もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

・暇つぶしにネタばらしブログもどうぞ→管理人ざんげ室 

「・・・で?パニクッて忘れてた、と」

うんうん。

「人が逃げ込んで来たり、島津藩の接収が有ったり、火事が有ったり、怪我人の手当てに追われたりして?」

うんうん。

「その後もいろいろタイヘンで?」

うんうん。

「そのうちすっかり忘れちゃってたと」

うんうん。

「でも、ちゃんと土方さんには会ったと」

うんうん・・・。


ダァーっと盛大なる溜息を突いて、幸ちゃんはテーブルに突っ伏した。

呆れ返って物も言えない体。
茹であがったおでんのコンニャクみたいに脱力してる。
ザンバラ髪(ボブと言え)にしたためか、真っ白に洗い上がったスタンドカラーのシャツから伸びる首筋は多少白くなってる気がする(笑)。

「なんで10年も経ってから急に思い出す?」

と恨み節。

黙ってたのは悪かったかなーと思ったので、こっちもちょっと下手に出る。

「10年もっつーか、もうちょっと前には思い出してたけど・・・」

空になったティーカップにお茶を継ぎ足しながらそう言うと、え!っと首を持ち上げて幸はこちらを睨んだ。

「もしかして、言い出しにくくて黙ってたとか?」

うんうん。

「早く言ってよー」

・・・コンニャク再び(爆)。


そういつもいつも考えてるわけじゃないし、秘密にしてたわけでもない。
梅雨時に、霧が降ると思い出すだけだ。

たまにね。

あの時ホントはなんて言ったのかな?と思って。

「小夜」の次に言った(聞こえた)のは「生きてろよ」だったか「生きろ」だったか、なんか曖昧なんだよね。

最初は「生きてろよ」って、「オレが(戦から)戻るまで生きてろよ」なのかと思ってたけど、どうも違う気もしてきて。

時間が経つと意味合いも、受け取り方も違って来る・・・って、有るよね。


「行って来る」と言われたんだから「行ってらっしゃい」と言ってあげれば良かったのかな?とか。
「生きてろよ」なんて言われなくたって生きてるわ!(怒)とか。
もっといろいろ言い返したいことが有ったのに、・・・言えなかったな。

最初はそれが悔しかったりしたわ。

「今は?」

紅茶を口にしながら、幸が訊いて来る。
日に焼けてはいるもののちょっと日本人離れした彫りの深い顔立ちに、ピンクの薔薇の花をあしらったビクトリア朝のティーカップが良く映る。

「あんな時にわざわざそんなことを言いに来たんだから、気にかけてくれては居たんだな?って思うわ。やっぱ大人だなって。大人と子供だったなって。小娘だったな・・・って自分」

「そか・・」

雨の音が聞こえる。
霧雨がいつの間にか本降りになった。

何事か考える風に視線をあちこち廻らして、最後に、幸の薄色の瞳が真正面からこっちを見た。

「でもさ、それって変だよね」

「え?」

恨み節が続くんだろうと構えてたのに、なんか予測したのと違う御指摘が。

「だってさ、それってあの日の朝の話でしょ?」

あの日とは、箱館総攻撃のあの5月11日のことだ。

「あの日のそんな時分に、土方さんがあんなとこに居る訳無いよ」

「へ?」

「前の晩、武蔵野楼で宴会を開いたとは聞いたけどさ、アレ、榎本さん以下幹部は夜半に五稜郭に帰ってる」

そうなの?

「そもそも軍隊なるもの門限厳守。たとえ幹部だってあんな切羽詰まった状況で深酒するなんてもっての外だし、外泊して兵営に戻らないなんてことは無い。ましてやあの土方さんだぜ?」


「だから、よ」

と、思わず声が大きくなった。
私の反応に驚いたのか、幸が口をつぐむ。

罰が悪くなってトーンダウン。

「だから逃げてくれるのかも、って・・・一瞬思っちゃったのよ。・・・違ったけど」

最後の最後に無駄な希望を持たせやがってバカヤロー。

腹立ち紛れに、幸が持参して来た手作りクッキーをボリボリ喰っちゃう(美味)。


すると幸は睫毛の長い目をくりくり動かして、

「あの日、副長は五稜郭から打って出てる。亡くなった時間を考えても結構早い時分に五稜郭を出たはず。アンタが言うように明け方に箱館病院に居たとするなら、それから馬を駆って五稜郭に戻って市街戦を戦う人員を編成して出発・・・って時間的に絶対無理。それに」

と勢い込んで身を乗り出し、その割には手にしていたティーカップを注意深くソーサーに置いてから、意味深に目を細めた。

「アンタ、病院の井戸端で土方さんに会ったって言ったよね?」

・・・な、なんだこの威圧感は。

「う、うん・・・」

「馬に乗ってたって言ったよね?」

「うん」

気圧されてこちらも飲みかけのティーカップを置く。

キラリーン!と幸の目が光った。

「あそこってさぁ、馬、入れないよね?」

「あっ!」


そこまで言われてようやく気が付いた(ていうか、そこまで言われないと気付かないってどうよ!)。

当時の箱館病院って、敷地の三方を板塀に囲まれてて、北側は裏の道路との段差が5メートル位あった!
しかも、門扉と玄関の間は狭くて、幅いっぱいに5段ぐらい石段になってた!
つ、つまり井戸の有る裏庭に馬で入るなんて無理!

あの時私は玄関から出て、石段の脇の板塀と建物の間の狭い通路を通って井戸端に出たんだもん!

・・・ってことは!

・・・え?どういうこと?!

「百歩譲って裏の道から馬で飛び込んで来たとしてもさ、帰りはどうすんの?あんな高さ飛びあがれないよ、助走も無しで。猫にだって難しいと思う」

幸が首をすくめて見せた。
その目が何か言おうとしてる。

思い出せって言ってる・・・。


白い霧の中から突然湧いて出るように唐突に現れた。
有り得ない場所に馬が居て・・・。

いつもの顔だと思ってた作り物みたいな白い肌。
夜霧に濡れて漆みたいな黒い髪。
言われてみれば深かった睫毛の・・じゃなく眼窩の影。

生き物みたいに渦を巻いてた霧の粒子。
黒のチェスターコートのビロードの襟が白く見える程、霧の粒が降り積もってた。
そのくせ他の部分は濡れてなかった(!)。

夢の中のように曖昧で、綺麗で、うっかり見とれてしまってた。
霧の中にゆっくり沈んで行くように遠ざかって・・。
ふとした隙に忽然と居なくなって。
気が付いたら霧は薄くなってて。

ていうか、まだ夜なのにあんなに白く見える霧って・・・不自然?!


まさかまさかアレって・・・(怖)。


愕然と顔を見合わせて居たら、ふいにザ―!っと窓に掛る雨の音が強くなり、

『イヤァァッ!』

2人でハモった(泣)。
それから、

「うそー!ヤダー!何それー!!」

独りムンクの叫び↑状態。

幸を見たら、怖そうにしながらも・・・何やらニヤニヤしてるようにも見える。

「何よ!何笑ってんのよー!ってかなんでそれを早く言わないのよ!そんな恐いこと引っ張るな!オチにすんな!」

「そんなこと言うけどさ、気が付かないアンタが可笑しいんだよ?ちょっと考えれば、・・っていうか考えなくても判るでしょ?井戸端から見えるのって裏の家の石垣だろ!どっから馬なんか出て来んだよ!不思議に思わない方が変でしょ!」

・・・ホントだ。

なんで気が付かなかったんだろ。
なんで・・・今まで不思議に思わなかったんだろ?

「化かされた?・・・アタシ、化かされたの?」

思わず口に出た言葉に、幸は首を傾げる。

「まさか。幽霊が化かすって聞いたこと無いよ」

「ユーレイなのっ?アレってユーレイ??だってまだ生きてるでしょ!土方さんまだ生きてるよあの時間!」

声が裏返った。

逆に幸ちゃんは何故か落ち付いて、私が答えるのを待ってる。

はっ!と思いついたのは、

「タヌキだ!」

「え?」

「タヌキだね?タヌキに化かされたんだ」

「は?アンタ何言ってんの?」

「タヌキでしょ?七面山のタヌキに化かされたんでしょワタシ」

頭がオカシくなったと思ったんだろう、幸ちゃんが黙った。
愛想笑いが引きつってる(爆)。

確かに多少、パニクってはいた。
アレがタヌキとは自分でも思ってはいなかったし、思いたくは無い。
でも、本物だとも言い難い。

もしかして、・・・生き霊ってヤツ(怖)?

一番有り得そうな妥協点が頭の隅にチラっと浮かんだ。

でも無理矢理揉み消す。

「タヌキです!絶対タヌキ!観音山もしくは七面山のタヌキです!だってアタシ霊感無いもん!ユーレイなんて見えないもん!だからアタシが見たってことは幽霊なんかじゃないはずよ!」

本物だ!
有り得なくとも、絶対本物!

って、ホントは言いたかったけど。


だって・・・あれはホントにホントの土方さんだったもん。

睫毛の影の奥から発する無愛想で重い視線が。

とはいえ、状況を考えると有り得ないってのは確か。
なので自信はグラついてる。
ってかもうグラグラだ。

幸には言わなかったけど、ホントはもっと会話したような気もするんだよね。
足の状態とか訊いた気がするし。
そんなんで戦に出れんの?って言った気がする。
でも良く覚えていない。思い出せない。

もしかして自分の頭の中で考えていたのを、話した気になってただけかもしれない。
返事を聞いた記憶も無いし。

一番不思議なのは、あの後しばらくこの出来事をきれいさっぱり忘れていたこと。

化かされたとしか思えないでしょ?


それとも、それを含めてみんなあの人の・・・イタズラ?



どれくらいの間思考停止してたのか、クスクスと笑い声が聞こえて現実に引き戻された。

「タヌキタヌキ言うけどさぁ、アンタ、七面山のタヌキに名前知られてるわけ?」

・・・?!!

スルドイ指摘にうろたえてしまって答えられない。
幸ちゃん堪え切れず爆笑。

「だって「小夜」って言われたんでしょ?ソイツに」

・・・ううっ(--;

「つーか、なんでタヌキ限定?キツネっていう選択はナシ?」

・・・え?
別に意味は無いけど・・・。

自分でも指摘されて初めて気が付いたぐらいで。
とっさに口に出ただけだけでどっちでも(つまり何でも)良いんだけど。
でもそれを言ったら本気で馬鹿だと思われそうだし(恥)。

幸に突っ込まれまくっても答えられない小夜ピーンチ!
と思ってたら、

「アンタ達面白過ぎ。結局キツネとタヌキの化かし合いなのか。ていうかどっちか言ったらキツネとタヌキ、逆なような気がするけどな。お互いそれで納得してるなら良いのかも」

??ん?何言ってんだコイツ?

「ていうか・・・土方さん、最後の最後にアンタをからかいに来たのかもね」

「え?」

同じこと考えてた!と、ちょっとびっくりする。
あの不思議なひと時はきっとあの人の悪戯なんじゃないかって、私にも思えたから。

ティーカップの縁を指で拭いながら幸は続けた。

「あの人のことだから。負けたまんまじゃ気が済まなくて最後にアンタを担ぎに来たのかもね」

「何よそれ。意味わかんない。TPOを考えろって言いたい」

わはははと幸が笑う。
嬉しそうな笑顔だった。

ナンカ知らないけど、夢でも幻でもモノノケの類でも、あの人が私の前に姿を現してくれたなら満足なんだって。

変な理屈で私は納得行かなかったけど、幸が納得行ったなら良いかなと思ってそれ以上追及しないで置いた。





そんなわけでその場は聞き流したんだけど。

「負けたまんま」ってどういう意味だよ!って、後から気になっちゃって。

寝床の中で雨音を聞きながら、あの時の海霧の匂いを思い出してた。



負けたまんまは私の方じゃないか。

負けっ放しは私の方。


担がれたのも私の方。


逃げられてしまったのも私の方。


あの人はまんまと姿をくらまして・・・。






「生きてろ・・」って言った唇の動きを、今でも時々思い出す。



でも、真っ白な霧の中に溶け込んで行ったあの人の表情が思い出せなくて。



目元の表情が見えなくて。





微笑ってたのか・・・それとも叱ったつもりだったのか・・・。





戦から戻って来るまでちゃんと生きてろよって意味だったのか。それとも。






俺が逝ってもお前は生きろ・・・って言いたかったのか・・・。






思い出せない。



私の負けだ。







そう、負けっ放し。






ずうっとずうっと負けっ放し。








ずうっとずうっと考えてる。








霧の中に消えてしまったあの人のこと。









青い空の下に散ってしまったあの人のこと。













「好き」と 言えなかった 










あなたのこと・・・。














                                完。


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