もう45年以上前から管理人の脳内に住み着いてるキャラクターの、稚拙な妄想小説のお披露目場です。
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もう夏至の頃だというのに、その日は未明から日が沈んだ後まで休む暇なく働き詰めだった。
実労働時間は16時間くらいだったと思う。

本当は朝6時から12時までと、夕方4時から7時までの9時間労働のはずだったんだけど、この4月からなし崩しに労働時間は増えていた。

それでも朝から何も食べずに夜までは持たないはずで、途中何か口にはしたはずなのだが、それがいつ何を食べたか未だに思い出せない。

それほどの修羅場だった。



明治2年5月11日。

箱館総攻撃のその日を、私達は箱館病院で迎えた。






私のバイト先だった箱館港は海上封鎖され、小夜のバイト先だったこの近所の料理屋も店を閉め、家人はどこぞへ避難して居ない。

それ以前からこの病院は人手が足りず、暇な時だけ手伝いに出入りするようになっていた私達は、いよいよ下働きとして住み込みで働いていたのだった。

住み込みと言うと聞こえはいいが、間借りをしていた港近くの商家には忙しくて帰るに帰れなくなり、病院の待合室の一角に寝起きしていただけだ。

上陸戦が始まってからは待合室も満杯になって、玄関の踏み込み板の上にごろ寝していた。

外に出て地面に横になったほうが良さそうなもんだが、この季節、箱館は朝晩霧が深く、衣服が濡れて眠れたもんではないのだった。





何度も避難するように勧められた。
外国船に乗り込んで港外に出れば安全だと。

それをことごとく蹴って、小夜はここに居続けた。

私も、我ながら物好きなと思いながら付き合った。
私とて、ここまで戦い抜いてきた人達の行く末を見届けたいと思ったからだ。






その日は長い一日だった。

朝、少ない食料を分け合ってなんとか入院患者達の口に入れたと思った頃、降って沸いたように現れた新政府軍によって病院が接収されたのである。

院長である高松凌雲先生の働きで、病院はとりあえず無事に確保されたが・・・。

戦争が終わるまで病院関係者は外に出ることを禁じられた。
だがそれでは水や食料の確保に困ると憤慨した小夜が、新政府軍の士官相手に通行証を発行しろと直談判したのはこの日のことだ。

すぐ目の前の海で艦船が放つ砲火の轟音が、箱館山の山肌に反響して会話も困難なことにイラ立った彼女が、二階の窓から外へ向けて怒鳴り散らしたのもこの日のこと。

怒鳴ったとたんに新政府側の船が爆発轟沈したので、本人含めてその場に居た全員が、びびって声も無かったけれど。



箱館病院の分院が火事にみまわれたのもこの日のことだった。

原因は定かではない。
新政府側の兵が火をかけたと実しやかな噂が流れたが、真相は違うと私は思っている。

つまらない真相に満足できない輩が多かっただけのこと。
業火の中、助け出すことが出来ずに生きながら焼かれた者の恨みを、そういう形で晴らしたいという、残された者の願望が見え隠れしている。

火事騒ぎの間も市街戦や海上の砲火の轟音が間断無く聞こえていたのだが、鎮火した頃から続々と戦火に傷ついた人々が運ばれてきた。

火事の火傷の患者と合わせて、病院の近辺は治療を待つ人々で埋め尽くされた。


医師でもない私達に出来ることといったら、傷口を洗って止血することぐらいなのだが、薬は底をつき、水も豊富には無い。
包帯さえ無かった。



「なんで戦争なんかするのよ」

手をこまねいていなければならない悔しさに、小夜は泣きながら猛烈に怒っていたっけ。

「いったい誰がこんなことさせてるの?こうやって毎日怪我人を作り出すことにどんな意味が有るっていうのよ?」

彼女は瀕死の者に水を与え(それも充分とは言えなかったが)、治療の順番を待つ者にはとりあえずの応急処置に、自分の着物を裂いて傷口を縛って回っていた。

私はと言えば、怪我の度合いによって、治療の順番を指示していた。

瀕死の重体の者は順番から外すのである。
治療して命が助かる者を優先するのである。

意識が無い者はまだいいのかもしれなかった。
手術すれば助かりそうな者をも見捨てなければならなかった。
助けてくれ、殺してくれという言葉を、数え切れぬほど無視した。

全てが非情だった。






身も心もボロボロの抜け殻のようになって病院の玄関脇の壁に体を預けて仮眠を取ったのは、もう真夜中だった。

昼からの混乱で、普通なら気が立って眠れないはずなのに、体が限界だったのか非情な日常に慣れ切ってしまっていたのか。

泥のように、眠っていたはずだった。
怪我人のうめき声も、血の臭いも、汗臭い体を狙う藪蚊の羽音も、死肉を漁る野犬の遠吠えも、気にならずに眠れるようになっていた。





寝苦しさに目を覚ましたのは、おそらく夜明け近くだったかもしれない。

全身びっしょりだったのは、うっかり外に寝たために夜露に濡れたのだと、最初は思った。
月も星も夜霧にさえぎられ、闇夜も毎夜のことで、目の前は暗闇のはずだった。



全身が総毛立っているのに気づいたのと、すぐ目の前に青白く光るものを認めたのはほとんど同時。

次の瞬間、それが人の形をしていて、しかもこの世のものではないことに気付いた。

自分が金縛りにあっているってことも!



始め、ぼうっと滲んで見えた人型が次第にはっきりと像を結んで、男の人が横を向いて立っているのだと判った。

白いシャツに黒いズボン、ブーツ。
白い晒しを帯のように腰に巻いて刀を差している。


息を飲んだ。


副長だ。


こちらに向いている脇腹辺りと、腰からの出血がおびただしかった。
血に染まり、ぼろぼろになったシャツの腰の辺りに、黒く焦げた跡が見える。

貫通銃創だ。


真っ暗な中に白いシャツと血の赤のコントラストが鮮やかだった。


昼間暑かったのは判るが、白シャツ一枚で居たなら狙い撃ちされるても文句は言えない。

いったい何考えてるんだ。


金縛りに遭い、冷たい汗を流しながら、頭の中だけは妙に落ち着いていた。





こんな姿で現れたなら、この人はもうこの世には居ないということか。



愕然としている私を尻目に、彼は闇の中でゆっくりと手を伸ばした。

動きに合わせて、青白い燐光がチリチリと瞬くのがきれいだ。
それが触れそうなほどすぐ側にある。


伸ばした彼の手の、その先には、密やかな寝息をたてて小夜が眠っていた。
横を向いていたのは、先程からその彼女を見ていたからなのだった。



包帯として提供したために、彼女の着物は袖が無くなり、しかも丈もお端折無しの膝丈になってしまっている。
帯だとて男帯程の幅のを一重に結んだだけ。

ただ本人が全く気にせず平気で居るのが救いなだけだ。

そんな、見る影も無い姿を哀れにでも思っているのだろうか。

建物の壁に体を預け、地面に腰を下ろした格好で寝入っている彼女の、痩せて垢に煤けた頬に触れようとしている。

乱れた断髪が、横顔を覆っているのにも係わらず、なぜだか表情が良く見える。

穏やかな横顔だった。




暇乞いに来たのに違いなかった。



焦った。

小夜を起こさねば・・・!



ああもう!コイツはなんでこんなに鈍感なのだ!
幽霊に頬っぺた撫で回されて、頭グリグリされてる(!)のに気がつかないなんて!!


しかもこちらときたら、こんな時に限って何時になく強力な金縛りにかかっていて身動きひとつできやしない。
叫ぼうとしたところで鼻を鳴らすことさえできない。
脂汗ばかりがダラダラ流れる。



小夜!起きろ!起きてくれ!
今目を覚まさなければもう二度と会えないんだぞ!



私の念が届いたのかもしれない。

小夜ではなく幽霊の方が気付いてしまった!!!


ふ・・・っと、こちらを向いた。
目が合った。

心臓が飛び出そうになった。
冷水を浴びせられたように冷気が背中を走る。


ぎゃー!
違うんです!違うんです!
私はあなたに話しかけてるんじゃありません!
こっち見なくていいから!
小夜の方向いてていいから。
お願い。許して。ひー!


先程から体が勝手に反応して、血圧上昇、心臓ばくばく、鳥肌は立つやら脂汗は流れるわ腰は引けてるわ。
その上、目が合ったとたんガタガタと震えが止まらなくなっている。

なのに相手はそんなことにはお構いなし。
無頓着に(不思議そうに?)こちらを見ているばかり。




そういえば・・・。
この人も結構鈍感なんだよな。
自分の存在が私を怯えさせてるってことに気付いていないに違いない。
アンタ等ってそういうとこも似てるのな。

そう思ったらなんだか急に可笑しくて・・・。






これが最後になるのなら、私にだって言いたいことは沢山有る。


なぜ、小夜を放ったまま逝くのですか?
納得させる術は無かったのですか?

この先、私はどうすればいいのですか?
彼女を支える自信は私にはありません。

あなたの魂はこれからどこへ行くのですか?
彷徨っているのですか?
先生方の所へ行くのですか?

小夜を守っていてはくれぬのですか?


あなたは、自分の人生に満足していたのですか?





ううーん、と伸びをする気配がした。

「・・・ぁに?どした?」

小夜が目を覚ましたようだ。

「・・・また誰か来てんのぉ?」

・・・思いっきり迷惑そう。

「まーったく、霊感体質も困ったもんねぇ・・・」

バッサリだよ(--;


彼女は霊感が皆無なだけでなく、なぜか霊的なものに対して無敵なのである。
その才能は京都時代に実証済み。
以来専属の除霊師(笑)になって貰っている(私が勝手にそう思ってる)。


この時も私の危機を察して、眠い目をこすりこすり、自分には見えない相手を叱り付け始めた。

「んもう、誰だか知らないけどー、ここは病院なのよ?生きようとしてみんな頑張ってるところなの。死んだ人の来るところじゃないの」


やべっ!
追い払いにかかってる!


「お寺はここの坂の下。間違えないでちょうだいね」


待ってくれ、相手は副長なんだぞ!


「もっと生きたかった?まだ死にたくなかった?でもねぇ、アンタはもう死んでるんだよ。生きてる人間の世界には居られない。早いトコ成仏してまた生まれ変わって来たらいいよ」



一呼吸置いて、行っちゃった?と覗き込む無邪気な顔が、幽霊のそれと重なる。

無表情に鬼気迫る副長の青白い顔の向こうに、小夜の寝ぼけたファニー・フェイスが見えているんである。


・・・すごい絵面(--;。


ってか、彼女が目覚めたのに、なんでそっちに向き直らないんだこの土方歳三(の霊)は!

視線を外してくれたら、震えぐらいは治まるかもしれないのに。



「あのさー、どうでもいいけどアタシの友達脅かさないでくれる?」

小夜には私の醜態の原因となるものの正体が全然判っちゃいない。
彼女の屁理屈や脅しなんか、聞き飽き過ぎて全く効かない相手だということも。

それでも素直に引き下がる相手でないことは判ったらしい。
寝込みを起こされた分、機嫌も悪かったのだと思う。
怒っているのが口調で判る。

「アンタさー、生きてるのと死んでるのとどっちが大変だと思ってるの?こっちは必死で生きてるんだから。生きてるだけで大変なんだから。煩わせないでちょうだいよ」

トンチンカンな方向を睨みつけて、暗闇に吠えている。

「楽になったんだから、さっさとあの世へ行ったらどうなの?」


やめろ~!
なんてこと言うんだよ!
ここに来てるのは副長なんだったら!
あんたが会いたかった人が居るんだよー!
会いに来てくれてるんだってば。
いい加減気~づ~け~よ~~っ!


それから今度は目の前の霊体に向かって、


あんたもいい加減、小夜の方を向いたらどうなんだ!
何で私の方ばっか見てんだよ!


まったくもうコイツ等はっ!
この期に及んでまだすれ違って見せるのか!
それを私に見せてどうしろってんだ!






「知ってる?武士は化けて出ないんだってよ」

半分寝ぼけたような間の抜けた声に、初めて副長が反応した。

おやっと目が泳いだと同時に、青白い燐光にノイズが走ったのである。
顔はこちらを向いたままだ。

「土方さんが言ってたの。化けて出るのは百姓町人だって。この世に未練があったら武士は務まらないんだってさ」

地面にぺったり座り込んで、いつもの如くお下げをいじくりながら、無邪気に闇夜に向けて語りかけているのが、スタンドカラーの白いシャツの向こうに透けて見えている。

「でもイマドキの兵隊さんはお武家じゃない人も多いもんね。迷うのは仕方ないか」

おいおい。
こらこら。
その副長が来てるんだけど(--;。

彼の表情は、(・・・見ていたくないんだけどさ、ヘビに睨まれた蛙の如く視線を外せないで居るわけだな)憮然としている。

腹部の血のシミが先程より広がったように見える。

・・・怖えぇ(泣)。


なのに小夜ってば、

「あなたお百姓出身?仕事で戦争やってた口?」


ひ~!
私が言ったんじゃないもん。小夜が言ったんですからー!
私を睨まないでくれ~(号泣)。


ってか、小夜ぉ~!夜霧に会話試みて和んでないで早くなんとかしろー!


「でも気の毒だけど、ここへ来るのはお門違いよ」

あ、違う。そういう方向じゃなくて。

「仮に不如意でも、死んでしまったものを元には戻せない。現実を受け入れなさい。もし不安だというなら、あなたは絶対一人じゃない。あなたを覚えている人が必ず居るはず。安心していいんだよ」




・・・いつからそんな物言いをするようになったろう。

強気で叱り飛ばすかと思えた彼女の口調は、毅然として尚、包み込むように優しかった。

副長の影が揺らいだ。

やばい。まだ消えるな!

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