もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

・時系列に置いてあります。
・但し最新作は先頭に。
・中断&書きかけ御容赦。
・感想&ツッコミコメントは「田毎の月」へでもこちらへ直接でもOKです~vもちろんメールでも。

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もう京を離れる、という頃、山崎さんに聞いたことがある。
私が尋ねたというのではなく、何かの話のついでにひょいと自ら話し出したんだった。
小夜を副長の休息所に置くに至った経緯を。

それがちょっと意外な理由で、覚えていたわけだが。



「土方センセがな、あん子ォの顔をこう、じぃーっと、見入ってはったんですわ」

小夜を八木さんの家に連れてきた初日のことだから、きっと本人同士は覚えていないだろうと山崎さんは言った。

「それでぴーんと来た!ちぅ訳で」

副長の好みはこういう娘か!と思ったそうだ(汗)。

それまでもそれ以降も、副長って人は女の好みが良く判らなくて、遊女にも芸妓にも馴染みは店々にそれぞれ・・・つまり大勢居るが(モテるし)、それは客としてのこと。
担当としてあてがわれたオネエサン方を嫌わず贔屓にしているという具合であって、どうも惚れたようではない、と。

「あんお方は女子に溺れるとか、心底惚れるなんちうことはせんのやろうと。そないな男が世の中にはほんまに居るのやなァと」

そう思ったそうだ。

それが、小夜には初見で興味を示した。

もちろん、それ以後も彼女に「溺れる」なんてことはないが(当たり前だ(--;)。

「ええー?そうですか?小夜ってそん時変な格好してたんでしょ?髪も下ろして」

信じられずにツッコミ入れてみた。
珍妙な(現代人の)格好に目を奪われただけじゃないか?ってね。

が。

「そらまあ確かにそうなんやけどな・・・。んにゃ、今思い出してみても、ありゃやっぱり見入ってはったんやわ」

日に焼けた額から眉間まで大仰に皺を寄せてみせた。
自分の中で検証を重ねた後、最終的に直感を信じたのだ・・・と言いたいらしかった。
それはきっと監察のプライドってヤツで。

「始めはな、知り合いやないかと思たんですわ。なんやらそないな様子に見えまして。土方センセがですよ?小夜はんはあの通り何も考えとらん様子で。・・・と言いたいところやけど(笑)、さすがにあん時はびくびくしとりましたがな。へえ。周りの様子なんぞ目ぇに入っとらん様な塩梅で。ふるえてはりましたよ。可愛らしかったわー。・・・って、笑ろてはりますけどなアンタ、ホンマでっせ?え?あり得ない?騙されたぁ?そうでっしゃろか(笑)。でもま、あないな塩梅ではおそらく土方センセのことなんぞ・・・覚えとらんのと違うかなァ・・・」

八木さんちのお女中に奥さんを呼びにやる、ほんのちょっとの間。
小夜から離れた隙に偶然来合せた副長が、通りすがりざま、ほんの数秒、小夜に見入った。

それがすべて。

その様子に気付いて声をかける前に、副長は知らん顔でぷいっと行っちゃったらしいけど(それも副長らしいv)。

たったそれだけのことに確信を得て小夜に目を付け、池田屋事件直前の、あの騒動を経て、山崎さんは彼女を副長の休息所に推挙した。

・・・って、山崎さん、結構自信家なんだなーと、私も改めて思ったけど。
自分の見る目に自信があるってことだよね?

「せやかて、土方センセほどのお方が女子はんの顔、あないに見入らはるっちゅうんはめったに無いことでっせ?そらアンタ、男ならピンと来ますがな」

なるほど。
否定はしませんけどね。ワタシ、男じゃないんで。

でもその後、実際に副長の休息所に小夜を勧めた時点で山崎さんの思惑はガラガラと崩れ・・・(^^;
良かれと思った人選にケチを付けられ(もちろん副長本人にだ)、相手の小夜には嫌がられ(そりゃ無理無いわ)、なだめてどうにか休息所を仕立てたは良いが、仲の良くなる気配は無し・・・。

自分の直感が外れて、さすがに一時は凹んだらしい。

「ほんなら、あん時の土方センセの思わせぶりな様子は何やったんやろ思いまして。納得行かんでな、本人にそれとなく聞いたことがおますねん」

「へえー。それで?」

「それがな、どうも覚えておらんらしい。ご自分のしたことを覚えとらんてアンタ、あん人らしうも無いことでっしゃろ?信じがたいことや。未だに何とも解せんのですわ。隠しとられるのかもしれへんし・・・」

ゴニョゴニョと恨み言を続けたが。
相手が相手だけに、それ以上探りも入れられず、半ば諦めてはいたらしい。
自分を慰めるようにこう続けた。

「まあでもそのうちぼちぼちと、あながち見当外れェいう訳でもないのやないかー?と思い直しましたけどな」

副長の休息所に小夜を配したのは意外と失敗ではなかったかも、と。

「あん子は正直が良いですな。どなたはんにも態度を変えん。それがおそらく土方センセの気に入る訳やと思いますよ」

ニコニコと相好を崩して言うのが、自分のことを言ってる証拠に思えた。
同じ理由で、自分も小夜を気に入ってるという訳なのだ。

まあ、実際アイツは素直じゃないけど正直ではあるからして。

「正直過ぎて、却って主人の癪の種になることもおましたけどなァ」


そう言って、困ったように笑った山崎さんも・・・





橋本の戦いで帰らぬ人となり・・・。


どこに葬られているかも判らず墓参も出来ていないという現実。




だからなのか、心に引っかかるように忘れられないでいた彼の疑問を、本人に訊いてみたくなったのかもしれない。

あるいは、目の前を行く肩の稜線の懐かしさに、会話の途絶えるのを恐怖して手当たり次第、とっ散らかった頭の中にあったネタを口に出してしまっただけかもしれないけれど。


「山崎さんが言ってました・・・」

とその名を出すと、副長は少し歩みを緩め聞き耳を立てる気配を見せた。

海から吹きつける風は未だ肌を切る冷たさで、髪油で撫でつけられて重みを増していたはずの黒髪が、立てたコートの襟の上に軽々と乱れ踊っている。

「小夜と初めて会った日、あなたがあの子を見てたって」

「・・・」

反応、無し。

まあ、そこまでは予想がついてた。
なので続ける。

「小夜の顔に見入ってたって。ほんのちょっとの間だけど確かに、まるで知り合いに会ったみたいに見てたって」

多少脚色してしまったのは、前を歩くかつての上司の気を引きたくて?

「・・・ほう?それで?」

強風の中で、真後ろを歩く私に聞こえるぐらいの返事だったから、それなりに話は聞いてくれてるようだ。
無視されてないと判ってちょっとほっとする。
それで調子に乗って、からかい口調になってしまう。

「不思議に思って後からそれとなく訊いてみたけど、しらばっくれられたって言ってましたよ」

ふっ・・と鼻で笑った気配がする。

「でもそれで山崎さんは、あなたが小夜に興味があると踏んで、休息所に置こうと思ったらしいです。ご存じでしたか?」

風にまぎれて含み笑いが聞こえ、

「そんなこったろうと思った・・・」

おもむろに歩みを止め、副長が海を見やった。
黒々とした髪が真後ろになびいて、白い額が露わになる。
冷えた海風に晒されて、耳たぶが赤くなってる。鼻の頭も。
眉根を寄せ、細めた眼に・・・睫毛が目立つ(相変わらず)。

「昔、キツネに化かされたことがあってな」

唐突にそんなことを喋り出したのは、話を逸らすためだと思った。
山崎さんにさえしらばっくれたのだもの、私になんか真相を話してくれる訳が無い。

まあ、でも、いい。
何が何でも聞き出したい訳でもなかった。

「俺の田舎の話じゃ無ぇ。江戸に居た時分にサ」

面白そうなネタではあったので、こちらも先程の話なんてどうでも良くなった。
副長の昔語りなんてめったに聴けるものじゃない。

「ある時一人で吉原へ遊びに行った。懐は寂しかったし、ただぶらぶらと冷やかしにな。それでも田舎モンのガキにゃああそこは十分面白かった。物珍しくて・・・」

どれぐらいの年のことだろう。
吉原に行くぐらいだからガキと言ったって子供の頃じゃないだろうけど。

「遊ぶ気はなかった。話の種に見てみたかった。吉原てぇところをサ。金も無かったからだが、意気地も無かったんだろ。呼び込みに袖を引かれるのも何か嫌な気がした。何か汚らしいような・・・」

ふっと口元から漏れた息が、白く見える間もなく風に散ずる。

「まあ、だからガキだってことなんだが」


着物の袖がひっきりなしに風にバタつくのが煩い。
頬かむりのように頭から被っていた首巻きが、顔の周りでバタバタ言うのが。

海は3日続きで荒れていた。

岸壁には舟が溢れていた。
大型の和船の間に、小型の漁船まで。
本来なら漁の無い時は入舟町の岸に引き揚げられているのだが、あぶれたのがこちらへ回って来てるんだろう。
岸壁から何艘も綱で括って、筏みたいに行儀良く並んでる。

時折、突風に煽られてコントロールを失ったカモメが、頭上をかすめるように飛んできてびっくりする。

「ふと、頭の上から声がかかった。見世のニ階からだった。女の声で。何と言ったのか、誰に声をかけたのか判らなかった」

話す副長の横顔の向こうで、沖にまで白波が立っているのが見える。
英仏の軍艦を始め、沖待ちの黒船達も大波に揺られてる。

真っ向から風を受けてもせいぜい裾が翻るぐらいで、羅紗服は動きやすそうで良いな。

と、他所事に気が行ってたのは、まだ半分相手の話を聞き流してたから。

「そうするうちに、その見世の主人らしき親父が俺の袖をつかんで中へ引き入れるではねぇか。突然のことで断る間も無く、いや、確かに抗ったはずなのに、どういう具合かあれよという間にニ階へ上げられて・・・」

記憶を遡る副長の横顔が、心なしかうっとりと夢見るように見えたのは気のせいか。

「座敷の障子を開けて驚いた。花魁が新造と禿を従えて待ち構えてやがった。座敷に広げられた膳部の料理も名の通った仕出し屋のもので、まさに御馳走ってヤツさ。テメェのような山出しの若造にァ縁の無ぇ代物だ。こりゃ人違いも甚だしいと思ったが、驚いたことに相手は俺の名を知っていて、しかも何やら以前に会ったことがあるような・・・」

ふと、我に返ったように真顔になったのが、ちょっと怖かったっけ。

「いや、まさかそんなことがある訳は無いんだが。今となっては顔も思い出せない。何を喋ったのかも覚えていない。逃げ出そうと思う間に飲めない酒を飲まされて、三つ布団に誘い込まれたところまではなんとか朧に覚えちゃいるんだが・・・」

無表情にそこまで言って、90度、首を廻らし、こちらを見、

「翌朝気付いたら、吉原土手の草叢に突っ伏して寝てたのさ」

え?

と、驚いている私の反応に満足が行ったのか、副長の口元がニーッと笑った。
目が笑ってないのがやっぱり怖い。

「金が無いのがバレて叩き出されたんじゃねぇ、懐の巾着はそのままだった。体中、アザの一つも見当たらねぇ。着てるもんも汚れちゃいなかった。何が何だか訳も判らず引き返してみたら・・・」

こちらを見据えたまま今度は体ごと向き直って、

「ゆんべの見世が跡形も無い」

額から前髪が落ちてきて、ひと際怖い笑顔になった。

「いや、見世はあった。が、屋号が違った。使用人の顔も皆違う。俺のことを覚えている奴は居ねぇかと訊いても誰一人知らぬという。おかしいじゃねぇか。昨夜あれだけ遊んだはずだのに、誰も覚えちゃいないんだぜ?そんなら、と思った時、花魁の名を思い出せないのに気が付いたのさ」

まるで自分でもゾッとしたかのように、肩をすくめながら僅かに身震いした。
首に巻いた白い首巻きが風に煽られてコートの襟内でバタついてる。

「名前も顔も思い出せねぇ。しかも花魁だけじゃねぇ、新造の顔も、仕出し屋の名すら思い出せねぇ。実は見世の屋号も思い出せなかった。違ってるとは判るものの、それなら何という見世だったかと尋ねられても答えられねぇ」

寒いからというだけじゃなく、副長の痩せた頬が血の気を失って見えた。
風の音が無かったら、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえたかもしれない。
陰になった眼窩の奥に、見張った目が凍りついてる。

封印していた記憶を思い起こしてみたら意外に怖かったという・・・カンジ?

「まさにキツネにつままれた心持だった。そう思ったら美味かった膳のものも、もしや馬糞を喰わされたのかと思い当たってな」

そこでようやく普段の顔つきに戻った。
ほっとした。

「胸が悪くなって帰る道々えづき通しだ」

一笑し、踵を返して再び背中を見せて歩き出す。

良かった・・・。

話し終えたのね?
それがオチなのね?
笑い話・・・ってことだよね?

あー、なんか結構怖かったよー。
ていうか、副長の顔が怖ええ(^^;

でも・・・ホントの話だよね?
いやー、キツネに化かされるなんて有るんだなぁ。

江戸時代だから?(爆)。


緊張で固まっていた肩を動かしながら後をついて歩き出す。

先日来の水っぽい雪のおかげで泥の川と化した大通りを避け、砂利の多い岸壁沿いを歩いていた。
吹きすさぶ突風に時折体を持って行かれそうになるのを踏ん張りつつ、石ころだらけの地面をついつい下を向いて歩いていると、

「この話は誰にもしたことはない」

え?

思わず顔を上げた。

耳の切れそうな寒風が吹きつけているのに、日差しだけは春そのもので、視界は嘘みたいに明るい。
黒羅紗のコートの肩がテカってる。
ちょっと垢じみて多少くたびれた感じで。

「キツネに化かされたなんて情けねぇ話だからな。笑われるのが嫌で誰にも話したことは無かった」

じゃあどうして私に?

「俺自身忘れてたことだしな。・・・アイツに会うまでは」

えっ?

アイツって・・・?


!!!!!!

ええー!?

なんで?
どして?

小夜に会ったらなんで思い出したんスか?

「俺は覚えてる。アイツに初めて会った時・・・」

・・・ってことは、やっぱ山崎さんにウソついてたんスね?(^^;

「アイツは俺に『こんにちは』って言ったんだ。

・・・は?

「あいつは覚えてやしねぇだろうが・・・」

と言ったきり、しばらく無言になった・・・。


な、なに?
それってどういう意味?

と、私は多少パニくりながら、ただ後をついて歩いて行くだけで・・・。

ど、どうしよ?この展開。
ツッコミ入れていいのかしら?
それともスルーした方がいいのかしら?

・・・汗が出てきた(寒いのに)。

「初対面だぜ?素浪人とはいえこっちは侍の体。アイツは女中奉公に出て来た小娘ではねぇか」

お?

文句言いだした・・・?

「丈ばかり高くてあんな妙ちくりんな格好しやがって。それが何だ。這いつくばれとは言わねぇが、遠慮も無しにこちらを見据えたまま『こんにちは』とは不躾にも程があんだろ」

怒ってる(確定・笑)。


・・・そうでした。確かに。

目上に対して真っすぐ目を見て話すのは、・・・この時代の日本じゃ不作法に当たるんだよね!
余程親しい間柄じゃないと。

ああー!
もう小夜ってば!
私と出会う前に、既にそんなことやらかしてたんだー?

ていうか、ちゃんと挨拶してるんだし、そこを責めたら可哀想だけど(江戸時代のTPOに合って無いだけだ)。

「だがな、腹が立ったのは後からだった」



「腹が立つより先に、その奇妙さ加減にぞっとした」

どういうこと?

「思い出したのさ。俺を化かしたキツネの花魁が最初に言った言葉をな」

「な、なんて?」

ドキドキ。

「その時まで忘れていたのが不思議でならねぇ。その花魁、俺を見るなり『いらっしゃい』って言ったんだぜ」

言うなり不意に立ち止まり、首だけ後ろを振り向いて、思い切り鼻に皺を寄せて顰め面をしてみせた。

「『いらっしゃい。待ってたのよ』だ。初会の花魁がだぜ?有り得ねぇ・・・!」

目を剥いて見せ、再び歩き出す。

「その時、俺は確かにぞっとして「何かおかしい」と思ったんだ。だが、すぐに夢うつつに化かされて・・・。そのまま忘れてしまってた。それが不意に思い出されてな。見れば顔つきもなんとなく似ているような気がして来て、コイツまさかあのキツネじゃあないかと・・・」

そ、そうか。
キツネに化かされた時の記憶がフラッシュバックしてぞっとしたと(^^;

「また俺の目の前に現れやがった!と、つい見ちまった。山崎に勘づかれたのには気づいてた。だがまさかそれで俺の休息所に勧めてくるとは・・・」

なるほどー。
そういう経緯ならば誰にも言えないわけだな。
ていうか、一瞬、この話を小夜が知ったらどうなることかと恐怖したが(滝汗)。

まるでそれを見透かしたように、

「本人には言うなよ」

と念を押されたので、副長も同じこと考えてたと判って可笑しかったけど。

「もちろんです」

でも、もし山崎さんが聞いてたらなんて言うかなぁ。
知らずに逝って、良かったのかな。

でも、

「それでも山崎さんの推挙は容れたんですね」

それだけ信頼が厚かったんだろうな、と思ったのに、

「キツネならば退治してやるのも面白いかと、な」

げ。

マジか。

(この人ならやりかねない!)

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