もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

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箱館病院の井戸は、超深くて汲むのが大変なのでウインチが付いてる。

単純に言うと、井戸の上に糸巻き状の横木が渡してあって、その端にかぎ状の棒を繋いで、そこを持ってぐるぐる上下に回すと汲み桶の縄が巻き上がる構造なんだけど。
凄いのはその繋ぎ目に大小の歯車を組み合わせてあって、割と小さな力で楽に水を汲めるように出来てるってこと。

ね?無駄に凄いでしょ?(いえ、とっても実用的です)。

たぶん、入院患者の誰かが暇に飽かせて作ったんだと思う。
負傷して戦場には出れないけど元気で暇っていう技術系の患者さん、結構居るからねー。

とはいえ、ここひと月ぐらいはそんな和やかな雰囲気もすっかり無くなってしまったけれど。

西軍(新政府軍)が蝦夷地に上陸してからこっち毎日のように重傷者が運ばれて来て、特に木古内、矢不来辺りで艦砲射撃をくらった人達が収容されて来てからは、病院内も殺伐とした空気に占められてしまっていた。

重傷者が多くなって病床も飽和状態だし人手も足りず、忙しくなって下宿に帰れないのに寝る場所も無く、病院の玄関の三和土(たたき)に莚を敷いて寝てんだよ今夜はさー。
幸ちゃんなんか玄関の上がりっ端の板の上に寝てるからね。
あれは体が痛くなりますよ。私には無理です。

でもこの時期、直に土間に寝るって私的にはとっても勇気が要ることだったので(虫がコワイんだよ!)やっぱ眠りが浅いんだ。
湿気っぽくてベッタリ寝汗もかいちゃって、喉も渇いてこんな夜中に目が覚めた。

水が飲みたかったけど、隣でぐっすり寝ている幸を跨いで暗い廊下を通ってまで台所の汲み置きの水を飲みに行くのはヤダなと思い、外から裏に回って冷たい井戸の水を飲もうと考えた。
玄関のつっかえ棒を外して外の様子を窺うと、もう夜明けも近いのか夜霧が白くほんのり明るく見えるし。

夕方から朝にかけて霧が濃いのはいつものことで、近頃はほとんど毎日。
夜なら月も星も見えずに真っ暗だけど、朝は日が昇るだいぶ前から明るくなる。
雪の積もった夜がいつまでも明るいのと同じ原理だそう。
これも入院患者から聞いた。
ここの患者さん、意外とインテリ多いんだよね。


深い井戸は音も響きやすい。
汲み桶が石組にぶつからないよう、そろそろとウインチ?を巻き上げても多少は水音がしてしまう。
耳を澄まして辺りを窺うが、周りの気配は変り無し。
霧が音を吸いこんでくれたかも。

寝汗をかいて火照った体には、ひんやりと立ち込めた夜霧が気持ち良かった。
まあ、湿気っぽくてベタベタが解消しないのは仕方ないけどね。

それにしても静かだな。
いつもなら誰かしらとんでもなく早起きの患者さんがゴソゴソ起きだして来るような、そんな明るさにはなってるのに。
一晩中唸ったり呻いたりしてる患者さんも居るはずなのに(もちろん当直の先生も起きてるはず)何か妙に静か・・・。

でもま、みんな大人しく寝ていてくれた方が私ももうひと寝入り出来るけど。

と思いながら、上がって来た汲み桶を一旦足元に置き(うっかり手を放してそのまま井戸に落としたら大きな音がしちゃうからね)、両手で水をすくい上げて一口含んだ時、すぐ側で物音がした。
足音みたいな。

誰か起きて来たかな?と思って、ゴクリと飲み下しながら霧の奥を見やると(ちなみにこの時視界は2、3メートル程しかなかった)、何かのっそりと大きな黒い影が!

「・・・うぉ!?」

目の前に現れた大きな鼻の穴(!)がブルルルと息を吐くと同時に地面に蹄が歩んで来てそれが馬だと判り・・・。

「わー?」(←なんで馬?!と思ったのと熊じゃなかった~という安堵で変なテンションになってる)。

叫び出す間もなく迫って来る馬の背中に更に人の影がある。

白い霧の中からボウっと姿を現したのは、黒革のブーツを履いて黒の洋装に白いスカーフを首元に巻いた・・・。

「えっ!ちょ・・・!うそ!何?」

びっくり。
頭が真っ白。
霧より真っ白!

びっくりし過ぎて、開いた口がふさがらない(つまり変顔になってた)私を、土方さんは不機嫌そうに・・・否、無表情のまま?・・・否、不思議そうに(!)馬上から見下ろしてる。

久しぶりに間近でまともに見たその顔は、相変わらず整っていて肌が白くて睫毛が濃くて。
立ち止まった勢いでか、後から渦を巻いて押し寄せて来る霧の粒子が、まるでパールを液体にしたかのように白く微細に照り輝きながらその姿を縁取って・・・。

ちょっとこの世のものとは思えなかった。

寸の間、見とれてしまった。


うねうねと生き物のように渦巻く霧は、見る間に立ち止まった彼の体を包み込み、抱え込み、絡め取るようで。
そのまま霧の海に沈んで行きそうで・・・。

「・・・な、何よ!何なのよ。なんでアンタがこんなとこに居るのよ」

なんだか慌ててしまってた。

見とれてしまった自分を誤魔化したくて。
このまま霧の中に消えて行ってしまいそうな(何ソレ馬鹿げてる)目の前の人物を、急いで現実に留め置きたくて。


「何しに来たのよ?そんな暇あんの?こんなとこ来ちゃってて良いの?」

相手はまだ無表情=無反応。
こっちは驚かされてワタワタしてんのに。

ちょっとイラッと来た。

「さては朝帰り?こんな時に悠長なもんね・・・」

3、4日前にも敵の海軍に湾内に入られてドンパチやったばかりだった。
幸い向こうが一旦引き揚げてくれたから良かったものの、またあんなことになったら・・・。
次はどうなるか判らない。
素人にだってそれぐらい判る。


昨夜は新築島で壮行会やったんだってね?
そんなの、どっからでも聞こえて来るわ。
で?今朝は朝帰り?
称名寺の屯所は引き払ったって聞いたわよ?
これから五稜郭まで帰るの?それとも弁天台場まで?
どっちにしろ遠回りしてわざわざ来てくれたんだ?
・・・なんで?
今更私に何か御用?


憎まれ口ならいくらでも出て来そうだった。
が、それもあまり気が進まなかった。
今更、と思って。

しかしそれでも何も言おうとしない相手に、ふいに、もしかして!と気が付いた。

「逃げるなら手伝うよ!」

と言ってしまった。

この霧に紛れて、逃げるならまだ手は有る。
湯の川の沖合にまだ船が待ってる。
どうにかして乗せることが出来れば、あるいは・・・。


我ながら馬鹿だと思う。
もう、いい加減諦めたはずなのに、ほんのちょっとの気配にでも縋って自分の望みを繋ぎたくなる。

が。

ふ・・っと、彼が僅かに微笑んだんだ。

それで、自分の勘違いに気付いてしまう。
そして腹が立つ。

「何笑ってんのよ?逃げる気も無いなら何しに来たの?」

自分の愚かさと、平然とした相手の表情と、どうにもならない今の戦況と。
腹立つタネには事欠かないな。

「アタシを笑いに来たんならせいぜい笑っとけば?笑えるのも今のうちでしょ?」

「達者のようだな」

初めて口を利いた。

ムッとするより先にドキッと、何故かうろたえた自分に更に腹が立つ。
顔を背けた。
見透かされるのが嫌だったから。

「おかげさまで何とかね。何よ?それを言いに来たの?」

先程、驚いた拍子に手にすくっていた水をこぼしたらしく、単衣の着物の前が濡れていた。
それを今更手で払っても意味は無いけど、そうやって必死に平静を繕って居たんだ、たぶん。
今思えば。


沈黙が続いた。

と思ったのは私の気のせいだったかも。
ほんの1、2秒のことだったかもしれない。
でもそれがいたたまれなくて。

「帰ったら?」


違う。

そうじゃない。

もっと長く引き留めたい。
戦になんか行かせたくない。
このまま簀巻きにして昆布にでも偽装して船に積み込んでしまえば上海辺りに逃がせるかも!

と、思うのに。

ていうかもうちょっと話せると思ったのに、

「うむ。達者で暮らせ」

黒鹿毛の手綱を引いて、本当に帰ろうとする。
引かれた馬が鼻づらまで掛った長いたてがみを掃うように首を上下に振り鼻を鳴らした。

「ちょっと待っ・・・」

馬の鼻水が飛んで来そうでとっさに身を引いた時、ボン!と遠くで何かくぐもるような音がした・・・気がする。

「行って来る」

馬が後ずさった。
土方さんがこちらを向いたまま霧に埋もれるようにして2歩3歩と遠ざかる。
声が笑ってた・・・気がする。
霧が濃くて顔が見えなくなる。

と思ううちに踵を返しざま、

「・・・・。」

何か言った。
良く見えなかったけど、確かに唇が動くのを見た。


同時にキューン!と、まさに耳をつんざくような物凄い音が響いて、とっさに身を縮こめてその場にしゃがみ込む。
その僅かな間に、

「小夜」

と名前を呼ばれた気がした。

「生きてろよ・・」

と続いた。



・・・ような気がする。

まるで映像と音が時間差で頭の中に入って来たような、一瞬時が止まったかのような奇妙な感じ。

そして次の瞬間、ドカン!という音と共に辺り一帯の空気がビィィィンと震えた。

何が起こったかはすぐに判った。
船からの砲撃だ。
この前の海戦の時と同じ音。

またかよ!と思った。
こんな時間からかよ!と。
瞑った目を開け、ほらまだこんなに暗いのに!って・・・。


・・・ん?

暗い?
さっきまで霧で真っ白だったのに?

不思議に思って見回すと、・・・霧が薄くなってる。
白さよりも暗さが勝ってる。

ていうか、土方さんが居ない!!
もう居なくなってる!
早っ!

と思ううちにもキューン、ドカン!が立て続けに2度3度。
台場からも迎撃が始まったかも。

山に囲まれてて音が反響し過ぎだし、おまけに霧の中じゃあ何がどこへ向けて撃ってるのか、どこへ着弾してるのかもここからじゃ判らず。
表(内海側)へ回ってみたら判るかも。
暗くても霧の中でも砲撃の火は見えるはずだし。

病院の中からも叫び声やら何やら聞こえて来てるし、患者さん達を宥めなきゃ。
悠長に水なんか飲んでられないよ!

ああ!戦闘が長引いたら困るわー。
洗濯物(晒しとか包帯とかね)が乾かないうちにまた怪我人が増える。
ていうか洗濯物自体溜まってるのにどうすんの!
とりあえず早いとこ朝飯の支度してしまわないと!
つーか喰い物足りんのかなー?これ以上人数増えたらヤバイよねー。
幸はもう起きてるかな・・・?

と、そこまで一瞬のうちに考えて玄関口に取って返そうとした時だ、山の方からパーンと乾いた音がした。
微かに叫び声も聞こえるような・・・。

耳を凝らすと、パンパンパンとかタン・・タタン・・みたいな音が断続的に聞こえて来る。
ワーワー言ってるし!
明らかに・・・敵襲!!
七面山の方だ!
マジでー!
西軍、山から来た!?

あの辺って新選組が警備してるんじゃなかったっけ?
つーかそれより常磐町の人達ってあの辺に避難してなかったっけ?
マズイじゃん!
巻き込まれてんじゃねーの?

ていうか、・・・近い!!
近過ぎ!
ヤバイ!
逃げなきゃ!
みんな逃がさなきゃ!

ていうかどこへ!?

どこに逃げろって言うんだぁぁぁぁーー!!!




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