もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
ご笑覧下されば幸いです。

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・但し最新作は先頭に。
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「ご苦労様でした。もう行っていいよ。ゆっくり休んでね」

ダメだったら!せっかく会えたんじゃないか!このまま消えてもいいというのか。


ちくしょう!こんな時になんで口が利けないんだ!

小夜のヤツにしたって、いったいどこ向いて喋ってるんだよ!
副長はここに居るじゃないか!どうして見えないんだ!

副長、あなたも頼むから小夜の方を見て下さいよ。
なんで私なんですか。
なんで私が最後なんですか。

まだ消えるな。
彼女に何か言ってくれ!




二十余年の人生で、この時ほどパニクったことは無かったな。

泣きたいくらいだった。



そんな時、宙に向けて淡々と、小夜が言ったのだ。

「あなたがもし武士なら、戦場で死ぬも覚悟の上のこと。潔く成仏すべし。迷うことなかれ」



それを背中に聞いて、副長の口元がうっすらとほころんだ。

長いまつげの奥の黒目がちの瞳が、ほんのりと微笑んだ。

・・・ように見えた。

あるいは私のあまりの狼狽ぶりが可笑しかったのかもしれない。
この人の前でこんな醜態を晒すなんてことは今までなかったもんな。

はずかしー!

と赤面しかけた時、ふいに、それまで辺りに満ちていた霊気が唐突に途切れた。


目の前の蒼い影が一瞬のうちに霧散してしまったのである。

と同時に、むっとする草いきれが辺りを満たした。



・・・え?

うそだろ?

待ってくれ!


どう目を凝らして見回しても、もうそれらしき影は見当たらない。

見回さなくとも、既に微塵の気配も感じられないのを、絶望感と共に受け入れるしかないのだった。


なんてことだ。

これで終わりなのか。
もう戻って来ないつもりなのか。
本当にそれでいいのか。
何か言いに来たのじゃないのか。


震えが止まり、全身の力が抜け、溜息をついてへたり込みながら、暗澹たる気持ちに駆られるのをどうすることも出来ない。



「除霊完了?良かったー。意外としつこかったね。大丈夫?」

小夜が首っ玉に抱きついて来た。

あまりの出来事に言葉を発することも元気な素振りを繕うことも出来なかったが、彼女はただ私が疲れているだけなのだと誤解してくれたようだ。

「はー、やれやれ。寝よ寝よ。夜が明けるまでまだちょっと有るでしょ」

そのまま寝るつもりだ。

彼女のむき出しの腕が頬に当たって、冷やっこくて気持ちが良い。



ああ・・。

どうして私なんだろう?
あなたの最後の笑顔を見るのは小夜ではなかったのか?
なぜ、一言でも、彼女に遺して逝ってはくれぬのか?



「泣いてるの?」

小夜が、体を起こした。

頬に熱いものが流れているのに、自分でも気付かなかった。


「体が勝手に反応するんだ。霊感体質だからさ・・・」

目を開けても閉じても、周りは真っ暗だ。
青白く浮き上がった副長の微笑が焼きついて、目の前から離れてくれない。

「勝手に涙が出たんだ・・・」


勝手に出るから止められないんだ・・・。







病院は箱館政府から隔絶されていた。
副長の訃報は、それから二日後、他の幹部達の訃報と合わせてもたらされた。



あの夜のことは、小夜には言えなかった。

彼女が好きだった人が最後に会った(既に亡くなっていたにせよ)のが私だなんて、洒落にならない。

小夜のことだ、言えば一笑に付されたのかもしれない。
私が臆病だっただけかもしれない。

だがその後の彼女のPTSD(心的外傷後ストレス障害)にも似た状態を見るにつけ、いよいよ負い目が深くなり・・・。
状態が良くなってからも、言い出せなくなってしまった。



以来、夜霧に出会うたび幾度、かの人の微笑を思い起こしたことか。









彼女にその話をしたのは、たしか副長の7回忌にあたる明治8年6月20日。

彼が最後に私の(というか小夜の)ところに来た訳が、ようやく判ったような気がしたからだ。




一部始終を話し終えた時、小夜はケラケラ笑ってこう言ったものだ。

「やっぱりねー。あの人にとって私はやっぱりそういう優先順位だったのよ」

まるで鬼の首でも取ったよう。

ピンと来なかった。
そういう優先順位って?

「だってそうでしょ?昼前に死んで、私のところに来たのが深夜だなんて。その間どこをほっつき歩いていたって言うの?」

そう言ってまた笑う。

「自分が死ぬと判ってすぐにでも会いたいのは、やっぱ惚れた女でしょー?あとは友達とか家族とか。そんなのを回って歩いて、最後に私らのところよ?やっぱどうでもいいんだってば、私のことなんかさー」


やっぱり、と言うからには心当たりがあったということだろう。

それはあの人にとって自分が取るに足りない、その他大勢の一人だったということなのだろうか。
そう思い込むことで、彼女は自分の想いを断ち切ったのだろうか。



副長に対する想いが恋なのだと、彼女が自覚したのはいつなんだろう。

自覚してから相手を失うまでの間に、言葉を交わしたことはあったのだろうか。
あったとしても、自分の想いを告げることができたのだろうか。

たぶん、否だ。

彼が自分のものではないことを、小夜は判りすぎるくらい判っていたもの。


だからこそ、その後の喪失感は大きかった。
いや、大きかったと言うより、自覚することが難しかったと言った方がいいかもしれない。

抜け出すまでに時間がかかったのはそのためだ。




でもね、
彼はあなたのことをものすごく大事にしていたんだよ。
どうでもいい人のところへ、暇乞いに来たりすると思う?

そう思ってはいても、口にすれば陳腐な気休めの言葉になってしまいそうで。



「でもさー、せっかく来たのに追っ払っちゃったわけでしょ?悪いことしちゃったね」

言葉とは裏腹に、可笑しさを堪えきれずに噴出してしまっている。
反省している様子は無い。
笑顔は昔と変わらない。



彼女がどうやって自分の気持ちと折り合って来たのか、私には判らない。

だが、この明るさはどうだろう。
あの喪失感を乗り越えた強さは何処から来るのだろう。


この明るさをこそ、彼は愛したと思う。
そしてこの強さをも。






副長は小夜に引導を渡して欲しかったのだ。

そう思い至ったのは最近のことだ。


そしてどうだ、小夜は相手も判らぬまま、見事にやってのけたではないか。

武士なら迷わず逝けと言った。

それを聞いた副長の満足げな笑顔が忘れられない。




それを伝えて欲しくて、あなたは私の前に現れたのでしょう?

そうでなければ、彼女には伝わらないから。

あなたがどんな風に彼女を愛していたかってことを。
あなたにとって彼女がどれほど大事な存在だったかってことを。


さぁて、どんな風に話そうかな。

どんな風に説明したら判ってくれるのかなぁ。

大役だなぁ。
参ったなぁ。

私が口下手だってこと、知ってますよね?






ガラス窓の外は雨。

「何考えてるの?」

淹れてくれた紅茶を差し出しながら、小夜が訊く。


海に降る雨を見ていた。


「箱館じゃあ今頃、霧が降ってるかなと思って」

同じ窓から外を見ながら、熱い紅茶を吹く。

「なにセンチなこと言ってんのよ。あれからもう6年よ」




そうだな。
あれからもう6年。

否、まだ6年だ。
感傷に浸るには早過ぎる。



「いや、また出るんじゃないかと思って」

「何が?」

「副長のユウレイ・・・!」

「きゃー」

悲鳴なのかと思ったら、

「出たら教えてね!私も見たい!!」

歓声かよ(--;

「見たいって・・・あんた霊感無いくせに」

「今度は大丈夫だってば!小麦粉沢山あるからさー」

「・・・へ?」

「出たと判ったら頭からバサッとふりかければ、私にだって見えるじゃん!」

「あのなー」

透明人間と間違えてないか・・・?(--;



何にせよ、こういう性格も変わらんらしい。

これから何があろうと、この子はこのまま行くんだろうな。






副長、あなたの愛した娘はなかなか大したヤツです(笑)。







           了



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