もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
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「や、吹っかけて来ましたな。どうぞ。こちらをお使いくださって・・・」

「かたじけない」

聞き覚えのある声にふと足が止まった。

辺りを覆う雪に吸われて不確かに聞こえたその声音を辿り、坂の下を見やると、雪の中に黒々と沈むお茶屋の軒の影からパリパリと音がする。
と思う間に、生成り地に黒く屋号を描いた番傘が姿を現した。

屋内の灯りを宿した傘のオレンジ色が、まるで青白い雪の上に提灯を差しかけたよう。

コントラストが綺麗で、吹き上げる風に巻かれて舞い散る雪に目を瞬きながら、一瞬、見とれた。




顔を合わせたくない相手と予感しながら、何故か動けなかった。




否。

うそだ。

見たかった。

会うのは嫌だったけど、見てたかったんだ。



一瞬でも。



あの人の姿を。




だから・・・。



じっと動かず、息を殺して、相手が動くのを見てた。


そのまま行き過ぎてくれと念じながら。


風の音が、気配を消してくれる。
風に散り舞う雪が、姿を隠してくれる。
あと少し、このままここで凍えて居れば、あと少し、気付かれずに見ていられる。


傘で顔は見えなかったけど、すぐそこに息して動いていて、雪に足を取られまいと慎重に歩き出してて。

一歩踏み出すごとにブーツの下で雪がギュウと鳴ってる・・・のかも、と想像するのも何か嬉しくて。



・・・そう。

嬉しくて。


自分自身の存在をも忘れて見入った、ほんのつかの間・・・。




不意に、足元で犬の唸り声がした。

はっとして、連れていた犬を制する間も無く、番傘がくるりと揺れてこちらを見上げる。



しまった。

どうしよう。


と、確かに焦って居たはずなのに、目が合った瞬間、そんな思いはどこかに消え失せ・・・。


見入ってしまう。


目が離せない。


結構な勢いで雪が降っているのに。
十間程も離れているのに。
こんな夜中で、お互い灯りも持たずに居るのに。

何故こんなに良く見えるんだろうか。


否。

見えてしまうんだろう。


まとわりつく雪にうるさげに目を細めて、久しぶりに会った相手を見上げる、その黒目がちの目の微妙な表情まで。


懐かしいような、初めて見たような。
微笑っているような、拗ねているような。
何か言いたげで、その実そうでもないような。
迷惑そうで、それでいて面白がっているような。

見てると安心するような、・・・逆に不安になるような。

胸の中がモヤモヤして、なんだか涙が出そうになる。



この気持ちは、いったい・・・。






山ノ上のお茶屋でのバイト帰りだった。

正月、松の内を過ぎても、真冬の間は暇だと見えて、陸海軍の兵卒たちが連日大挙してお茶屋に押し寄せ、女手はいくらあっても足りない状態だった(だから私みたいなのでも使ってもらえてるわけだ)。

料理茶屋での配膳係のバイトは、夕方出勤してまずは幸と二人夕飯にありついて(彼女は朝のバイトがあるのでそのまま帰宅)、お客が引けるまで配膳&片づけ等の雑用をこなし、夜中に終わる。

帰りは物騒だからってんで、幸が飼い犬を迎えによこしてくれてた。

真っ黒な雌のアイヌ犬。
幸のヤツが何処からか拾って来た。
もともと熊撃ちに飼われてたとかで、眉間には熊に引っ掻かれたらしい向こう傷がある。
これが流れ星に見えるってんで「流星号」と(幸が)名付けたんだけど、呼ぶのに面倒でリュウって呼んでるv

迎えに来てくれるなんて利口な犬だとは思うけど、実際、お茶屋で出る魚のアラが目当てなんだよね。
魚が好物のヘンな犬なの(猟犬なのにな)。
今も、お店でお客の食べ残しの鱈のアラ汁を御馳走になって来たところ。



見慣れぬ男を発見してからずっと喉の奥で唸り続けていたリュウが、動きを止めたままの人間達に痺れを切らして、一声、低く吠えた。

大人しい犬ではあるけど、もともと猟犬。飛びかかられては堪らない(首輪なんてしてないし、イザとなったら制御出来ない)。

「よしよし。大丈夫。吠えないの」

と、鼻先に留った雪を払ってやりながら宥めていると、たぶんそちらも我に返って、

「お前、どこまで帰る」

アイヌ文様の前垂れに綿入れの長半纏を着込み、雪国特有の防寒用の風呂敷を頭から被った姿を見、暮らしぶりの察しはついたんだろう。
余計なことは何も訊かずにそう言った。

久しぶりにはっきりと聞く声に何故か心臓が・・どきどき言う。

うろたえた。

「どこだって良いでしょ。そんなのアンタに関係無いじゃん」

自分自身の動揺を誤魔化そうと、反射的に憎まれ口を利いてしまう。

久しぶりに会ったのに・・・。

被り物の襟元をぎゅっと握りしめてしまったのは、坂の下から吹き上げて来る風が冷たかったから、ではなく。


「関係無いなら尚更だ」

喋る口から白い息が殊更大きく湧き出したのは、それは溜息交じり・・ってこと?

「いったいいつまでここに居るつもりだぇ?体壊さねぇうちにさっさと帰ったらどうなんだ」

ここ=箱館にいつまで居るのかという質問。
これまでも何度となく言われた言葉。

帰るって、どこへ?

と、いつも思いながら、訊いても仕方のないことだと諦めるのもいつものこと。

やるせなく、イラついて、憎まれ口が止まらなくなる。

「あのさ、私はあなたとはもう何の関係も無いんだからー、言うこと利かなくても良いよね?っていうか、あなたに何か言われる筋合いも無いよね?」


その返答には苦笑が返っただけだった。

怒声も嫌味も、もう返って来ることは無いんだろう、と思った。
溜息が出そうだった。
顔の周りにまとわりつく雪がうるさくて、早く走って帰りたかった。

雪のようにまとわりつく、この正体不明の感情の切れ端を、風の中に振り払ってしまいたかった。



彼はバサバサと音をさせて傘についた雪を払い、閉じて、

「持って行け」

こちらへ放った。

それは思ったより勢い良く飛んで来て、坂道を斜に横切り、私の進行方向、すぐ道脇の雪溜まりへ、ズボっとばかりに突き刺さった。
宙に突き出た傘の柄が、使った人々の手の脂を吸ってテカって見える。

「帰りつく間に雪だるまになっちまう」

だから使えという意味だろう。

でも・・・そしたら自分はどうするんだろう。
ウールのコートを着ているとはいえ、雪は張り付き放題なのに。

そう思って(でも会話はしたくなくて)返事をせずに居たら、

「構わん。俺はホレ、すぐこの先だ」

と、顎をしゃくったその先にそのまま踵を返して、もう後姿。

坂道を下りて行くブーツの足先に滑り止めの荒縄が巻かれているのが、青白い雪の上に辛うじて見えた。
雪に濡れぬよう、柄を守るために落としに差した大刀の鐺がコートの内側で脚にまつわりつくのか、なんだか歩きにくそうだった。


雪明かりに、黒いコートが。

黒い、影が。

降りしきる雪にかき消される。


吹雪に紛れてしまう直前、

「ああ、その傘、あとで店に返しといてくれ」

言って、もう見えなくなってる。



・・・。


なんだよ、それ。


勝手なヤツ。


聞こえなかったフリでもしとこうか。

と思いながらも、つい、傘を手にしてしまう。


冷たくない。

柄を握ってそう思った。
いや、むしろ凍えた手には肌当たりが柔らかい。

ぬくもりがある・・・ってヤツ?


今しがたまで握っていた手の、どれほど温かだったものか。


・・・。



っていうか・・・。





このちょっとヌルっとするのは何なのよ?!(怒)。

「いやっ!ちょ・・っ!これ・・・」

オヤジの手が脂ギッシュなのか?!
それともこれまで長年使われて来た傘の柄に付いた手垢なのか?!

あ!判った!
これが嫌で私に押し付けたんだわっ!

あの、ク・ソ・オ・ヤ・ジ~っ!!

「ちょっとォ!これ、どうすんのよ!」

見えなくなった雪の中へ叫んでみる。

「自分で持って行きなさいよ~!」

最悪、持ち出した店はすぐ側だから、後でと言わず今すぐ返しに行けば良かったんだけど。

「・・ぷっ」

って、確かに聞こえたんだ。

・・・気のせいか?

いや、絶対そうだ!

笑いやがったっ!!

くっそー!からかいやがって~!!!
ムカツク~!
私がこんなに、・・・こんなにこんなに・・・こんなに・・・っ!

ええいっ!もう!

「土方歳三のバカヤローっ!」

思い切り怒鳴ってやった。

だって、雪に吸われて聞こえないなんて癪だし。
絶対絶対聞こえるように。


でもやはり返事は返らず・・・。

今度こそ溜息をついて、

「行こか」

足元にお座りして、雪まみれになりながらこちらを見上げていた黒犬のつぶらな瞳に声をかけた・・・。



その時。


何処からか俄かにドタバタと音がして来て、それが今さっき後にして来たばかりの茶屋街の方からだと気が付いた時には、

「何だ?!何した?」
「誰だっ!」
「何処だ!?何処で叫んでる?」
「斬り合いかっ!?」

ガラガラと雨戸を開ける音がして、雪で白く視界の無い中、オレンジ色の行灯の灯りがあちこちに漏れ出した。

「喧嘩だべ?」
「土方先生っ!」
「一大事だっ!」
「た、只今参りますっ!」

女の悲鳴まで交じり出し、あっと言う間にわーわーきゃーきゃー・・・。


騒ぎになってる~っ!

「早ぐ起ぎろっこの!」
「下帯下帯・・・」
「おめ何やってんだっ!行ぐど!」

やばい!
やばやばやばやばやばい!

今夜は赤服隊の集団お泊り日だった~っ!

「ひー!逃げろ~!」

ホントは坂を下った方が早く帰れるんだけど、あの人と同じ道を一緒にはなりたくなくて、寺町の裏通りを全力疾走!
・・・のつもりが、昼間でも人通りのまばらなお寺の裏道は、一尺ほども積もった雪に足を取られて歩くのもやっと。

黒い塊が雪の上をぴょんぴょんと軽やかに走って行くのを追いかけ、

「ちょ、ちょっと待って・・・」

ヘロヘロになりながら必死に雪を掻き分けて歩いてたのに、

「ぅお・・・っ!」

履いていた雪靴が深みにはまって転んだ拍子に、持ってたはずの傘がどっか行っちゃったり・・・。

凹みながらも、とりあえず雪靴を雪の中から引っ張り出し、中に入った雪を取り除いてから履き直すも・・・足袋の方に雪がくっついてて結局濡れるとか(--;
もう片方の雪靴にも雪が入っちゃってるのに気付くとか(沈)。

・・・。

まあいいか。

全身真っ白になっちゃって、もうほとんど保護色だし(笑)。
山ノ上町方面はなにやら騒がしいことだけれど、・・・もう知~らね。

いつの間にやらリュウが雪の中から掘り出した番傘を咥えて、私が体勢を立て直すのを待ってる。
胸まで雪にうずもれてるのに尻尾を盛んに振るもんだから、まるで箒で雪を掻いてるみたい(笑)。

濡れた足先が冷たいのを通り越してじんじんして来る程だけど、ワンコの瞳に見られているとなんだか元気が出て来るのは不思議。


お寺の大きな松の枝に積もった雪の塊が、風にあおられたかボタボタ落ちて来る。

「わー爆弾だーv当たるなー。逃げろー」

キャーキャー言いながら犬と追いかけっこして、下宿屋に辿りついた時にはすっかり楽しくなっちゃってて・・・。




夜中なのにうるさいって、幸に叱られた(凹)。


起しちゃった。


ほとんど雪ダルマみたいになってたのを、着替えを手伝ってもらって。

「も~!アンタはいったい何処で何して来たのっ!」

って・・・。




ひーん・・・(泣)。




すいません。

ホント、すいません。






・・・寝ます。









   - 了 -






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