きそう!

と、横に広げていた両腕を月に向かって差し上げた時だ、バシっとばかりに腕を掴まれた。

突然のことに「キャッ」と声が出る。
戦きながら掴んでいる手を辿って見れば・・・。

「わぁ~!なに?うそ!なんで?いつの間にィ~!!」

「いつの間にーはこっちの台詞だ馬鹿者」

声の割には無表情?な新選組のオッサン・・もとい、副長がー!

「こんな夜中にどこへ行く気だ?お前まさか・・」

まさかって何だ?まさかって!
意味判らん。

「良いじゃん散歩ぐらいー。家を空にして来たわけじゃないもん。あなたが居るならそれで良いでしょ?」

いったいどこから湧いて出たんだ。
足音なんて聞こえなかったぞ?

「散歩だと?こんな夜中にか。俺が寝入るのを見計らってこそこそ出歩きやがって」

寝ていた時のまま紺縞の浴衣を着流して大刀だけ帯に挟んでいる。
寝起きのはずなのに1つも髪が乱れて居ないのがなんかイヤミな感じ。

「こそこそ・・って!だって寝てるのに起こしたら悪いと思うじゃん!」

言いながら、掴まれている腕を振り払おうとしているんだけど、相手に放す気配はナシ。

「それにこんな時しか家から出れないんだから夜中だって貴重な時間なんですぅ!このひと月、どっこも出かけられなかったんだからね!こんなんじゃ体が鈍っちゃうよ!運動不足でそのうち歩けなくなっちゃう!ってか放してよ!」

「大きな声を出すな。帰るぞ」

オール無視かよ!
つーか、手ェ放してホント。

「痛たたた」

手首を掴んだまま結構な勢いで引っ張られて腹が立ったので足を踏ん張ってみる。

「痛いってば!」

ホントは痛くなんて無かったんだけどね。
私なんかの力では押しても引いてもびくともしない位の力で掴まれてるので逆に痛くは無いんだな。
でも痛いと言えば相手が怯んで力を抜くかもと思って。
まあ、少なくとも抵抗されているとは気付いてくれたみたい(^^;
立ち止まった。

で、振り返ってイキナリ、

「お前は一体何者なんだ」

・・・へ?

なに突然?
ってか今それ聞く?

あうう。どうしよ。

私が焦り出したのが面白かったのかニヤリと笑うのが判った。

「どこへ行くつもりだったのかと訊いている」

頭上から月光が射す加減で眼窩が影になってる。
つまりは恐ろしげな顔つき3割増しぐらいにはなってたんだけど。

何言ってんだろこのオッサン。
無駄にシリアスで疲れるわ。アホくさ。

「どこへ行くも何もそもそもアタシに行くとこなんて無いんですけどー。あの家以外帰るところも無いしー」

って言ったらなんだか不機嫌そうに笑いが消えたので。

「あ!そうそう、実は月に帰ろうかと思ってぇ」

おちゃらけてみた(爆)。

「だってほらアタシかぐや姫だからさーv今夜は満月だしーv月からのお迎えを待ってたのよねー」

ふふーんと笑って見せたらオッサン、今度は笑いどころか表情まで消えちゃって。

「名前も望月だし・・・か」

って言った!覚えてた!ひゃー。

でもすぐ、

「けっ!」

って、盛大に鼻を鳴らしていつものしかめ面になり、

「姫って面かよ。姫さんと名のつくものァ美女と相場が決まっているのだ。昔からな。お前の見た目が人外だってのは判るが」

早口だったので言われた意味に気付くのにちょっと間が要った。
特にジンガイの意味がピンと来なくて。

ガイジン(外国人)じゃなくてジンガイだよ。
ジンガイ=人外=人の範疇の外=・・・!?

「ちょっ・・!?何それー!」

あたしゃ宇宙人かい!
宇宙人が月に帰ろうとしてたように見えたとでも??
ひどーい!

が、

「やかましい!静かにしろ。帰るぞ」

反論しようとする頃には既に腕を引かれて橋を降り、元来た道を引き返し始めていた。

「やだー!今来たばっかりなのにぃ~!まだ全然散歩してない~!」

腕力では敵わないので座り込む勢いで抵抗してもズルズル引きづられる。

そっか。
掴まれている腕を(自分で)引っ張るから痛くなるんだな。
って気付いたけど・・・やめるつもりは無い(爆)。

辺りを憚って、オッサンは声を潜めて怒鳴ってる(笑)。

「うるさい!黙れ!いい加減にしねぇか!今来たも何も見る所なんざ無ぇだろ、こんな・・・」

唐突に言葉を呑み込んだように聞こえた。
なので、しゃがんで縮こまった体勢のまま思わず相手を見上げる。

彼は顔を背け、吐き捨てるように、

「こんな焼け野原の何を見るってんだ」

私の顔を見ずに言った。
声のトーンが一段低かったように思う。
結髪の髻が月につやつや光ってる。

呼吸を整えるような溜息をつくぐらいの間を置いて、こちらを見た時にはもう声も元の通りで。

「余計なこと言ってねぇでとっとと歩きやがれ」

憎たらしい言い草はいつもの通り。
こちらもいつも通りに、

「いーやーだー!鴨川まで行くんだもん!」

と言ってみたけど。

言ってみただけ。
もうそこまで行く気は失せていたけど、相手がどういう反応するかと思って。

すると彼は呆れたように溜息を突き、

「夜中にあんな所まで何しに行くんだ。どうせ焼け跡ばかりだぜ?火事で死んだ奴らが化けて出るのが関の山だろ・・」

子供を脅しつつ叱りつける態勢は崩さなかったけど、・・・なんか判っちゃたんだよね。

「あの火事の時、あなたはどこに居たの?」

訊いた瞬間、私の腕を掴む彼の手に力が入った。
痛ってー、と思ったけど一瞬だったし我慢我慢。

「新選組は何してたの?」

「それを訊いてどうするんだ。今更火事の下手人捜しか」

見下ろす顔が、影になってて表情が読めない。
けど、もうなんか警戒心バリバリで頑なな感じは判ったので。

「あ、気に障ったらごめん。私ホントに判らないから訊いてみただけ。あの時新選組がどこに居て何してたか。火事の時はどうしてたのか」

「だからそれを訊いてどうする」

「どうする・・・ってー」

どうするんだろ?(爆)。

「火事を起こした犯人なら非難するし、知らずに起きたことなら仕方ないと思うしー。あと、火事の時は街の人達を助けたりとかしたのかなぁと思って」

思ったまま言っただけだ。
それが相手の気に入るか気に障るかは考えちゃいない(爆)。

「竹田街道に布陣してたさ。九条村にな。大砲の音が聞こえてこちらが御所に向かう頃には火の手が上がっていた」

彼は早口でそこまで言って、しゃがみ込んでた私の横にそっちもしゃがんで視線を合わせ、

「どうだ気が済んだか。火事の下手人で無くて悪かったな」

片眉を吊り上げて憎まれ口を効いた。

そういうトコ、子供っぽいよねこの人。

で、月明かりのせいでオッサンの頬に睫毛の影が出来てるのがなんかムカついたので、

「まだ気が済まないー。火事は2日目の方が酷かったでしょ?風強かったし。あの時はどうしてたの?」

「火の手を避けて伏見に居たさ。そこから長州の残党を追って天王山へ向かって、その後は大坂だ」

なんだか・・・じわじわ(ジリジリと?)顔を寄せて来るんですけど。
っていうか、これでもかと睨んで来るっていうか・・・。

「大坂からは船で伏見まで戻って壬生まで歩いたさ。疲れた足を引きずってな。まだ焼け跡がくすぶっているのを見ながらだ。ようやく屯所に戻ったと思ったらどっかの誰かさんがチャラチャラ着飾って出迎えてくれたという訳だ」

え?

20センチも空けないすぐ目の前の厚ぼったい二重の眼が、私を・・・責めてる!?

「戦が終わってようやく帰れたと思ったら街が無くなってやがる。皆無言だった。無言になった。良い着物着て浮かれてはしゃいでいたヤツには判らなかったろうがな」

な!

「待ってよ!あの着物は八木さんの奥さんが・・・!新選組が帰って来るから着替えろっ言うから・・・」

ショックだった。
まさかそんな風に思われてたなんて。
ショックで言い訳がちょっと支離滅裂になっちゃう。

「髪もちゃんと結ってもらって・・・出迎えろって言われて・・・。それにあの火事の時は幸と一晩中炊き出しのおにぎり握ってて・・・。ご飯炊いて熱いままおにぎり握って。着のみ着のまま台所で寝て、眼が覚めたら掌が両方とも火傷したみたいに赤くなってひりひり痛くて・・・」

そうだ、あの日。
新選組が壬生に戻って来たあの日。
この人、私のこと睨んでた。

あれって・・・こういうことだったのね?

「知ってる顔が戻って来てちょっと嬉しくて・・・ひと月ぶりくらいだったから。はしゃいじゃった・・・」

うん。
それは確か。

でもそれがそんなに気に障ってたなんて。

「ごめんなさい」

ふいっと、風が起きるぐらいの勢いで目の前の顔が離れて行った。
立ち上がってこちらを見下ろす顔が月に青い。

でも、まだ私の腕を掴んでる。

「あんなすごい火事、生まれて初めてで・・・怖かった。怖かったのに・・・」

そうだ。
こっちにだって言い分は有る。

「みんな出て行っちゃって壬生には誰も居ないんだもん!肝心な時に誰も居ないって何よ!役立たず!って思ったわ。でもあんな大火事で・・・みんなどこに居るんだろうって。・・・もしかしてみんな火に巻かれて死んじゃったかもって・・・思うじゃん!」

なんだか涙出てきた。

「火事に巻き込まれなくたって・・・戦争だっつーんだからさー。大砲がドンドン鳴ってるし。死ぬことだってあるわけじゃん・・・。だから帰って来て顔見れたら嬉しいでしょう?それでもはしゃいだらダメなの?ねぇ?ダメなの?腹立つの?」

と顔を見上げるが、オッサンはもうこっちを見ても居ない。
う―、とか何とか月を見上げて呻くのが聞こえた。
でもすぐチッと舌打ちをし、

「もういい。立て。帰るぞ」

腕を引かれた。

「うそー!アタシの質問は無視か!ひとのこと悪者みたいに睨んだくせに!なんとか言いなさいよ!私はちゃんとごめんなさいって言ったのにー!」

「やかましい!静かにしろと言うのが判らんか!」

「何それずるい~!!」

「今すぐ黙らんと今夜は納戸で寝かしてやるぞ!」

イヤー!と悲鳴を上げたら口を塞がれた。

夜中に大声を出すなと言われ、半泣きで引きずられるように家に帰ったのを覚えてる。
それと、川風に当たって存外体が冷えていたのも。

腕を掴んでたオッサンの手がどんどん温かく感じられて来て、それと気付いた。

寝床に押し込められてもなかなか寝つけずに朝方になってから寝込んでしまって、目が覚めたらもう日が高く上ってた。
昼飯持って来た幸に起こされた。



なんか暑いと思って起きたら布団が2枚掛けてあった。
なんで~?と思いながら雨戸を開けると、縁側から上がって来た幸が開口一番、

「アンタいつまで寝てんの?ってかまだ蚊帳吊ってんの?」

だって昨夜雨戸開けて寝たんだしー・・・。
って、あれ?
今、雨戸開けたよね私。
つーか雨戸が立てられてて日が昇ったのに気付かずに・・・今まで寝てた?

???

改めて家の中を見てみた。

昨夜のまま蚊帳は吊ってあって、隣の茶の間に布団が畳んである。
その上に紺縞の浴衣が畳んで有って、・・・掛け布団が無い。
ってか、今まで私が寝てた寝床にそれがあるではないか。

「うわキモ!」

暑いと思ったのはアイツの布団が掛けてあったからだ。

「今朝方は冷えたもんね昨日蒸した割には。夕方から晴れたから放射冷却ってヤツかな」

雨戸を開けにかかった幸が言った。
言われてみれば外からの風が涼しい。

ってことは。

「新選組の副長さんってもう屯所に居るの?」

「もちろん普通に出勤してますよー?もしかして知らずに寝てたんだー」

幸ちゃん爆笑。

「副長、優しいじゃん。寝てるアンタを起こさずに、寒そうだから自分の布団も掛けたげて」

雨戸も立てて出かけたってわけか。
ふーん。

「どした?」

反論しない私を不思議に思ってか幸が訊いて来た。
今度は蚊帳を長押から外しながら、

「全く。こんな蚊帳の張り方ってあんのかよ。ってか変なとこ面倒がらずにきっちりやんのな」

敷居を跨いでふた間に蚊帳を吊ったのへ笑いながら文句言いながら。

じゃあアンタはアタシにアイツと同じ部屋に寝ろというのか!というツッコミを忘れてしまってたわけは。


昨夜のあの人の唐突な話の切り上げ具合が今更不思議に思えてて。

あのオッサンの性格ならあそこでもっと言い争いになっててもおかしくなかったのに。
何か腑に落ちない。

今朝だって、普通だったら叩き起こされてる気がするんだけど。
なんでこんな感じになってんの?
幸が言ってたみたいに、これって「優しい」の?

「小夜ってばいつまでそこに突っ立ってんの?顔ぐらい洗って来たら?」



幸が持って来てくれたの、松茸ご飯だった~vvv
八木さんちからの御裾分けでしたー。やったー!

で、ランチしながら昨夜の散歩の経緯をだね、話したわけだ。
暗い話は除いて。
笑い話として。

「アタシ、アイツに『人外』って言われたんだよ!酷いと思わない?」

って。

そしたら幸が笑いもせずに、

「あー。なるほどー。ホントにそう見えたのかもねー」

茄子の塩もみの中のミョウガを箸で引き出しながら気の無い返事。
こっちの話は聞き流してる?

「ちょ!何よアンタまでェー!」

「まあまあ。だって小夜、ゆうべからその頭でしょ?」

大きな目でくりっとこっちを見た。

起きた時のまま、結びもしないで下ろしている。
夕べお下げを解いたから若干ウェーブがかかってる。
長さは、後の長い所はもう背中の真ん中辺りまで伸びた。
前髪も胸の辺りまで。
掻き上げればもう食事の邪魔にもならない長さ。

「それで夜中に家を抜け出して橋の上でお月さんを眺めてるって、それって結構化け物じみてね?」

なんだとー!

「だって小夜って見た目 ヒョロっとしてるしさ、それでその頭で寝間着姿でニタニタしながら月に向かって手を伸ばしてって・・・」

「ニタニタじゃない!ニコニコ!」

「ああ、はいはいニコニコね。でもま、パッと見ヤバイ人じゃん?」

自分がニタニタしながら言う。

「こらー!だって月がすっごい綺麗だったんだもん。誰も居ないと思ってたし。仕方ないでしょ!」

と、怒る私を面白がって、

「もしかして副長、アンタが狼にでも変身しそうと思って焦って止めたのかもね」

と笑った。

「足音も立てずに突然出て来るんだもん、こっちの方がびっくりしたわ。いつから隠れてたのかしら?」


彼からすれば、私等はどこの馬の骨とも判らない種類の人間だろうから疑われてても不思議は無かったんだよね。
つまりはどこかのスパイ(間者)じゃないかとかさ。
なので夜中に家を抜け出たりしたらその疑いは濃くなるはずで、だから後を付けられるのも仕方の無いことなんだけど。

その時私はそんなことには全然考えが至らず(なにせ16歳女子v)。
たぶん幸の頭の中にはあったんだろうけど、彼女はそんな恐ろしげなことは私に言わずに居てくれたんだ。
ただの笑い話にして。
なのでただただ、夜遊びに出たのを咎められて後を付けられたと思ってた。

で、あんな始末。

私がどこかの藩の人間と接触するかと疑って付けて来たのが、ただのお月見と判って後ろめたかったからなのか、私のことチャラチャラしてるとか言いがかり言ったのが外れて決まりが悪かったからなのか、ちょっと優しげな行動に出てみたり(布団掛けたり)・・・したってこと?

なんか良く判んない。
判んないから、考えないことにした(爆)。


その夜、十六夜の月を幸とでふたりで見た。
前の晩と違ってだいぶ気温が低くって、浴衣一枚で縁側に座っているにはちょっと寒いぐらいだったな。
月が中天に掛る前に雨戸を立てて寝ちゃってた。
蚊帳の出番も結局昨日でお終い。

その晩から季節は一気に秋になった。




あの日、木津屋橋の上から眺めた焼跡の南端の田畑の広がる辺りに、大名屋敷みたいにデカイ新選組の屯所が建てられたのはこの3年後のこと。

最後まで打ち捨てられていた焼け跡と農地の境に屯所が出来たことに・・・何か意味は有ったのかなぁって今は思う。
その周りに家が建って集落が出来たぐらいには意味は有ったのかも・・・。
ちゃんと結果が見えるようになる前に、彼等はそこを立ち去る羽目になったんだけど。


それはまた先の話。




                       了






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